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道を究める二刀流  作者: 沢村俊介
7/20

マッサージに大切なのは技巧よりも心

 宮本選手へのマッサージが終わった。

 通訳の三原氏が宮本選手を車で自宅まで送ってくれることになった。 

 寺坂は、日本から駆けつけてくれた吉原氏を食事に誘ったところ、快く受けてくれて、ホッとしている。

 二人して、日本食のレストランに入り、生ビールを飲む。

「ありがとうございました。本当に助かりました」

 寺坂は礼を言う。

「いいえ、いいえ。こちらこそ良かったです。何よりも僕のマッサージで、宮本選手が居眠りをしてくれたことです。よほど、リラックスでき、気持ちがよかったのだと思います」

 吉原の笑顔に、寺坂も救われたような気分だ。

 寺坂は自分の感想を吉原に漏らす。

「それにしても、鼠蹊そけい部とか、鎖骨とか、腋窩えきかとか、そういうところを、指先で優しくもみほぐしておられましたが、そこは宮本選手もマッサージに慣れないところでしたが、とても気持ちよさそうにしておられました」

 吉原氏は、笑いながら答えられる。

「寺坂さんは、よく見ておられますね。実はあそこは、リンパ節なのです。リンパ節というのは老廃物を排出するための重要な箇所ですからね。ゆっくりと優しく圧力をかけなくてはならないのです」

「そうでしたか」

「リンパ液の老廃物は、やがて静脈に渡され、静脈から腎臓へ運ばれ、最終的には腎臓でろ過されたのち、からだの外へと排出されます。東洋医学では、西洋医学に比べて、血液の流れのほか、リンパ液の流れにも、注意を払うようです。もっともこれは、僕の尊敬する重正先生に教えてもらったことなのですが……」

「あっ、思い出しました。その名前、吉原さんの大学ノートで見かけました。確か、宮本選手の右足首の三角骨を手術された先生ですよね」

「そうです、そうです。よく覚えてくださっています。重正先生は、がん患者さんで、がん細胞のほか、リンパ節まで切り取らざるを得なかった方には、丁寧にリンパ腺のマッサージについても指導なさっています」

「それはなぜですか?」

「つまり、例えば進行した子宮がんの場合は、体内にがん細胞が流れて、他の臓器に転移していかないよう、鼠蹊部のリンパ節を切り取る場合があります。また、乳がんの場合も、転移を避けるため、鎖骨のリンパ節を切り取る場合があります。そうすると、術後何年か経つと、リンパ節がなくなったことで、リンパ液がの流れが滞り、下肢や上腕部の皮膚や筋肉に支障を来たすことがあるのだそうです」

「そうなんですか。僕なんか、からだの中を流れているのは、血管と神経の二つだけだと思っていました。恥ずかしい限りです」

「いや、これから勉強されればいいですよ」

「そうですね。何とか、お役に立てればと思います」

「いえ、寺坂さんはがんばっておられると思いますよ。寺坂さんの目を見れば、わかりますもの。実を言えば、マッサージなんて技術だけじゃないんです。ハートなんです、心なんです。近頃は、何かと、効率性といういうものが重要視されがちです。マッサージを受ける人も施す人も忙しいですからね。また、マッサージの技術面では、圧をかけるとか、圧をかけないとか、そういう物理的な言い方が一般的でして。でも、僕が重要視しているのは、『心を込めて』というような、情緒的な方法なんです。母親が熱を出したわが子を心配して、そっと自分の手ひらを子どもの額に置き、心の中で、神様に『どうか、この熱が下がりますように』と祈るような気持ち、そういう気持ちを大切にしながら、身体の各部位をマッサージしていくことですね。つまり、『技巧よりは心』ということでしょうか」

 寺坂は、思わず吉原の目を見た。とてもキラキラとした、少年のような純粋なまなざしで、寺坂は胸を打たれた。(つづく)

 


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