招待状
もう何通目になるかわからない、王家の封蝋でとじられた手紙を暖炉の火に食べさせて、紫紺色のローブの女は深い深い溜息を吐いた。
「あんな思いをしたことさえ、彼女はもう忘れてしまったのかしら。幸せな記憶以外は忘れてしまう頭の持ち主なの?…まあでも、王家に嫁ぐならそれくらいでないと務まらないかしら。」
あっという間に手紙を食べ終え、蜜蝋を飴のようにコロコロと舐める暖炉の火に向かって問いかける。
「…ねぇ、インフェルノ。あなたはどう思う?」
インフェルノと呼ばれた暖炉の火は興味なさげに封蝋を飲み込んだ。
「どうでもいいよ、ヴェレーノ。いいじゃねーか、こんな上等な菓子を毎日のように送ってきてくれるんだから。」
「あなたにとっては上等なお菓子でも、私にとっては煩わしい出頭要請なの。一人目の娘の誕生祝いなんですって。私のことをあれほど疎んでこんな深い茨の森に追いやっておきながら、本当に何を考えているのだか…。」
たった一人の妃しか娶らず、しかし長らく子宝に恵まれなかった今代の王に子が生まれたのは今から一月ほど前のこと。国中が王女の誕生に沸いたあの日から、王女の誕生祝いのパーティーへの招待状がだんだんと間隔を狭めつつ届き続けている。招待状には『不参加』の文字のない通信魔法が埋め込まれており、こんな風にインフェルノのおやつにしようが破こうが、『参加』に触れない限り招待状が届き続ける。また、一度でも『参加』に触れると王家の騎士達が送迎に現れ、招待客の参加を確実なものとする。参加を望む者には有難い限りだろうが、参加を望まないヴェレーノにとってはただただ迷惑極まりない。
「何にせよ、今回ばかりは参加せざるを得ないんじゃねーの?そんなに気に食わないならさ、俺も連れてけよ。王宮くらい燃やしてやるぜ?」
「だめ。やっと、やっとよ?やっと平穏な生活を手に入れたの。例え人が立ち入らない茨の森の奥深くだろうと、ここだけが私の落ち着ける場所なの。今更追われ続ける生活には戻りたくないわ。」
「…暗い奴」
「あなたに比べたら殆ど皆暗いわよ、火の精霊」
インフェルノにそう言いながら、コンコンと窓を叩く王家の梟を家に入れ、棚に止まらせる。脚から袋を外すと中にはやはりまた招待状。ヴェレーノはふぅ、とまた溜息を吐き、今度は決意した眼で手紙を睨んだ。
「もう拒否するのも限界かしらね。仕方ない、か。」
白く美しい梟の頭を優しく撫で、餌を与えて窓から飛び立たせる。
頭では理解できても感情では納得できず、やや乱暴に封蝋を剥がすと、インフェルノが抗議の声を上げる。
「あー!俺の菓子に何てことするんだよ!」
「…封蝋を割ってはいないわよ、インフェルノ。『参加』と答えなきゃいけないのが悔しくてつい、ね。」
ヴェレーノの白く長い指が『参加』に触れると、朱い光が浮かび上がり、消えた。用済みになった手紙をインフェルノに渡し、ヴェレーノは旅の支度を始めた。