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魔女の弟子  作者: かじら
魔女の学校 ~力~
17/28

巨大な異形

 気分が悪い。イライラする。爪が食い込むほどこぶしを握った。


「あの男は一体なんなんだよ! どうして俺が負けた……!」


 俺は近くにあった木を殴った。手から血がにじみ出てきたが、構わず殴り続ける。


「それはキミがまだ弱いからだよ」


 後ろにいつぞやの男が立っていた。男が発した言葉にイラつきを覚え、火の玉を無詠唱で放った。


「それでは弱いままだね」


 男は指を向け、軽く振っただけでそれを消し去った。


「なっ!?」


「驚くのはいいが、この程度じゃ彼には勝てないよ」


 こちらの神経を逆なでする言葉。しかし、男の言葉も事実で、今の自分では勝てない。勝つにはさらにこの力を引き出すために、もう一歩踏み込まなければならない。それは理解している。だから、踏み込もうとする。だが、その寸前であの教師の顔が思い浮かんで、それで……


「くそっ!」


 もう一度木にこぶしを叩きつける。そんな様子を男が面白そうに見る。


「キミも難儀な子だね。僕としては早く踏み込んでほしいのだけど、仕方ない。手を貸すとしよう」


 そう言って指を向け、小さな円を描く。


『力が、欲しいか』


 突然頭の中に声が響いた。それと同時に負の感情が溢れ出る。怒り、悲しみ、憎しみ、苦しみなどといったものが次々と出て来る。


「ぐっ……ぁっ……!」


 頭の中が負の感情で埋め尽くされる。


『力が欲しいか』


 もう一度同じ言葉が聞こえる。頭を抑え、苦痛に顔をゆがませながら男を睨む。


「な、にをし、た……」


「なに、簡単な事さ。その水晶の力を引き出したまでさ。君のその感情は、その水晶に込められた負の感情。そいつは、多くの人の悲しみが、怒りが、憎しみが詰まっているものだよ。そして、キミの力となる道具さ」


 男は俺の腰鞄に入っている黒い水晶を指さしながら明言した。

 鞄の中から黒い(もや)(あふ)れ出ていた。中から水晶を取り出すと、靄を吐き出し続け黒光りしていた。そこから、負の感情が次々と流れ込んでくる。


「さぁ、その力と一体化したまえ! そして僕の(かて)となりたまえ!」


 男は気分を高揚させたのか、狂った声を上げる。

 俺も負の感情に押し負け、自我を失いそうだった。しかし、それを繋ぎ止めるものが一つだけあった。


『魔法は人を傷つけるものじゃないから』


 あの教師が言った言葉が妙に響いた。その言葉だけが負の感情を押しとどめているものだった。しかし、男はそれをたやすく打ち砕いた。


「力を手にしないと、またあの頃に戻るよ」


「っっ!!」


 脳裏に忌々(いまいま)しい記憶がよみがえった。何の力も持たずに、ひたすらアイツの奴隷として働かされていた。そんな日々に戻る。それは、それだけは嫌だった。だから……


「うおおぉぉぉおおおおおおっっ!!」


 水晶を胸に当て、そのまま押し込む。何の抵抗もなく、すんなりと入り込んだ。


「あああアアぁぁぁァアアアアッッッ!!」


全身に力が(みなぎ)る。全身が熱く、溢れる力が全身を駆け巡っている。そして、体が少しずつ変わっていくような感覚。意識もドス黒い感情に塗りつぶされていき、次第に……


 ◇


 私はどこへ行くか悩みながら歩き続け、いつの間にかたまり場と化している図書室に来ていた。涙を拭いながら、図書室に入る。


「はるかー……」


 どんな時でも相談に乗ってくれる春香を呼んだ。だが、目の前の光景を見て相談する気が引けた。

 本棚の中にしまわれているはずの本が、何冊もテーブルの上に積み上げられていた。よく見ると、どの本も古くて旧魔法文字で書かれている本だった。そして、山積みの本の前で黙々と作業を進めている春香がいた。


