やっとの授業
翌朝、よく寝た私は寝坊していた。そのため、朝からドタバタと動き回り身支度を整えていた。
「どうして起こしてくれなかったの~」
「起こしはしたよ。でも、ずっと寝続けるまつりちゃんには私もお手上げだよ」
「うう~、今度からはどんな手を使ってでもいいから起こして!」
「どんな手を使ってでも……」
この時の私は自分の失言に気づかなかった。時間のない中で準備していたため気づく余裕もなく、春香の不敵な笑みにも気づかなかった。その後の毎朝がどうなったのか、それはまた別のお話。
朝の準備を終えた私は、必要な道具が詰まったカバンを持って部屋を出て行く。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃーい」
春香ののんびりとした声を聞きながら駆け足で教室に向かう。途中、何人かの先輩教師にであったが挨拶も惜しんで向かった。そして、時間ギリギリにたどり着くのであった。
「おはよう、はあ、ござい、はあ、ます……」
息切れしながら教室に入ると、三人とも教室にいた。呼吸を整え、教卓の前に立つ。
「改めて、皆さんおはようございます」
「おい、昨日勝ったからって何遅れてやがるんだよ」
「そうですね、いくら勝者でもそれはいけません。教師だったら生徒のお手本になるよう動かなければならないのですから、なおさらです」
「わ、私もそう思います。先生は、しっかりしてないとダメ、です」
それぞれに、私の遅刻についてダメだしされた。確かに教師として遅刻はまずい。しかも、昨日の鬼ごっこが原因で寝坊したとか言ったら何を言われるかわからなかった。
「その……遅刻してすいませんでした」
素直に謝る。それからこの空気を入れ替えるように授業を始めた。
「私の遅刻は置いといて、授業を始めよっか。三人がどれくらいの魔法が使えるのかは昨日の鬼ごっこでわかったけど、基礎についてどれくらいの知識があるか確認させてもらうね」
私はそう言うと、黒板に魔法陣を描いていく。
「はい、これが今私達が使っている魔法の要となる、魔法陣です。この魔法陣が一体どういう役割を果たしているか知っている? 佳奈さん」
「は、はい! 魔法陣は周囲の魔力を集約する働きを持っています」
「その通りだね。それじゃあ、その魔力はどうやってできるかな、穂乃花さん」
「この世界に生きる者の全てに宿っている物で、それが少しずつ体外から放出されているものですね」
「その通り、よくわかってるね」
「これぐらいは当然ですから」
穂乃花さんが自慢げに言うのに苦笑しながら、黒板に杖と棒の絵を描いていく。
「私達が普段使っている杖や棒。魔法を使う上で必須道具だけど、その役割は何かわかる。蒼空さん」
「んなもん、魔法陣を刻んでおいて使いたいときにそれをイメージして魔法を使うんだろうが」
「うん、そうだね。わかりやすく言えばイメージを伝える道具かな。これも知っていたかー」
正直、ここまで質問してきたのは全部基礎中の基礎だ。ここからが本当に私が教えたいことだった。
「そうなんだけど、蒼空さんが魔法陣を刻むって言ったよね。じゃあ、刻むうえでどうしても条件があるの。それは何かわかる?」
佳奈さんと穂乃花さんは首をかしげて、蒼空さんは顔を窓の方に向けた。
「条件、というよりも限界って言った方が正しいのかな。杖や棒は使用者のイメージを伝える道具なんだけど、そのイメージする量が膨大すぎると杖などが耐えられなくなってしまうの。試しに実践してみるね」
私は小さな棒を取り出し、私が知っている中で一番巨大な魔法陣を想像する。
「あっ」
「そんなことが……」
