魔法の基礎
魔法の勉強を始めてから時がたち、私達が高校生になったころには先生から教えてもらった魔法のほとんどを会得した。でも、まだまだひよっこのようで一真と私は今も切磋琢磨と修行している。
学校が終わり下校時間となった私と一真は、校門で待ち合わせして空き地へと向かった。向かう道中、空を見上げて思う。空を飛び――
「空を飛びたいとか思うなよ」
横を歩いていた一真がいきなりしゃべりだした。
思っていたことを言い当てられ驚くも、頑張って返事をした。
「……ソ、ソンナコトオモッテナイヨ」
「はあ、じゃあ、それはなんだよ」
一真が呆れながら私の手を指さす。そこには無意識のうちに一本の棒が握られていた。私は慌ててそれを背中に隠す。それから片手で短い髪を掻き、明後日の方向を見る。
「あははは……ナニモニギッテナイヨ」
「本当かやら。仮に空を飛ぼうなんて考えてたなら、それは無理だろ。俺たちはまだ空を飛ぶ魔法なんて教えてもらってないだろ。だからさっさと行くぞ」
一真は適当に私の話を流し先へ行く。
「あ、待ってよ」
慌てて追いかけるが、一真は意地悪するように早歩きで歩いていた。家には寄らず制服のまま空き地がある山へ向かう。
空き地の前には『立ち入り禁止』と書かれた立て札を通り過ぎ、空き小屋がなくなった空き地に足を踏み入れる。
「うーん、何度見ても閑散としているね」
「まあな、俺たちがここで魔法の練習をしてて吹き飛ばしちまったもんな」
「主に私が原因なんだけどね……それより早く行こ」
私森の中に入って行き、私はカバンの中から一本の棒と緑色の水晶を取り出す。一真以外に誰もいないことを確認してから棒を振る。途端に小さな魔法陣が水晶の真上に浮かび上がった。
「【森よ、導け】」
一言紡ぐと、木々が道を作るようにほんの少しだけ傾いていく。
「よし、どんなもんよ」
「まあ、いいんじゃね。胸張って言う暇があったら森が元に戻る前にさっさと行くぞ」
一真がそれだけ言うと私を置いていく。慌てて水晶と棒を鞄にしまい込み追いかける。
小学生のころと違い、今はこの道を不安に思うこともなく先生の家にたどり着く。私達が来る時間がわかっているのか梯子はすでに下ろされていた。梯子に上るときは先に一真が上り、その後に私というルールがあった。高校生になった時に一度先に私が上って後から一真が来た時にはそれはとても大変なことが起きたが、それはまた別の話。
上りきると最初に来た時にはなかった扉がある。「誰かに入られるのを防ぐためよ」と先生が魔法で作り出したのだ。その扉をノックする。
「先生、私達です」
それだけ言うと独りでに扉が開く。最初こそ驚きはしたが今は慣れ、中に入って行く。
「いらっしゃい。お茶とクッキーを用意しといたわよ」
「やったー! 先生の手作りですか?」
「ええ、そうよ。早く食べないとなくなってしまうわよ」
「え?」
先生は苦笑しながらクッキーが置いてあるテーブルの方を指さす。そこには静かに、それでいて猛烈な勢いで食べている一真の姿があった。
「先に食べないでよ!」
「蒼生が話してて食べないのが悪い」
テーブルに駆け寄り急いで食べようとするがクッキーの八割は一真の胃袋に消えていた。
「それが食べ終わったら勉強を始めるわよ」
クッキーを口の中に入れているため喋れず、頷き返す。数分後、残っていたクッキーは全て私の胃袋の中に消えた。
「ふー、美味しかった」
「あんなに早食いをして味わえてたのか?」
「それは一真もでしょ!」
一真がからかってきて思わず言い返してしまった。一真も何か言い返そうとしたが、その前に先生が割って入って来た。
「はいはい、口喧嘩はそれぐらいにして始めるわよ」
「「はーい」」
先生がお皿を片付けている間に私達は勉強するための机を用意する。ここに来る前に使った水晶と棒を鞄から出して机の上に置く。こちらの準備ができたころに先生も戻って来た。
「さて、準備も終わったし今日は何をしようかしら」
「先生、今日は空を飛ぶ勉強がしたいです」
「俺は物質変換の勉強をしたいです」
先生はそれを聞いてこめかみに手を当てため息をついた。
「あなた達はどうして高難度の魔法をしたがるのよ……」
「魔法をだいぶ使えるようになったから難しいものをしたいなぁ、て」
「俺は学校で筆箱を忘れた時にこっそりと他の物で代用できないかなって」
再度先生はため息をつく。
「いいわ、今度の土曜日か日曜日に教えてあげる。だから今日は違うことを教えてあげる」
「「はーい」」
「それじゃあ、今日はその高難度の魔法に向けて基礎をおさらいしましょうか」
先生は黒板にチョークで魔法陣を描く。