「春香、まだ作業をしているの?」


 春香の近くで言うと、ようやく本人も気づいたのか私に顔を向けた。


「まつりちゃん、来てたのに気づかなかったよ。てへっ」


 申し訳なさそうに笑いながら、春香は舌を少し出しかわいらしく頭をこつんと叩く仕草をした。私はため息をつきながら春香の隣に座り、どこまで解読されたのか見る。


「ほとんど解読が終わっているんだね」


「うん、あともう少しで終わり。それより、まつりちゃんはどうしたの? 目が腫れているけど、泣いたの?」


 春香の言葉にハッとして、慌てて顔をそむける。


「一真と喧嘩でもしたの?」


「そうといえばそう、かな……」


「私はまつりちゃんがどんな喧嘩したのかはわからないよ。でも、元気づけることは出来るから」


 そう言って一枚の紙を渡してきた。


「これは解読したやつの一部。今のまつりちゃんにぴったりのことが書かれているんじゃないかな」


 言われて紙に目を通す。


『魔法の始まり。それを知る前に、そもそも魔法とは何か。魔法はあらゆる超常現象を引き起こすことが可能とされている、可能性の塊である。だが、魔法が作られた時はそうではなかった。魔法は人の願いによって生み出された物。それはとてもとても小さな願いから……』


 そう記されていた。


「春香、これって……」


「うん、魔法がどう生まれたか、だね。人の小さな願いから生まれたなんて驚きだったけど」


 解読してた本人は一笑して言った。


「でも、今のまつりちゃんはこう思ってたんじゃないかな、『仲直りできる魔法があればいいな』って。違う?」


「うっ……」


 それに近いことは思っていた。一真にも何か考えがあったのかもしれない。でも、それも聞かずに自分の感情だけぶつけ、ここに逃げてきてしまった。あの時はショックを受けて、冷静になれなかったからそうしてしまった。でも冷静になると、一真の話も聞いておくべきだったと思う。もう一度話を聞こうにも、あんなことを言ったあとではどうしても勇気がなく、聞くに聞けない状況だった。


「……春香の言う通り。私が一方的に感情をぶつけただけで、一真の事情を詳しく聞こうとしなかったんだよね……」


「仲直り出来る魔法、それはまつりちゃんには必要ないんじゃないかな。まつりちゃんにとっての魔法は何?」


「それは……人を笑顔にするものであり、人を幸せにするもの」


「それなら、こんな喧嘩ぐらいで魔法に頼ってちゃダメだよ。確かに魔法は万能で、仲直りさせることが出来るかもしれない。でも、それは形だけで、気持ちまではそうじゃないでしょ。だから、まつりちゃんの気持ちをしっかり伝えて一真の気持ちを受け止めてあげるのがいいんじゃないかな」


