魔法とは……
大轟音が響いた。視界も白一色に染まり、音も消えた。それが何十秒も続き、ようやく戻ってきた視界に広がったのは、建物と呼べるものはなくすべてが更地になった光景。
そこで景色の前に見える半透明の壁に気づいた。頭の下には柔らかい感触があった。上を見ると、そこには先生の顔があった。
「先生?」
「気づいた?」
「みんなは……?」
先生は静かに顔を横に振り、教えてくれる。
「みんな、死んでしまったわ。あのミサイルは核だったみたいで、建物も全て吹き飛んだわ」
「そんな……」
一真が咄嗟に私を投げて、先生に預けたのが理解できた。そして、先生が結界を作って防いでいるのも。
「今は結界を張っているから大丈夫だけど、これも長くはもたないわ」
よく見ると、結界のあちこちにひびが見えた。
「あと数発が限界ね。だけど……」
空を見ると、ミサイルのシルエットが無数に見えた。
「もうどうしようもないわね……みんなも助けられなかった。まつりちゃんももう手遅れ……私はまた誰も救えないのかしら……」
先生の悲痛な表情が見えた。涙をこぼして、私の頬に落ちてくる。
「先生……」
こんなときにどんな言葉を言ったらいいのかわからなかった。
「……こんなことになるなら、まつりちゃん達に会わなければよかった。魔法なんて教えなければよかった。そうすれば……っ!」
先生は自分を責め続け、何か思いついた表情をした。
「そう……そう、よね。まつりちゃん達と会わなければいいのよね……」
何か不穏な空気が漂い始めた。
「何を、言って……」
「まつりちゃん、一つだけ教えて。あなたにとって魔法とは何?」
もう死ぬ直前だからおかしくなってこんなことを聞き始めたのか。一瞬そう思ったけど違う。先生の目がどこまでもまじめだった。
「……魔法は……私にとって……」
魔法はいろいろなことが出来る。人を繋ぐもの、笑顔にする物、幸せにする物、助ける物、本当にいろいろある。だから、それらすべての意味を込めて、
「……宝物です」
「…………そう、よね」
答えると、先生は何か迷っていたが、やがて覚悟を決めたらしく、口を開いた。
聞くと、魔法はどこまでできるのか知りたくなるほど無謀な事だった。
「私の命、全部使って、歴史を変えるわ」
「そんなこと、出来るわけ……」
「出来るわ、魔法は願いを叶えるためにあるじゃない。なら……」
先生は静かに立ち上がった。
「ごめんなさい、まつりちゃん。全てなかったことにするわ」
希望は見えたはずなのに、先生の顔は晴れていなかった。
「待って……待ってください!」
私の体も限界に来ていた。声を出すのも辛く、かすれた声しか出なかった。
先生は、私に背中を向けて魔法を唱える。
「【変容した身は戻る】」
すると、先生の姿が変わり出した。髪は長く、白いワンピースで小柄の女の子。十歳の時の姿だった。その声はさっきより高いが、落ち着いた感じだった。
「これが、私の本当の姿よ、まつりちゃん」
笑うも、その目には小さく光るに涙が一粒。
「……やめて、ください……」
体の力が抜けていく。
「【捧げよう】」
先生の体が光る。それが魔力ではなく、命の輝きだと理解する。
「だ、め……」
手を伸ばそうとした。でも、体が言うことを聞かない。視界もぼやけていく。それが私の涙なのか、それとも尽きようとしている体の異変なのか、そのどちらかはわからなかった。
音が遠くなる世界で、先生の声だけが響く。
「【巡り巡るこの世界。紡がれていく軌跡、見えぬ道。誰しもが刻み続ける軌跡に、我は異を唱える。行く先を変える為、過ぎ来し方に還ろう】」
先生が最後に振り向いたような気がした。そして、私の未来を願うように、最後を紡ぐ。
「【願わくは、その子らの明るき世界を信じて】」
魔法陣が輝く。
「あなたに会えて、本当に良かった……」
先生がそれだけ言うと、声はそれきり聞こえなくなった。もう何も見えず、感じず、聞こえない。ミサイルがいつ降って来るのかもわからない。そんな時になって、先生が何をしようとしているのか悟った。
先生は、もう一度魔法を忘れさせようとしている。いや、魔法をこの世界から消そうとしている。ゼルさんも含めて、私や一真の記憶から先生の存在ごと……
「……お願い……せんせいを、たすけて……」
私は静かに願った。この願いが叶うことを信じて……
◇
過去へ戻る魔法を使って、まつりちゃんと出会った時にまで遡ろうとした。けれどそれだと体がもたずに先に死んでしまう。仕方なく、クルト君達との騒動の翌日に来た。
舞い降りたのはツリーハウスが見える森の中だった。飛んで行こうかと思ったが、少しでもこの時代の魔力を使うと、この先どのような影響があるのかわからないため控えることにした。
それで一歩踏み出してみる。そこで違和感を覚えた。足の一部が欠けているような感覚がして、うまくバランスが取れなかった。
