189 良いらしい
2024. 5. 25
宗徳と寿子は、すぐに律紀達と時の屋敷へと移動した。餃子パーティのため、食堂へと向かっていると、庭にある東屋で本を読みながら涼んでいた薔薇が、珍しく声をかけて来た。日頃から、薔薇の方から声をかけて来ることはあまりなかった。
「宗徳……少々こちらで話をしよう。良いか、寿子」
「もちろんですっ。私は、子ども達とおやつと夕食の準備をしますので、食堂に居りますね」
「ああ」
「……」
寿子に頷いた後、こいこいと薔薇は宗徳を手招いた。
「こちらに座れ」
「はい……」
そこに、白欐と黒欐がふわりと果樹園の方から飛んできて、椅子の肩にとまった。
《くるる?》
《ぐる?》
「ん? なんともねえよ」
宗徳が、いつもより覇気がないことに気付いたのだろう。体調が悪いのかと心配していた。どうやら、薔薇もその様子の違いに気付いて声をかけたようだ。
「調子が悪いわけではないのだな。どうした」
「いえ……友人達から手紙が来まして……」
「ふむ……」
それで続きはなんだと、薔薇は少し首を傾げて見せて追及する。
「はあ……年に一度、生存確認のための年賀状はお互いやり取りしていましたが……珍しいものだと中を見れば、一人は亡くなったという連絡で、もう一人は、病に倒れて最後に会いたいというものでした……」
「そうか……」
「はい……俺も、寿子も、自分の体が変わってきたことに気付きました……近くなったと感じていた人生の終わりが、若い頃のように、遠いものになった……」
五十を過ぎる前までは、まだまだ人生は長いなと思い、それほど自身の人生の終わりについて考えることはなかった。
しかし、ふとした瞬間から、終わりを意識するようになる。残していかなくてはならない子どもや友人の事を考えるようになった。そして、いつか来るかもしれない動けなくなる時を思うと怖かった。
この怖さをこれからあと数十年、心に抱えながら生きるのかと思うと、不安で仕方がなかった。定年し、仕事から解放されると、この先をお金に不自由なく暮らしていけるだろうかと考えて、また憂鬱になった。
その不安が、異世界に行くようになってから、綺麗に消えていることに気付いた。若返り、体に気力が満ちているというのは、なんと心強いことかと喜んだ。だが、あの不安を、同級生の友人達は今この時もずっと抱えているのだ。
「自分たちだけ、変わってしまったことが……おいて行かれる事になることが確実なのだと思うと……複雑な気分です」
「なるほど……会うのか?」
「はい。もう三十年は会っていませんし、ここ最近の見た目の違いは分からないと思いますから」
「そうだな」
数年前に会っていれば、少し違和感を感じるかもしれないが、何十年と会っていないならば、奇妙に感じることもないだろう。精々、変わらないなという言葉をもらうくらいだ。
「だが、病か……今のお前達ならば、治してしまえるかもしれぬな」
「……寿子も、ポーションをと思わず口にしていました……いけません……よね……」
「ポーションはダメだな」
「ですよね……」
やはりダメだなと肩を落とす。しかし、ダメな理由を聞いて、もしやと思った。
「現代の血液検査は優秀だからな」
そう言って、薔薇は優雅にお茶を飲む。何を言われたのか、何を聞いたのか、宗徳にはすぐに理解出来なかった。
「……けつえきけんさ……?」
「うむ。よって、ポーションは使うな」
「あ、はい……」
「だが、軽めの治癒の魔法をかけるのは構わん」
「え……」
「奇跡の解明までは出来ぬ。少しずつ、上手くやれ」
「っ……」
魅力的な笑みを見せる薔薇に、宗徳は目を丸くした。
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