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魔女の弟子  作者: かじら
魔女の願い
25/28

戦争 後編

 戦況は劣勢どころか壊滅状態に近かった。重傷者が多く、今立っているのは十人弱だった。


「【浄化の光よ、(よこしま)なるものを消しされ】!」


 学園長の魔法がゼルストラの足を止める。その隙に他の教師が拘束魔法で捕らえる。しかし、その拘束魔法はすぐに破壊された。


「魔力が……」


 あらゆる生き物から生まれる(ごく)わずかな力が密集し、魔力が出来上がる。学園には魔力が満ち溢れていたはずだが、この戦争で魔力が枯渇していた。

 枯渇した後は学園の防御結界を利用して魔法に必要な魔力を(ひね)り出していたが、結界の魔力も底が尽きかけていて、何も出来なかった。それはこの戦い以外にも影響を及ぼしていた。


「学園長、魔力が枯渇して生徒の避難が出来ません!」


「結界を学園の重要区画に絞り、出来る限り避難させて! それで出来なかった人は地下施設へ退避!」


 学園長は張りを無くしつつある声で指示を出す。

 しかし、そんなことは時間稼ぎにしかならなかった。


「そろそろ限界ですね……」


 汗を垂れ流しながらゼルストラを(にら)む。すると、突然ゼルストラの全身にひびが入り始めた。


「これは……!」


 事前に確認した爆発の前兆だった。結界を展開して防ごうとするが、魔法陣が途中で消えた。


「くっ! 魔力が……!」


 魔法が使えなければ対抗することも出来ない。爆発から少しでも離れようと逃げるが、所詮無駄な足掻(あが)きにしかならない。そして、その瞬間は訪れた。


 ◇


「くそっ! 邪魔をするな!」


 一真君の怒声が響く。ナイフを持って切りかかるも、ことごとく(かわ)されていた。


「一真君、落ち着いて!」


 わたしが制止の声をかけてようやく彼が下がる。


「早くしないとみんなが……」


「わかってる。けど、冷静に判断しなきゃあの人の思う壷よ」


 わたし達は一向に仕掛けてこないゼルに手を焼いていた。

 学園の方に向かおうとすると邪魔をしてくるのに、こちらが攻めるとひたすら()け続ける。二手に分かれて行こうとすると魔法を使って全力で足止めをしてきた。

 そのおかげで一真君は苛立ち、先程から乱雑な攻撃しかしていなかった。


「どうしたんだい? みんなを助けるのではないのかね?」


「くっ……」


「もういい加減やめて!」


「その願いは受け入れられないね。僕と同じ境遇の苦悶(くもん)を受けてもらうからね。そして、間もなくそれは訪れる」


 学園を見ると、あちこちで(まばゆ)い輝きを放っているのがわかる。まつりちゃん達ならそこで何らかの対策をするはずだが、その様子も見えない。それどころか、魔法の輝きが一切消えた。


「魔力がなくなってきてる……」


 こっちはまだ魔力が満ちていた。もともと魔力が少ない上空では、飛行魔法に魔力を集中させて他の魔法は使わないように節約しているのだ。その反対に、上空より強いはずの地上の魔力が満ちているはずだが、それが枯渇するほど激しい戦闘が起きたという事実は、こちらを焦らせるには十分な判断材料だった。

 今すぐに駆けつけたいが、ゼルがそれを許さない。お互いに牽制(けんせい)しあうだけでどうしようもなかった。


「まつりちゃん……」


 わたしは焦る気持ちを必死に押さえつけ、ある賭けに出た。緑の水晶を取り出し、それを学園の教師の塔付近に落とす。


「今更何をしたところで何も変わらない」


 ゼルは己の勝利が揺るがないことを確信してか、水晶を砕こうとはしなかった。


「お願い……」


 下で起き続ける変化をただ見守ることしか出来なかった。


 ◇


 私が教師の塔にたどり着いた時には、ゼルストラが輝きを発していた。


「爆発の前兆……!」


 前兆が始まったら拘束しても意味がない。どうしたらいいのか……

 その時、半年前の記憶が蘇った。それは、春香が私に魔法陣の種類を教えてくれた時の出来事。

 あの時春香が使ってた魔法は空間内の時間を早める魔法。なら、その逆も出来るのでは……?

