一真
準備を終えた私は、三人に、グラウンドに来るように伝えた。佳奈ちゃんと穂乃花ちゃんは、次はどんな授業をするのか楽しみで仕方ないのか体をうずうずさせていた。一方蒼空君はどこか嬉しそうな表情で歩いてきた。
「蒼空君、どうしたの。どこか嬉しそうだけど」
「ふん、なんでも……」
言葉ではそう言うも、口角が上がっているのがわかった。気になったが、これ以上聞くのもしつこいと思い、聞かなかった。
「はい、午後の授業は、魔力の制御がどれだけできるか調べるための、的当てをしてもらいます。あそこに的が見えるでしょ。あの的に魔法を使って当ててもらいます」
お手本として私は杖を構えて魔法陣を広げる。
「【燃えよ】」
魔法陣から火が噴出する。噴出する火が丸くなるようにイメージすると、火は少しずつ丸くなっていく。そして、杖を振って火の玉を的に向けて放つ。火の玉は勢い良く進み、的に命中した。的は激しく燃え続けたが、次第に火の勢いも弱まり消えた。激しく燃えた的には焦げた跡がなく、その代わり的には色濃くペイントでべた塗りされたような跡があった。
「こんな感じで、当たった場所に魔力がどれだけ集中したか、どれだけ魔力が分散されているかが、色の濃さと浮き出た跡の大きさで、判断出来るようになっているの。それじゃあ、一人ずつやってみよっか。最初に誰がやりたい?」
「はい! 先生、あたしがやってみたいです!」
「えっと、私も……二番目にやりたいです……」
真っ先に手を挙げたのが穂乃花ちゃんだった。続いて佳奈ちゃんがおずおずと手を挙げた。
「……俺は最後でいい」
蒼空君がぼそりと教えてくれてから三人を順番に並ばせた。
「穂乃花ちゃん、あの的に向かって魔法を撃ってみてね」
「わかりました。魔法は何でもいいんですか?」
「あ、それは言ってなかったね。魔法は基本的には何でもいいんだけど、今回は初めてだから私が使った火の魔法にしよっか」
「はい。それじゃ、いきます!」
気合を入れ、両手で杖を構えた。
「【燃えよ】」
呪文を唱えると、杖の先から魔法陣が広がり火を噴き出した。ここまでは慣れているのか手早くやった。しかし、そこからが問題なのだ。
「ここから、的に向かって……はっ! ……て、あれ?」
穂乃花ちゃんは杖を振って火を飛ばそうとするも、火は魔法陣から離れずにずっと噴き出ていた。なぜ飛ばないのかわからず、杖を振り続ける姿に私は苦笑してしまった。
この的当てには二つの難関がある。その一つは、噴き出る火を玉のように丸くし、噴き出す火を止めなければならないことだ。もう一つが、杖を振ってタイミングよく飛ばさないと見当違いな方向に飛ぶこと。そして、その火の玉に込められた魔力が均等じゃないとおかしな回転がかかった状態で飛んで行ってしまう。
何度も杖を振り続け、魔法陣が次第に消えていった。
「せ、先生! 飛びません~」
いつもは強気な穂乃花ちゃんが、思い通り飛ばないことに泣いていた。その姿と普段見ている姿とのギャップがあり、思わず笑ってしまった。
「笑ってないで助けてください~!」
「ごめんね、普段の穂乃花ちゃんとのギャップがあって笑いがこらえきれなくて……」
「あれは強気で見せているだけなんです、いつもはこんな調子なんですー」
思わぬことで穂乃花ちゃんがカミングアウトしたのだが、本人はそれどころではないようだった。私もさすがに笑っていたら失礼だと思い、助けに入った。
「まずは火の玉を作ってみて。私も一緒に手伝ってあげるから」
穂乃花ちゃんの後ろに立ち、杖を握る手に手を重ねた。
「一緒にイメージしよっか。穂乃花ちゃんはまだイメージする力が弱いみたいだから、手助けでコツをつかんでね」
「わかりました」
呼吸を整え、杖をもう一度構える。そして、
「「【燃えよ】」」
杖の先から魔法陣が広がり、勢いよく火が噴出した。
「このままイメージして。火が丸くなっていくのを」
