無断欠席
あなたにとって魔法とは何か
『直筆の本』より
私が教師に就任してからはや二週間が経っていた。時間が経つのは早い。誰かがそんなことを言っていたが、まさにその通りだと思う。実際に基礎をおさらいしながら教本には載っていない部分を教え、時にはそれを実践してみせた。しかし、問題が一つだけあった。
「はーい、おはようございます」
「「おはようございます」」
私が慣れつつある朝の挨拶をしながら教室に入る。二人の声もいつも通り返ってくる。だが、もう一人の小さな声がなかった。
「今日も蒼空君がお休みですか?」
「はい、そうなんです。あたしも朝早く彼の部屋に行ったのですが、全く返事がありませんでした」
「そっか……」
「先生、何もわからないんですか?」
「私も蒼空君からは何も聞いてないよ。今日の放課後あたりに様子を見ようと思ってるよ」
私はそう言って今日の授業が始まった。しかし、生徒が一人いないだけで寂しさがこみあげてきた。授業にもあまり集中できず、前回教えたところをもう一度教えてしまうことが多々あった。そのまま時間だけが過ぎていき、その日の授業を終える毎日。
「はい、今日はここまで。二人とも、また明日」
寂しさが混じった声で授業を終えた。教室を出ても寂しさは消えずに、下を見ながら歩いていると前から誰かが歩いてくる足音が聞こえた。
「あら、まつりちゃん」
「……あ、先生」
名前を呼ばれて誰が歩いてきているのかわかった。普段なら先生を見れば笑顔になるはずなのだが、今はその気になれなかった。
「どうしたの? 浮かない顔しているみたいだけど」
「実は、生徒の一人が二週間授業に来ないんです」
「どこか具合でも悪いの?」
「多分違うと思います。他の子も一応確認に入ってくれたみたいなんですか、全く返事がないようで」
そこまで説明すると、先生が考える仕草をする。
「それは不安ね。ひとまず管理室に行きましょうか。そこでなら全生徒の部屋の様子が大まかにならわかるから」
そう言って一度教師塔に行き、転移魔法陣で地下に連れて行ってもらった。私が初めて行く場所で、厳重な管理がなされていた。転移魔法陣の前には堅牢な扉があり、指紋認証と網膜認証で扉のロックを解除する。その向こうにもう一つ、今度は光る扉があった。それは魔法の呪文を唱えることで開く仕組みになっていた。
長い通路を歩きながら感想をこぼした。
「すごい厳重なセキュリティーですね」
「この学園の中枢だもの。学園全体の管理と結界の常時構築、さらに常時隠ぺい魔法をするための専用魔力タンクがあるからね、警備体制も万全にしとかなきゃダメよ」
そう言っていると前から二人の警備員が来た。
「機械や魔法だけでなく、人による巡回もしているのよ」
「やっぱり機密情報が多いとこうなるんですか?」
「まぁ、機密情報というよりは表ざたにしてはいけない過去が多すぎるのよね。だから新世代は誰も入れないようにしているのよ」
「あれ、新世代ということは私も入っちゃ……」
「今回は特別よ。まつりちゃんにならここを見せてもいいかもしれないわね。魔法の歴史のすべてを……さ、こっちよ」
話しながら歩いていると、どうやら目的の場所に着いたみたいだ。先生が再びロックを解除して扉を開ける。
中に入ると、床に広がる巨大な魔法陣。そして、その上に映し出されている学園の立体図があった。
「これは……」
「この部屋は学園全体に供給する魔力を制御する場所よ。部屋で使われる電気や火も全部魔法でしょ。その魔力は全部ここで管理している、つまり二週間も休んでいる子も、その部屋さえわかればいるのかどうかもわかるわよ」
それを聞いて早速先生に蒼空君の部屋の場所を教えた。先生も魔法陣に触れてその部屋の魔力を調べてくれた。
「魔力は……ちゃんと消費されているわね。ということは部屋にはいるみたいね」
「ありがとうございます。これから部屋に行ってみます」
「あ、それならこれを持っていきなさい」
先生はそう言うと懐から紫色の鍵を取り出し、私にくれた。
