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魔女の弟子  作者: かじら
魔女の弟子
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事故

 数日後、約束の土曜日がやってきた。

 ツリーハウスの中で私は叫んでいた。


「やってきました! 約束の土曜日! ようやく空を飛ぶ魔法を教えてもらえる~」


「はいはい、そうだな。だから先生の前でそんなにはしゃぐな」


 呆れながら言ってくる一真に、反撃する。


「そういう一真も、どこか嬉しそうに見えるのは気のせい?」


 見事に成功した。一真は頬を少し紅くしながらそっぽを向いた。内心ガッツポーズをしながらなおも見つめていると、


「ふん、蒼生と違ってそこまではしゃがない」


 一真の珍しい反応に私はいじり続けていると、不意に先生の声がかかる。


「仲良しなのはいいことだけど、そろそろ始めるわよ」


「「はい!」」


「うん、元気な返事ね。でも、これから教えるのは高難度の魔法で当然命の危険もあるわ。もし危ないことをしようとしたらすぐに止めるわよ」


「「わかりました!」」


 返事をすると私は一度部屋を出て別室に入る。そこで先生に渡されたローブを広げた。


「先生とお揃いの服だー。やったね!」


 うきうきとした調子で着替え始めた私は、外の方から誰かの視線を感じて手を止めた。


「誰?」


 手早くローブを着こみ、窓の方に近寄る。しかし、そこには誰もおらず、鳥が一羽木の枝にい

るだけだった。念のため窓を開けて外を見てみる。しかし、何もないので顔をひっこめた。


「気のせい、かな?」


 首をかしげながらしばらく考えていると、ドアをノックする音が響いた。


『まつりちゃん、サイズはどうかしら? 一応あなたの体に合うよう作ったのだけど』


「あ、大丈夫です。ちょっと考え事をしていただけです」


『そう、ならよかったわ。わたしと一真君は先に外へ出てるわね』


「わかりましたー。すぐに行きます」


 先生が行ったのを確認してから再度窓を見る。やはりそこには誰もおらず、鳥が一羽私を見ているだけだった。


「うーん、視線を感じたんだけどなー……まあ、いっか。行こっと」


 私は二人を待たせないよう必要な道具を持って部屋を出て行く。


 ◇


 二人はカラスの目を通じて見ていた。


「ああ、この光景を見ていると我慢ならないものだね」


「うン、そうダネ」


 目に入る光景全てに怖気が走る。


「もう我慢できない。魔法とは復讐するための道具だというのになぜ気づかない! 気づかないなら気づかせてあげるまで! さあ、始めようか!」


「ウん、ワタしたチの……」


「僕たちの……」


「「復讐を」」


 ◇


 私が外に出ると、既に一真は杖に乗って空を飛んでいた。そう、一緒に学ぶはずだった一真が飛んでいたのだ。

先に飛ばれたことにショックを受けて呆けていると、一真が私に気づいたのか体を揺らしながら近づいてくる。


「遅いぞ。待ちくたびれたから先に空を飛ぶ魔法を覚えちまったぞ」


「なんで待ってくれないのよ! 女の子は支度に時間がかかるんですー!」


「たかがローブを着るだけだろ。まあいいや、早く先生から教えてもらえよ」


 一真はそれだけ言うと高く浮上していった。私も早く空を飛びたいと思い先生の方を見る。先生も私の視線に気づいて苦笑した。


「ふふ、わかっているわよ。でも、空を飛ぶ魔法は難しいはずなんだけど一真君はすぐに覚えちゃったのよね」


 先生が感心しているから私も負けてられないと思い、早速魔法を使う体勢に入る。


「先生、早く教えてください!」


「そんなに急がなくても魔法は逃げないわよ」


 そう言いながら先生は杖を振って足元に大きめの魔法陣を浮かばせた。


「さて、始めましょうか。基本的にはやることには変わりないのだけど、火や氷などどのように一度出現させたら魔力制御が終わりではなく、空を飛ぶ魔法は常に魔力を制御してないとだめなのよ。実際に見せてあげるわね」