「は、はい」
緊張しながら目を閉じ、イメージしだした。火は少しずつ丸くなっていくも、まだその形は安定せずに歪みを見せていた。私も目を閉じながらイメージする。
「っ!」
私のイメージが穂乃花ちゃんに伝わったのか、肩を揺らすがすぐに落ち着いた。
歪みを見せていた火の玉は、少しずつきれいな玉の形を見せていく。
「あとは魔力を均等に込めて、火の玉がまっすぐ飛ぶのをイメージすればいいよ」
そう言って私は穂乃花ちゃんから離れた。穂乃花ちゃんは目を開けて、的を見据えてから勢いよく杖を振る。火の玉は杖から離れていき順調にまっすぐ進むかと思われたが、途中で変な軌道を描き見当違いな方向に飛んでいき消えた。
「ありゃりゃ、残念だったね。魔力を均等に込めないと今みたいに飛んじゃうの。穂乃花ちゃんはイメージ力と魔力の制御を練習していこっか」
「はい、わかりました」
穂乃花ちゃんは肩を落としてその場から離れた。次に佳奈ちゃんが自信なさげに出て来た。
「私も、ああなっちゃうんでしょうか……」
「うーん、私にはわからない。わかるのは佳奈ちゃんだけだよ。だから自信もってやっていこっか。大丈夫だよ、失敗しても穂乃花ちゃんみたいに笑ったりしないからさ」
「先生! そんな言い方はないじゃないですかー!」
少し離れたところから抗議の声が聞こえてきた。
「ごめんごめん、でも穂乃花ちゃんも失敗して落ち込みはしてたけど、練習して上手になろうとしてるよ。だから佳奈ちゃんが失敗したって誰も笑わないし、練習していけばいいよ」
それでも佳奈ちゃんの表情は暗く、逆に俯いていくだけだった。どう励ましたらいいか悩み、一ついい案が浮かんだ。
「穂乃花ちゃんの夢って何?」
「え、あたしですか!? えっと、魔法を使って人の役に立つような仕事をしてみたいです」
いきなり話を振られて戸惑いつつも、しっかりと答えてくれた。
「蒼空君は?」
「……誰かに教える義理はない」
「あはは、そっか……。代わりに私が。私の夢はこうやって魔法の教師をすることだよ。まだ人前だから今は理事長みたいな先生になりたいかな」
そうやって夢を佳奈ちゃんに教える。佳奈ちゃんは突然なことに驚いていた。
「佳奈ちゃんの夢は何?」
「わ、私は……教師、になりたいです」
「教師なんだ、いい夢だね。なら、佳奈ちゃんは教師になるために今まで沢山の勉強をして沢山の失敗をしてきたんじゃないかな」
「……はい、しました」
その時のことを思い出しているのかその表情はさらに暗くなる。
「でも、その失敗って全部自信がなかったの? 私は違うと思うな。私も新しい魔法を使うときって大抵自信もってやるけど、失敗がほとんどかな。魔法ってさ、自信もってやっても失敗するし自信なきゃ余計失敗しちゃうものなの。それでも、その失敗の数は、それだけ成功に近づいていってる証拠だと私は信じてるよ。だからさ……要するに失敗したっていいんだよ。言うでしょ、失敗は成功のもとって。だからね、失敗は恐れなくていいんだよ。失敗をたくさん繰り返してその先に成功はあるんだから」
私もこんなことを言うのは初めてで、言いたいことをはっきりと伝えられたのかはわからない。それでも、私の言わんとしていることはわかってくれたのか、佳奈ちゃんの表情が少しだけ晴れて見えたような気がした。
「わかりました……やってみます」
勇気を出して佳奈ちゃんは杖を構えた。
「【燃えよ】」
魔法陣から火の玉が出て来た。それには私も驚き、穂乃花ちゃんはショックを受けていた。
「こ、これでいいんですか?」
「うんうん、それでいいよ。あとはそれを的に向かって撃ってみて」
コクリと頷き、的を見据えて杖を振る。火の玉はまっすぐに飛び、そのまま勢いよく的にぶつかった。的は燃え続けながらぶつかった箇所に色を浮かばせていく。
「まさか……一発でできるなんてすごいじゃん! 私でも何回かやってようやくできたけど、佳奈ちゃんは魔力制御が穂乃花ちゃんより長けているみたいだね」