 春香の言い分はもっともだ。でも……


「まったく、世話の焼ける友人だなぁ。そんなに不安なら私がとっておきの魔法をかけてあげる」


 春香は私の胸元に指を当てた。


「仲直りできますように」


 一言だけ言うと指を離した。私は春香の言葉を頭の中で反芻(はんすう)しながら、苦笑した。


「それって魔法というよりは、おまじないじゃないの」


「ふふ、そうかもね。まぁ、なんでもいいじゃない。それよりあそこにまつりちゃんの生徒がいるよ」


 春香は入口の方に顔を向ける。私もそこを見ると顔だけのぞかせている佳奈ちゃん達がいた。


「先生……」


「大丈夫、ですか?」


 心配してくれる二人を見つめ、一真もよく心配してくれていたのを思い出した。


「二人とも……大丈夫だよ。ありがとう、心配してくれて」


 三人に感謝しつつ、気合を入れた。


「よし、最初に一真の所に行って話をしてくる。それから蒼空君を探そう!」


 そう宣言すると、春香は微笑み佳奈ちゃん達は笑顔になった。

一真を探しに図書室を出ようとして、ふと窓の方を見る。そして見てしまった。

林の中に立つ巨大な何かを。


「なに、あれ……」


 私の様子がおかしいことに気づいた三人は、窓を見て同じように驚いていた。その瞬間、学園

全体に警報が鳴り響いた。


『緊急警報、緊急警報! 突如謎の巨大生命体を確認。現在、建物を破壊しつつこちらに進行している模様。生徒は至急避難してください! 繰り返します――』


 園内放送が繰り返し流れ続けていた。


「春香は佳奈ちゃん達をお願い! 私は……て佳奈ちゃん?」


 春香に生徒のことを頼もうとし、佳奈ちゃんがずっと窓を見ていたのが気になった。私が呼びかけると、佳奈ちゃんは恐る恐る指をあの何かに向けた。


「先生……あれ、私達のことを見てませんか……」


 そう言われて見ると、改めてあの何かの全貌が見えた。

 全身が黒く、上半身だけ人の形をしており、胴より下はなく地面に身体をこすりつけるようにゆっくりと進んでいた。そして顔らしき場所には、殺意が込められたように禍々しく赤い目が一対あった。その目は、まっすぐこの図書室を見ていた。

 そしてそれは、右手をゆっくりと持ち上げこちらに向けてきた。


「春香! 逃げるよ!」


 私は急いで佳奈ちゃんの手を引いて走り出した。春香も穂乃花ちゃんの手を引いて急いで出口に向かう。


『【■■炭■■せ】』


 不明瞭な声が聞こえた気がした。目の端では、赤い輝きを放つ巨大な魔法陣が見えた。その中央には炎の塊が見えた。


「伏せてー!」


 叫びながら佳奈ちゃんを抱きしめ、その場に倒れ込む勢いで伏せる。それと同時に、学園全体を揺るがす衝撃が襲った。一拍遅れて、火傷したのかと錯覚させるほどの熱が図書室に充満した。


「急いで外へ……!」


 佳奈ちゃんを立たせながら入口へ向かおうとすると、再び衝撃が襲った。バランスが崩れ、転倒する。その時、衝撃の正体がわかった。衝撃の震源に近かった本棚は綺麗に倒れ、あの生き物が見えた。

 掲げる右手から吐き出される炎の柱。それが学園を覆う結界に衝突していた。だが、その結界も限界に近いのかひびが入っていた。

 炎の柱は一度消え、充満していた熱が少しずつ冷めていく。これで終わったのかと思ったが、そうではなかった。結界を確実に破壊するつもりか、さっきよりも炎が収束されていた。


「このままじゃ……」


 三人を守るためにも、アレをどうにかしなきゃいけなかった。結界も次の炎に耐えられないのは明白だ。


「春香、二人を頼んだよ」


 覚悟を決めてアレを受け止める魔法を使おうとした――が、それを止める人がいた。

「就任二週間でだいぶ成長したみたいですね」


 目の前に現れたのは、この学園のナンバー2である学園長だった。


「学園長、どうしてここに……」


「すみません、この場にいる以外の生徒の避難確認に、思った以上に手間取ってしまいました。アレは私が防ぎますので、その間にその二人を避難させてください」


「は、はい!」


 春香は二人を立たせて図書室を出て行く。


「まつりさん、あなたも早く避難してください」


「嫌です。私も一緒にこの学園を守ります」


 そう宣言した。学園長は私の目を見て、何を言っても無駄だと悟ったのか、それ以上避難するよう言わなかった。代わりに、


「守るなら私から離れないでください。死んでしまいますから!」


 炎の収束が終わったのか、三度目の熱線が放たれた。しかし、学園長は杖を振り魔法陣を広げるだけでそれを防いでしまった。正確には熱線の角度を変えて学園に命中しないよう逸らしたのだ。


