解読
昼食を済ませて、図書室へ向かった。
「はーるーかー……」
名前を呼びながら中に入るも、本棚の整理をしている春香の姿はなかった。カウンターの方にも座っていなかった。
「春香? どこにいるのー」
名前を呼びながら本棚の奥に行く。写真を撮りに行っているのかと思いもしたが、今日の昼は行くことを伝えてあるから、ここにいるはず。
「春香ー」
名前を呼びながら奥に歩き続けると、ページをめくる音が聞こえた。
「春香、いるの?」
その音の方に足を向ける。少しずつ音が大きくなっていき、声も聞こえた。
「うーん、文字がはっきりしないからどれなのかわからない……」
間違いなく春香の声だった。
「春香、何してるの?」
顔を出すと、そこには無数の本に囲まれ、机の上に置かれている一冊の本と向かい合っている春香がいた。春香は髪をワシワシと掻きながら何かを探していた。そこで私の姿に気づいたのか、こちらに顔を向けた。
「あ、まつりちゃん来てたんだ」
「うん、昼休みだからね。それで来たんだけど名前を何度呼んでも返事がなかったんだよ」
「ごめんね、これに集中してたから気づかなかったよ」
そう言って私に本を見せてくる。それを見て、これが今朝聞いていた本だと気づいた。
「それが解読してる本なんだ」
「そうなんだけど、直筆だからこの本を書いた人の癖字があって、解読しようにもいくつかの候補が出てきちゃうの」
しょんぼりとした表情でこの本について説明してくれた。
「ちょっと見せて」
「え、いいけどまつりちゃんは解読とか出来るの?」
「うーん、解読はできないけど読めるかなって」
そう言って私は春香から本を借りた。
読むと確かに癖字が多く、解読に時間がかかりそうだった。しかし、この字体には見覚えがあった。
「これって……旧魔法文字、だね」
「うん、そうだよ。よくわかったね」
「む、私をバカにしてない? これでも魔法の歴史は詳しい方だよ」
「あははは、ごめんね。魔法の歴史に詳しいからこれぐらいはわかって当然だよね。それで読めそうなの?」
あらためて字に目を落とす。今は使われなくなっている旧魔法文字。『魔法』というものが出来てから数世紀の間使われていたけど、魔法を一般の人にも使えるようにするために作られたのが、今私達が使っている魔法文字。それから数十世紀と経っているため、今や旧魔法文字を読める人は少ない。
「今の私じゃあ、読めないかな。これを書いた人の癖字もあって読むのに苦労するもん」
「そうだよねー。さっきまで解読してたけど、全く読めなくて全然作業が進まないよ」
「だよねー……どうしたものかやら」
「とりあえずこの癖字さえ何とかなれば、後は自力で解読できそうなんだけどねー。魔法でもさすがに癖字を直すものはないよねー」
春香のつぶやきに何かが出かかった。旧魔法文字を解読できるような魔法は知らないが、癖字を直す魔法なら……
「あった! 癖字を治す魔法なら知ってるよ! 私の字が汚いって一真に言われてて、それ以降は一真に見せる前に魔法できれいな字に直してるの」
「そう言われればまつりちゃんの字ってあれだよね。でも、その魔法があって良かった。さっそくこれに魔法を使ってもらっていい?」
「いいよ。少し離れてて」
私は杖を春香から借りて、本を机に置き呪文を紡ぐ。
「【綴られし文字は難解。ゆえに今一度なおれ】」
魔法陣が本の下に広がり、本に綴られていた文字が輝きだした。文字はそれぞれの意思を持っているかのように、本から飛び出し私の目の前に広がる。文字が少しずつ原型を取り戻していき、私達でも読める文字に変わっていった。
「これで読めるようになったね。どう、春香?」
「ちょっと待ってね。えっと、あれがこれで……それがあれで……うん、ありがとう。このページの解読がすぐに終わっちゃったよ。午前の時間を使ってまだ三ページしかできなかったのに、魔法を使ったら一瞬で終わっちゃったよ」
「いやー、元々は私が誰にでも読める字にしようと思って先生に聞いた魔法だからね」
私が魔法を褒められて照れていると、春香があきれて返してきた。いや、小馬鹿にされているようにも聞こえた。
「もう少し誰にでも読める字にしようよ……と言っても魔法以外は努力しようとしないまつりちゃんに言っても無駄か……」
