143 特別な実
2021. 10. 2
その効果は絶大だった。
枯れた黄色と茶色でしかなかった大地の色が、緑に塗り替えられていく。
それは遥か視線の先まで拡がっていき、景色があっさりと一変した。
「こりゃあ……花咲か爺さんもビックリだな」
思わず目が向いたのは、町のから少し離れた場所にぽつんとあった枯れ木だ。早送りした映像を見ているように、木はどんどん幹が太くなり、高い場所に葉が生え、花が咲き、あっという間に実が生っていく。
ぽとりと落ちたその実は、弱って眠っていた魔獣の側にまで転がっていく。それを思わず口にした魔獣は、突然身を起こす。
《ッ……ガウ……?》
戸惑うように見える、その動きに笑いながら、宗徳はまるで無害なペットに近付く様子で歩み寄った。
「ははっ。なんだお前、元気になったなあっ」
《ガウっ……?》
本来ならば、人など近付くことが出来ない、凶暴な獣。見た目はトラのようなものだ。大きな牙も持つ。けれど、そんな魔獣も宗徳を襲おうなどとは思わなかったようだ。
無意識だろう。それは本能のようなもの。
《くるる〜》
《ぐるるっ》
《ガ、ガウ……》
宗徳の肩に乗る白欐と黒欐に畏怖を感じたのだ。魔獣は、頭を少し下げて、後退っていた。
そんな様子を気にするでもなく、宗徳は木を見上げ、目についた実を一つ風を使って取る。この木は幹が長く、枝分かれする場所が三メートルほど上だ。よって、実もかなり上の方に生っている。
幹はツルツルしており、足場がないので、魔術か導具を使わなくては、実を取ることは不可能だろう。
【カリュン(神果)】
高濃度の魔素と神力が込められた実。
病や呪いさえ消し去る神霊薬の材料の一つ。
本来は数百年に一粒しか生らない。
一つ食べれば、魔力を持つものは、弱ったものも本来のあるべき状態へ戻る。
たくさんの知識が頭に流れ込んできた。それを一つずつ自分の中に留めながら、一口食べてみた。
大きさは姫林檎と同じくらい。甘酸っぱい、桃のような味だった。だが、食感はリンゴのようで、美味しいのに、思わず眉を寄せてしまう。
それに気付いた白欐と黒欐が、美味しくないのかと首を傾げる。
《くる?》
《ぐる?》
「ん? ああ、いや。美味いよ。食べてみるか?」
齧った実の反対側。そこを風で作ったナイフで切り、一切れずつを二匹に差し出す。
《っ、くるるっ!》
《っ、ぐるっ、ぐるっ》
気に入ったようだ。
「おう。美味いよな。っても……何百年に一つ生るって実が……こんなにとはなあ。上の方のは、少しもらっていくか。なんか薬の材料になるようだし、寿子や子どもらにも食べさせてやりたいからな」
《くるる〜》
《ぐる〜》
「あ、おいっ」
白欐と黒欐は、それならと宗徳の肩から飛び立ち、上の方の実を取りにかかった。
だが、黒欐がすぐに戻ってきて、宗徳の腰の鞄をつつく。
《ぐるるっ》
「んあ? ああ。袋な。ほれ、これに入れてくれるか?」
《ぐるるっ!》
任せろっとそれを咥えて飛び立っていった。
宗徳も下の方の実を少し取り、小さな袋に入れる。それを、すっかり大人しくなっている魔獣に差し出した。
《ガウ……?》
「これ持って、仲間に食べさせてこい。動ける奴がいたら、ここに来るように言ってくれ。しばらく俺らはここに居るから、実も取ってやれる。足りなかったらまた来てくれ」
《ガウ……ガウっ》
頷くような仕草をした後、その袋を咥えて、駆け出した。
それを見送って、町の方から魔素の帯を引き寄せる。
「魔素が関係ありそうだからな」
それを肥料にすれば良いかと考え、水と混ぜる感じで木の近くに撒いた。
すると、それに応えるように、また花が咲き、実が生る。
「おお……よく考えたら、受粉とかも無しで生るとか……なんつうめちゃくちゃなやつだ……」
リンゴ農家、桃農家に謝りたくなる。
「まあ、ここは異世界だしな。神さまアレだしな」
見上げると、楽しそうに実を取る白欐と黒欐の姿。神が喜んで果物狩りしているのだから、良いのだろう。
「さてと、後はこの魔素……何に使おうか……」
どこまで引っ張っていけるか、影響を与えられるかを考えながら、宗徳はしばらくこの木の所にやって来るだろう魔獣たちを待つことにした。
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