すべての始まり
戦争に備えて準備しているため人混みがすごかった。それを掻き分けてでも聞かなきゃいけないことがあった。人混みを抜けて、教師の塔に入る。転移魔法陣は教師の人が使っていたため、順番待ちになりそうだった。一秒でも待つのが惜しく、脇に作られている非常階段を使った。
日頃から誰も使用せず、いつ使うのかもわからない階段だった。学園全体の建物が空間的に圧縮されており、見た目と中の階層はまるっきり別だった。どこまで階層があるのかもわからないこの建物で、階段を使ってまで行こうと考える者はいなかった。今はそのことに感謝し飛行魔法で飛んだ。螺旋状になっている階段を飛びながら、図書室で交わした言葉を思い出す。
『全ての始まりが理事長にあるってどういうこと……』
『まつりちゃんが教えてくれた字を治す魔法を使って解読し続けたんだけど、時々解読できない字があったの。他の言語かと思っていろんな本を読んでみたんだけど、どうしても出てこなかったの。そのまま全部のページを解読し終えて、読んでみた。そこには確かに魔法が一体どのように生まれたか、その後の歴史は書いてあった。だけど、最後のところに意味深な言葉が書いてあったの』
春香はそう言って私に一枚の紙を渡した。
『あなたは真実にたどり着けるか?』
『うん、それでさっき言ってた解読できない文字を繋ぎ合わせたの。旧魔法文字で読もうとしてたから読めなかったけど、試しに新魔法文字で読んでみたら』
『さっきの呪文が出来たんだ』
『うん、そしたら文字の並び方が変わって読めなくなっちゃったんだよね』
『うん、なんか旧魔法文字じゃないんだよね。どの本にも載ってなくて……。それでもこの本の作者の名前と、冒頭だけは読めるようになったの。まあ、作者とはちょっと言えるような名前じゃないかな』
『どんなの?』
『始まりの魔法使い。あと冒頭はこう書いてあったよ。魔法は二人の少年と少女の願いで生まれました。その力は万能で、願ったものはなんでも叶いました。ある日、少女は二つのお願い事をしました。一つは幸運がずっと続くように。もう一つは不老不死です。二つも願うのは初めてでしたが、幸運なことに不老不死の体を手にし、それからも幸運が度々起きるようになりました。しかし、少年には不幸しか起きませんでした。人々は少年の傍にいれば不幸しか起きないと考え、少しずつ離れていき、少女のもとに行きました。この時人々は、少女のことを幸運の魔法使い、または始まりの魔法使いと呼びました。少年は不運の魔法使い、または終わりの魔法使いと呼びました。そう書いてあったよ』
『で、でもどうして……』
『それは私の推理でしかないんだけど、この学園は年功序列で役職が決まっているでしょ。それで理事長が一番上、つまり一番年齢が高い人』
そこまで言われれば春香の言いたいことが理解できた。
『先生の所に行ってくる!』
春香から本を借りて急いで図書室を出た。
そして今に至る。ぐるぐると回り続け、ようやく最上階にたどり着いた。本を抱えて扉をノックする。先生の声が返ってきた瞬間勢いよく開けた。
「失礼します!」
「ま、まつりちゃん? 一体どうしたの?」
先生は私のただならぬオーラに戸惑いの声を上げた。
「先生、私の質問に答えてください」
「え、ええ、いいけど……」
意を決して聞いた。
「先生は、始まりの魔法使いですか?」
その名を口にした途端、先生の目が見開かれた。驚いてしばらく無言だったが、ゆっくりと教えてくれた。
「そうよ、わたしは始まりの魔法使い。この世で最初に魔法を使った人よ」
「……どうしてそれを教えてくれなかったんですか?」
「これについては、まつりちゃんに話したくなかったの。それよりどうしてわたしが始まりの魔女とわかったのかしら」
そう聞かれてあの本を見せると、先生は納得の表情をした。
「……やっぱりその本よね」
「これを見つけたのは春香です。春香が時間をかけて解読をして、この本には隠された何かがあるところまで見つけました」
「そっか、春香ちゃんか。彼女ならその本を解読出来てもおかしくはないわね。表は旧魔法文字で書かれていて、魔法を使って並べ替えることで違う意味になる二重音字になっているのよ」
「じゃあ、ここに書かれているのは……」
「表は魔法の歴史。そして、裏で書かれているのはわたしの過去について。その本をもらってもいいかしら」
「あ、はい」
先生に本を手渡すと、それを懐かしそうに見ていた。
「これを見たならすべて話すわ。魔法のすべての始まりと、どうしてこうなっているのか」
先生はそれからゆっくりと語ってくれた。
◇
昔々、それこそ紀元前という頃よ。私は十歳でただの娘だった。
「行ってきまーす!」
元気よく家を出ては毎日外で遊んでたわ。幼馴染の彼、ゼルという人といつも一緒にね。当時は何の不自由もないぐらいには生活が裕福だった。だけど、私はそんな生活がつまらなかった。
「ねぇ、ゼル」
