新たな始まり
理事長室を後にして外に出ると、見たことがない景色に興奮し、あらゆるところを巡った。といっても、エリアが大きく二つに分かれており、商業エリアと学生寮エリアになっていた。当然、学生ではない私達は、学生寮エリアには入れなかったが商業エリアだけでも広大で、一日あっても回り切れないと思った。
春香と一緒に食べ物屋さんでアイスを食べていた時、気になる人影が見えた。
「あの姿って……」
「どうしたの、まつりちゃん」
春香は私の変化に気づいたのか首をかしげた。
「ちょっと気になる人を見つけたから」
「え、もしかして逆ナン!?」
目をキラキラさせて言ってきたので、慌てて訂正した。
「ち、違うよ。ただ知り合いの人に見えたから、ちょっと気になったの」
「なら追いかければいいと思うよ」
「うん、そうする」
私と春香は急いで追いかけ、しばらくしてその後ろ姿を見つけた。その姿を見つけて確信した。
「やっぱり……」
私はなぜここにいるのか気になったが、とりあえずそれは置いといて声を掛けた。
「おーい、かずまー!」
私の声に驚いたのか、辺りを見回して後ろを見た時にその顔が見えた。大きな三角帽子を被り、右手に大きな杖を握っていた。髪は高校時代に見た時より、わずかに伸びており目元にまでかかっていた。
「おお、まつりか。久しぶりだな」
「うん、久しぶり。今まで音沙汰なかったけどどこにいたの?」
そう聞くと一真は頬をかき、言葉を濁しながら言ってくる。
「いやー、まあ、色々なところに行っていたんだよ」
「もお、はっきり言ってよ。気になるー」
私が詰め寄るも一真は一向に口を割ろうとしなかった。どうやって白状させようか考えていると、春香が止めに入ってきた。
「まあまあ、そんなに詰め寄らないの。困っているよ」
「ううー、でも気になるじゃん。どこにいたのか」
私がうなり春香がなだめていると、一真が唐突にため息をついた。
「まつり、俺がどこにいたのか気になる気持ちはわかるが、これは教えられないことだから今は無理。それより自己紹介だけさせてくれ」
「あ、そうだね! 私の友達で」
「千葉春香って言います」
「俺はこいつの幼馴染の古谷一真だ。一真って呼んでくれていいよ」
「じゃあ私も春香って呼んでください」
二人が握手を交わし、いい雰囲気になったところで私達は一真にこの敷地を案内してもらった。
最初に向かったのがこの学園の中で一番広い広場だった。
「ここは学園の生徒が昼休みや放課後で休憩や弁当食ったりする場所。ま、教師たちもいるけどな」
確かに辺りを見回すと生徒や教師らしき人がちらほら見えた。しかし、広いだけで特にこれといった物はなく、寂しい気がした。
「なんか寂しいね」
「まあ、まだできたばかりでここまで手が回らないんだよな。それじゃあ、次行くぞ」
次に連れて行ってくれたのはこの学園の生徒なら必ず行くという場所だった。
「ここは自分の基礎体力とか魔法制御、知識などを計測する場所だ。常時開放されていて腕試しとかで来る生徒も多い」
「中がどうなっているのかすごく気になる」
春香がそう言ってカメラを構えるがそれは一真に止められた。
「この学園のほとんどが撮影禁止エリアだから写真を撮るのは厳しいな」
「また禁止ですかー」
春香はガクッと肩を落とし、苦笑しながらそれを眺める。そのまま次々と施設を巡って行き、基礎体力を作るためのジム、生徒に人気のレストラン、杖やローブを売っているお店などあらゆるところを巡った。
「そんじゃ、俺も用事があるしここが最後だ。ここは学園の真ん中に位置する場所だ。てか、まつり達は来たことあるだろ」
そう言って来たのは私達が連れてこられた場所である、真ん中の塔だった。
「この塔は教師が集まる場所だ。ここを中心に四隅に置かれる塔が学生塔で、小・中・高・大と分かれている。その間を繋ぐのがあの透明な通路で転移魔法が常時起動していて行き来を可能にしているんだ。一塔につき大体五十階建てで中にも寝泊まりする部屋がいくつかある」