「さて、わたし達が超常現象を起こすときに使う魔法陣とは何でしょうか? 一真君、答えてみて」
「魔法陣は周囲にある魔力を集約する働きを持ち、杖や棒などを使ってそれらを操り超常現象を引き起こすことができます」
先生はうんうんと頷き拍手する。
「杖の説明もありがとう。よく覚えてるわね」
「基礎は大事ですからね」
照れくさそうに頭をかきながら笑う。続いて先生は私に質問をしてきた。
「では次にまつりちゃん、さっき一真君が言った魔力とは何でしょうか?」
「えっと……魔力とは生きるもの全てに宿るもので、命から生み出される生命力と同時に微小ながらも不思議な力が作られます。その力は常に体外に放出され、超常現象が起こせるぐらいになったものを魔力という、だったかな……」
私が自信がないまま答えると、一真が笑いをこらえていた。
「もう、なによ。私がせっかく答えたのに」
「いや、間違えてはいないけどあまりにも自信なさげでおかしくて。ちなみに体外に放出された力は俺たち人間には感じることも見ることもできないけどな」
「う、うるさい! もう、私は勉強が苦手なのは一真が一番よく知ってるでしょ」
「そういえばそうだったな」
「む、むきー!」
私達が他愛ない言い争いをしていると、いきなり氷柱が私達の間を駆け抜けた。
「あなた達、わたしの授業はいいのかしら?」
びっくりして、恐る恐る氷柱が飛んできた方を見た。そこには杖を振り終わったままの格好を
し、見たものを凍てつかせるかと思うほど冷たい眼をした先生がいた。
普段は優しい先生だが、怒ると怖いというのをすっかり忘れていた。私は身を固くして首を横に振る。それは一真も同じのようで、がたがたと体を震わせていた。
「わかったならいいわ。さて、授業に戻るわよ」
「「は、はーい……」」
その後は先生におびえながら粛々と授業を受けた。
◇
二時間後、授業を終えた私達は先生の家を後にした。森を抜けた辺りで疲れが体を襲った。
「はー、今日は疲れたね」
「ああ、どこかの誰かさんのせいでな」
「なによ! 私が悪いっていうの!?」
「ああ、そうだよ。だって補足説明が要らない回答してくれればこんなことにはならなかった!」
過ぎたことを言い合い、お互いに喋り疲れたところでそれは終わった。
「はあ……でも、久々に先生を怒らしちゃったね」
「ああ、マジで怖かったぞ……優しい人ほど怒ったら怖いっていうのは本当だったんだな……」
二人であれ以上怒らせたら一体何が待っているのか、想像するだけで恐ろしく思えた。
「ねえねえ、今思ったんだけど先生があの時使った氷柱って魔法で作ったのかな?」
「多分そうだろうな。全く魔法を使った気配は感じなかったけどな。だけど、一つわかったことがあるな」
一真は少し考え事をする仕草をしたのち、鞄の中から棒を取り出した。人目がありそうな場所では魔法を使うなと言われていたのを思い出した私は、慌てて止めようとするがそれより早く棒の先から手のひらサイズの魔法陣が広がった。
「【燃え上がれ】」
魔法陣から小さい火が吹き出した。
「一真! こんな所で魔法を使っちゃだめだよ!」
「……」
私の声に答えず、一真は何か念じながら棒を振った。
「ふっ!」
すると魔法陣から吹き出ている火が、火の玉となり魔法陣から離れて行った。それから十メー
トルぐらい進み、自然と消えた。
「うそ……」
「やっぱり」
私が驚きの声を出し、一真はどこか納得した様子だった。
「思った通りだな」
「ねえ、何がやっぱりなの! どうして火が飛んで行ったの!?」
興奮した状態の私に、一真はたじろぐも説明をしてくれた。
「先生が氷柱を飛ばしてきたときに、どうやったのか気になっていてさ。それで先生の立ち姿が
少し気になっていて、杖を横に振ったような姿勢だったものだからこうすればいけるんじゃないかと思ってさ」
「へー、よくそんなことに気づいたね」
感心していて私も真似しようとしたが、その前に私の手を一真が止めてきた。
「やめとけ。これ以上やったら人が来ちまう」
当たり前のことを言ってきたが、一真がそれを言うのはあまり説得力を感じなかった。
「ねえ、一真がそれを言うの」
「まあな、よい子はマネしちゃいけないよっていうことだよ」
「はいはい、魔法は使わないから帰ろ」
「あいよ」
棒を鞄にしまってから帰路につく。
◇
空の上から二人は見ていた。全身をローブで覆っていたが、ところどころに血痕があった。
「見つけたよ。ようやく見つけたよ」
「魔法を使う者を」
「あの女もここら辺にいるはずだよ」
「ああ、しばらくあの二人を監視していればいいだろう」
それだけ言うと二人の姿は空に溶けるように消えた。