 そう思ったら悩むより体が先に動いていた。初めて使う魔法だが、イメージした途端に呪文が出てきた。


「【進む針、刻む音、我はその動きに異を唱える。今は歩みを止め、来る時に加速せよ】」


 魔法陣を広げ呪文を唱える。しかし、呪文が完成しても何も起きなかった。


「魔力が……」


 魔力がなくなれば魔法は使えない。そして魔法がなければ何も出来ない。

 ゼルストラが爆発するのは魔法を使えなければ止められない。


「一体どうすれば……」


「先生、あれは一体なんですか……?」


「えっ……?」


 佳奈ちゃんが空を指さして聞く。その指を追ってみると、緑色に光る何かが落ちてきていた。

 急いでそれを取ると、それは緑の水晶だった。


「これって……」


 この水晶には見覚えがあった。小学時代から先生のツリーハウスに向かう時に使っていたものだった。

 これを今持っているのは先生。だけど、これがなぜ今落ちてきているのかわからなかった。


「なんで今……戦争中に落ちた? それならもっと早く落ちてるはずだし何か理由がある……?」


 頭を巡らせた。先生が何らかの考えがあってこれを落としてきたとしたら、この水晶に何の意味があるのか?


「水晶……大掛かりな魔法を使う時などに使う補助道具。中に込められた魔力で使える魔法の大きさが分かれる……」


 何かが今頭を(かす)めた。


「もっと基本に戻らなきゃ……」


 三人が心配そうに私を見つめているのがわかる。目の前では学園長達がゼルストラの爆発に備えて逃げようとしていた。


「水晶を構成しているのは魔力の外殻、その中に魔力を込めて作る…… あっ!」


 わかった瞬間、思わず声を出してしまった。


「間に合って……!」


 ゼルストラはもう爆発寸前。

 私は水晶を地面に置いて杖で割った。三人が動揺の声を出すが、今は説明している暇はなかった。


「【進む針、刻む音、我はその動きに異を唱える。今は歩みを止め、来る時に加速せよ】」


 巨大な魔法陣が広がる。その大きさは学園全体に迫るものだった。

 魔法が起動し、光の膜が生まれた。光の膜はゼルストラを包み込んでいき、爆発の輝きが遅くなった。

 突然の現象に学園長たちが驚いていた。


「一体何が……」


「学園長!」


「まつりさん、これは一体……」


「話はあとです。それより今はお願いしたいことがあるんです」


「お願い、ですか?」


 私には今の状況を打開する方法があった。だけど、それをやるには膨大な魔力が必要だった。水晶はなく、他の手段で魔力を得る方法が一つしか思いつかなかった。


「結界の魔力を全部、これから使う魔法に回してください!」


「結界の魔力全部!?」


 学園長は驚いて杖を落としそうになった。


「さすがにそれは出来ません! 危険すぎます!」


「そうかもしれませんが、もう後がありません! この状態も長くは続きません」


 すでに魔力が尽きようとしているのか、魔法陣の輝きが弱くなり明滅していた。


「まつりさん……本当にこの戦況をどうにか出来るんですか?」


「はい、私のありったけの願いを込めたこの魔法なら……」


 学園長はしばらく思案する。


「わかりました、すぐに結界を解除して魔力をまつりさんに渡します」


 そういうとすぐに他の職員に指示する。


「準備は一分で終わらせます。その間、この魔法を維持してください」


「わかりました!」


 私は杖で魔法陣の輝きを保とうとする。全体に魔法を発動させるのではなく、ゼルストラがいる位置にピンポイントで魔法を起動させることで、魔法を維持する。


「先生、私達に手伝えることはありますか」


「三人は万が一に備えて学園の中に避難してて」


「でも……」


「大丈夫、絶対に成功させるから」


 佳奈ちゃんと穂乃花ちゃんが心配そうに見つめてくる。蒼空君は何か言いたそうにしていたが、それを我慢して二人の手を引っ張った。


「行くぞ」


「ですが……!」


「教師が大丈夫って言っているんだから、それを信じないでどうするんだよ!」


 そう言って蒼空君が強引に連れて行った。


「ありがとう、蒼空君」


 感謝しながら、魔法の維持に集中していると、後ろから学園長の声が聞こえた。


「まつりさん、準備が整いました!」


「わかりました。私の所に魔力を集中させてください!」


 お願いすると、私の周りに光の粒が一つ二つと浮かび始めた。光の粒は魔力が目視できるほどまで集中している証拠だった。

 私は魔法が十秒後に解除されるように設定し、渾身(こんしん)の魔法を使う。


「【全にして一、一にして全。全ての始まりは終わりの魔法使い。狂わされし道、呑み込まれし意思。閉ざされた黒き世界に一条の光よ、彼らに今一度、悪意を(はじ)く力となれ】」


