教師
魔法学園を初めて見た私は、思わず声を上げてしまった。
「ここって……本当に魔法学園だよ!」
「うん、私もテレビでしか見たことないけど本当に魔法学園にいるんだ。そうだ、この光景を写真に収めなきゃ」
私が興奮気味で話しかけると春香も興奮を隠しきれていなかった。そのままカメラを構えてここからの光景を写真に収めようとして、いきなりカメラが春香の手を離れて行き宙に浮いた。
「あ、ちょっと! 私のカメラが!」
「風も吹いていないのになんで? まさか魔法!?」
私がカメラが宙に浮いた原因を突き止めると同時に、空から声が聞こえた。
「おい、お前たち! 何者だ!」
「ここは撮影禁止です」
二人の男性魔法使いが杖の上に立ちながら向かってきた。私と春香はすぐにこの人たちが警備員だと気づき謝罪した。
「すいません、私達今ここにきたばかり……」
「ここが撮影禁止なんて知らなかったんです」
必死に弁解するが警備員の顔は険しいままだった。
「この学園を盗撮する奴らは大抵そう言っていた。お前たちの言葉が本当なのかは信用できん」
「だから、連行させてもらいますね」
そう言うと私達を魔法で無理やり拘束した警備員は、空を飛んで真ん中にある建物に向かった。その道中に無数の魔法使いたちに見られ、注目された。
建物の入り口で降ろされた私達の前には、別の警備員が待ち構えていた。その中から老齢の人が進み出てくる。
「この者達が例の?」
「はい!」
「ふむ、スパイや盗撮を目的としては少し若いな。まだ学生に見えるが?」
「今は魔法によって体の見え方も変えられますので、念のため拘束させていただきました」
老齢の警備員は考える仕草をしてから頷く。
「そこまで考えがあっての行動ならば納得しよう。お前たち持ち場に戻ってもらって構わない」
「「はっ!」」
二人は洗練された動きで敬礼し、二人は飛び立っていった。その場に残された私と春香は、今度こそ助けてもらおうと思い話しかける。
「あの……私達は、スパイとかそんなんじゃなくて、ここに用事があったから来たんです」
「初めて来たから、景色が綺麗で写真を収めておこうと思っただけなんです」
そこまで言うと老齢の人は優しい笑みを浮かべた。
「わかっていますよ、お嬢さん達。先程理事長から連絡がありましてね、あなた達を連れてくるようにと言われたんですよ。ただ、情報の伝達が間に合っていなかったようで、怖い思いをさせてしまい申し訳ない」
頭を深々と下げ、その間に他の警備員が魔法の拘束を解いてくれた。
「い、いえ、頭を上げてください」
「そうですよ。元々は私が写真を撮ろうとしたのが悪いんですから」
「ありがとう、お嬢さん達。先にこれをキミに」
そう言って没収されたカメラが春香の元に返された。春香はそれを大事に抱きしめてからもう一度礼を言う。
「さて、後は理事長室に連れて行こう。と言ってもただあそこをくぐれば良いだけなのだが」
そう言って建物の中を指さす。中を見ると、同じような扉が無数にある内、一つだけが虹色に輝いていた。
「あそこへ行けばいいんですね」
「うむ、開ければすぐに理事長室に着く。それでは私はこれで失礼するよ」
そう言って他の警備員を引き連れてどこかへ行ってしまった。
「ふう、びっくりしたね」
「うん……恐かったよ。でも、カメラが返ってきてよかった」
もう一度カメラを抱きしめてから笑う。
「よし、じゃあ行こっか」
虹色に輝く扉の前に立ち、ノックする。
「先生、私です。蒼生まつりです」
名前を告げた瞬間、扉が独りでに開く。春香はそれを見て驚いていたが、私はツリーハウスに
いた時にさんざん見てきたから驚かなかった。
扉の中はほとんど真っ暗で、申し訳程度にランプが一定間隔で灯っているだけだった。
「なんかお化け屋敷みたいだね……」
「私が最初に先生のところに行ったときはまだ明るかったけど……うん、暗い」
お互いに目の前の感想をこぼしながらも、恐る恐ると中に踏み入れた。お互いの手をしっかりと握りあいながら進み、どれくらいか歩き続けて暗闇の中で光が見えた。