女子二人が声を上げる。私の手にあった棒が、耐えられずに少しずつ黒ずんでいった。そのまま灰になって散った。
「このように杖が耐えられなくなり、灰になってしまいます。こうならないようにするためには道具に見合った魔法を使うことが大切なの」
私が説明している最中、女子二人はノートを取り出し今のことをまとめていた。しかし、蒼空さんだけは一向にメモを取ることはしなかった。
時間を確認するともう少しで午前の部が終わりそうだった。
「時間もあと少しだし午前の部はここまで。あ、そういえば昨日の鬼ごっこで私が最後に使った魔法が何かわかったかな?」
それを聞くと蒼空さんが反応した。
「あれは転移魔法か?」
「いきなり正解がでた! もう少し正解は後回しにしようよー」
「んなこと知るか!」
蒼空さんが怒り、再び窓の方へ顔を向けてしまった。
「あはははー。ちなみに二人はなんて考えていたの?」
「あたしは高度な隠ぺい魔法かと」
「わ、私は飛行魔法で見えないぐらいの速さで飛んだんだと、お、思いました」
「私はそこまで肝が据わっていないから無理かなー……。隠ぺい魔法も私は苦手で、隠れているのは性に合わないのよ」
自分の欠点を二人に話していると、時間がやって来た。
「さて、続きは午後の部からだよ」
私が道具を持って教室を出て行こうとしていると、穂乃花さんが近づいてきた。
「あ、先生、少し時間をいただいてもいいですか?」
「うん、大丈夫だけどどうしたの?」
「はい、先生は私たちのことを下の名前で呼ぶじゃないですか。その呼び方なんですけど、やめてもらっていいですか?」
「えっ……」
ショックだった。一度は生徒に声をかけられて相談事だと思って舞い上がったりしたが、まさか生徒にやめてほしいと言われてしまった。生徒との距離を縮めたくて下の名前で呼びはしていたけど……
「本当にごめんなさい。嫌だったよね。下の名前で呼ばれるなんて……」
「あ、そういうことではなくて、下の名前で呼ぶなら『さん』とかつけなくても大丈夫って伝えたかったんです」
どうやら私の勘違いみたいだった。
「本当に『さん』てつけなくていいの?」
「はい、あたしと佳奈ちゃんはいいですよ。あと、彼も『好きにしろ』と言っていたので、いいかと」
蒼空さんの方を見ると、片手をひらひらと振りながら「勝手にしろ」と言っていた。私は嬉しくて、思わずハグしてしまった。
「ありがとう! これからよろしくね、穂乃花ちゃん!」
「く、苦しいです……先生……!」
「ご、ごめんね。つい嬉しくて」
「いえ、大丈夫です。私が言いたかったのはこれだけです」
ぺこりとお辞儀してから穂乃花ちゃんは教室を出て行った。
??
「ふっふふーん♪ ふっふーん♪」
私は図書室で春香の手伝いをしていた。本棚にある本を順番通りに並べなおしたり、元の場所に戻したりとするといった地味な作業で、いつもの私だったら長続きはしないのだが今はそれをやるのすら楽しかった。
「まつりちゃん、いいことがあって嬉しくなるのもわかるよ。でも、ここは図書室だから少し静かにしてくれると嬉しいかな」
隣の本棚から春香が注意してくるがその言葉は届かず、逆に嬉しい理由を聞かれているものだと勘違いしてしまうほど浮かれていた。
「えっとね、さっき午前の部が終わった直後に生徒から『ちゃん』づけで呼んでいいって言われたの~」
「ねえ、私の言葉聞こえてる?」
「何言ってるの、聞こえているにきまってるじゃん」
「はあー……」
春香がため息をついたが、私は気にせず作業をしていた。もちろん鼻歌交じりで。
その後も静かにしない私を見てか、春香が自身の杖で私を黙らせたのはその直後の出来事だった。
??
