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034 感心されました

2017. 10. 14

黒い霧の中は、当然だが視界が悪い。これが煙であったら見えないだろうが、多少見えるといった具合だ。


まだ昼間だから良かったとも言える。その上、宗徳とリーヤの体から三十センチは霧が侵入する事のない風の膜で覆っているため、手でかき分けるように進めばそれほど苦労はない。


「避難訓練の時の煙の体験を思い出すなぁ。あの甘い匂いも懐かしい」


徹が小学校の時に一緒に参加した避難訓練。そこで行われた白い煙の中を通るという体験を、宗徳は思い出していた。


バニラエッセンスのようなあの匂いは、妙に鼻に付いた覚えがある。真っ白で前が見えないという短い通路。訓練であるのはわかっているが、普段体験する事のできないそれは、少々楽しいと思ってしまうものだった。


笑い出しそうになるのを必死にこらえ、一生懸命体を低くして前も見えない白い世界を進んだのは、もうかなり昔の体験だ。


「黒いってぇのは、やっぱ違うな」


絶対に悪いものだと感じてしまう黒い霧。吸わないように対策していても、極力息をしないようにしようと思ってしまう。


「おい、リーヤ坊。付いてきてるか?」

「はいっ。で、ですが、もう少しゆっくり進んでいただけるとありがたいです……」

「お、すまん。やっぱ足下は不安だよな? 俺は色々と見えないもんも問題なく見えるからいいが……俺の通った所をちゃんと通れよ?」


注意しなくてはと思ったからか、宗徳には、何かそこにものがあれば、シルエットとして認識できるようになっていた。


それが自分だけの視覚変化だと理解していた宗徳は、進む先を落ち葉を避ける噴射機のように、風で道を作って歩いている。お陰で、足下に不安はない。


「ありがとうございます。とても歩きやすいです。ここへ来た時とは比べものになりません……」


リーヤは素直に宗徳のすぐ後を歩いており、小石さえ避けられた道を進んでいく。


「そういや、だからやられてたんだったな。ん? もしかして、何もせずにか?」

「はい……なるべく吸わないようには対策していましたが、このような……風で膜を作るという発想はなく……」

「よく無事だったな」

「いえ……無事でなかったからムネノリ殿に助けられたのですが……」


そう、リーヤが深手を負ったのは、いわゆる同士討ちの結果だそうだ。黒い霧のせいで正常な思考ができなくなり、混乱し、視界が悪かったこともあり、酷い乱戦状態になったという。


不用意にも吸ってしまった事が敗因と言える。


「そうだったな。けど、こんなの吸わん方がいいのはわかるだろ。あれだけの人数がいたんだ。風で一時的にでも吹っ飛ばすとか、考えなかったのか?」

「……出来ませんよ……」

「なんでだよ」


かなりの人数が運ばれきたのだ。それだけの人数がいたなら、総力を結集して竜巻のように霧を巻き上げてしまえばいいのではないかと思う。しかし、リーヤはあり得ないと呆れた顔を見せた。


「こんな芸当も、出来る者はほとんど居ないと断言できます……」

「ん? これの事か? 出来るだろ。だいたい、俺は寿子曰く『頭で考えない感覚の人』だぞ?俺より頭の良い奴なんて、結構いるだろうから、カンタンなんじゃねぇの?」

「……感覚だけで発動している事が驚きです……」


リーヤが言うには、この世界の魔術とは、何によってどんな現象が起こるかなど考察した上で、求める威力や結果を考え、魔法陣を作り出す。その魔法陣も作り出すには、集中力と精神力、想像力が不可欠だ。


ただ担に、扱える魔力が多いだけではなんの力にもならない。複雑になればなるほど魔力は必要で、使用する魔力の放出量の調整も重要になってくる。


結果、この世界では、魔術の発展がそれほど目覚ましいものではないらしい。


「って事は、俺ってばスゴイのか?」

「凄いなんてものではありません。これはもう……伝説の神賢人であるオルサーク様にも匹敵するのではないでしょうか……神眼師のゲイリー様並みの鑑定眼と言い、ムネノリ殿は一体……」


そんなリーヤの呟きも、最初の一言しかはっきりと宗徳には聞こえていない。


「おっしゃー! 俺ってスゴイ!」


宗徳は浮かれていた。大人になってから褒められるなんて事は無いに等しいものだ。素直に『お前は凄い』なんて言われて嬉しくないはずもなく、年甲斐もなくはしゃいでしまったのも無理はない。


「なら、その凄い俺の実力を見せてやんぜっ」

「へ? あ、ムネノリ殿? ちょっ、お待ちをぉぉっ」


こんな所に一人取り残されては右も左も分からなくなり、迷子になると分かりきっている状況。それなのに、急激にテンションの上がった宗徳が、恐らく奥だと思われる方向へ向かって駆け出してしまった。


それも、ビックリするくらいの速さでだ。視界が悪い中で、そんな無謀な事が出来るのは、見えない場所にでも何があるか分かる宗徳の能力があってこそだ。


駆け出した宗徳は黒い霧を裂き、一直線に進んで行く。その進んだ道は、変に気流でも生まれたのか、道として霧がまた覆う事はない状態になっていた。


リーヤとしては見失わないので有難いが、不可解な力過ぎて不安で仕方がない。だが、それでも足を進めたのは、命を助けてくれた宗徳を悪い人だと思えないからだ。


「待ってくださいっ」


そういって宗徳の走って行った道を夢中で進んだリーヤは、その先で固まる事になる。


「これがっ……っ」


宗徳の前。そこには小さな湖がある。その上に、それはトグロを巻いて浮かんでいた。


「ひっ……!」


ここへ昨日来た時は、リーヤにはそれがどんな魔獣なのか分からなかった。そう、姿を確認できなかったのだ。理由はこの黒い霧。


この場は最も濃く、手を伸ばせば肘までも見えないくらいの濃霧が取り巻いていた。それを払えるほどの強い風など起こせる者はおらず、継続して魔術を発動し続ける事も出来ない。何より、ここへ来るまでの間に吸った黒い霧のせいで、正常な判断が出来なくなっていた。


よって、霧の視界をどうする事も出来ず、ただそこに地図から湖があるはずだからこれ以上は進んではならないと警戒するだけ。そして、そんな所で乱戦になったのだ。


なすすべもないとはこの事だった。あまりにも愚かで、冒険者として致命的なまでもの計画の無さだった。あれだけの人数の冒険者が、誰もなんの対策もできなかったのだから笑ってしまう。


今、こうして湖さえも見えているのは、宗徳の魔術の力に他ならない。そう。宗徳は見えないのは面倒だと言って、体に纏わせていた風の膜の要領で、この辺り一帯を全て風の膜で覆ったのだ。


「お前がリヴァイアサンか。どう見ても……龍だな。黒いから、お前は悪者でいいのか?」

《……》

「……」


その見解はどうかと思うが、リーヤの耳にそれが届いていても、凍り付いた喉は声を発する力をなくしている。


絶望的な相手、リヴァイアサンを前にして、呑気なのは宗徳だけだった。

読んでくださりありがとうございます◎



龍です。



次回、土曜21日0時です。

よろしくお願いします◎


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