 詠唱が終わると同時に魔法陣が広がる。それは先ほど使った魔法と同規模かそれ以上の大きさだった。ゼルストラは時間低速の魔法が解除され、世界に流れている時間と一致するまで加速する。つまり、加速から爆発までの時間が二秒前後しかなかった。そのままいけば爆発するはずだったが、その寸前で起動した魔法がそれをさせなかった。

 ゼルストラの爆発の前兆が徐々に収まり、体の大きさが人サイズにまで縮んでいった。それと同時に体内から黒い水晶が転がり出てきて、ひとりでに割れた。


「はあ、成功した……」


 極度の緊張下で全てのゼルストラの爆発を止める。さすがにプレッシャーが大きく、疲れた。持っている杖もイメージ量に耐え切れず、塵になってしまう。


「無茶させちゃってごめんね……」


 杖に謝りながら塵になっていくの見送ると、背中に強い衝撃を感じた。


「先生!」


「心配しました!」


 思わずよろめいてバランスを崩してしまう。抱きついて来たのが一体誰かなのかはわかっていたが、この衝撃は予想していなかった。


「二人とも、心配かけてごめんね……」


 二人を抱きしめながら顔を上げると、蒼空君も深いため息をついて安心した表情をしていた。


「学園長は?」


「学園長なら地下に避難している人達に今の状況を説明している。……ほら、噂したら出て来たぞ」


 蒼空君が教師の塔を指さすと、丁度地下に避難していた人達が出てくるところだった。


「まつりちゃーん!」


 その中から春香が駆け寄ってくる。


「春香、もう出てきてよかったの?」


「学園長が今の状況の説明をしてくれて、不安になったから出てきちゃった」


「なんかそれで色んな人が出てきちゃっているけどね……」


「……それよりもう終わったの?」


 露骨な話のそらし方に苦笑しながら辺りを見ながら説明する。


「うん、さっき魔法で人と黒い水晶を切り離したから……えっ」


 しかし、そううまくはいかなかった。どこを見ても倒れている人だらけ。しかし、その可能性は考えていたから特に驚くことではない。だけど誰もが苦しそうに胸を押さえていた。


「なんで……」


 私は自分の魔法が成功すると思い込んでいた。ゼルストラは蒼空君が巨大化した時のデータを基にしていると聞いた。だから黒い水晶が入っているのも一緒だと思い、それを切り離せばいいと思っていた。だから切り離した後は楽になると考えていたが、今広がる光景はそうではない。


「魔法の失敗……でも、あれは成功した。なら何が原因で……」


 必死に考えた。その時、職員の言葉を思い出した。


「まさか……爆弾!」


 私の言葉に全員が驚いた顔をする。学園長が今の状況を説明するように呼んでいるがそれに返事をしている余裕がなかった。

 急いで近くに倒れている人に駆け寄り、苦しそうに抑えている胸に耳を当てた。

 カチッ、カチッ、カチッ


「爆弾が体内に埋め込まれている……」


 さっきの魔法は水晶を取り出して、ゼルストラ化を解除する。それしか考えておらず、爆弾のことは完全に忘れていた。


「今からもう一度魔法で……でも魔力が……!」


ゼルストラは全部で何人いるか把握できていない。でも、四桁は越え五桁に迫るほどの人が降って来たのは確かだった。ただ、学園が広いからどこにどれくらい降ったのかなどわかるはずもなく、学園全体に届くほどの魔法陣を用意しなければならない。魔力もそれなりの量を使うから、この枯渇状態では何も出来なかった。結界の残魔力を使っても恐らく学園の半分ぐらいまでしか魔法陣を広げられない。


「どうすれば……」


 魔力を補充できるもの、水晶や結界はもう使ったから残っていない。地面に刻んである魔法陣も魔力は底を尽きたはず。何か魔力の源はないのか、どんな魔法を使えばいいのか、どうやったら助けられるのか、焦る頭で考えても何一ついい案が出てこない。