 先生が杖をもう一度振り、唱える。


「【凍てつけ】」


 魔法陣が輝くと同時に足元が寒くなってきた。


「ひゃっ」


 下を見ると地面が一瞬にして凍っていた。魔法陣はすでに消えて、氷だけが残っている。


「これが一度出現させた例ね。見た通り魔法陣はもうないけど氷は残っているでしょ」


「じゃあ、魔力を制御し続けるためには魔法陣が必要なんですか?」


「ふふ、正解よ。空を飛ぶ魔法は二種類あるのだけど、両方見せてあげるわね」


 杖の柄を地面につけると魔法陣が広がる。


「【風よ、駆け巡れ】」


 魔法陣が先ほどより一際眩しく輝く。それと同時に周囲の木々が揺れ、ざわめきだす。天気がどんなに悪くても微風程度しか吹かないここで、いきなり強い風が吹き荒れ先生のところへ集まっていく。


「すごい風! でも、この風でどうやって飛ぶんですか?」


「風を受け止める壁を魔力で作ってあげればいいのよ」


 そう言うと先生は杖を振る。魔法陣がもう一つ浮かぶ。すると、先生の姿が歪んで見えた。理由はすぐにわかった。魔力を収束させる力を持つ魔法陣で、膨大な量の魔力をかき集めているのだ。歪み以外にも先生の足元に生えている草が、中心ではなく外側になびいていた。


「二つも魔法陣を操るんだ……」


「感心しているところ悪いけど、風を下から押し上げるようにしなければ飛べないでしょ。だから上手に魔力の壁を作ってあげるのよ。そうすると……ほら」


 先生の体が少しずつ浮いて行った。風と魔力を上手に操らなければできない魔法だと、私は理解した。そして、その二つを操るために必要な魔法陣を維持し続けることが出来るのか不安になった。

