現実
いつの間にか私が教師になってから半年が経っていた。
授業の準備で必要な材料を取りに、商業エリアに出ていた。前から二人の女子生徒が歩いてきて、私の姿を見ると元気な挨拶をしてくれた。
「先生、おはようございます!」
「おはよう。今日も元気だね」
「はい! 先生の授業が楽しみですから!」
そう言って学生エリアの方へ向かって歩いて行った。
私の授業は他の教師達と違って実験を兼ねてやることが多く、面白いと評判が良かった。それに歳も近くて親しみを覚えやすいのか、自然と話しかけてくれる人が多かった。
「早くしなきゃ昼休みが終わっちゃうし、枝を探しに行きますか」
今日は魔法を使う時に補助道具として使う水晶を作る授業をしようと思っている。
水晶を作るには基本的に、魔力の操作が長けていれば良い形になる。その魔力の操作を補助するのが、イメージを伝える道具たる杖や棒だった。しかし、その杖や棒も質によってイメージの伝えやすさはバラバラだった。
なるべく良い杖を求めてこの商業エリアに来ているのだが……
「むむむ……どれもイマイチ……」
なかなか探し求めている杖がなかった。
「お嬢さん、そこに並んでいるのはどれも古い杖だよ。魔法学園の教師ならこっちの方に並んでいるものを見ないのかい?」
杖を売っている商人が、隣に並んでいるものを指差しながら教えてくれる。そこに並んでいるのはどれも質が良く、喉から手が出るほど良いものばかりだった。
でも……
「小銭しかない……」
財布の中身を確認するも、小銭しか残ってなかった。
授業のために使いたい道具をあれやこれやと買い込んでいたらいつの間にか無くなっているのがいつものこと。給料日の翌日には中身がほとんどなく、いつも春香に怒られていた。
「でも、そんな春香も今はいないんだよねー……」
春香は先週から日本に戻り、例の彼とイチャコラしているだろう。
「すいません、欲しい物がなかったのでまた今度来ますね」
「そりゃあ残念だ。また新しいの仕入れたら来ておくれ」
「はい、是非とも行かせてもらいます」
商人に挨拶をして教師の塔に向かう。道中何人もの生徒に挨拶され、次の授業が楽しみだと言われた。
言葉ではなんとでも言えるのだが、現実は非情だった。
「うう、お金がないよ~」
途方に暮れながら教師の塔に向かう。部屋には非常用資金はあるが、自分自身が招いたことのために使うのには気が引けた。
「誰か~、私にお恵みを~」
そんなことをボヤキながら歩いていると、上から大きな布袋が降ってきた。
「なんで袋が……て杖が入ってる」
袋の中に入っていたのは良く作られている杖だった。しかも、杖の長さがバラバラで、私が求めていた物だった。
「一体どこから……」
袋を拾いながら辺りを見るも、袋を落としてくるような人物はいなかった。
「うーん、誰なんだろ……」
袋を持って中に入ろうとして、一枚の紙が落ちた。
拾ってみるとそれは手紙だった。先生宛に書かれていた。
「一真から?」
裏には一真と書かれており、当の本人がいないのにと疑問を覚えた。
「とりあえず先生に渡そう」
袋を背負って中に入った。
??
袋を一度部屋に置き、先生のところを訪れた。
「先生、失礼します」
ノックをして中に入る。中に入るといつも通り事務作業をしている先生とお菓子の準備をしている学園長がいた。だが、二人ともどこか落ち着きがないように見えた。
「あら、まつりちゃん。どうしたの?」
「実は一真から手紙が、先生宛に届いたんです」
一真の名を口にした瞬間、一瞬だけだが驚きの表情をした。
「その手紙、見せてもらってもいいかしら?」
「あ、はい」
先生に手紙を渡す。中を開けると、そこには一枚の白紙の紙が入っている。先生はそれに手をかざすと、魔法陣が浮き上がった。魔法陣は次第に形を変えていき、水晶の形になっていった。
「それって……」
「物質変換魔法で魔法陣に組み替えて、それを紙に書き写したの」
仕組みを教えながら、先生は水晶を額に当てた。
「【参照せよ】」
水晶が光り、暫く淡い光を放ち続けた。三十秒ぐらいそうしてから水晶を離した。
「……ッ! ……やはり漏れていたのね」
先生は深いため息をついてから呟く。その言葉が何を意味しているのか、私はなんとなく理解できた。
「先生、漏れていたって……」
「そう、ね。まつりちゃんには話さなきゃいけないわよね。今この学園が置かれている状況を」
そう言って先生は杖を持ち、学園長に頷いた。学園長は一度礼をして部屋を出て行った。二人になったところで、先生は先ほど使った水晶を床に置いた。
「【映し出せ】」
水晶が輝き、一つの映像が流れた。
「先生、これって……」
「これは一真君が送って来たものよ。彼は今アメリカにある重要施設にいるの。そこで見て聞いたものを全部水晶に書き込んで送って来たのよ」
「でも、一真は帰ってこないんですか?」