「誰か……」


 泣きたかった。爆弾の存在を忘れていたなんて、許されることではなかった。せっかく学園長に大見栄を切ったのに、こんな結果になってしまった。


「助けて……」


 願った。でも魔法がそんな願いを叶えてくれるのか。全て自分が招いた結果だというのに。自分で全て解決するしかない。この命に代えても……


「命……?」


 命は人間の、全ての生き物の源。魔力は生命のエネルギーと同時に作り出される。それなら、


「私の命から魔力をかき集めれば……!」


 希望は見えた。なら、あとはそれを行う魔法を作ればいい。だけど、もしそれが完成し、使ったら……。


「……みんなを助けるためなら!」


今はみんなを助けるために魔法を使う。

 杖がない今、手を媒介にして魔法を使おう。そう思っていたら肩に誰かの手が置かれた。


「春香?」


 見ると春香が心配そうな表情をしていた。


「ねえ、危険なことをしようとしていないよね?」


 勘が鋭い。私は正直に伝えようとしたけど、それだと止められる可能性がある。だから、初めて春香に嘘をついた。


「大丈夫、危険なことじゃないよ。でも、今から魔法を使うから私から離れてて」


 そう言うもまだ不安そうにする春香に向かって、微笑を浮かべる。春香はしばらく私の顔を見てから離れる。


「ありがとう、春香……」


 私は小声で感謝し、覚悟を決める。杖がない代わりに、手をかざして魔法を使う体勢に入る。

イメージする。自分の体にみなぎる力、その力を外に出すために手を介して放出する。

 (てのひら)に魔力が集中するのを感じる。その時、胸に鋭い痛みが走った。


「ッ!」


 思わず悲鳴を上げそうになった。それでも根性で悲鳴を飲み込み、意識を集中させる。掌に小さな光が灯る。全身が重く感じるが、足で踏ん張り体勢を崩さない。

 全身に痛みが走り始めるが、無視して集中する。魔法で爆弾を取り除き、それを宇宙に飛ばす。そんな滅茶苦茶な魔法が存在するはずがなかった。


「でも、イメージして願い続ければ……!」


 歯を食いしばり必死に魔力を吸い出す。掌に集まっていた光はやがて小さな魔法陣となった。魔法陣は少しずつ大きくなっていく。私の体より大きくなったところで、手を魔法陣ごと地面に着いた。今もなお生まれてくる魔力を片端から吸収して、学園全体に広げる。そして、唱えた。


「【力を収束せし穴よ、我はその源となる生命(いのち)の全てを注ごう。空身に眠る爆裂の弾、略奪せよ】」


魔法で学園中にいるゼルストラだった人を見つける。それだけで膨大な人数に及び、頭が悲鳴を上げる。激しい頭痛に意識を刈り取られそうだったが、それでも助けたいという気持ちでそれを(つな)ぎ留める。朦朧(もうろう)とする意識の中で、人の中に埋め込まれている爆弾を見つけ、その爆弾を包み込むように小さな魔法陣を広げる。そして、最後に呪文を唱える。


「【そして、遼遠(りようえん)なる彼方へと飛べ】!」


 その瞬間、いくつもの光の柱が上がる。それと同時に体の中で何かが切れたような音が聞こえた。


「あっ……」


 私はか細い声しか出せなかった。


 ◇


 まつりがゼルストラを助ける少し前。


 先生が水晶を落とした後、俺はずっとゼルを見ていた。


「いいのかね、君の大切な人の元へ行かなくても」


「ああ、別に問題はない。まつりが止めてくれるからな」


「ふん、何を言うかと思えば。そんなことがあり得るわけがないだろ。見ろ! もう爆発する!」


 ゼルの言う通り、前兆の輝きも強く、あと十秒ぐらいで爆発するだろう。それでもまつりのことを信じて動かない。先生も水晶を落としてから一言も発せずにゼルを見ていた。

 それから流れる十秒が長く感じた。ゼルの動きを警戒しながらカウントし続け、九秒をカウントした瞬間、学園に巨大な魔法陣が広がった。

 見ると、爆発の前兆がスローモーションのように動いていた。それから半壊状態の結界が消えて、先ほどと同規模の魔法陣が広がった。爆発の前兆は収まっていき、ゼルストラは次第に人の形をしていく。


