191 頼らない人っていますよね
2024. 7. 6
友人である亮司の入院している病院は、ライトクエストのあるビジネス街から出ているバスで行くことができた。
「久し振りにバスに乗りましたね」
「そうだなあ。最近は扉を使うし、その前は体力がついたのが嬉しくて歩いていたしなあ」
自宅から最寄りの駅まで歩いて二十分ほどだ。健康のためにとなるべく歩くようにしていたことと、バス停までが五分ほどかかって一駅だけとなると乗る方が手間だった。
二人は、病院の前のバス停で降り、その建物を見上げた。
「大きな病院ですねえ……」
「そういやあ、俺ら、最近は全く医者にかからなかったな。すげえ久し振りに感じる……」
妙な気分だった。
「健康診断も、ライトクエストで受けましたから、余計にそう感じるのかもしれませんねえ」
「ああ……今までの先生の所ではなあ……誤魔化せる気がしねえわ……」
これまでも、大きな病にかかることはなく、ほぼ健康という状態だったが、最近は本当に元気になり過ぎている気がしている。視界も明るいのだ。だが、原因というか、事情が話せない。そして、びっくりするほど聞き上手、聞き出し上手なそこにいる看護師に誤魔化せる気がしなかった。
「目も、老眼じゃなくなってるみたいだしな……」
「ですねえ。あなたはりっちゃんに言われて、オシャレな伊達メガネをかけていましたね」
「あれな……もうメガネ要らねえってなったのに、何でかね……」
「……まあ、私は分からなくはないです」
「ん?」
「いえ。なにも」
寿子は理由については、口を噤むことを選んだ。それを知って、宗徳がそれを止めてしまうのは惜しい。
「……この歳になっても、キュンと来る所があるんですよね……」
小さく呟く寿子。宗徳は案内板を見て病棟を探すのに集中していて聞こえなかったようだ。
普段は脳筋気味だが、メガネをかけて新聞を読む姿は知的で、寿子のお気に入りだったのだ。老眼鏡が要らないことに気付いた宗徳がメガネをやめようとする所で、律紀達が止めてくれたのは寿子にとってはとても嬉しいことだった。思わずお小遣いをあげるほどだ。その時の喜びが分かるだろう。
「おっ。こっちだな。行くぞ〜」
「は〜い」
思い出して気分が良くなった寿子は、宗徳の隣に並んで、ふふふと笑った。
「なんだ? 何か良いものでも見られたのか?」
「ちょっとした思い出し笑いですよ。さあ、行きましょう」
「おう」
機嫌が良いなら良いかと宗徳は特に気にせず、亮司の居る病棟へと向かう。
「それにしても、広い病院だなあ。迷子になりそうだ」
「ですねえ……そういえば、前にご近所の方が話していましたよ。こうして色んな棟があって、どこに来てくれてと言われても分からないって。中に入れば教えてくれるみたいですけど、入り口が沢山あり過ぎて、入るまでに迷うって」
「あ〜、確かに。受付がある入り口ならすぐに案内してもらえるから良いが、それ以外からうっかり入っちまうと、案内してくれる人が居なくて困ったとか聞いたな」
「行ってみようと思ってどんどん奥に行ったら、人通りが更になくなって怖かったと、その人は言っていましたよ」
「病院で人通りが少なくなる廊下は怖いかもな……」
人に頼るのが嫌な人だと、聞くこともせずにとりあえず行ってみるということがある。迷っているという顔も見せないのだ。それで完全に迷子になって、困るという事があったりするのだ。検査を受けておいでと言われた時やこうしてお見舞いに来る時がそうなる事が多い。状態が悪い時にやったら大変な事になるだろう。
そんな話をしながら進めば、なんとか迷わずにそこへ辿り着けたようだ。
部屋を確認し、許可をもらって亮司の病室に着いた。
都合良く個室らしい。
「失礼するぞ」
「こんにちは〜」
ドアをノックし、声をかける。すると少しかすれ気味な返事が返ってきた。
「おお……懐かしい顔だ」
痩せ細り、数年前よりも力無い姿になった亮司が微笑んでいた。
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