午後の部になり私は、三人の前で杖に魔法陣を刻む実演を行った。
「午後の部は杖に魔法陣をどのようにして刻んでいるか見せてあげるね」
そう言って準備をしている間に、佳奈ちゃんが緊張した声で質問をしてきた。
「せ、先生。質問なん、ですけど、魔法陣を刻むっていうのは実際に削るということですか?」
生徒にも私と同じように教科書が配られている。そこに書いてあることは魔法の基礎や呪文の書き取りなどが中心だった。そのため、魔法の歴史や、今みたいな魔法陣を刻むようなことは教科書には載っていないのだ。私も教科書に載ってないことを質問されても、全て答えられるわけではない。しかし、この質問は高校時代に私が先生に質問したものと同じだった。だから、すぐに答えることが出来た。
「そうやっていたのは魔法ができてから数年の間だったみたいだよ。刻むのに時間と手間がかかり過ぎていたから杖自身に魔法を覚え込ませる魔法が作られて、それから、それが主流になっているんだ」
佳奈ちゃんと穂乃花ちゃんがメモしている間に私の準備も終わる。
「よし、準備が終わったから実演してみるね。刻み方は全部で三つあるの。さっき佳奈ちゃんの質問に答えたように杖にナイフなどを使って魔法陣を刻む方法、杖が二本あるなら片方で刻む魔法を使い、もう片方の杖に魔法を刻む方法、そして三つ目は自身の手をイメージを伝える経路として使い、魔法陣を刻む方法」
「自身の手を使うんですか?」
穂乃花ちゃんがいまいちわかっていないのか、首をかしげる。
「二つはまだわかるかもしれないけど、三つ目はあまり考えたことないよね。これから見せてあげるから私の手に注目してね」
そう言うと私は目を閉じた。自身の手に魔法陣ができるのをイメージする。先生が前に言っていた。
『杖はあくまで魔法を使うための補助道具でしかない。大事なのはイメージする力よ。それがあるなら何も使わずに魔法を使うことが出来る』
言葉を思い出しながら集中する。描くは複雑な魔法陣、その役目は魔法を刻むもの。手に見えない何かが集まっていくのを感じる。それは次第に形となっていき、目を開けた時には見慣れた魔法陣が出来ていた。
内心安堵しながらも、気を抜かない。片手に持っていた杖に魔法陣をかざし、呪文を紡ぐ。
「【奇跡を呼ぶ力を刻め。その形は円環、紡ぐべき言の葉は『燃えよ』】」
魔法陣はゆっくりと杖に近づいていき、触れた瞬間眩い光を放ち消えた。
「はい、これで杖に魔法陣は刻んだよ」
そう言って今度は、本当に刻まれたか確認するためにその杖を使って魔法を使う。
「【燃えよ】」
杖の先に魔法陣が浮かび上がり、炎が噴き出た。
「ちゃんと魔法も使えるようになりました。今見せたように魔法陣はこのようにして杖に刻み、みんなが普段使っている杖になっていったんだよ」
女子二人は真剣な表情で今のことをまとめていたが、蒼空君だけは顔を外に向けていた。しかし、その目がこっちを向いていることを私は知っていた。
「先生、質問です。杖で魔法陣を刻む時も同じ魔法を使用したんですか?」
「うん、使う魔法は同じだよ。だけど杖の場合は少しやり方が違うの。刻む条件として杖に魔法陣を接触させなければ刻むことは出来ないの。その条件だと手でやる場合は片手に杖を持ちながらできるのだけど、杖の場合は長いから片手に持ちながらじゃ難しい。だから通常は杖を置いて距離を取ってから刻むよ」
穂乃花ちゃんの質問に答えると今度は佳奈ちゃんからの質問が続いた。その後も質問が続き、時には杖や実際にナイフで魔法陣を刻むのを実演してみた。
集中していると時間が経つのは早かった。いつの間にか午後の部が終わる時間が差し迫り、今日教えたかった場所のほとんどを教えずに終わってしまった。
「はい、今日はここまで。教えたことを自分なりにまとめておいてね、いつかテストをするかもしれないから」
「はい」
「わかりました」
女子二人の声だけが響き、私は教室を出て行こうとして、ふと足を止めた。
「一つ大切なことを伝え忘れていました。魔法は人を傷つけたりする道具じゃないから」
私の声は真剣そのもので、その気迫に負けてか蒼空君まで何も言わずに頷くだけだった。
「それじゃあ、また明日」
授業を終えて私は教室を出ていった。