「間に合ったか……」


 俺は間に合ったことに安堵した。先生も安堵の息を()いた。

 そこに、ゼルの金切り声が響いた。


「なぜだなぜだなぜだなぜだー! 計画は予定通り進行していたはずだ! 誰だ、誰が止めた!」


 穏やかな雰囲気から一変して、血走った目で学園を見下ろした。そして、誰が爆発を止めたのか見つけた。


「お前かー!」


 一気に急降下しようとしたが、その道を俺と先生が塞いだ。


「もうお前の負けだ。大人しく投降しろ」


「そうよ、もう終わりよ。ゼルストラによる強襲と自爆、そのどちらもが失敗に終わったあなたにはもう何も出来ないわ!」


 先生がゼルの悪行を止めようと必死に呼びかけている。しかし、その声はゼルには届いていなかった。


「終わり……? そんなわけがないだろう! まだ計画は終わらない、終わらせはしないさ」


「何を言っているの……」


 ゼルの表情にまだ余裕があり、何かがあるのを先生が悟った。


「ゼルストラの体内には爆弾が仕込まれているのは知っているだろう。ゼルストラと人間の間に爆弾が位置している。しかし、何らかの働きかけによりゼルストラ化が解除されると、爆弾は体内に埋め込まれるように仕組んでおいたのさ」


「なっ!」


 慌てて見ると、胸を押さえてのたうち回る人や、絶叫している人、逆に身動きしない人など症状は様々だった。だが、そのどれにも共通しているのが体内に爆弾があること。まさかの三つ目の策があるなど思いもよらなかった。今度こそ魔力が底をついたのか、まつりは魔法を使って助けようとせず、一歩も動こうとしなかった。


「まつりちゃん!」


 先生が下へ向かおうとして、目の前に魔法陣が広がった。俺は咄嗟に先生の前に進み出てナイフを構える。同時に氷の(つぶて)が飛んできた。驚きはしたものの対処することは容易だった。ナイフで全て叩き落し、ゼルを睨む。


「これ以上計画の邪魔はさせないさ」


 今まで魔法だけで行く手を阻んでいたゼルが、自分の体を動かしてまで止めようとしてきた。

どうすべきか迷っていると、三度目の異変が起きた。学園に巨大な魔法陣が出現したのだ。このことには全員が驚き、誰が魔法を使おうとしているのか見る。


「まつり!? でも魔力はどこから……」


 まつりがもう一度魔法を使おうとしているのかわかった。でも、その素となる魔力がどこから来たのかわからなかった。でも、先生はそれがわかったらしい。


「ダメよ……ダメよ! まつりちゃん!」


 血相を変え、ゼルを無視して行こうとする。それと同時にゼルもまた、理解したのか先生と同時にまつりの元へ行こうとした。


「ちっ!」


 何が起きているか理解は出来なかったが、絶対にゼルを下に行かせてはいけないと思った。

 だからナイフを投げつけ、牽制(けんせい)する。


「邪魔をするな!」


「いいや、するさ。絶対にお前をまつりの元には行かせない」


「なら、ここで死ね!」


 ゼルが指を向けて来た。対して俺はゼルへ一直線に飛翔する。

 ゼルの指先から魔法陣が高速で広がり、風が吹き荒れた。恐らく、風を巻き起こすことで真空を発生させて斬る、それがゼルの魔法なのだろう。これは一週間前にやられた時と同じ魔法だと直感する。だけど、今はその魔法が無意味だ。なぜなら、


「このローブは特別製でな、魔法を無効化しちまうんだよ!」


 着ていたローブを脱ぎ、ゼルに投げつける。風とローブがぶつかる。その瞬間、風が霧散した。


「珍妙なことを……」


 ゼルが無詠唱で更に魔法陣を広げるが、俺は魔法が起動する前に肉薄した。ナイフを逆袈裟(けさ)に斬り上げ、魔法の軌道をそらす。ナイフの一撃は(かわ)されるも、魔法は見当違いの方に放たれる。ナイフを引き戻しつつ、左肘(ひじ)をゼルの鳩尾(みぞおち)にめり込ませる。ゼルは体をよろけさせながら後退する。その隙にナイフを投げつける。確実に刺さると思ったが、そこは終わりの魔法使いと言われるだけの実力を見せ、無詠唱で魔法陣を広げて魔力の壁を作り上げることで防ぐ。