首が痛くなるかと思うほど高い塔を見上げる。遠目から見ても十分に高いと思ったが、改めて近くで見上げるとその迫力も格別だった。
「俺の説明はここまでだ。俺はここに用があるから、じゃあな」
そう言って一真は教師の塔に入って行った。残された私達はどうしようか悩んでいると、教師の塔から学園長が出て来た。学園長も私たちの姿に気づくと近づいてくる。
「丁度よかった。理事長の会議が終わったので理事長室に来てください」
「わかりました」
私達は学園長に連れられて理事長室に戻って行った。またあの暗い中を通るとなると少しげんなりしたが、違った。一階の扉を開けていくのは変わりなかったが、そこには暗い通路はなく理事長室が見えるだけだった。
「あれ? 学園長、この扉って暗くて長い通路に繋がっていませんでしたっけ?」
「あれは万が一に備えてこの学園や理事長、私が認めたもの以外はたどり着けない仕組みになっています。あと、この理事長室は一階になくこの塔の最上階にあります」
「最上階にあるってことは……空間と空間を繋いでいるんですか? 丁度、学生塔の間を繋ぐ通路みたいな」
「その通りです。まだ塔に入っていないのによくわかりましたね」
「いえ、ただ一真っていう人に教えてもらったので」
「あら、この学園に理事長以外にも知り合いがいてよかったわね。もうじき理事長が来るからそこで待っていて」
それだけ伝えると学園長は来た道を引き返していった。入れ違いだったのか先生がすぐに来てさっそく教師についての説明に入った。
「会議に行っててごめんなさい。ようやく新世代の教師が集まったからどのクラスに誰を配置するのか決めていたのよ」
「私はどうなるんですか」
春香が自分の立場について質問するとすぐに答えは返ってきた。
「春香ちゃんはまつりちゃんの授業サポート兼図書室の副司書をやってもらうわ。基本的には司書が常駐しているのだけど、時折用事で離れなきゃいけない時があるからその時はあなたに司書として動いてもらうわ。後はこの学園のあらゆるところで写真を撮っていいわよ。学園の外に持ち出せないものはここで飾らせてもらうから」
「ありがとうございます! 司書としても頑張ります!」
気合十分といった感じで春香の手にはカメラが握られていた。
「次にまつりちゃんは高等学年を担当してもらうわ。いきなり大勢を担当してもらうのも大変だから三人の生徒を請け負ってもらうわ」
「わ、わかりました。でも、その生徒って……」
「安心して、まつりちゃんが英語を話せないのは知っているから、ちゃんとそれに合わせて日本人よ」
「ありがとうございます……」
先生は私が英語が大の苦手だと知っていて、それに合わせて配置してくれたのはありがたい。だけど英語が話せないのはちょっと……。私は今度から英語の勉強を頑張ろうと心に誓った。
「それじゃあ、二人にはさっそく明日からここで働いてもらうから今日中に荷物をまとめて戻って来てちょうだい。これは行きと戻って来るための転移魔法を込めておいたから無くさないようにね」
先生からチケットを二枚渡され、それをポケットにしまう。
「それじゃあ、一旦戻ります。二時間後ぐらいにまた来れると思うのでその時はお願いします」
「ええ、わかったわ」
私達は先生に挨拶してから渡されたチケットのうち一枚を破った。すぐに魔法が起動して、私達は学園から姿を消した。
まつり達が一度日本に帰った後、魔女は理事長室にとある人物を呼んだ。
「さて、久々に彼女に会ったのはどうだった、一真君」
「まあ、相変わらずでしたよ。ちょっとこの学園の案内をした時もいろんな魔法に興味を持ってましたからね」
「やっぱり彼女は変わらないのね。魔法に対しての愛が」