「ん? なんだい?」
「代わり映えのしない日々で暇~」
「じゃあ、たまにはおじさんたちの畑仕事でも手伝う?」
「うっ……それは嫌かな」
「じゃあ、何がしたいの?」
「えっとね……何か特別な力が使えないかなー、なんて」
そう言うと彼が呆れた表情で返してくる。
「あのね、そんな力があるわけないだろ。第一特別な力をどうやって手に入れるのさ」
「えっと、その、願ってみる?」
言葉尻にむかって小さくなる私の言葉。それを彼は憐憫の目で見てきたわ。
「やめて、そんな目で見ないで、何も言わないで!」
「頭が可哀想……」
「何で言うの!? もういいよ、絶対に手に入れてみせるんだから!」
私は彼にそう宣言してしまった。でも、それが全ての始まりだったの。
「特別な力が使えますように」
毎夜寝る前に願ったわ。当然何も起きなかった。でも、何日も願い続けていると、ある日特別な力が出てきたの。願っただけで何でも出来てしまう力が。
「ゼル、ゼル!」
「はいはい、そんなに連呼しなくてもここにいるよ。それで、そんなに慌てててどうしたんだい?」
「あのね、使えるようになったの!」
「何が?」
「特別な力が!」
彼は私の言ったことがおかしいのか、笑い出した。
「そんなことがあるわけないだろ」
「本当だもん! なら見せてあげる!」
私が自信たっぷりで言うと、彼は疑いの表情をした。
「んんんんっ!」
私は彼の前で手を出し、願った。火が手から出るように願う。すると、手の先で光る円が出来、小さな火が灯った。それが魔法の最初の発現だった。
「ほら! 出来たでしょ」
胸を張って言うと、彼は驚いていた。最初は何か種があると思って探していたけど、何度も見せるうちに特別な力を認めたわ。
「本当に特別な力が使えるなんて……」
「ふふん、やっとわかったね。それで、ゼルも使ってみたい?」
「僕は特別な力なんてない、そう思っているから使えるわけないよ」
「そんなことないって。お願いすればきっと使えるようになるって」
「そんなわけない」
彼が意地を張って頑なに自分は使えないと言い張る。
「もう、仕方ないな」
私は素直にならないゼルに向かって手を向けた。そしてゼルが魔法を使えるように願った。また光の円が出来上がると、彼の体を包んだ。
「よし、これでゼルも特別な力が使えるようになったよ」
「僕は特別な力なんて……」
「はいはい、あーだこーだ言ってないでいいからやってみて」
私が強めの口調で言うと彼はしぶしぶ手を出した。すると、私と同じように光の円が出来て、そこから火が出た。
「ね、使えたでしょ」
未だに信じられないといった顔をしている彼に一笑する。
私達二人は必死にこの力を練習した。想像し、願うことで使うことが出来る。そういう意味を込めてこの力を『魔法』と名付けた。
それから魔法を使って村の人の手助けをした。村の人は私達の力に最初こそは驚いていたが、神様から授かったものだと信じて感謝された。そんな時、ふと思ったの。本当に何でも出来るのか、と。
「ねえ、ゼル。魔法って本当に何でも出来ると思う?」
「そりゃあ、何でも出来るだろ。だって、空を飛ぶこともできたんだし」
「そっかー……なら、こんな願い事も出来るかな」
そう言って絶対出来ないと思うものを二つ願ってしまった。
一つは幸運がずっと続くように、もう一つは不老不死の体が欲しい、と。
「さすがに出来るわけないだろ。不老不死はまだ僕達が願うには早いし、幸運が続くなんて無理だろ」
「ぶー、さっきは出来るって言ってたのになんで今は出来ないって言うのー。不老不死は早いかもしれないけどさ、幸運な出来事が続けばいい事ばっかじゃん。ゼルがそんなことを言っていると、ゼルの幸運を全部奪っちゃうぞー」
「さすがに勘弁してくれ。といっても、そんなことが出来るわけないか」
「そう言うなら願っちゃうもんね」
私はその場で二つ願った。すると、ゼルの体から金色に輝く靄、私の体から黒色に輝く靄が出て入れ替わったような気がした。
それから何日過ぎても何も変わらなかった。ただ、いつもより豪華なご飯が続き、村全体が豊作になったぐらいだった。しかし、その時に願ったことが、実は叶っていたことがわかったのはそれから何年も経った後だった。歳が十五になろうとした私の体は成長せず、ずっと十歳の体だった。
「うーん、ずっと同じ身長……もっと大きくなって綺麗になりたいのになー」
私は成長しない体に悩みながら外に出る。いつも通りゼルの家へ行こうと歩いていると、周囲で何かひそひそ話が聞こえた。気になり耳を傾けてみると、
『テロス家は子供一人残して同時に亡くなっちまったらしいよ』
『その後すぐに強盗が入ったみたいで金品は全部持っていかれたみたいだよ』
そんな不穏なことが聞こえた。私は急いでゼルの家に向かった。着くと、廃墟かと見間違えるほどボロボロになっている木造の家があった。
「なんで……昨日までは何ともなかったのに」
