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道を究める二刀流  作者: 沢村俊介
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宮本選手のスランプの一因としてトレーナーの入院が

 寺坂は、宮本選手の新しいトレーナーのマッサージのあり方について、ベンチサイドのコーチやフロント側の職員に対し、なかなかその注文の言葉が言いにくかった。こちらは日本から派遣された人間。向こうには向こうのプライドがあるだろう。

 実は、宮本の専属トレーナーが二週間前に病気で入院した。その代役のトレーナーはマイナー(二軍)での仕事が多かった。いきなり一軍の選手相手のトレーナーでは戸惑いがあるのも止むを得ないかもしれないが……。

 宮本選手は、その臨時トレーナーのマッサージに何のもんくもつけていない。しかし、寺坂には気がかりなのだ。

 もっとも、寺坂の気がかりというのは、今の宮本選手のスランプがマッサージの低下から来ているのではないか、という懸念だった。

 宮本選手のマッサージで気を付けなければならないのは、左右バランスよく、ということだった。例えば右足首のマッサージに10分かけるならば、左足首にもほぼ同じだけの時間をかけなくてはならない。

 そして、宮本選手の場合、特に関節のマッサージが重要だった。

 具体的に言えば、ある一つの関節には、骨と骨とが接触する箇所があるが、この接触箇所においては、関節軟骨というスポンジのようなクッション層があり、ここの活性化を図るための、もみほぐしマッサージは大切になる。次に、関節には、その両サイドに、骨と骨の接触部が左右にぶれないよう、保護するサポーター(包帯)のような靭帯というものがあるが、この靭帯の保護マッサージも大切なのである。

これら関節軟骨のもみほぐしと靭帯保護マッサージは、下肢で言えば、足首関節、膝関節、股関節の三か所で必須であり、上肢で言えば、肩関節、肘関節、手首関節の三か所で必要なのである。これらのマッサージを、今入院されている一軍トレーナーの松下一郎氏は、しっかりとこなされていた。それが今のトレーナーではできていないと、寺坂は思っている。

 トレーナーを替えて欲しい、それがなかなか寺坂は言い出せなかった。

 しかし、寺坂は、叔父に言われたことを、何度も反芻していた。

「一日一日、悔いのないように生きなくてはならん。それは他人のためではない、自分自身のためなのだ。おまえの人生はおまえ自身が考えて決め、おまえ自身が行動して切り開いていかなくてはならん」

 寺坂は、宮本選手のためというより、自分自身が悔いをできるだけ少なくしていくために、まずは国際電話で、日本の球団事務所の松尾先輩に相談した。

「今、宮本選手の専属トレーナーが病気のため入院していまして。今のピンチヒッターのトレーナーでは十分ではありません」

「そりゃ、いかんな」

「でも、なかなか向こうのベンチやフロントの方々に言い出せなくて……」

「おまえは何を躊躇しているんだ? 宮本が他の箇所に比べ、関節のところがウイークポイントになっていることは、うちから向こうの球団に渡した『トレーニング・レポート』にもちゃんと書いてあるだろう。そこのページを示して、ちゃんとおまえの口から言わなくてはだめだ。今年のシーズンは、あと一か月半もあるんだぞ。それに、今の勝率から見て、ワイルドカードは獲得できそうだから、地区シリーズの試合のことも考えておかなくてはならんだろう」

「わかりました。勇気を奮ってベンチやフロントに申し入れをしてみます。もっとマッサージの時間を増やし、濃い中味にしてもらうように、と」

「うーん。しかし、今のトレーナーの技術はおまえの診立てじゃ、良くないのだろう?」

「はい」

「それじゃ、もしそちらでいい腕のトレーナーが確保できないようなら、こちらから送り込んでもいいぞ」

「えっ!?」

「うちの球団に吉原がいるだろう。今、うちの二軍でトレーナーをやっている子だよ」

「ああ、あの大学ノートを書いてくれた方ですよね」

「そうだ」

「でも、大丈夫なんですか?」

「この4月に二軍のトレーナーをもうひとり、新規採用したんだ。吉原が彼を直接指導し、面倒をみている。一か月、二か月くらいなら、こちらはそいつで十分いけるかもしれない…」

「ありがとうございます。それではこちらでまず、探してみて、もしだめなら、吉原さんの派遣をお願いします」

「わかった、また連絡をくれ。がんばれよ、寺坂」

 寺坂は松尾先輩の期待に応えたいと思った。それにはまず、弱い自分と戦わなくてはならない。

                                          (つづく)


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