「……ええ、通常なら彼が戻って来て書類を渡してくれるのだけど、今みたいに水晶が届いたとなると彼の身に何かが起きた、ということになるわ」
私は急いで理事長室を出て行こうとした。でも、その扉には鍵がかかっており開けることが出来なかった。
「まつりちゃん、あなたが心配なのはわかるわ。わたしも心配よ。でも、一真君は言ってたのよ。『必ず帰って来る』って、だから今は信じて待ちましょう。それよりこの映像を見て、今の状況を教えてあげるわ」
「……はい、わかりました」
不安で仕方なかったが、一真がああ言っていたならばそれを信じて待つしかない。意識を切り替えて、流れ続ける映像を見る。
「半年ほど前に蒼空君の事件があったでしょ。その時、蒼空君はあの巨大な姿、この映像では『ゼルストラ』と呼んでるわね。その姿は外部に見えないように結界を張ってたはずなんだけど……」
「それが知れ渡ったんですか?」
「ええ、どうやらそうみたい。恐らく蒼空君が言っていたあのローブの男が原因でしょう。そして、各国家がこの学園を排除しようと動き出しているみたいなの」
それはあり得ないことだった。この学園を設立するにあたって各国家から正式な承認を得ているはずなのだ。
「そんなことがあるんですか。この学園は世界中から認められたはずなのに……」
「正直私も驚いているわ。主要国家には念入りに書類などを提出したのだけど、何の勧告もなしにこんな動きをするなんて思いもよらなかったわ」
先生の言う通り、一度は何らかの勧告なり使者なりあるはずだ。それもなく動くなんておかしく思えた。そこで映像に注目していると、気になる点があった。
「……先生、この映像に移っている人の中で、真ん中に立っている人は誰ですか?」
「……この男が恐らくあのローブの男でしょうね。この男が中心になって各国家を動かしたのだと思うわ。この男以外には面識があるし、必ず勧告とかしてくれる人よ」
言葉からすると、かなりの信頼をしているみたいだった。
「そうじゃなきゃ一体誰なのかわからないわ……」
先生の気持ちがわからなくもない。だけど、先生の言葉にもう一つの感情が混ざっているような気がした。
「先生、これからどうするんですか?」
「今は生徒を親御さんの元に帰すのが先決だわ。すでに会議の手配はしてあるから数日中には全校放送をかけることになるでしょう。だから、予めそのことは考えておいてちょうだい」
「わかりました……て先生、この映像止まってませんか?」
私が見ていた映像は途中で止まっていた。しかし先生はそれを見ても慌てた様子はなかった。
「大丈夫よ。これは一真君が意図的に映像にプロテクトを掛けたみたいよ。恐らくこれより先は重要な情報が隠されているのだと思うわ。わたしでもさすがに水晶に掛かっているプロテクトを外すのは困難よ。掛けた本人である一真君じゃなきゃ外せないわね。だから今は彼が帰って来ることを信じて、わたし達にできることをしましょ」
「わかりました……」
不安な気持ちは隠せないが、今は信じて、やれることをやろうと思う。
話が終わると自然と部屋の鍵が開いた。部屋を出て行こうとして、扉を開けたら外が騒々しかった。先生も気になったようで、一緒に外へと向かった。
外へ出るとそこには……
「一真!?」
血塗れで倒れている一真がいた。周囲には人だかりが出来ており、悲鳴が上がっていた。
「先生! 私が応急処置をするので転移魔法の用意をしてください!」
私は急いで先生にお願いして、人だかりを掻き分けて一真に近寄る。焦る気持ちを必死に落ち着かせながら、詠唱する。
「【その身に癒しの光を】」
全身の傷を塞ぐために、一真自身の治癒力を促進させる。それと並行して水晶を二つ取り出す。
「【害なき世界】」
傷口に菌が入らないように、除菌効果がある小型の結界を作る。少しずつ傷口がふさがっていくが、出血した量が多すぎた。
「まつりちゃん、用意できたわ!」
「私ごと転移させてください!」
先生の準備が整い、すぐに転移魔法が私と一真の下に広がる。そして、学園に用意されている保健室に転移した。
保健の先生が一人いて、突然転移してきた私たちの姿を見て驚くも、一真の姿を見た瞬間すべて察してくれた。
「まつり先生、そのまま治癒魔法をかけ続けてください。私は急いで輸血の用意をします」
「お願いします!」
保健の先生が素早く動き、輸血の準備が出来た。一真の体をベッドの上に横たえて、点滴をする。その後も治癒魔法をかけ続けた。
「しばらく安静にしていれば大丈夫でしょう。私は一真さんの容態を理事長に伝えてきます」
「ありがとうございます、助かりました」
保健の先生は静かに保健室を出て行った。先生はまだ来ていないが恐らくこの事態の収拾に動いているのだろう。
「一真、いったい何があったの……」
一真の手を握りながら呟く。すると、手がかすかに動いた気がした。
「……ん……ここは……」
「一真!? 私がわかる!?」