恐る恐るノックすると、突然ドアが倒れた。びっくりしながら中に入ると、昼間なのに真っ暗で、ここだけ朝が来ていないのかと勘違いしてしまいそうだった。
「ゼルー、いるのー?」
呼びながら中に入るが、誰の声も返ってこなかった。一歩一歩慎重に歩き、ゼルの部屋に向かう。ミシミシと床を鳴らしながら暗い部屋を移動し、部屋にたどり着く。
「ゼル、入るよー……て、ゼル!?」
ちゃんと言ってから中に入ると、そこには痩せこけたゼルの姿があった。慌てて近づき、抱き起こすと驚くほどその体は軽かった。
「……ああ、君か。どうしたんだい?」
「どうしたって、それは私が言うことじゃない! 何があったらそんな体になるの!」
「はは、実はだいぶ前からな……」
それからゼルはぽつりぽつりと教えてくれた。
何年も前からゼルの家では不作が続き、少しずつ貧しい暮らしになっていた。そして、親が亡くなったのは三か月も前で、何日も食べ物を口にせず水だけで生きていたのが原因らしい。それにも限界が訪れ二人同時に倒れた。ゼルを少しでも苦しませないようにしていたが、亡くなってから今日までの三か月の間にゼルも食べ物にありつけなくなっていた。その間にも家も脆くなり始めて、今となれば廃墟同然だった。
「急いで誰かの所に行こう!」
私はゼルの体を頑張って起こし、ゼルを引き取ってくれる人を探した。何人かに断られたが、優しい村長に頼んでゼルを引き取ってもらった。
これで何とかなるとこの時の私は思っていた。だけど、彼に降りかかる不運はこれからが本番だった。
次の日の朝早くから家の玄関を叩く音が聞こえた。外に出ると、村長が憤怒の表情で事情を説明してくれた。
ゼルを預けて私が帰った途端に食べ物が腐り始め、畑もダメになっていったらしい。それだけでなく、家の建てつけも所々悪くなり始め、今は崩壊寸前の状態だった。村長はあまりの出来事に原因がゼルにあると決めつけ、追い出してしまったらしい。私はゼルの所に急いで向かった。
「ゼル!」
「ははは、どうやら僕が原因で食べ物や家がダメになったみたい」
力なく笑うゼルに私は否定した。
「違うよ、ゼルのせいじゃない! アレはたまたまだって。他の人に頼めば今度こそ大丈夫だよ!」
「そうかい……でも、それは無駄だと思うよ」
「えっ」
「僕はわかったんだよ。こうなったのは君のあの時の魔法のせいだってね。冗談で言ったあの魔法が叶ったんだよ」
「そんなわけ……」
「あるさ。なら、君はあの時からこの五年間、不運なことは一度でも起きたかい?」
そう聞かれて思い返してみる。しかし、ここ最近嫌な思いをすることはなかったような気がして……
「……」
「ほら、やっぱり叶ったのさ。あの魔法のおかげで僕はどんどん貧しくなっていった。そして大切な親も失って、財産も無く、住む家もボロボロ。君に今の僕の気持ちがわかるかい?」
「わ、私は……」
「わかるわけないさ。そんな幸せな生活ばかり送っていればわからなくて当然さ」
図星だった。今のゼルの気持ちは全くわからない。でも、わからないまま諦めたくはなかった。でも、魔法のせいでこうなったのは認めたくなかった。きっと何か別に……
「私はまだ魔法のせいだなんて認めたくはない!」
「そうか、君にはまだわからないのか」
「絶対に何かあるんだから!」
「なら、僕は君が認めるまで手伝ってあげよう」
私は村長と同じようにゼルを引き取ってくれる人を探した。そして引き取ってくれる人が見つかり、ゼルを預けるとやはり翌日には激怒してゼルを追い出した。それを何度か繰り返しているうちに、ゼルは『不運を運ぶ少年』、『不運の魔法使い』、そして引き取ったらその家庭は崩壊することから『終わりの魔法使い』とまで言われて忌み嫌われていった。
その逆に私は、その家を訪れた瞬間農作物が元気になり、病気にかからないようになった。そのことから『幸運を運ぶ少女』と呼ばれ、その家庭に訪れたら全てが新しく始まることから『始まりの魔法使い』と呼ばれるようになっていった。
私があの時の魔法を否定しようと村中にゼルを預けてみても、結局は追い出されて終わった。次第に私は精神的に追い詰められていき、数日間寝込んでしまった。その間にゼルは村を出て行ったらしく、ついにはあの魔法を否定することが出来なくなってしまった。
悔しかった、悲しかった。私は魔法というものが人を不幸に陥れるための物だと認めたくはなかった。魔法で自分の容姿を変えて、ゼルを探す旅に出た。東西南北、魔法を使ってそこら中を旅した。その間に魔法をもっと効率よく使うために、杖や呪文を作り、魔法としての力量を高めていった。
そうしているうちに、魔法を教わりたいという人が出てきて少しずつ魔法は広まっていった。一人が二人に、二人が四人に、十人が百人といった勢いで広がり、いつしか私はゼルを探す旅を止めていた。私は多くの人に魔法を広めていったわ。
これがわたしと彼のすべての始まり。




