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道を究める二刀流  作者: 沢村俊介
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スランプから脱出するために

 2018年のMLBシリーズも早や8月中旬に入る。

 7月17日のオールスター・ゲーム後、投手と指名打者との二刀流をめざす宮本選手の成績は振るわなくなっていた。彼のマネージャーである寺坂が見るに、明らかに疲れであった。

 疲れの主な原因は、マスコミ攻勢にあると寺坂は見ていた。アメリカのメディアも日本のメディアもそろって試合後は必ず宮本にコメントを求めた。

 普通の先発投手なら、中4日で投げる。それも好投をして勝った試合だけだから、極端に言えば、年15回程度の取材であろう。

 打者であれば、逆転のホームランを打ったとか、9回裏にサヨナラヒットを打ったとか、そういうヒーローインタビューの時であるから、それもやはり年5~6回もあればよい方であろう。

 それが、極端に言えば、宮本選手の場合、先発投手として中5日なので、投手として少なくても週一回は、記者たちからインタビューを求められる。投球内容が良くても悪くてもだ。調子の良いときであれば、コメントもはずむであろうが、投球内容が悪かったときは、記者の質問は宮本にとってかなりのストレスになっていると寺坂は思う。

 むろん、スポーツ記者たちの囲みは週一回にとどまらない。中5日の時、DH(指名打者)として週二、三回は試合に出ているので、その際は打撃内容について質問が飛ぶのである。 

 確かに、宮本が所属している、LAAという球団には、広報担当の(くれない)女史もいて、さばきはしてくれるのだが、囲みの場合は、どうしても処理できないケースが出て来る。

 寺坂は、フリー打撃のとき、ブルペンで投げている時の宮本選手の動きや顔の表情をそれとなく観察している。やはり内面的に苦しんでいることは間違いなかった。

 何か、宮本選手の力になりたかった。

 ある夜、寺坂のスマホに電話があった。母からだった。

「どうしてる? ちゃんと食べている?」

 母の心配は、今は、ちょっとうるさく感じる。でも、母からかかってきた電話をこちらから切るわけにもいかない。

 寺坂は、自分からは話さず、母の話を聞き流すことにした。

 すると、母の大きい声がした。

「あんた、聞いてるの?」

「ああ、聞いてるよ」

「だったらいいけど。もしね、おまえの気が向いたら、『報徳寺』という禅寺に行ってごらんなさい」

「そんなお寺が、こちらにあるの?」

「あるのよ。ほとんどの檀家は、日系人の方々なの。そこの禅師さんはとてもいい人で、話のわかる人だから」

 こちらに来て、何だか人恋しいのだ。確かに、日本の球団事務所の職員である、松尾先輩とはメールを交換したり、電話で話をしたりはするが、やはり、生で人の顔が見たいし、人の声が聴きたい。

「しかし、突然俺のようなものが行って、その和尚さんは、会ってくれるだろうかね?」

 心配気に尋ねる寺坂に、母の何やら恥ずかしげな声が耳に入った。

「それがね、信二なのよ」

「えっ、信二叔父さんなの!」

「そうなんだよ。今、その禅寺で雇われ和尚をやっているわけ」

「なんだ。でも、なつかしいな。信二叔父さんなら、俺、進んで会いに行くよ」

 確かに、うちの父には、叔父はあまり良い評価は得られていなかったように記憶する。つまり、父はよく母に言っていたものだ。

『君の弟は、人はとってもいいんだが。何しろ、きちんとした会社勤めができないから、心配なんだよな』と。

 でも、寺坂はあこがれていた。叔父さんは若い頃は、国の海外協力隊に入り、発展途上国に行って農業用水の整備など、ボランティア活動に専念していたし、日本に帰ってからも、自ら陶芸窯を作り、抹茶用の茶碗や和食用の盛り皿を造っていた。そのうちの何品かは、うちにも置いてあった。少年時代、それらの作品を見ながら、寺坂はすごいなと思ったのだが、父親は『何か特徴のありすぎる形で、洗うときは大変手間がかかりそうだな』と言っていたのを思い出す。

 叔父はきっと、陶芸にも飽き足らず、国内の禅寺で修業したのち、アメリカに渡って禅の普及に力を尽くそうと考えたものと思われる。

 寺坂は、こちらに来て車の免許を取った。レンタカーで、母に聞いた禅寺へと向かっていた。

(つづく)


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