 風がやみ先生が下りてくる。魔法陣の輝きも落ち着き、魔力の壁も薄くなり先生の姿もはっきりする。


「どうかしら? 二つの魔法陣を同時に制御しないと難しいわよ。風の強さ、壁の大きさとその厚さ。ちょっと間違えると落ちちゃうわね」


 さらっと恐ろしいことを言う先生に身震いしていると、先生はもう一つの魔法に進む。


「もう一つはさっきみたいに魔法陣を二つ使ったりしないわよ。でも一つ間違えれば戻ってこれなくなるわよ」


 安心したと思ったのも束の間、今度は帰ってこれなくなると言われて怖くなった。


「安心して。それぐらいの対策は考えてあるわよ。順を追って説明するわね」


 私のおびえっぷりに苦笑しながら先生は、(ふところ)から取り出した棒を私に渡した。


「私達がここに来る時に使っているのと同じですか?」


「違うわよ。ちょっと待ってね、これからその棒の形を元に戻すから」


「元に戻す?」


 どういうことなのか首をひねっている間にも先生は杖を構え、私が持つ棒に魔法陣が広がる。


「【千変万化、千々に散り】」


 すると棒が小さな光の粒子になっていった。不思議なことに、粒子はそのまま滞空し続けどこかに消えることはなかった。


「【今一度戻れ。我が望むままに】」


 粒子がまた私の手元に戻ると、小枝サイズの棒だったものが先生のと同じサイズの杖に変わっていた。


「先生、これって……」


 私が今何したのか理解しつつも初めて見て驚いた。


「ええ、物質変換魔法よ。原理は説明するのに今は時間が足りないからそのうちね。それよりその杖を持ってみてどんな感じかしら?」


「え、あ、はい。いつも使っている棒とほとんど同じ重さで持ちやすいです」


「それならよかったわ。どうしてもこのサイズじゃないと色々とだめなのよね」


 小枝サイズの棒と先生の杖がどう違うのかわからなかった。先生はそんな私の疑問を見透かしたように教えてくれた。


「わたし達が使う魔法陣って、杖や棒を振ると出てくるでしょ。その仕組みがわかるかしら?」


「…………えっと、なんで?」


「実は、一つ一つ用途が違う魔法陣をこれに刻むの」


 それを聞いて慌てて自分が使う棒を見る。しかし、どれだけ近づけて見ても何も刻まれていなかった。それを見た先生が笑いながら止めて来た。


「ちょっと言葉を言い換えるわね。魔法陣を刻むんじゃなくて覚えさせるの。後はその覚えさせた魔法陣の中で自分が使いたいものを想像して振ると出てくる、そういうことよ」


「へー、初めて知りました。でも、私達は今まで仕組みを知らない状態でも魔法を使ってきたじゃないですか。どうして使えてたんですか?」


「ふふふ、また難しいことを聞いてくるわね、まつりちゃんは。それは明日教えてあげるわね。今は空を飛ぶ魔法を覚えちゃいましょうね」


 興味が尽きない私は、正直がっかりしながらも明日の楽しみが一つ増えたことに喜びを覚えた。


「さて、その杖には空を飛ぶ魔法に必要な魔法陣を覚えさせてあるわ。さっき教えた風で飛ぶ方法と、これから教える重力で飛ぶ方法」


「重力……ですか?」


 空を飛ぶのと重力との関係がいまいちわからず、首をかしげる。


「空を飛ぶのとどう関係するのかわかりづらいわよね。なら順を追って説明してあげる。まずわたし達が、どうやって立っているかわかるかしら?」


「うっ、物理の勉強みたい……。確か重力と垂直抗力っていうのが釣り合っていて力を打ち消しあっているだっけ……」


「正解よ。ならそのうち重力だけを消したらどうなるかしら」


「えっと……重力がなくなるから地面から離れちゃう?」


「そうよ。そのまま浮くことが出来て空を飛ぶのよ。生身で飛ぶのは危険だからああやって杖に乗ってもらうわよ。移動方法はあなた達が魔法で操るには難しいから、わたしが先に杖に覚えこませておいたわ。頭に自分がどう飛びたいか考えれば、杖がその通りに動くわよ」


 そう言って先生はお手本を見せてくれた。杖にまたがり目を閉じる。数秒そうしていると、先生の足元に魔法陣が広がった。


「【万物に作用する力よ、消え去れ】」


 言葉を紡ぐと先生の体が浮上していった。一定の高さになったところで浮上は止まり、私の上でくるくると回りながら下りて来た。


「こんなふうに飛ぶのよ。まつりちゃんもやってみて」


「わかりました! 頑張ります!」


 私は気合を入れて返事をした。先生に渡された杖にまたがる。


「意識を集中させて。魔法陣を想像して」


 先生の言葉を意識する。目を閉じて頭の中に魔法陣を思い描く。すると、足元から不思議な力を感じた。目を開けると足元に先生と同じ魔法陣が描かれていた。出来て気が緩んだのか魔法陣の輝きが明滅し始めた。それを見て慌てそうになったが、そこで先生の声が聞こえた。


「慌てないで。魔法陣を想像したまま唱えて」


 先生のおかげで落ち着きを取り戻した私は深呼吸し、もう一度魔法陣を想像する。すると魔法陣の輝きも安定した。


「【万物に作用する力よ、消え去れ】」


 唱え終わると同時に体が浮遊感に包まれた。そして足が地面から離れていく。


「わ、わわ……落ちる!」


 バランスを崩しそうになり慌てて杖につかまる。先生が私の隣に飛んできて助けてくれた。


「そんなに慌てなくても大丈夫よ。自転車に乗る感覚でいいのよ」


「自転車に乗る感覚……」


 杖を自転車だと思い込み体を起こす。それでバランスが安定したが、今度はそのまま浮上していった。


「せ、先生!? どうやったら止まるんですか!?」


「落ち着いて。『止まれ』って思えば杖が自動的に止めてくれるわよ」


 ぎゅっと目を閉じて思う。

 止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ、と何度も念じていると、エレベーターで上階に行くときの感覚が消えた。


