生徒
魔法は型に囚われれば可能性は閉ざされる。囚われなければ可能性は無限大である。
『魔法の基礎教科書』より
そこは決して広いとは言えない場所だ。必要最低限の道具が置かれ、そこに机と椅子が三つあるだけの小さな教室だ。
その中に私が受け持つことになった生徒が三人いる。
「えっと、場所は高学年の塔四十七階のBフロア三号室だっけ……」
就任初日から間違えるわけにはいかなかったが、教室の数が多いと間違えそうで怖かった。目的の階に着き、フロアに足を運ぶ。外から見た広さと中から見た広さは違って、どうやら魔法で空間の大きさを変えているようだった。
「よし、ここか!」
無事にたどり着き、時間にも余裕を持ってくることが出来た。私は一体どんな子がいるのか楽しみであり、ちゃんと授業できるか不安でもあった。
「ふー、よし!」
気合を入れて戸をノックしてから入る。中に入ると、椅子にしっかりと座りこちらを見ている三人がいた。緊張してその場で立ち止まりかけたが、何とか足を踏み出し教卓の前に立つ。
「えっと……今日から教師として就任した蒼生まつりです。わかりやすい授業が出来るように頑張ります! よろしくお願いします」
定番の自己紹介をしたが、拍手や挨拶が聞こえなかった……いや、一つだけだが微かに拍手の音が聞こえる。
その拍手が聞こえる方を見ると、茶髪でミディアムの髪型に優しそうな目をしている少女だった。
一人しか拍手しない(しかも小さい)状況でも慌てずに、落ち着いて進める。
「拍手ありがとう。私も名前を覚えたいから、あなたから順番に名前を教えてください」
私は今拍手してくれた子を指名し、自己紹介をしてもらった。
「は、はい! えっと……百瀬佳奈って言います。魔法は……あ、魔法を使うのが夢だったので勉強を頑張ります!」
そう言って礼をするが、その勢いがよく思い切りおでこを机の上に打ち付けた。
「いったぁ~」
涙目になりながら着席する。少しおっちょこちょいというのがわかったところで、隣にいるもう一人の少女に目を向ける。
黒色のロングヘアにやや吊り目をしていて、強気な性格が全身からにじみ出ていた。
「ふん、自己紹介なんてめんどくさいけど、美和穂乃花。よろしく」
素っ気なく挨拶をして座る。ちょっと教えるのが大変そうと思っていると、それより大変そうな子が隣にいた。
最後の子は短髪黒目だが、その表情が怖かった。私は入ってきた時点でひたすら睨まれていたのだ。
「伊辺蒼空」
それだけだった。名前を言うだけ言って終わり、もう終わったオーラを出していた。
私はこれから先が大変そうだなと思いながら、三人の名前を覚える。それから気を取り直して授業に入ろうとしたが、いきなり問題が起きた。
蒼空さんがいきなり立ち上がったのだ。
「どうしたの、蒼空さん」
「魔法なんて全部使えるから授業なんてどうでもいい」
それだけ言うと教室を出て行く。あまりのことに私は驚き、注意も何もできなかった。その時、今度は穂乃花さんが立ち上がる。
「あたしも魔法が全部使えるから授業はいい。面白いことをするときになったら屋上に呼びに来て」
それだけ告げると教室を出て行く。
「あ、あれ……?」
止める暇もなく教室を出て行かれ、残ったのは佳奈さんだけだった。佳奈さんもどうしたらいいのか困っているようで、顔を落ち着きなく動かしていた。
「え、えっと……佳奈さんしかいないけど、授業をしちゃいましょうか……」
何とか気を取り直して授業を始める。しかし、あまりに動揺していたのか時折要領の得ないことを言っていた気がする。
午前中はそんなハプニングから、まともな授業が出来ずに終わった。昼休みのチャイムが鳴り、佳奈さんも気まずそうに出て行く。
私は教卓の前に崩れ落ちた。
「うう~、こんなことになるなんて聞いてないよ~」
半べそかきながら教室を出て行く。
「どうしよう……これじゃあ、まともな授業が出来ないよ」
困り果てて誰かに助けを求めようとしたとき、ある人物を見つける。
「かーずーまー!」