「これはマスターキーよ。これでその子の部屋に入れるでしょ」
先生に一礼して急いで地下を出て行った。出るときは扉のロックなどを解除せずとも自動的に開き、転移魔法陣に乗る。そのまま教師塔の一階に行きそのまま学生寮に向かう。学生寮は男子と女子の部屋が分かれはしているが行き来は自由になっており、女子・男子禁制というルールはなかった。
学生寮の入り口にいる寮母さんに事情を説明し、中に入れてもらった。蒼空君の部屋は事前に調べてあるため、案内図を見ながら急ぐ。
「はぁ、はぁ、ここが蒼空君の部屋だよね……」
息を切らしながら部屋番号を見て、間違っていないことを確かめる。それから深呼吸をしてからノックをする。
「蒼空君、まつりです。今話をしてもいいですか?」
「………………………………………………何」
大分間があったが中に蒼空君がいるのを確認できた。
「入っていい?」
しかし、今度は返事がなかった。仕方なく扉を開けようとすると鍵がかかっていた。それは想定していたから、先生に渡されたマスターキーを扉にかざす。それだけで扉の鍵が外れる音が聞こえた。
「入らせてもらうよ」
そう言って扉を開けたその瞬間、火の玉が飛んでくるのが見えた。
「きゃっ」
咄嗟に顔をかばう。火の玉は私に当たるもローブが燃えることはなかった。
私が着ているローブは先生の特別製で、魔法の実験での万が一の事態に備えて魔法を無効化する魔法が施されていた。火の玉はローブに触れた瞬間無効化され、消えた。
「いきなりなんなの! 火属性の魔法は危険だから人に向けちゃダメだって……」
私は怒りながら部屋の中に入る。だが、その怒りも忘れるほどの部屋の惨状を見て息を呑んだ。
部屋の中は暗く、廊下から差し込む光で何とか見える状態だった。あちこちが燃え焦げ、壁紙が引き裂かれている中、足音を殺しながらゆっくりと入ると、部屋の中央に彼がいた。
「そら……くん?」
一瞬そこにいるのが蒼空君かどうかわからなかった。別に痩せこけているとか植物状態といったものではなかった。なぜわからなかったと聞かれるとちゃんとした答えは返せない。ただ、二週間前に見た彼が纏う雰囲気と今見たのとは全く違っていた。
「そこで、何しているの? この部屋は一体どうしたの?」
「あっ? 部屋が一体どうしたんだよ。てか、何で来るんだよ……教師が勝手に入ってきていいのかよ」
「そんなこと言ったって二週間も授業に出てないでしょ。何日も穂乃花ちゃん達がここに来ても全く返事をしないで、みんな心配してるんだよ!」
「そういえばそうだったな。明日から授業に出るわ」
「そんな言い方……。すぅ、はぁ、この部屋はどうしたの。所々焦げ跡があるし、壁紙が破れているみたいだけど」
「そんなことにはなってねぇよ。電気つけて見てみりゃわかるだろ」
その言葉にまたもやむっとなったが堪え、部屋の電気をつける。しかし、蒼空君の言う通り何もなかった。部屋の入り口付近が燃え焦げていたはずなのに、その跡はなかった。壁紙も何ともなく、自室で見るものと同じだった。
「私の見間違い?」
「だから何もないって言ったろ。いいから出てけよ」
さすがに頭に来た。いくら言葉づかいや態度が悪いといっても限度がある。私もさすがに我慢が出来なくなり、詰め寄ろうとした。しかし、それを寸前でやめた。いや、やめざるを得なかった。
「ああ、もううるさいな! さっさと出てけよ!」
蒼空君が私に右手を向けてきた。その手からは黒い魔法陣が浮かび上がり、一瞬眩い光を放った。反射的に目をつむった。その時、謎の浮遊感が体を包んだ。慌てて目を開けると、そこは……
「屋上?」
さっきまで蒼空君の部屋にいたはず。しかし、今は屋上にいる。原因は蒼空君が魔法を使ったことだとわかっている。さっきの浮遊感も転移魔法を使うときの独特の感覚だというのもわかる。だが、二週間休んだだけで杖を使わず対象者にも触れず、転移させるようなことが出来るのだろうか?
「いったいどうなってるの……」
しばらく放心し、理解が追いつかないまま自室に戻っていった。