「そうですね、あいつは変わらないと思いますよ。俺は変わっちまいましたけど……」
魔女は悲しそうに一真の顔を見つめる。
「俺はもう、あいつに合わせる顔がありませんよ。たとえ誰かを手にかけていなくても、あいつが愛する魔法を決していい事には使っていないんですから」
「そう、ね。あなたが高校を卒業してすぐにわたしの下で手伝わせてほしいと言ってきたときはびっくりしたわ。それからすぐにこの学園を作り上げて、その間あなたには裏仕事ばかり任せてしまっていて申し訳ないわ。まだ若いのにこんな事ばかりやらせてて先生失格ね」
「……そう、なのかもしれません。でも、これは俺が望んだ事なので後悔はしてないです。先生もそんなに自分を責めないでください。先生はまつり達新世代の教師を見守ってやってください。俺も頑張るんで」
「そう、ね。まだまだ頑張らなきゃね、ようやくスタートラインから一歩踏み出せただから」
一真は静かに頷き、そっと一つの封筒を渡した。
「この中に情報はまとめてあるので目を通しておいてください。俺はこれで失礼します」
一真は一礼して理事長室を出ていった。その後ろ姿を見て思う。
「あんなに大きくなったのね……。わたしとは違って人が成長するのは早いのね」
魔女は一真の成長ぶりに驚き、嬉しく思い封筒を開けて目を通す。
??
寮に戻った私達は荷物をまとめていて大事なことに気づいた。
「ねえ、春香」
「どうしたの?」
「私達って大学どうするの? 後親になんて説明すればいいんだろう……」
学費は自分で払ってはいるものの、これからこっちに戻って来れないとなるとお金に関する問題が浮上してきた。
「そういえばどうするんだろう。私は大学に入学するときSクラスで入学したから全額負担してもらっているから大丈夫だけど、まつりちゃんの場合はそういうわけにはいかないんだよね」
私が悩み続けていると、いきなり聞き慣れない音が聞こえた。音の出所を探していると、自分のローブのポケットに赤色の真珠サイズの石が入っていた。それがどうやら音の出所のようだった。
「何これ?」
「きれいな石だけど鳴っていて怖いね」
学園にいた時にどこかで持ってきてしまったのかと考えていると、さっきまで鳴っていた石が鳴りやみ、今度は赤く光り始めた。それと同時に声も聞こえた。
『聞こえるか、まつり?』
「わっ! 一真の声だ!」
「すごいね、どういう仕組みなんだろ」
『聞こえているみたいだな。なら、簡単に説明するとこれは携帯電話みたいなものと思ってくれ。仕組みはいずれ教えるから、今はこっちに来る準備に集中して話を聞いてくれればいい』
そう言われて学園に行くための準備を進めるが、正直石が気になって集中できなかった。
『お前らが今心配しているだろう大学についてなんだが、もう話はついている。大学ではすでに退学扱いになっていて、寮からも二、三日したら強制的に追い出される。だから今日中に荷物を持ってこれるように準備してくれ。親にはまた後日手紙とかで知らせてくれ』
一真の言葉を聞いて驚き、慌てて部屋の中の物をかき集める。それは春香も同じのようで、複数の鞄を用意していた。
『一応伝えることは伝えた。質問があったらこの石に魔力を込めれば繋がるぞ。それじゃあ』
一真がそう言うと、石の輝きも無くなり鞄の中に荷物を詰め込む音だけが響いた。
「なんか短い大学生活だったね」
「短すぎるけどね……」
お互いに苦笑し、荷物の準備を終える。
「ようやく慣れてきた寮生活も終わりかぁ」
「でも、短い割には楽しめたからいいじゃん」
一ヶ月と短かったがずいぶんと楽しく過ごせたような気もする。
「そうだね。じゃあ、お世話になりました」
私と春香は部屋に挨拶してから、チケットを取り出す。
「それじゃあ、新しい教師生活に向けてしゅっぱーつ!」
「おー」