「出口だよ」
「早く行こう!」
駆け足で光が差す場所へ向かう。だんだんと光が大きくなっていき、たどり着いた。そこには入り口と同じ扉がもう一つあった。私がもう一度ノックする。
「先生、私です。蒼生まつりです」
また扉が開くのかと思っていたがそうではなかった。扉は開かず、しばらくして今度は声が聞こえた。
「どうぞ、入って来て」
「っ!」
先生がこの奥にいると思うと緊張したが、深呼吸してゆっくりと扉を開ける。
「失礼します」
扉を開けると、そこには大きな机とその奥に座る女性がいた。見た目は私達よりいくつか上に見える。その隣には見た目が私達と変わらないくらいの女性が右手に大きな本を持って立っていた。
ゆっくりと部屋の中に踏み入れて、扉の少し前の位置で立ち止まる。春香も表情を硬くしながら私の隣に立った。
その様子を見ていた女性は静かに笑い、話しかけてきた。
「久しぶりね、まつりちゃん」
「お久しぶりです、先生」
先生は椅子の上から立ち上がると、私の目の前に立った。
「ずいぶんとおっきくなったわね。もう少しで私の身長が越されそう」
「もうじき越しますよ……て言いたいんですけどもう身長が止まってしまいました」
「あら残念。一真君は私の身長を越してたくましくなったわよ」
「ううー、もう身長のことはいいじゃないですか……」
私がしょげながら言うと先生は苦笑して、次に春香に視線を移す。
「まつりちゃんと一緒に来たあなたは……」
「春香です! 千葉春香って言います!」
かなり緊張しているのか春香の声は少し裏返っていた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。まつりちゃんのお友達なら私も大歓迎よ」
先生がそう言うも春香は落ち着かず、そわそわしていた。
「もう、春香ったらそんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「う、うん……」
春香は深呼吸して頑張って落ち着こうとしていた。春香が落ち着くのに時間がかかると思い、とりあえず先生に呼び出した理由を聞いた。
「先生、どうして転移魔法を用意してまで私を呼んだんですか? 空を飛んで行ってもいいと思ったんですけど」
「確かにそうなんだけど単純に飛んでくるだけでもものすごく時間がかかるでしょ。この学園が太平洋の真ん中にあって、日本からじゃかなりの距離があるから用意したっていうのが理由の一つなのだけど、もう一つあるの」
先生が書いた手紙を思い出す。
「もう一つってこの学園で今起きている問題ですか?」
「ええ、そうよ。この学園には今世界中から生徒達が集まっているでしょ。でも受け入れられる人数にも限界があるから、人数超過した分は特定の地域でこの学園と似たような施設を作ったわ。だけどそこで一つの問題が起きたの」
先生の言いたいことがなんとなくわかった。
「教える人達が足りないんですか?」
「さすがまつりちゃんね。その通り、わたし達古代から魔法を使う者たち、今は旧世代って言うのだけどその人数にも限りがあるの。このままさらに生徒の人数が増えてしまうと一人当たりの負担が大きくなってしまう。だからわたしは考えたの」
そう言うと先生は私を指さす。
「まつりちゃん。つまりわたし達旧世代が弟子として魔法の勉強を教えたあなた達、新世代の人にも教師として働いてほしいの。もちろん給料もちゃんとした額で払うわ」
「でも……私はまだ学生ですよ」
「そこは重々承知しているわ。その上で教師として働いてもらえないかしら?」
「……私は……」
正直教師をやりたいと言いたい。しかし、今ここで教師をやると言っていいのだろうか。確かに私の夢は魔法を教える教師になること。だが、今なるにしてはまだ知識が浅すぎる。それに教師としてどう教えたらいいのかわからない。
それが今返答につかえる原因だった。そんな時、私の肩を叩いてくる人がいた。そう、さっきまで深呼吸していた春香だ。春香は落ち着きを取り戻したのかいつも通りのように話してきた。
