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道を究める二刀流  作者: 沢村俊介
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給料が安くても一生懸命仕事をするのがいい

 寺坂吉太郎は叔父と会った。少なくとも十五年以上は会ってない。何となくだが、叔父の表情は穏やかなようだった。

「お久しぶりです」

「ああ、久しぶりだね、吉太郎君。姉さんから電話をもらってね。昔はお父さん似と思っていたが、さすがに姉さんの面影もあるねぇ」

 叔父は暖かく迎えてくれた。この寺には茶室もあり、そこで抹茶を点ててくれた。

「姉さんから聞いたが、今はアナハイム市のアパートメントに住んでいるけれど、元々は日本プロ野球の球団事務所に所属する職員らしいね」

「はい。でも臨時雇いの職員なんですが」

「なに、臨時だろうが、正規だろうが、関係ないよ。与えられた仕事を一生懸命やることが大事だ」

「はい」

「それで、どうした?」

「僕は今、宮本選手のマネージャーをやっています。今、彼が、スランプ状態でして、何とか、力になれないものか、と悩んでいるんです」

「ああ、そうなのか。マネージャーとしては当然の悩みではあるな。しかし、あまりうるさく付きまとうのもどうかとは思うな。やはり、大人同士、一定の距離を置いて、見守っていくしかないだろうな」

「そうですか?」

 寺坂としては、叔父にはもっと具体的なアドバイスをもらいたかった。しかし、そのことがなかなか言いだせない。

「今日は、昼をおまえと一緒にしたいと思ってな。一応、朝から仕込みをしておったのだ」

「そうでしたか。叔父さんは料理もできるんですね」

「いや、大したことはない。もっとも、精進料理というやつが食べたくて、お寺の修行をはじめたようなものだからな」

「えっ?」

 叔父はニヤッと笑っていた。もっとも、この叔父はいつも甥っ子の寺坂が驚くようなことを言う。うちも浄土真宗の仏壇があり、父は阿弥陀様という仏さまを拝んでいた。禅宗には仏さまがないのだろうか。もし仏さまがおられるなら、料理が食べたくて禅をはじめたなんて、罰当たりになるのでは、と寺坂は思った。

 叔父の手料理が出た。

 御膳の上に、うなぎの蒲焼きがある。

「叔父さん、うなぎはいいんですか?」

「まぁ、食べてみろ」

 蒲焼きのタレの匂いがいい。口に入れ噛んでみる。触感もいい。味もいい。やはりうなぎだ。川魚というのは精進料理では許されるのだろうかと寺坂は思う。

「どうだ?」

「おいしいよ」

「うなぎか、それは?」

 叔父の問いに答える。

「ええ、川で取れるうなぎのような……」

「ところがだ、それはうなぎもどきなんだ」

「そうですか?」

「素材は豆腐とすった山芋とを混ぜ合わせたものなんだ。もっとも片栗粉も少し使っているがね」

 寺坂は驚いた。

 ともかく、寒天を素材にしたという、烏賊もどきの刺身もおいしかった。

 食後、叔父にお茶を入れてもらった。

 お互い膝を崩しての話となった。

「宮本選手のことが心配で。彼、今、スランプに陥っていて」

「何、そのうち、立ち直るさ。おまえが心配してもどうしようもない」

「でも、叔父さん、僕は彼のマネージャーなんですよ。心配するのは当然でしょう」

「でも、わしは姉さんから聞いているよ。おまえが几帳面に、宮本選手の日々の動向を北海道の球団事務所にメールで送っていることをな」

「でも、それは当然のことをしているだけのことです」

「いや、それは立派なことだ。仕事というものは、そういうように毎日、小まめにやる、ということなんだ。そういう積み重ねがあってこそ、球団のフロント側も、球団のオーナー側も、今後の選手の獲得・育成に効果を上げることができるんだからな」

「いえいえ、僕なんかでは、とても役に立っていないですから」

「まぁ、それはおまえが決めることじゃなくて、周りの人間たちが評価することだ。これまでどおり、努力を続けることだ」

 寺坂は、叔父のアドバイスがうれしかった。アナハイム市から車で40分かけて、この禅寺にやってきてよかったと思った。しかし、つい、叔父ゆえに甘えが出た。

「でも、叔父さん、宮本選手のようなすごい選手に、僕なんか、ひとつのアドバイスもできなくて」

「そりゃ、おまえのコンプレックスだろう。しかし、それはつまらないこだわりだね」

「えっ?」

「例えばの話だ。相手は年俸30億円を稼ぐプロ野球選手。一方、おまえの給料は年間3百万円だとする。相手は千倍もの稼ぎがある。だが、そういう金銭面のことだけを観て、人間の価値を測ってはいかんな。大切なのは、その人間がいかに努力しているかなんだ。今の世の中、プロセスより結果が求められている。でもなあ、人間はプロセスの中で、どう一生懸命努力したかが大切なんだがな」

 寺坂は叔父の話に納得していない。

 宮本選手がそれだけの年俸をもらっているのは、日々の努力の結果であり、そういう結果である打撃・投球の実績がいいからこそ、その高い年俸も支払われるのだと、寺坂は思う。人間の値打ちというものは、やはり金銭で換算されるものではなかろうか。

「でも、叔父さん、現実的には、僕はたかだか月二十万円の給料取りのマネージャー。相手は才能あふれる大金持ち。なかなか相談相手にはなれないよ」

「そうか。まぁ、そういう見方もあるが。でもな、仏さまにとって、大金持ちの金銀の寄進よりも、貧しい老婆の心のこもった一本のろうそくのお供えの方が貴重だという教えもある。給料が安いということを卑下するよりも、自分の仕事を一生懸命やり抜くということが大切だと、わしは思うがね。ともかく、一度、宮本選手とこの寺に来なさい。また、一緒に、精進料理を食べたらよい」

「本当ですか」

 寺坂はうれしかった。宮本選手も、この叔父の作る精進料理なら、喜んで食べてくれるような気がした。(つづく)


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