「せ、先生~……それ以上あたしの傷口に塩を塗らないでください~」
がくっと崩れ落ちながら泣いていた。それを見ていた佳奈ちゃんが照れながら穂乃花ちゃんに近づき、慰めた。
「私も一緒に練習するから、穂乃花ちゃんも飛ばせるようになろう」
「うう……佳奈の優しさが今は痛い……」
二人でこれからの練習について話しているのを微笑ましく見ていると、蒼空君が前に出て来た。
「俺の番か……」
蒼空君が杖を構える。
「【燃えよ】……」
火の玉が出てきた。そして、杖を無造作に振って火の玉を放った。
私に向かって。
「えっ……」
迫りくる火の玉を見ることしかできなかった。ローブに付与されていた無効化の魔法も一度しか起動できず、昨日の一件ですでに魔法が消えていた。魔法で壁を作ろうにも火の玉の方が速い。
「【凍てつく壁よ】」
私の前に氷の壁がせり出した。火の玉はその壁にぶつかって消え、氷の壁は溶けて水蒸気となって周囲に散った。
私はこの壁を誰が作ったのかわかっていた。
「一真……」
「まつり、無事か」
上から一真が降りてきて私の隣に立つ。一真が助けてくれて一安心したが、一真の表情は険しいまんまだった。
「おい、ガキ。まつりから魔法の使い方を教わらなかったのか?」
「あんたは、誰だよ……。俺の邪魔をするな!」
蒼空君は敵意剥き出しで罵る。その豹変ぶりに佳奈ちゃん達は唖然としていた。
「そ、蒼空、さん?」
「一体、どうしたんですか?」
蒼空君に近づこうとした二人に、蒼空君が杖を向けた。
「【吹き飛べ】」
風が吹き荒れた。鬼ごっこの時に使った魔法よりその力は強く、魔法で作られた風が視認できるほどの魔力が込められているのが見てわかった。
「【吹き荒れる風は壁となる】」
一真が間髪を入れずに魔法を放ち、遮る。
「間一髪っていうところだな。てか、ガキが何で呪文改変できるんだよ」
「え、呪文改変て高度な技術なんじゃ……」
通常決められた呪文を唱えることで魔法は起動する。その実、呪文はイメージをしやすくするもので、強固なイメージが出来るならば単純な言葉でも魔法は使える。だが、改変後の呪文と使いたい魔法のイメージが結びつきづらく、魔法を起動させるのは難しい。私もまだ呪文改変は、完璧にはできなかった。
「そこをどけ……俺はその教師を殺すんだよ……!」
「んなことをさせると思うか? 俺はこいつらを守るためにこうやって立ってるのによ……」
「……どかないのなら、お前も殺す!」
蒼空君が杖を向けて呪文を唱え始めた。
「【狂え、踊れ、散れ】」
黒い魔法陣が広がり、私は嫌な予感がした。それは一真も同じのようで、余裕の表情から一変して焦っていた。
「あのガキ、得体のしれない魔法を使おうだなんてどんな神経してやがるんだよ。まつり、今すぐその二人を連れて離れろ!」
「う、うん」
私は佳奈ちゃんと穂乃花ちゃんの手を引いて急いでこの場を離れた。しかし、蒼空君の魔法が完成したのか、禍々(まがまが)しい力を感じた。
「せ、先生」
「どうするんですか……」
それは二人も感じたのか、不安そうにこちらを見てくる。
「大丈夫、任せて」
私は氷の壁をいくつも作ろうとしたが、そのとき一真が動いた。
「【時の隔たりは強固なり】」
突然一真と蒼空君の周囲を覆うドーム状の結界が広がった。内部と外部の時間の流れを切り離す魔法。一真は内部の時間を早めたのか、その動きが早くて視認できなかった。
数瞬の閃光が散り、大気を震わす音が響く。こちらでは僅か数秒の出来事だったが、中では激しい戦いが起きているのが理解できた。そして結界が消える。
その場には、折れている杖を握り、体をのけぞらせている蒼空君と、左手で蒼空君の腕をつかみ、右手に握るナイフを喉元に押し当てている一真がいた。
「お前じゃあ、俺には勝てねぇよ。諦めておけ」
「くっ……」
