歴史
翌日、私達は学校が終わってから先生のところを急いで訪れた。先生は目を丸くして驚いていたが、昨日のことを話すと先生は納得した表情をした。
「やっぱりあなた達に『あれ』をしたのはまずかったかしらね」
「あれ?」
「氷柱を飛ばしたことだよ」
「ああ、でもどうしてそれがまずいんですか?」
「だって魔法の非人道的な使い道に気づいちゃったんですもん」
非人道的。その言葉の意味が最初は魔法と繋がらなかった。しかし、少しずつその意味がわかってきた。
「一真君は昨日の時点で気づいていたみたいだけど、まつりちゃんはわかったかしら?」
「はい……」
私の暗い顔を見て先生は神妙な表情で頷いた。
「そう、魔法はまつりちゃんが思っていた人を幸せにしたり笑顔にしてくれたりするようなものでもないわ。魔法は便利であると同時に人を殺すことができることも人は容易に知ってしまう」
私は下を向いて唇を噛んだ。一真は私のそんな姿を見て、質問をした。
「先生。過去にそんな事が本当にあったんですか?」
「あったわ。かなり昔だけどあったわ」
先生が間を置かずに答えたことと、実際に起きていたことに一真が驚いているのが気配でわかった。
「昔、それこそ紀元前と言われている時代に世界中で、魔法を使った戦争が起きたの。とても多くの死者を出したのよ。無残な姿となって亡くなった者、異形の姿に変えられた者がいたわ。
魔法によって無理やり生かされながら拷問を受け続けた人もいた。そんな残虐性を持つ魔法を危険と感じた私達は、魔法を使う者としてこれ以上死者を出さないために魔法を使って『魔法』という存在自体を消した」
そこで一息つくと先生は私達の前に透明な水晶を見せた。そして言葉を続ける。
「人間の記憶から魔法という存在は確かに消えたわ。でも、人間は不思議な現象を見たら必ずそれを後世に伝えようとする。文字、絵、写真などを使ってね。だから見たことあるはずよ」
そう言うと水晶から一つの絵が映し出された。そこには聖書に出てくるモーセが海を割っているものだった。
「モーセの十戒はあなた達も知っているでしょ? あの中で彼が水を割ったのは有名だけど、実際には魔法で割ったのよ。最近で言うと今から約百年前、ロシアのシベリア・ツングースカで起きた大爆発。隕石が途中で爆発したという発表だったけど、あれも火の魔法で爆発が起きた結果なの」
見たことがあるような口調が引っ掛かり、私は思わず聞いてしまった。
「先生って、その、今いくつなんですか?」
その一言で周囲の温度が下がった。先生の足元にいつの間にか展開されていた魔法陣が光りだし、氷柱の頭がいくつも見えた。
「まつりちゃん、今何か言ったかしら?」
「な、なにも言ってないです!」
「そう。なら、今日はこのくらいにしときましょう。勉強は明日からよ」
先生は私の答えに満足したのか魔法陣を消した。
この時、私は魔法の怖い使い道が少しわかったような気がした。
◇
帰り道、普段なら次にどんな魔法の授業をするのか楽しく話す私も、今日ばかりは静かだった。
「ねえ、一真。なんか今日は魔法の歴史の授業だったね」
「ああ、そうだな」
「あのね、帰る前に少し考えたんだ。魔法は危険なもの、それは先生が一番よく知っているはずなのになんで私達に教えたんだろうって」
そこで一度言葉を切り、帰る間際に先生から言われたことを思い出す。
『まつりちゃん、あなたには申し訳ないと思うわ。でも、これはいずれ知ってもらわなければいけないことだったの。魔法を使う者として、道を踏み外さないようにしてもらいたいの。かつての私みたいに……』
先生が最後に言ったことは理解できなかったが、わかったこともある。それを一真に伝える。
「先生は魔法っていうものが決して戦争の道具なんかじゃないって伝えたかったんだと思う。だから、私は魔法を悪用しないって先生に誓う」
そこまで言うと、一真が言ってきた。
「蒼生は絶対に魔法を悪用しないだろ。なにせ幸せな事しか考えてないからな」
「せっかくいいことを話したのに、どうしてそんなことを言うのよ!」
一真の脇腹をつつくと、くっくっと笑っていた。
「ごめんごめん。でも俺も、先生が歴史の話をしてくれた理由は蒼生の言うとおりだと思う。だからさ、先生の期待に答えなきゃな」
一真の言葉に喜びを隠せなくなってしまった私は、思わず一真に抱きついてしまった。
「一真、ありがとう!」
「おいおい……」
一真は顔を赤くして頬を掻いた。その反応にからかおうかと思ったが、一真に感謝してしなかった。
それから、またいつものように話しながら帰った。
◇
魔女はツリーハウスの中を歩き回っていた。今は魔法の特訓をする気にもなれず、明日は何を教えるか考える気にもなれなかった。歩いているうち、ふと透明な水晶を取り出し額に当てた。
「【思い出よ】」
それだけで水晶が淡く光りだすと同時に頭の中にいくつもの記憶が流れ込んできた。その中で自分が探し求めていたものを見つける。
「ヒルダ……クルト……」
お揃いのローブを着て、笑う二人。自分にとって初めての弟子。しかし……
それ以上思い出したくなくて、魔法を止める。水晶を手にしながらそのまましゃがみこんでしまった。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい。あの時私が止めさえしてれば……」
悔やんでも悔やみきれない過去にひたすら魔女は謝り続けていた。
魔法の歴史を知った後も私達は普段と変わらずに授業を受けていた。いや、一つ変わったことがあった。それは魔法に対する接し方だった。今まで魔法は不思議な現象を引き起こせて、人々を幸せにすることが出来ると思っていた。でも、歴史を教わってからは魔法の使い方を常に考えるようにした。そんな私達を見て、あるとき先生は潤んだ目で私達に抱きついた。その時の先生の顔を私は忘れない。