「ほら、目を開けて。景色が綺麗よ」


 先生に言われて恐る恐る目を開ける。


「わー、綺麗。遠くに海が見える」


「ふふふ、綺麗でしょ。いつもは横からしか見えない景色も、ここからなら普段とは違った見え方ができるのよ。だからわたしはここからの景色が好きであそこに家を建てたの」


 先生があそこにツリーハウスを建てた理由がわかった。その時一真も私の隣に飛んできた。


「景色が最高なのもいいけど先生、物質変換の魔法も教えてください」


「そうね。と言ってもこれはさっきまつりちゃんに見せたのよ」


「ふっふーん、いいでしょ。一真より先に見せてもらってもう覚えたもんねー」


「んな……じゃあ見せてみろよ」


「いいわよ! 早速下に行くよ」


 私は杖を操って下に行く。一真と先生も続いて来る。地上に降り立つなり早速魔法の準備をする。


「見て腰抜かすんじゃないよ」


「ふん、蒼生が俺より先にできたためしがないだろ」


 それを聞いた私は、むっときて杖を乱暴に振る。いつも通り魔法陣を浮かべる。しかし、いつも見ている物より少しだけ形がいびつだった。


「え……」


 先生が驚きの声を発したが、今の私は気にすることもなかった。一真の左手にある杖を見ながら唱える。


「【千変万化、千々に散れ】」


 一真の杖が先から光る粒子に変わり始めた。その時、先生が大きな声で喋りだした。


「まつりちゃん! 今すぐその魔法を止めて! 早くしないと危険なことになっちゃうわよ!」


「え、でも私、魔法を途中で止めたことなんて……」


 その間にも私の魔法は進んでいた。


「なんだこれ!?」


 一真が驚き声を発して、見ると一真の手が杖と一緒に光の粒子になっていた。


「わ、私は杖を分解しようと……先生、どうしよう!?」


「まつりちゃん、どいて。私がやるわ」


 いつもなら優しい声で喋る先生が、真剣な表情をして杖を構えた。


「二度も間違えるなんて……一真君は絶対に助ける」


 先生は杖をまっすぐにすると、魔法陣が二つ一真の足元に浮かぶ。そして唱えた。


「【止まれ、現象よ】」


 一真の周りに散った粒子が止まり、進行していた現象も止まった。


「【収束されたる穴は霧散し、生命より生まれし力を解放せよ】」


 粒子が元の場所に戻り始める。私が浮かべた魔法陣は輝きを失っていき、消えた。


「一真君、大丈夫? これで元に戻ったはずだけど」


 一真は左手を開いて閉じてを繰り返し、(うなず)く。


「はい、大丈夫です。助かりました、先生」


「いいのよ。無事だったならいいわ」


 一真は先生に礼を言ってから私の方を見る。


「蒼生、もう少し気を付けてくれ」


「うっ……ごめんなさい」


 私が謝ると先生が慌てて間に入って来た。


「違うのよ、一真君。実はさっき使った魔法はまだ不完全だったのよ。わたしが最終調整するのを忘れてて、そのまままつりちゃんに渡しちゃったのよ。だから悪いのはわたしなの」


 先生は腰を折って私達に謝って来た。


「ごめんなさい。生徒を危険な目に合わせちゃうなんて先生失格ね……もう、二人に魔法を教えることは出来ないわ」


「えっ、先生!? 別に俺は大丈夫ですから、危険な状態でも先生が助けてくれるって信じてますから」


「そうですよ! 魔法の勉強がなくなるのは嫌ですよ!」


 私達は先生に声をかけて必死に止める。最後には声をそろえて、


「「私達(俺達)に魔法を教えてください!」」


 私達も先生と同じように腰を折ってお願いする。先生は私達の言葉に驚き顔を上げる。


「二人とも、顔を上げて」


 言われた通りに顔を上げると、先生の目が潤んでいた。


「二人にそこまで言われたらわたしもやめるわけにはいかないわよね……。ありがとう。これからもよろしくね」


「「はいっ!」」


 笑顔で頷いたところで先生の涙腺が決壊した。先生が泣き止むのを待ってからツリーハウスの中に戻って行った。

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