すでに夜で眠くもあったが、新しい生活が始まると思ったら眠気もどこかに行った。チケットを破り魔法陣の上に乗る。それから数秒とかからず学園の教師塔前に戻って来た。私達が来た時には、先生と一真が立って待っていた。
「さて、部屋に案内するわ。一応あなた達の寮が相部屋だったから一緒にさせてもらったわ」
「大丈夫ですよ、先生」
「はい、私もまつりちゃんと一緒なら大丈夫です」
「仲良しね」
先生は教師塔の中に入り、私達も付いて行く。一真は私達の荷物の量に驚きながらも、運ぶのを手伝ってくれた。
教師塔の真ん中は螺旋階段になっていて、その周りの四ヶ所に転移魔法陣が敷かれていた。その上に乗る前に先生から部屋の場所と鍵を渡された。
「あなた達のお部屋はこの塔の四十六階の北室よ。鍵は無くさないようにしっかり持っていてね。もう今日は遅いから寝るのよ」
「はーい。それじゃあ、先生、一真、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
私達はそれだけ言うと魔法陣に乗り、目的の階まで転移した。
四十六階に着き、部屋を探そうかと思ったが、四部屋しかなくすぐに目的の部屋を見つけた。どうやら塔は上に行けばいくほど細くなっているようで、四十七階以降は一部屋しかない造りになっているようだった。
部屋に入り荷物をある程度片付けたらベッドに飛び込んだ。
「うーん、ふかふかで気持ちいい……」
「そうだねー……」
もうお互いに起きているのが限界だった。何せ今日の放課後だけで色々なことが起きて予想以上に疲れた。もう、喋る元気もなくそのまままどろみの中に沈んでいった。
??
翌朝、私と春香はふかふかのベッドの上で目覚めた。その目覚めは最高で、気分がよかった。
「まつりちゃん、今日から教師だけど大丈夫?」
「うーん、正直不安だよ。でも、私の魔法が好きって気持ちを伝えることが出来れば、何とかなる、かなって思ってる」
「ちゃんと伝えられればいいね」
「うん、頑張る!」
私は部屋で一緒に朝食を済ませた後、春香と別れ理事長室に向かった。部屋に張り紙が貼ってあり、こう書いてあったからだ。
『ふたりへ
二人は朝起きて朝食を食べたら、春香ちゃんは図書室へ、まつりちゃんは理事長室へ来てちょうだい。そこでそれぞれの仕事について説明するわ。
理事長より』
『明日』つまり今日だ。それぞれ指定された場所へ向かう。魔法陣を通って理事長室に向かう。この塔の最上階に着くと、目の前には大きな両扉があった。
「先生、失礼します」
ノックをして中に入る。そこでは朝早くにもかかわらず先生が様々な資料に目を通しているところだった。先生は私の姿に気づき、資料から目を離した。
「あら、まつりちゃん、おはよう。昨日はよく眠れた?」
「はい、よく眠れました。それで説明って何ですか?」
「それは……はい、これ」
先生は隣に置いてあった教科書らしきものを渡してくる。
「これって……教科書、ですか?」
「ええ、一応必要なものは全部載ってはいるけどこの内容の通りにやる必要はないわよ。まつりちゃんがこれをやってみたいって思ったらそっちを優先してもらっていいから。まだお手本みたいなものでテストもないのよね」
「じゃあ、テストをする場合は自分で準備しなきゃいけないんですか?」
「そうね、そこはもう自分でやるしかないわね」
「わかりました。そこは臨機応変に頑張ってみます」
「ええ、お願いするわ。あとは……」
先生はそう言うと部屋の隅に行き、一つの長箱を渡してきた。
「この中には新しい杖といろんな水晶が入っているわ」
「ありがとうございます。大切に使わせてもらいます」
私は長箱を大切に持ち、礼をする。
「それじゃあ、もうすぐ始業の時間だから行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます!」
私は元気よく挨拶をして理事長室を出ていく。
これが私の教師生活が始まる瞬間だった。