私は勢いよく一真の顔を覗き込んだ。一真はしばらく私の顔を見つめていたが、次に深いため息をついた。
「……心配性なまつりの顔が見える」
「一真ー!」
いつも通りの答えだった。私は安心して思いっきり抱きついてしまった。
「あ、ばかっ! いてて、俺は怪我してるんだからやめろ! いててて……」
怪我のことなんかすっかり忘れて力いっぱい抱きしめてしまった。慌てて離れて謝った。
「えへへ、ごめんなさい」
「てて……少しは加減してくれよ」
「はーい」
一真は呆れながらゆっくりと体を起こす。それを手伝っていると、保健室のドアが開いた。
「一真君!」
一真の名前を呼びながら入って来たのは先生だった。その後に続いて保健の先生も入って来た。先生達は一真が意識を取り戻したことに安堵の表情を浮かべた。
「よかった……」
「すいません、先生。少し失敗しました」
「いいのよ、一真君が無事なのが一番だから」
「でも――」
「はい、病人は少し大人しくしててください」
先生と一真の間に保健の先生が入った。一真の体のあちこちに触れ、魔法で特に異常がないことを確認して、今の容態を教えてくれた。
「全身に切り傷らしきものがあります。傷口に魔力が付着していることから何らかの魔法で負傷したのでしょう。負傷してから時間がかなり経っており、出血量が多く危険な状態でした。ですが、まつりさんの応急処置が早く今は輸血をしていれば大丈夫でしょう。今日一日はこの部屋で寝泊まりしてもらいます」
「わかりました。まつりも先生もありがとうございます」
一真のその言葉を聞くと、保健の先生は保健室を出て行った。その後、しばらく沈黙が生まれた。そして先生が意を決したように口を開いた。
「一真君、あなたの身に何が起きたか教えてくれるかしら」
「はい、わかりました。確認なんですけど俺が送ったものは届いていますか?」
「ええ、届いたわ。私もまつりちゃんも確認済みよ」
それを聞いて一真は「よかった」と呟き安心していた。
「先生、今その水晶を持っていますか?」
「ええ、持ってるわよ」
先生はローブの中から水晶を取り出し、一真に渡す。一真は水晶を受け取ると指先で何かの模様を描く。すると、水晶が赤く輝いた。しかし、一真がもう一度模様を描くと今度は青色に輝いた。
「今ので重要な情報のプロテクトを解除しました。これから直接二人の頭に送り込みます」
一真は水晶をこちらに向け、三度目の模様を描く。水晶は白い輝きを放ち、上から少しずつ光の粒に変わって行った。水晶が小さくなっていくにつれて、私の頭の中に様々な映像が浮かんだ。
「え……これって……そんなっ!」
水晶が完全になくなり、頭の中に届く映像も止まる。そして、私は魔法の非道な使い道に泣きそうになった。
「まつり……見せるかどうかは正直俺も悩んだ。でも、これはいずれ知ることになるものなんだ。だから……」
一真が申し訳なさそうに言う。一真が私のことを考えて、それでも知ってほしいから送った。その気持ちはわかる。
でも、私に見せられたものは残酷さに満ち溢れていた。
魔法を研究するような施設で、小さな子供が人体実験を受ける。あらゆる精神魔法をかけられたのか、子供は次第に空ろな目をして何の返答もしなくなった。また、数人で魔法のみの殺し合いをさせられ、最後に残った者だけが部隊に入らされる。
さらには魔法で化学兵器を作り出し、ミサイルらしきものも見えた。
「これが……現実なんだよね……」
「まつりちゃん……」
「ああ、そうだ」
現実から目を背けたかった。でも、いくら逃げたって現実は変わらない。
「ねえ、一真。これから起きるんだよね、戦争が」
「……ああ。恐らく一週間後には起きるだろうな」
「わかった……。それまでに覚悟を決めてくるね」
私はそう言って保健室を出た。
その場に残った魔女は心配そうに一真を見ていた。
「いいのね」
「はい、これが現実です。でも、まつりなら乗り越えられますよ。そしていつか……」
「ええ、私もそう思うわ。きっといつか……。あなた達はお互いに信頼しあっているものね」
「俺はあいつを信頼してますから」
一真ののろけに対して、魔女は羨ましそうな目で見た。
「いいわね。お互いにそうやって信頼して、好きになれて。わたしにはもういないから……」
魔女のさびしそうな表情に、どう答えていいかわからなかった。しばらく重い空気が訪れた。
「さてと、わたしはこれから会議をしてくるわ。もう、国連には連絡がつかないのよね?」
「はい、あっちはすでにこの学園を殲滅対象として見てますから、何の勧告もありません」
「わかったわ、その方向でこちらも準備をするわ」
魔女はそういうと保健室を出て行く。一人残された一真は、懐に隠しておいた一枚の紙を取り出す。紙を指でなぞると、魔法陣が浮き上がり次には一本の棒になっていた。
「さて、俺も動かなきゃな……て、まつりに杖のことを言うの忘れてた」
一真は自分が手紙と一緒に送った杖の存在をすっかり忘れていた。