「――と言いましたが、すでに我々で手を打っておりますから、その必要もないですよ」


 そう言って生き物の方を見る。そこには学園に勤める教師全員が、生き物を囲むように飛んでいた。そして、学園長が声高らかに宣言した。


「未確認生命体の敵性行為を確認した。魔法規制特殊状況に(ともな)い、これより自衛権を行使させてもらう! 総員、放て!」


 学園長の号令と同時に、教師達の前に色とりどりの魔法陣が咲いた。そこから、殺傷能力が極めて高い魔法が連発された。

 魔法は次々と命中していく。爆発が、突風が、落雷が、ありとあらゆるものが生き物に降り注いだ。


「学園長! いくらなんでもあんな魔法は危険すぎです! 相手が何者なのかすらまだわかっていない状況で、どうして殺す可能性が高い魔法を……!」


「やらなければやられる、それだけですよ。まつりさんは夢を見過ぎています。もっと現実を見てください。誰がどんな夢を見るのも口にするのも自由です。ですが、自分の価値観を他人にまで押し付けないでください」


「……っ!」


 学園長の言葉は私の胸に深く突き刺さった。何も言い返せず、ただ目の前の光景を見ることしかできなかった。

 そう、あの声を聞くまでは……


『…………い』


 頭の中にまたあの不明瞭な声が響いた。学園長を見るが、学園長には聞こえていないのかひたすら教師に指示を飛ばしていた。

 もっと耳をすませ、あの生き物に意識を集中させる。すると、


『いたい、いたい、いたい』


「この声って……」


 はっきりと聞こえた。しかも、それが誰の声なのかもはっきりとわかった。


「学園長、あれは――」


 あの生き物の正体を伝えようとしたとき、突然悲鳴が響き渡った。見ると、一人の教師が巨大な手に掴まれていた。


「くっ、させません!」


 学園長は杖を振り、私を連れて転移した。一度地上に転移したのち、私を置いて一人で、掴まっている教師の元に移動した。


「その手を放しなさい!」


 杖の先に魔法陣が広がり、極細の光線が照射された。光線は手を切断し、教師を解放した。


『ああアアァぁァあああアアッっ!!』


 頭の中に悲鳴が響く。その声に頭痛がしたが、それよりもやらなければいけないことがあった。


「今すぐに攻撃を止めてください!」


 周囲に響き渡るように精一杯の声で言った。でも、その声は教師達に届く前に魔法の余波でかき消されてしまった。


「攻撃を、止めてください! あそこには……!」


「何を言っても無駄ですよ」


 隣に学園長が戻って来た。学園長の目は「いい加減諦めろ」と言っているような気がした。でも、諦めきれない理由があった。


「学園長! 攻撃を止めるように言ってください!」


「何度言っても無駄です。あれを放置するのは危険です。拘束するにもあそこまで力が強いと一筋縄(ひとすじなわ)ではいきません。さらに魔法を無詠唱で使用するのも加味すれば、討伐の対象となっても仕方ありませんよ」


「でも、あれは、生徒なんです! 蒼空君なんです!」


「……たとえ、そうだとしても我々のやることは変わりありません」


 学園長も驚きはしたが、すぐに冷静な表情になる。


「あなたの言葉が真実で、あれが生徒の成れの果てだとしても魔法を止めるわけにはいきません。私達の後ろには多くの生徒がいます。たった一人の生徒を助けるために、大勢の生徒を切り捨てることは出来ません。まつりさん、あなたも教師ならばわかるはずです」


 学園長の言いたいことはわかる。でも、そのために生徒一人を殺していいわけがない。


「総員、もう一度一斉砲火を行います。全方位からではなく、一点集中でいきます」


 飛び上がりながら教師に指示を飛ばし、学園長自身も大型魔法の用意をする。対して生き物も、口らしき場所を開き、巨大な魔法陣を構築した。両者共に魔法を放てば、周囲に甚大な被害が出るのは確実。最悪、教師かあの生き物のどちらかが死んでしまう可能性だってありえた。