「わ、私だって少しは努力したよ! 三日で諦めたけど……」
それを聞いて盛大にため息をつかれた。これ以上言っても自分が責められるのが目に見えていたから、すぐに話を変えることにした。
「それより解読が終わったんでしょ。早く教えてよ」
「あ、逃げた。まつりちゃんは……それで解読の結果だけど、不思議なことにこの本自体が誰かに読まれることを想定して書かれていたみたいで」
「そんな本なの?」
「うん、中身は『あなたたちにとって魔法とは何か。富をもたらすもの、名声を得るためのもの、はたまた復讐に使うもの、この世を支配するための道具として使うもの。使い方はいくつもある。しかし、あなたたちは知っているだろうか。魔法の始まりを。魔法のすべてを。この本を見た者にはそれを知る資格がある。この本はそれを記したもの』っていうところまで解読できたよ」
「魔法のすべて……魔法の始まり……」
それが気になって仕方なかった。先生からも魔法の始まりは大雑把にしか教えられてない。自力で調べようにも魔法の起源自体が古く、資料がほとんど残っていない。
「春香は、魔法のすべてって何だと思う」
「うーん、私だったらまつりちゃんみたいに人を笑顔にしたいとかで作られたんじゃないかな」
「そう、だよね。私もそう思う……」
春香の言葉通りだったら嬉しい。でも、胸の中でモヤモヤとしたものがあって、なかなかそれを信じられなかった。
「ねえ、春香。この本の解読ってどこまでやるの?」
「一応全部やるつもりだけど、何か気になることでもあったの?」
「うん、ちょっとね。なるべく早めにお願い。魔法は魔力を込めれば起動できるようにセットしとくね」
魔法陣に触れて、手を加える。私の行動が春香の気になっているのわかったが、自分自身なんでここまで焦っているのかわからなかった。でも、何かが起きるような気がした。
「まつりちゃん……」
「ごめんね、なんか私焦っているみたい。どっかで頭冷やしてくるね。解読はよろしく~」
「あっ……」
ひらひらと手を振って図書室から出て行く。
??
図書室から出て時間を確認する。まだ二十分ぐらいしか経っていなかった。
「どうしよ……春香の所で時間を潰そうと思っていたんだけどなー」
何もやることがなく、とりあえず自室に戻ろうと思った時後ろから誰かが来る気配がした。
「まつり」
「あ、一真」
振り向くと一真がこっちに来ていた。ローブの袖を揺らしながら近づいて来ていて、ふと見ると所々にシミがあった。
「一真、そのローブ、シミがあるよ」
「ん、いつも通りだろ。別にシミぐらいなら問題ないしな」
「でも、赤いシミだしなんかの実験でもしてたの?」
シミの色が赤黒く、普通じゃつかないような色だった。何なのか気になりそれを手にとって見ようとしたとき、一真が慌ててローブを動かして私から離れた。
「ただの実験だからそんなに気にするなよ。それよりまつりはこれから重要なことがあるだろ」
一真が何か隠そうとしているのはわかったが、無理に聞こうとまでは思わなかった。いずれ一真から話してくれると思い、この話は止めた。
「うん、これから魔力の制御を見るために的当てでもしようかなって思ってるよ」
「的当てか。それなら万が一何かがあっても守れるから大丈夫だな」
「うん、そうだね。一真は佳奈ちゃんと穂乃花ちゃんを守ってあげて。私は自分で自分の身を守れるから」
「そう……だな……」
一真がどこかがっかりとしたテンションで言う。私はそのことに訳がわからず、首をかしげる。その様子を見て一真が頭を掻きながらどこか緊張した顔で伝えてくる。
「生徒だけじゃなくてお前も守ってやるっての」
「えっ」
一真の言葉が意外過ぎて驚きの声しか出せなかった。その間にも一真は背を向けてもと来た道を戻る。
「それだけ言いたかっただけだ」
「あ、待って」
私は走って追いかけた。そのまま勢い良く抱きつく。
「ありがとう、頼りにしてるね」
「あ、ああ」
一真の優しさに感謝して離れた。一真はギクシャクした動きで歩いて行った。その後ろ姿に苦笑してから、顔を引き締める。
「よし、行こう」
午後の授業に向けて道具を取りに自室へと向かう。




