194 手品ではない
亮司は、常温の麦茶を飲んで、少しほっと息を吐く。そうして呼吸を何度かゆっくりと繰り返したところで、先ほどの宗徳のやったことを改めて思い出す。
「それで? どういう手品なんだ?」
「手品だと思うのか?」
「そりゃあな。いくらノリさんだとて、神にはなれん」
「まあ、そうだな。神にはなれん。だが、魔法使いにはなれたぞ」
「……息子いるだろ」
「おう。居るが?」
「なら、魔法使いにはなれんだろ」
「……あ、意味が分かった。なるほど。仮にアレが正攻法のものだとすると、俺のは裏口、いや、隠し扉からの入学だなっ」
「なんだそれ……」
冗談を言いながら、宗徳が花瓶の方へと右の人差し指を向けると、白いクレマチスの花弁が一枚、唐突にひらりと一つ落ちていく。しかし、それが落ち切る前に、ひらりと風もないのに浮き上がった。
「っ、は?」
そして、その花弁は蝶に変わり、宗徳の人差し指にとまった。
「……は?」
「蝶じゃあ、室内ではかわいそうだよな。サイコロにするか?」
「は?」
蝶を指先を微かに振って亮司の方へ飛ばすと、亮司の目の前でコロンと手元にサイコロになって落ちて来た。それを亮司は反射的に受け止める。
「……サイコロ……花が? 蝶で……?」
確かに固いサイコロだと、手指で摘んで確認する亮司。ゆっくりと顔を上げて、宗徳を見た。
「ノリさん……これは……」
驚いて最初は冗談半分で、受け入れたが、流石に手品と言って理解できるものを超えていた。
そんな亮司に、宗徳は正直に笑いながら答える。
「魔法使いでも間違いじゃねえんだが、魔導師って言われてるな。そんで、寿子は魔女だっ」
「……魔女……美魔女……?」
「いや、魔女なっ。ああ、けど、最近また寿子は綺麗になったしなあ。美魔女ってのも、間違いじゃねえなあ」
「……相変わらず仲が良いのな」
「おうっ。まあな〜」
そこに嘘はないぞと頷いて見せる宗徳だ。
「だが、魔女様には気を付けねえとダメだ」
「転がされて騙されるのか?」
亮司はサイコロを指先で転がしながら、冗談半分で聞いている。だが、宗徳は大真面目だ。
「いや。轢かれる」
「惹かれるんだろ?」
「魔女様達はなあ。箒に乗った暴走族なんだよ」
「……ほうき……」
少しだけ亮司の目から光が消えかけていた。胡散臭く思うのも分かるので、宗徳は映像として見せることにした。
「あ〜、そうだなあ……水鏡か」
「っ、ちょっ、どこから水がっ、水が……っ宙に……」
宗徳の手のひらから少し離れた場所に、水が集まって渦を巻く。それが広がり、直径三、四十センチほどの水鏡が亮司の前に出来上がった。
「よし。さあ! これが! うちの魔女様だ!」
「っ、っ、っ!?」
「どうだ? 新幹線もびっくりだろ? あの通過して、今旋回してんのが、寿子だ」
宗徳の視点からの映像で、寿子が笑いながら飛び回っている様子が映されていた。
「こっ……これはアレだ……ご、合成っ、いや……っ、これの説明がつかねえか……」
亮司は、目の前にあるテレビでもない水鏡というものを改めて見て、混乱する様子を見せる。しかし、宗徳は気にせず続けた。映像も切り替えていく。
「それでな? これが俺の屋敷」
上から屋敷を見下ろす映像だ。
「……大きい……」
「そんで、この子らは、少し前に養子にとった子どもらだ」
庭で走り回って、転げ回る悠遠達の姿を映し出した。
「……っ、おいっ。こんな小さな子を養子にしたのか? 俺らはもう長く……っ? 頭に何をつけてるんだ?」
「着けてねえよ。耳だ。この子どもらは、人族じゃなく、獣人族だからなっ」
「……は?」
いよいよ、理解が追いつかなくなってきたようだ。そんな亮司を、宗徳は面白そうに見ていた。
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