 魔法は傷つけあうために生まれたわけじゃない。魔法は、小さな願いから生まれ、それを叶えるためのもの。だから……


「あの子を、助けたい……」


 願った。たった一人の、大切な生徒を助けたいから。魔法が本当に願いから生まれたのならば、この願いを叶えてください……。

 その瞬間、異変が起きた。お互いに臨界状態の魔法陣が、いきなり消滅した。さすがに学園長も驚き、何が起きたのかわからず混乱していた。そして、生き物の周りに草が絡みついた。それは幾重にも重なっていき、身動きを封じた。


「まつりちゃん、あなたの願いはちゃんと届いたわ」


 後ろから声がした。振り向くと、そこにはこの学園の理事長であり私の先生でもある魔女がいた。


「せ、んせい……」


「大丈夫よ。まつりちゃんならきっと助けられるから」


 先生は事情を知ってかそれだけ言うと前に進み出た。その傍に学園長が降り立つ。


「理事長、一体どういうことですか! いくらあなたでもこの状況で……」


「ええ、大丈夫よ。しっかりと認識しているわ。だから止めたのよ、わたしもまつりちゃんも望んでなんかいないから」


「理事長まで……」


「わたしはね、()けたいのよ。人の想いに、願いに、可能性に。だから、協力してくれないかしら?」


 学園長は押し黙り、何かと葛藤(かつとう)しながら頷いた。


「……はあ、わかりました、私もまつりさんに賭けてみます」


 半ば自棄になりながら答えた。先生の登場で、全員協力してくれた。その中に一真もいた。


「一真、私は――いたっ!」


 一真に近づこうとして、いきなりチョップをくらった。


「俺とお前の話はあとだ。今は目の前のことに集中しろ」


「え……」


「それが終わってからだ、話すのは。それよりあのガキがあそこにいるんだろ」


「う、うん」


「なら、いくぞ」


 それだけ言うと一真は杖を構えた。続いて先生たちも杖を構え、私の方を見た。


「お前の指示を待ってるんだよ。ここにいる中でお前だけがアイツを助けられるんだ。なら、やり方がわかっている者の指示に従うのが道理だろ」


「え、でも……わかった」


 一真に信頼されているのが、目を見ればわかった。なら、それに応えられるように頑張る、それだけ。


「皆さんにはここ一体に結界を張ってください。後は私が何とかします」


 そんなあいまいな指示しかできなかったが、みんなは動いてくれた。


「「「【封ずる箱よ、強固な壁をもって包め】」」」


 教師達が一定間隔で並び立ち、宙でもドーム状に飛んでいた。

魔法が起動し、野球ドームサイズの結界は私と蒼空君を包み込んだ。そこで先生が拘束していた草が引きちぎられた。


『イタイ、クルシイ……!』


「うん、痛いよね。苦しいよね」


 頭の中に蒼空君の声が響く。はっきりと聞こえていた声は、少しずつ違う声質にっていた。


『ダレカ、タスケテ……! モウ、イタイノハイヤダ!』


 叫びながら手を一心不乱に振り続けていた。時折魔法も使ってその効力を辺りに()き散らしたりもした。だが、行動の全ては子供が嫌がっているようにしか見えなかった。


「ごめんね、すぐ助けてあげるから」


 私はこれからすることに先に謝る。杖を構え、イメージする。


「【凍てつけ、大地よ】」


 手が地面に着いた瞬間、結界全域を凍らせた。蒼空君は身動きが突然取れなくなったことに驚き、無理やり氷をはがそうとした。


「【鋼よ、絡みつき拘束せよ】」


 地面の中にある砂鉄を浮遊魔法でかき集め、形状変化魔法で鎖の形に形成させた。鎖は巨大な体に幾重にも巻き付いていき、がんじがらめにした。