なんとか離れようとする蒼空君に、一真はさらに踏み込む。どんなに下がろうとナイフから離れることは出来ない。そんな状況だった。
「大人しく投降しろ。今なら罰は軽い」
「何を言って……」
「言っとくけどな、俺はまつりほど甘くはないんだよ。多少の拷問ならこの場でやってやるぞ」
私の知っている一真じゃなかった。言葉がきついことはたまにあるが、それでも誰かに優しくすることが出来る。でも、今そこにいる彼はそれからかけ離れていた。
佳奈ちゃん達も一真の声に怯え、身を竦ませていた。
「一真! 蒼空君に乱暴はやめて! 今すぐ離してあげて」
私は一真に詰め寄る。一真はしばらく私の顔を見て、蒼空君を離した。蒼空君はすぐに一真から離れる。その足元には黒い魔法陣が広がっていた。
「お前も殺してやる!」
それだけ言うとその姿を消してしまった。
「ちっ、あのガキを逃がしてよかったのか?」
「よくないよ。でも、今は一真の方がおかしいよ! 一体どうしたの。あそこまでしてほしいなんて頼んでないよ!」
「あれぐらいしとかなきゃあのガキは言うことを聞かないぞ」
「それはダメ! 間違っているよ! あれじゃあ怯えさせるだけだよ。私はただあの子と話をしたかっただけなの。それなのに、どうして一真はあんなことを……」
少し怖かった。昔とはかけ離れている一真の様子に、ショックを受けた。今の一真から離れたかった。それでも、聞かずにはいられない。
真剣なまなざしで見つめていると、観念したのか大きなため息をついて教えてくれた。
「……俺は、もうお前とは違うんだよ。お前は魔法を愛して、その正しい使い方を教えたい。でも俺はその反対だよ。お前が魔法学園で授業をしている間に俺は魔法を悪用する奴らを見つけ、その組織を壊滅させる。そんな裏社会で俺は生きているんだよ」
一真の口からそんな言葉が出てくるなんて思いもよらなかった。一真は私に嘘をつかない。だから今言ったことも本当だと、事実だと頭では理解した。でも、心のどこかではそれが嘘だと言ってほしかったのだ。
「……冗談だよね。そんなことをしないって約束したよね……」
「悪い……俺にはそれが無理だったみたいだ。でも、俺はお前がこんな裏社会に手を染めなければ、それだけで満足なんだよ」
一真は否定してくれなかった。それはわかっている。一真は嘘をつかないから。それが事実だと認識しても、心の中ではいまだに否定し続けていて、思わずこぼしてしまった。
「何で約束を破ってまでそんなことに手を染めなきゃいけないの! 一真にとって魔法はただの道具だったの!?」
「ああ、ただの道具だよ……」
私の目をまっすぐ見ながら答える一真に、思わずカッとなって頬を叩いた。感情に任せ、思いっきり。そして生徒がいるのも気にせずに言う。
「私は今の一真が嫌い!」
涙目になりながらそれだけ言うと、私はその場から走り去った。
◇
なぜ今こんなことを言ったのか。正直自分にもわからない。でも、まつりの前では嘘はつきたくない。正直に伝え、その結果このざまだ。今言わなくてもよかったのではないか。確かにその通りだ。こんなタイミングで言うつもりはさらさらなかった。いつか言おうと思っていた。それが早いか遅いかの違いだけで、嫌われるのには変わりなくても……。
「これでよかったんだよな。あいつの夢のために自分から落ちて行くって決めたんだもんな」
自分の内に秘めているこの思いを伝えられないとしても。そう、これで……。
「あの……」
後ろから声をかけられた。そこにいたのはまつりの生徒二人だった。お互いに怯えた表情をしながらも、近づいてきた。
「助けていただいてありがとうございました!」
二人は早口で言って礼をすると、脱兎のごとくこの場から去った。
「あーあ、生徒にまで嫌われちまったか……。何のやる気も出ねぇ。とりあえず先生の所にでも行くか」
だるい体を動かしながら理事長室へと足を向けた。




