024 プスっと?
2017. 8. 5
宗徳はそろそろ限界だった。
「っ、あと……一人……っ」
先ほどから頭がグラグラと揺れている。三十分ほど前にそうなった時は、善治からもらった薬を飲んだら治った。けれど、もうその薬はない。
「ムネノリさんっ……もう充分です。後はこちらで何とかしますから……」
鬼気迫る様子の宗徳に、補佐役としてついていた彼女、ウッズはどう制すべきか考えあぐねていた。
善治は二度目にこうなったらもう休めというつもりで、薬を一つしか渡さなかった。宗徳もそれがわかるから、後一人の怪我人を、何としてでも治療し終わらなくてはと思っているのだ。
こんな時、もう一つ薬をもらって来てくれとは言わない。決められた事は守る。ただし、この場合は自分が出来る限界まではやり通すべきだと考えている。
「ムネノリさん……」
そんな様子は、ウッズには異常なものに見えていた。
宗徳は荒くなった息が邪魔だと、集中するため、息を一度止める。そうして発動した治療魔術は、これまでの宗徳の治療魔術のレベルには届かないものだった。ただ、酷い傷口は塞がっており、他の者達がやったなら充分過ぎる結果だ。それでも、宗徳には納得できない。限界であっても、気合いで何とかなると思っているのだ。
「くそっ! こんな半端で終われるかいっ!」
もう一丁気合いを入れてと、魔術を発動しようとした時、背後に立った者が手刀を繰り出した。
「終わっておけ」
「っ、ぜ……じぃ……っ」
それが善治だと分かっていたから、宗徳は背後に立たれても警戒していなかったのだ。そして、そのまま意識が遠のく。瞼が完全に落ちる直前に宗徳が見たのは、善治の見慣れた呆れ顔だった。
善治には、この結末が最初から見えていた。だからこのタイミングでここに顔を出したのだ。
「まったく……」
「あ、あの……マスター……」
ウッズは、宗徳を止めなかった事を後悔しているのだろう。だが、やめなかったのは宗徳自身だ。
「そんな顔をする必要はない。お前が止めた所で止まる奴じゃないからな。部屋の端に転がせておいてくれ」
「え……いえ、ですが……」
そんな事はできないと、ウッズの顔には書いてある。善治はため息混じりに改めた。
「気になるなら、二階にそれの妻がいる。連れて行ってやってくれ」
「はい」
そう言って善治は背を向けた。ウッズは女だが、力がある。身長も高く、筋肉質な為に体重もそれなりだ。男一人、引きずって歩く事は可能だろう。今回、男女関係なく運んでいた事からもそれは明らかだ。
ウッズは何も言わず倒れた宗徳の片腕を取り、自身の肩に回させる。そうして立ち上がるのに時間はかからなかった。
その気配を感じたからではないが、善治は部屋を出る直前に言い忘れたというように一つだけ告げる。
「私は執務室にいる。起きたら来るように伝えておいてくれ」
「分かりました」
善治は、今回のこの騒動についての情報をまとめなくてはならない。
何より、今は目の前の怪我人達の対応を優先している宗徳と寿子が、きっと後でこの状況がなぜ起きたのか聞きに来る。善治はそれまでになるべく正確な情報をまとめておかなくてはと、最上階の執務室へと向かっていった。
一方その頃。寿子は、とりあえず今は詮索しないからと無理やり引いた調薬師達から離れて、一人で薬を作っていた。
「これがみんなには見えないって事ね……」
出来上がった薬の入った瓶を眺め透かしながらそう呟く。
宗徳が魔術の種類によって色別に見えるのと同じだ。どうやら、寿子は全ての調合のタイミングが光り方でわかるのだ。調薬師や他の者達には寿子が気に入ったキラキラは見えていなかったらしい。
「キラキラしてるほど良いものになる? よくわからないけど、さっきと同じなら問題はないのよね?」
色々と検証しながら、寿子はランク三の薬を正確に量産していく。目の端でこちらを窺っている調薬師や鑑定師達の顔色が悪いのは、疲れだけの理由ではないかもしれない。
このペースならばあと十も作れば材料がなくなるという頃。ウッズによって宗徳が部屋に運ばれて来た。
「あの……ヒサコ様……」
「え? あ、様なんて付けるからびっくりしたわ。あらあら、わざわざ連れてきてくださったの? その辺に転がせておいてくださって結構でしたのに」
「い、いえ……」
表情をひきつらせるウッズに近付き、寿子は宗徳を受け取る。
「重かったでしょう。ごめんなさいね。迷惑をかけて」
「そ、そんなことはっ。ムネノリさんはまだ加減ができないようでしたのに、止めることができず……」
「いいのよ。言って聞く人ならこうはならないわ。ありがとうございます」
寿子の言い方は、はっきりしている。
「ムネノリさんの事、理解されているんですね」
「もう長い付き合いですから。いつまでも子どもで困るわ」
「え〜っと……」
大変返答に困る言葉だろう。
「それより、あなたもかなり顔色が悪いわ。少し休んでいってくださいね」
「は、はい……そ、それにしてもあの……その薬……ヒサコ様が?」
ウッズは目に見えて引きつりそうになる表情を必死でこらえているようだ。
「様は止して。ヒサコでいいわ。そうなの。作ってみたのだけど……ねぇ、因みにどんな味がするのかしら?」
「……飲んでみては?」
「いいのっ? でも薬でしょう?」
体調が悪くもないのに飲むのはどうだろうかと思っていたようだ。その上、寿子の手元にあるのはランクが高い。それは、効きが良いという事のはずだ。
「作られたのはヒーリングポーションのランク三のようですし……これがランク二か一でしたらちょっと分かりませんが、基本ヒーリングポーションは足りなくなった分を補うもの。余分な分は吸収されません」
「そうなの。じゃぁ、問題ないわねっ」
嬉しそうに寿子は薬を手に取る。だが、口を付ける寸前に、ウッズが忠告する。
「あっ、一口だけですよっ」
「え? わ、分かったわ」
そして、一口舐めるように飲んでみた。
「んん〜……微妙ね……甘みは多少あるけど青臭いわ……っ、あら? えっ!?」
「やはり、一口でも充分そうですね……さすがはランク三……」
寿子の手にあった薬の瓶。一口だけ飲んだのだから、薬の量はまだ半分以上残っているはず。だが、コクリと飲み込んだ次の瞬間、残っていたはずの薬は蒸発するようにボワっと緑の煙になって消えてしまったのだ。
「ど、どうしてっ? 消えたのだけど……」
「ええ。ですから、必要ない分は消えたのです」
「……そんな事あり? そ、それなら、飲んだ分がもう余分だったらどうなるの?」
「その場合はプスっと……いえ……」
「……何となく分かったわ……っ」
寿子は恥ずかしそうに頬を赤らめ目をそらした。お腹がコロコロしたのは気のせいではないかもしれない。
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良いのか悪いのか……。
次回、土曜12日0時です。
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