名前を呼びながら走り出した。一真は私の声に気づき振り返るが、走って来ているのに気づくとギョッと驚いた表情をする。そのまま逃げだそうとするが、それより早く私は泣きついた。
「助けてよー! もうどうしたらいいのかわかんないよー!」
「いきなりどうしたんだよ!? てか、抱きつくな!」
一真は顔を赤くし、周囲を見て焦っていたが、私には関係なかった。いきなり授業が出来ない状況になって混乱していて、誰かに助けを求めたかった。一真も徐々に私の様子が普段と違うのに気づいたのか、少し落ち着いた声をかけてきた。
「とりあえず泣くのをやめてくれ。それからこっちに来い」
一真はぐずる私の手を引いて、歩き出した。
私が泣き止んだ頃に着いたのは、教師塔にある図書室だった。
「で、まつりが泣く程っていったい何があったんだよ」
私は事の顛末をたどたどしく説明する。その間一真は何も言わずに聞いてくれた。
話が終わると一真は、ゆっくりと、大きなため息をつきそして……
「ていっ」
「あた!」
私の頭をチョップした。実際にはそこまで痛くなかったが、あまりのことに驚いて涙目で一真を見る。
「いきなり何をするの~」
「まつりがそんなことで泣いちまうほどの弱虫とは思わなかった。そんな程度で泣いちまうなら教師なんてさっさとやめちまえ」
ショックを受けた。一真に助けを求めたはずなのに、こんな突き放されるようなことを言われるとは思ってもいなかった。私は俯き、必死に涙が流れるのを我慢しながら図書室を出て行こうとした。
「ごめん、私がわる……」
「俺が知っている蒼生まつりは魔法をこよなく愛していて、正しい使い方をしている。そして、そんな魔法をいろんな人に教えたい。そんなやつだと思っていたんだが……こんなところで泣いて諦めちまうのか?」
私の言葉にかぶせて言ってくる。一真の顔を見ると、俯いていて気づかなかったが優しい笑みを浮かべていた。
「まつりの夢はなんだ? 魔法の教師になるんじゃなかったのか? なるんだったらこんなところで泣いていていいのか? 諦めていていいのか?」
諦めていいわけがなかった。私の夢を最初に伝えたのは一真で、それを応援してくれていたのも一真だ。高校を卒業してから連絡が無くても、今も応援してくれているのが今の言葉でわかった。
涙を拭い、笑う。
「こんなところで諦められない。泣いてなんかいられないよね」
「それでこそ俺の知っているまつりだ」
二人でいい雰囲気になっていると、それを横から破る人がいた。
「あのー、二人でいい雰囲気になっているところ悪いのだけど、そろそろ時間だけどいいの?」
「は、春香!?」
いきなり声をかけてきて驚いたが、思えば春香は図書室の副司書になったのだからここにいておかしくはないのだ。
「まつりちゃんも苦労しているみたいだね」
「うん、いきなり授業を受けないって言われてびっくりしちゃった。それでどうしたらいいかわかんなかったけど、一真のおかげで何とかなりそう」
「そっか、ならよかったね。ちなみにどんなことをするの?」
私は一真をチラ見してから笑う。
「鬼ごっこ♪」
「「…………」」
二人の間に沈黙が訪れ、しばらくしてから一真は何か思い出したのか笑い出す。
「まさかあれをやるのかよ! あれは先生がいたから大丈夫だったけどよ、できるのか?」
「私だって魔法の練習をいっぱいしてきたんだから大丈夫。それに鬼ごっこすれば楽しく教えられるじゃん」
くっくっくっと笑い続ける一真だが、春香はまだよくわかっていないのか頭の上に「?」を浮かべていた。
「二人でわかりあってないで、私にも教えてくれると助かるかな」
「そうだね。でも、言葉で教えるよりここから外を見ていればわかると思うよ」
春香はさらに「?」の数を増やし、首をかしげていた。私は一真と一緒に苦笑する。
「それじゃあ、行ってくるね」
「ああ、いってこい」
「よくわからないけど、頑張ってね」
二人に応援されながら私は図書室を出て行った。
「さて、悪役でも演じてみようかな♪」
悪い笑みを浮かべて教室へ向かう。




