146 愛あるお説教です
2021. 12. 4
宗徳は無意識だった。
無意識に作業しながら横に感じた暖かい何かに体を預ける。ちょっとそれが砂っぽいなと感じて、また無意識にそれらを洗い流すように汚れ落としをする。
「ん〜……」
ふわふわとした毛皮。その感触を楽しむ。
そして、家にはこんな毛皮のようなものはないし、なんだか周りが臭う。どこに居るのだったかと頭の端に疑問が浮かぶが、今は石を美しくカットすることに夢中だ。
だから、これも無意識に広く一部屋分を掃除する様に、清浄の魔法を放つ。
これにより、周りに集まっていた獣達が全て綺麗になった。嬉しかった獣達は、宗徳との距離を詰め、日向ぼっこを楽しむ。そして、ゆっくりと獣達は穏やかに昼寝に入っていった。
半分ほどのカットが終わると、ふうと息を吐く。そして、ふっと顔を上げると、周りがすごいことになっていることに気付いた。
「お、お〜……いつの間に……」
白欐と黒欐も、傍で眠っている虎のような獣の背中で気持ち良さそうに眠っていた。
「あれだ……さふぁ……サファリ……サファリパーク!」
よく見たCMの曲が頭に流れる。
「それにしても、良い毛並みだなあ」
《グルル》
「お、起こしたか? すまんすまん」
《グルルルルル〜……》
甘えるように体を擦り寄せてくる。立派な牙があるが、猫っぽい。そう思えば、可愛いものだ。
「よしよしと頭を撫でてやれば、また気持ち良さそうに目を閉じた」
「こうゆうのも、良いもんだな」
そうして、また手元に視線を落とす。そこには、まだ磨きかけの宝石が一つ。
「これをやり終わったら、俺も一眠りするか」
そう呟いて、作業を再開したのだが、この気持ちの良い場所で眠ることは出来なかった。
「ん?」
《グルっ!?》
殺気というか怒気を感じて、周りの獣達も一気に飛び起きる。宗徳も思わず立ち上がったのだが、感じ慣れた気配に動きを止めた。
「んん? ひ、寿子? なんで……怒ってんだ?」
そう。ゆっくりとした歩みで近付いてくるのは寿子だった。そして、その目は宗徳の下に散らばってしまった宝石に向けられている。
「……あなた……また何か……言うのを忘れてましたね……」
「っ、あ、あ〜……こ、これは白欐の涙なんだが……その……こ、これ、もっと小さかったんだが、この魔素を使って……こう、二つを合わせるように、混ぜる? 捏ねる? ようにするとだな」
チラチラの寿子の様子を確認しながら、説明していく。
「ほれ、大きくなるだろ? なっ、すごいだろ? そんで、これに魔力を……属性を付けるようにすると……っ、色が付くんだっ。どうだ! 綺麗だろ? 綺麗……だよな? なあ? その……すみませんでした!」
謝っておけばいい。何が悪いか分からなくても、とりあえず頭を下げる。これが大人の、社会の生き方だ。
だが、これは夫婦では通用しないことに、未だ宗徳は気付いていない。
「あなた」
「はい!!」
反射だ。反射的に正座した。背筋もピンと伸びる。側にいた獣達も、寿子と宗徳の間には居るべきではないと感じるのだろう。少しだけ離れていた。なので、正座してもきちんと宗徳が見える。遮る物はなかった。
「順番にいきましょうか。その宝石のことは分かりました。詳しくは後で。それより、この子達はどうしたのです?」
「え……あっ、た、多分……お礼?」
「お礼……」
寿子の目が細まった。なので、素早く答える。
「こ、これ! この木が実を付けたから、こいつらの食事になればと思ってよ!」
そう言って、宗徳は実を風の魔法で一つ取り、寿子に差し出しながら力説する。
「めちゃくちゃ美味いんだよ! 良いやつっぽいから、絶対こいつらには良いと思ったんだ」
「なるほど……実ですか……っ、ちょっ、なんですか、この実!」
寿子も実を鑑定したらしい。
「神霊薬の材料!? 数百年に一つしか成らない実ですって!? ちょっと、あなた! これ、鑑定したんですよね!?」
「え、ああ。したから、こいつらに良いと……」
「なんでこれを鑑定して食べられるんですか!! というか、食べないでしょ! 何かあったらどうするんです!」
「あ……あ〜……その……美味しそうだった……から……」
とっても美味しそうだったというのは、間違いない。だが、ある確信はあった。
「害はないと……思ったし……」
「だからといって、拾い食いはダメです! まったくあなたは。柿でもミカンでも、桃もリンゴも、近所の方の庭からいただいてすぐに食べるしっ。せめて家に帰ってからにしてくださいと言ったでしょう!」
「ごめんなさい!」
そうだったと宗徳は頭を下げた。近所の家には、小さい頃も結婚してからも、庭に柿やミカンがある家に知り合いが多かった。美味しいと言って気持ちよく食べる宗徳には喜んでお裾分けする。だから、宗徳も喜んで食べた。
だが、小さい子どもではないのだ。せめて家に持って帰ってきて食べて欲しいと、寿子は事あるごとに言ってきたというわけだ。
「ひ、寿子も……食べるか?」
「……」
「いえ、なんでもないです……」
「……はあ……そうですね……きちんと魔女様達にも見せてから考えます」
「分かった! 大丈夫なら、子ども達にもっ」
「ええ……子ども達にも」
「よしっ」
解決したと喜ぶ宗徳だが、もう一つ忘れていた。
「それはともかく、その宝石についてお話を聞きましょうか」
「……はい……」
お説教が始まった。
「大体、あなたは、思いついたら即行動するんですから……いいですか? ここは異世界です。私たちの今までの常識も、知識も役に立たないことだってあるんです。害がないからと、鑑定に頼ってすぐに口にするのもいけません。やってみたら、やれたというのもダメです。どれだけそれが危険なことか分かりませんか」
「……すみません……」
「私は心配しているんですよ? 何かあってからでは遅いんです。今は子ども達も側に居るんですから、一層、気を付けなくどうします」
「……はい……」
心配してくれていることが分かるから、宗徳も大人しくお説教を受ける。
どれだけ寿子が大きな声を出していようとも、獣達や白欐、黒欐は次第に慣れてきていた。怒気が労りを含むものだと感じたからだ。
険悪ではないのならば問題はない。少し煩いなと思いながらも、獣達は小さくなる宗徳のそばに再び近付き、寝転んだ。
彼らは寿子にも擦り寄っていく。すると、勢いも落ち着いてきて、自然と座り込み、側で丸まった獣達の毛並みに手を伸ばす。
「あなたはもっと、慎重に行動してくださいね?」
「分かった……」
「怪我したらダメですからね?」
「気をつける……すまんかった」
「もう……約束ですからね?」
「おう」
そうして、いつの間にか、夫婦でもふもふと獣達の毛並みを堪能する時間になった。
戻って来ないそんな二人を、心配してやってきた魔女達が、唖然とするのは、この数分後だ。
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