 それでも無理やりと動こうとする蒼空君に、ダメ押しの拘束を重ねる。


「【万物に作用する力よ、さらにその力を増せ】」


 巨大な体に高荷重が降りかかる。三つの拘束でようやく蒼空君の動きが止まった。

 だが、それを維持するにも膨大なイメージ力と魔力を使わなければならなかった。杖もそれには耐えきれないのか、少しずつ変色し始めていた。周囲の魔力も枯渇し始めていて、結界の色が少しだけ薄くなっていた。


「あとは触れることが出来れば……!」


 最後の魔法はどうしても触れていなければ使えないもの。蒼空君に近づくために走り出す。転移の魔法を使おうにも杖が耐えられるはずがなかった。

 少しずつ近づいてくる体に圧倒されながらも走り続けていると、突然、蒼空君が顔を向けてきて口を開けた。そして、魔法陣が広がり、膨大な熱量が収束されていった。


『オマエハキエロッ!』


「あっ……」


 口から魔法を撃てるのをすっかり忘れていた。今から避けようにも間に合わない。ただ見つめることしかできなかった。魔法は臨界状態になり、私の体を消し飛ばそうとした刹那、横から衝撃が襲った。

 私の体はいつの間にか宙に浮いていて、蒼空君の魔法は私がいた場所に降り注ぎ、巨大なクレータを作り上げた。


「ぎりぎりだったか。なんで肝心なところでこう失敗するのか、俺にはわからんな」


 頭の上から声がして、見ると一真の顔があった。よく見てみれば私の体は一真にお姫様抱っこされながら、飛行魔法で宙に浮いていた。


「お前の杖は塵になっちまったから魔法が消えたぞ」


 蒼空君にかけていた三つの拘束魔法は解けて、再び動き始めていた。


「一真、えっと……」


「お礼は後回しだ。早く終わらせるぞ」


 そう言って一真は蒼空君に肉薄した。蒼空君もそれに気づいているのか、口を開けて細かい熱線をばらまいた。一真は熱線をものともせずに軽々と避けていた。

 一真は杖の上に立ち、さらに私を抱えながら飛んでいたのに今気づいた。そんな状態でもこんな速さで(かわ)せることに感心していると、いつの間にか蒼空君の頭上にいた。


「行って来い!」


「うん!」


 一真は私を投げた。蒼空君は魔法陣を小さくして、火の玉をいくつも撃ってきた。でも、それは私の前に出て来た氷の壁によって阻まれた。


「先生!」


「行って! そしてあなたの言葉を届けてあげて!」


 先生に送り出され、氷の壁が消えた。蒼空君の魔法陣は魔力切れを起こしたのか、静かに消えていった。

 私は棒を取り出し、魔力の床を作り上げる。その上に着地した時には、棒が限界に来ていて黒く染まっていた。


『クルナ、クルナーッ!!』


 蒼空君の叫びが聞こえる。手を振り上げて私を叩き落とそうとした。でも、それより早く飛んだ。まっすぐ、蒼空君の体に向かって。必死に手を伸ばし、右手だけ触れることが出来た。時間にして触れたのは一瞬なのかもしれない。でも、この魔法を、思いを届けるには十分な時間だった。


「【秘めし想い、あなたに届け】」


 私の体が白く光り始める。


「【知りしもしない過去】」


 私は昔の蒼空君に何があったのかなんて知らない。


「【辛き現在(いま)】」


 蒼空君がこんな姿になって苦しんでいるのがわかる。


「【それでも、想い描くは明るき未来】」


 でも、それらを乗り越えて見える未来はきっと幸せに満ちているはずだから。


「【この身をもって、あなたに届かせる】」


 蒼空君の体も白く輝いた。光はその輝きを増していき、全てを白く塗りつぶした。

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