「やってみればいいと思うよ。まつりちゃんが迷っているのは今の自分が教師として正しく教えられるか。経験や知識もない、そんな感じでしょ」
「う、うん……」
「なら答えは簡単だよ。誰もが最初から上手に教えられるわけじゃない。上手く伝えることが出来ないかもしれない。でも、それを何度も繰り返して経験を積んで、知識を深めて、そして最終的にはまつりちゃんの理想通りの教師、ううん、それ以上の教師になればいいんじゃないかな」
春香の言葉は私の中にあるつかえを溶かしてくれたような気がした。更には背中も押してくれているような気もする。そのおかげで覚悟が決まった。
「先生。私、蒼生まつりは教師をやりたいです」
「まつりちゃん……ありがとう。魔法学園理事長として感謝します」
先生が頭を下げてきてあたふたしていると、いきなり先生が驚くことを言ってきた。
「春香ちゃん、あなたも一緒に教師をやってみないかしら?」
「……私は遠慮しときます。まつりちゃんと一緒に教師をやるのは楽しそうですけど、私の夢は写真家なので」
「春香は写真家が夢なんだよねー。でも、魔法に造詣が深いよね。今日は魔法陣の種類について教えてくれたよね」
「でも、それは写真を撮るときに便利な魔法を覚えようとして、ついでに覚えたものだから」
春香が照れていると、先生の目が興味深いものを見つけた時のような目をした。
「まつりちゃん、一体何を教えてもらったの?」
私は今日教えてもらったものをかいつまんで説明した。すると、先生の表情が驚きに変わっていくのが目に見えてわかった。
「すごいわね。その年で魔法陣の種類に気づくなんて。まつりちゃんにはいずれ教えようと思っていたけど、その必要はなさそうね。ただ、付け加えるとすれば基本はその四種類だけど二つ以上の魔法陣を組み合わせることによって形が変わったり、自分でオリジナルの魔法陣を作ることも可能よ」
それを聞いた私は頭の中のメモ帳に書き記し、春香も感心したように頷いていた。
「そこまで詳しいなら尚更教師をやらないのが惜しいわね」
「それはちょっと……。やっぱり写真を撮るのが好きなので遠慮させてもらいます」
「何とかしてこの学園にいてもらえないかしら……」
先生が必死に春香を引き留めようとしていて、そんな時一つの案が思い浮かんだ。
「先生、春香。一つ思いついたんですけど春香にはこの学園の撮影許可を出してもらって、その引き換えに私の助っ人みたいな扱いにするのはどうです?」
我ながら妙案だと思い話してみると二人は考え言った。
「確かに、それならいいわね。いきなりまつりちゃん一人に教師をやってもらうには不安だし、いざとなったら助けられる役割。そのほかの間はこの学園で撮影や図書室で読書などしてもらっても構わないわね」
「この学園の写真を世界で一番最初に撮れる……。それに誰も見たことがないような場所を探して撮ることもできる……」
二人がうん、と同時に頷き納得した。
「まつりちゃんの案を採用するわ」
「私もそれで構いません。これで自由に写真が撮れる……」
「外部にその写真を見せていいか、わたしの許可をもらってくれるならいくらでも撮ってくれて構わないわ」
「ありがとうございます!」
春香は大きな声で礼を言ったところで、今まで一言も発さなかった同い年ぐらいの女性が、はじめて口を開いた。
「理事長、そろそろ」
「あら、もうそんな時間だったのね。まつりちゃん、これから会議があるから一旦この場を離れるわ。また戻ってくるけどそれまでの間は二人でこの学園を見ていてちょうだい。もし何かあったら彼女に伝えて」
そう言うと女性が軽く礼をして自己紹介をした。
「初めまして。私はこの学園の学園長を勤めている、アルモンド・ルア・レクスです。何かあったら学園長室まで来てください。部屋までの扉は繋いでおきますので」
学園長はそう言うと理事長室を出ていった。
「春香はどうする?」
「うーん、理事長がああ言ってたし、この学園を見て行こうよ。私も写真を撮りたいし」
そう言ってカメラを構えた春香は、私の手を引いて理事長室を後にした。