「はは、無詠唱とか反則だろ……」


 ゼルの魔法使いとしての実力に舌を巻きつつ、一度距離をとる。ナイフを失い、次の手を講じていると、ゼルが笑い出した。


「はは、はははは! 正直君の実力を甘く見ていたよ」


「それはどうも……」


 ゼルの気配が変わった。


「君なんかに時間をかけている暇はない。だから全力で行かせてもらうよ」


 その瞬間、ゼルが服の中から水晶を数個取り出し、砕いた。水晶の破片が光のかけらとなり、中に散った。これによって魔力がこの辺り一体に満ちた。

 ゼルは指を空に向けて一言、


「【消えろ】」


 呪文の改変。だけど、それにも限度というものがあって欲しかった。今、目の前に起きている現象を魔法ととらえていいのだろうか。

 目の前にあるのは火の玉や炎の玉という言葉でも表現しきれない。適しているとしたら太陽のように熱い球体だった。

 俺は咄嗟に下がるが全身が火傷したように熱かった。


「魔法って本当に何でもありだな!」


 今すぐにでもゼルから逃げたかった。けど、俺が逃げたらコレは学園に向かう。


「なら、ここでやるしかねえだろ……」


 全身が痛い。それでもまつりが何かしようとしている。いや、ゼルストラだった人達を助けようとしている。なら、それが終わるまで守るのが俺の役目。幸いなことに、ゼルが砕いた水晶のおかげで周囲には魔力がたっぷりある。まつりと約束したから、魔法をあんなようなことには使いたくない。でも時間稼ぎに使うならあいつも許してくれるだろう。


「【疾風よ、駆け巡れ】」


 追い風を起こし、一気に加速する。熱いのを我慢して、ゼルの周りを回る。自分の体にかかる負担を無視して、杖にひたすら早く飛ぶように念じる。それと同時に魔法をもう一つ唱える。


「【風の重圧よ。その身を拘束せよ】」


 加速する風とは別にゼルの周囲から突風が巻き起こり、ゼルに向かって集中する。通常の人間にはこんな魔法を使わないが、相手は人間ではない。

 風の重圧は周囲の空気をかき乱し、魔法を使いづらくする。もし無詠唱で魔法を使ってくるとしても、相当なイメージ力が必要。だから、そのイメージがしづらいように俺が今使える魔法を駆使すれば、時間が稼げる。そう思っていたが、現実は甘くなかった。


「……」


 ゼルは球体を保持したまま片手で無造作に振った。それだけで五つもの魔法陣が広がった。


「ふむ、そんな中途半端な魔法じゃ私を殺すことは出来ないよ」


 そんな言葉が聞こえた。魔法陣が五つ全て輝いた瞬間、破壊の嵐が巻き起こった。風の重圧が霧散し、氷の礫が襲い掛かってきた。


「【燃え上がれ】!」


 火の玉を礫に投げつけ相殺する。水蒸気の霧が発生して視界を塞ぐ。

すぐにその場から離脱しようと、さらに上へと飛ぼうとするが、その前に風の渦が発生した。


「こ、のっ!」


 杖の上に立ったままロールした。世界が一回転した時には渦が竜巻となり、周囲を吸い込んでいた。だけどそれだけじゃなかった。

 空には黒雲が広がり、雷鳴を轟かせていた。


「どうやって避けるんだよ……!」


 ひとまず下に降下して少しでも距離を取ろうとしたが、目の前に光の玉が置かれていた。光の玉は一瞬で爆発して目を焼いた。反射的に腕で(かば)ったが、それよりわずかに早く目に届いてしまい、視界を白一色に塗りつぶされた。

 右も左もわからず止まってしまった瞬間、雷が落ちる音を聞いた。それと同時に浮遊感が失せて、体が落ちる感覚がした。視力が戻ってきた視界で見ると、真っ逆さまに落ちていた。乗っていた杖は焼け焦げた状態で落ちていた。


「これでおしまいだよ」


 ゼルは笑みを浮かべながら保持していた球体を落としてきた。さすがにあれをどうにかする手段は持ち合わせていなかった。


「ごめんな、まつ――」


 一人謝ろうとしたら、いきなり球体が爆発した。


「何が……」


 落ちながらその様子を見ていると、後ろから抱き留められる感じがした。


「ありがとう……後はわたしがやるわ」


 先生が俺を抱き留めていた。しかし、その表情は暗く、それと同時に静かに怒っているような気がした。抱き留められたままゆっくりと地上に降ろされた。そばには倒れているまつりの姿があった。


「まつり!」


「……一真君、まつりちゃんの手を握っていてあげて」


 先生はそれだけ言うとゼルの所にまで飛ぶ。そして、


「ゼル、もう終わりにするわよ」


 そう宣言した。

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