「もう限界ね……」
体が崩壊を始めていた。少しずつ、体の端々から光の粒子になり、空気中に溶けて消えていった。
「早くしないと……」
バランスをうまくとりながらツリーハウスへ向かう。
ツリーハウス周辺には結界を張ってあるが、使用者が同じなため何の異変も起きない。それは入り口に作られている扉も同じで、私が触れると自動的に開いた。
中に入ると、驚いた表情をしている『わたし』がいた。
「あなたは……!」
「突然の訪問ごめんなさい。でも、急いでいるから用件だけを伝えるわね」
まだ『わたし』は事情を呑み込めていない様子だったが、構わずに続けた。
「これは、未来で起きた事実。私はそれを変えるためにやって来たの」
「……っ!」
それだけで何かを察したのか、驚いた表情をした。
そして、私は全てを伝えた。
◇
学校が終わり、今日も先生の所に行く。昨日は大変なことがあったけど、それを乗り越えることが出来たから大丈夫。私は一真の手を引きながら例の更地に来た。
「ほら、早くしないと陽が沈んじゃうよ!」
「はいはい、わかったから。今い――」
一真の声が途中で途切れ、いきなり倒れた。私は混乱して慌てて抱き起して一真の様子を見る。しかし、一真の体には目立った外傷はなく、ただ眠っているようにしか見えなかった。
「ちょっと、いきなりどうしたの!」
まるで魔法のように突然……
「魔法!」
誰かが魔法を使ったとしか考えられなかった。でも、一体誰がやったのかわからず、周囲を見る。すると、ツリーハウス側の道の所に誰かが立っていた。
その人の姿は、全身が輝いていて、魔法を使うときの魔法陣のようだった。
「あなたが一真に……魔法をかけたんですか」
「ええ、そうよ」
「いきなり何なんですか! 私達が一体何をしたって……え」
途中で言葉が止まってしまった。
いきなり体の力が抜けてしまったのだ。何を喋ろうとしても口は動かず、体の言うことも聞かない。
ただ相手の声だけが聞こえた。
「ごめんなさい…………しか、な……」
「わか……ら、早くし…………」
「そう……はじ……ょう」
どうやら二人いるみたいだった。一人はさっき話していた人、もう一人は……先生、な気がした。二人は一体何を話しているのかはわからなかった。でも、二人ともすごく悲しい声をしていた。そして、次の言葉だけがはっきりと聞こえた。
「魔法を消しましょう」
それきり私の意識は途切れた。
◇
「――ろ、……きろ、まつり」
「…………ん」
誰かの声で目を覚ました。私は目をこすりながら、寝ていた体を起こした。
「あれ、一真……もう朝?」
「バカ、まだ夕方だ。てか、こんなところで夜を明かす奴がいるのかよ」
そう言われて辺りを見る。そこは小学生の時にさんざん遊んだ更地だった。昔は空き小屋がいっぱいあったが、いつの間にか工事が入り、全て撤去されていた。それきり私と一真を含める全員が、ここで遊ぶことはなくなった。
「なんでこんなところに来たんだろ……それに夕方だ」
ここに来た理由もわからず、空を見上げると夕日の色に染まっていた。
「ここに来た理由って……なんだろ?」
「知らん。とりあえず帰るぞ。早くしないと陽が沈んじまう」
一真は適当に答えつつ先に家へと歩き始めた。私も慌てて立ち上がり、追いかけようとして、ふと足を止めた。
誰かに見られているような気がして、後ろを見る。だけどそこには小学生の時と同じ森が広がっているだけだった。小首をかしげて、何なのか考えていると、一真が私を呼ぶ声が聞こえる。
「今行くー!」
私は返事をして向かおうとしたが、その前にやらなければいけないことがあった。
腰を折って、大きな声で
「ありがとうございました!」
そう言った瞬間、上から何か硬いものが降って来た。
「いて……」
背中に当たり、その痛みに我慢しながらそれを見る。それは、花の形をしているネックレスだった。
「勿忘草……?」
この花がそう見えて、誰かの落とし物かと思った。だけど、空から降って来るのも変だし、それと言ってここらに捨てるのももったいない。私は、とりあえずこれを持ってしばらく落とし主を探そうと思う。でも、見つからない場合は自分の物にしようと思った。
一真がさっきより大きな声で私を呼んで、私は慌てて一真を追いかけた。
◇
「頑張って、まつりちゃん。あなたの未来は変わった。魔法は忘れ、わたしの存在も忘れた。けど、わたしはいつまでも見守っているわよ」
魔女はそれだけ言うとその姿を消した。
それから何年もして、魔女が住んでいたツリーハウスが発見される。
その時には、中は無人で、何もなかった。その代わり、一枚だけ謎の紙が置いてあったらしい。それは……
『あなたにとって魔法とは何なのかしら?
魔女より』
これで本編はおしまいです。
次からはアフターストーリーなどを展開していきたいと思います。




