139 得難い存在
2021. 7. 10
魔女達の見た目は五十までもいっていない。後から寿子が聞いたところによると、魔女達の多くは好んで三十代後半から四十代前半の姿を取るらしい。一番女としての魅力が出る時だからとの理由だとか。
寿子にとっては、見た目で考えるなら義理の娘と同じくらいの女性達が、突然詰め寄ってきたようなもの。
「ねえっ。あなたがムネノリの奥さん? 初恋って本当?」
「夫婦って嫌にならない? 男ってすぐ全部自分のものだって顔するでしょ」
「養ってやってるって顔するのよね〜」
「そうそうっ。寧ろ女の方が食事とか家事をして世話してやってんのよって。何で分かんないのかしら」
「「「「「まあ、私達は夫婦とか経験ないけどねっ」」」」」
「……」
その上、マシンガントーク。いくらご近所の奥様方とのお喋りで慣れたことであっても、今日初めて会う者たち相手では戸惑う。
それでも、寿子は笑みを浮かべて口を開いた。
「初めまして。宗徳の妻の寿子です。魔女さま方にお会いできて光栄ですわ」
ここだという場面で入り込める術はすごいものだと宗徳は感心する。
「夫婦という関係が、あまりお好きではないのですか? 私はあの人と夫婦でない自分が想像出来ないのですけれど……」
ふっと息を吐いて誇らしげに笑みを深めた。
「昔から、弱さも強さも全て認めてくれる人です。私もあの人にとって、そうであろうと思っています。夫婦って、天秤を傾けないようにバランスを取る関係を目指すものだと思うのです」
いつの間にか魔女達だけでなく、周りに居る大人達も聞き入っていた。
「若い頃は、その天秤が釣り合う所を探して、ぶつかり合うこともありますわ。譲れないことも多いですもの。けど、長く連れ添っていると不思議と分かるようになるのです……」
それはそれは楽しそうに、寿子は頬に片手を当てて目を細めた。
「言葉にしなくても、お互いが足りない所を自然と理解するのです。傾く前に。ピタリと合うそれがとっても気持ちよくて、楽しいものですわよ」
その満足げな笑顔のまま、ゆっくりと降り立つ宗徳に目を向ける寿子。その目は『そうでしょう?』と同意を求めていた。
否定する言葉など持ち合わせてはいない。宗徳は即答していた。
「そうだな。夫婦ってのは、そういうもんだ」「ふふふ。ああ、夫はもはや半身ですから、差し上げられませんわよ」
きっちり、魔女相手に釘を刺すのも忘れない。宗徳も、そんな妻である寿子が誇らしい。
それが顔に出ていたのか、寿子は少しだけ照れたように頬を赤く染めていた。それを隠すように告げる。
「お帰りなさい。あなた。イズ様もようこそ」
呆然と口だけでなく、動きも完全に失くした魔女達の隙間から、寿子は宗徳とその隣に降り立ったイザリに声をかける。
イザリは珍しく、柔らかく微笑んで見せた。
「寿子。そやつらがすまんな。私はお前たち夫婦の絆は強いと分かっているが、どう説明すれば良いのか分からなくてな」
「まあっ、イズ様。イズ様に認めていただけて嬉しいですわ。ふふふっ。あ、子ども達を紹介させてくださいな。その前に、ここではなんですから、中へどうぞ」
「ああ……お前達の子どもか。みな、賢そうだ」
「ええ。それに、とっても可愛くて。この歳でこんなステキな子どもが私達の子になってくれるなんて……本当にここへ来てよかったです」
今度は自慢げに笑う寿子に、イザリも声を上げて笑った。
「はははっ。そうか。それはよかった。お前達は本当に、楽しそうだ」
五人の獣人の子ども達と寿子を見比べ、イザリはとても嬉しそうだ。だから、宗徳も近付いていって告げた。
「その通りです。俺ら、今めちゃくちゃ楽しいですよ」
「そうか……そうか……」
うんうんと頷くイザリ。その表情から、異世界をこうして楽しんでいる者は少ないのだろうと思えた。
最後の選択として選ぶ者もいるはずだ。ライトクエストは、本当の姿では受け入れてもらえない美希鷹のような者たちの受け皿。
認められずに、来るしかなかった場所だ。そんな場所が楽しいと言う宗徳や寿子は、イザリや今や静かにこの会話を聞いている魔女達にとっても、得難いものだった。
「これは……敵わないわね……」
「そうね……そんな風に思えるなんてね……悔しいより、嬉しいのは何でかしら」
そんな言葉が魔女達から出る。彼女たちも寂しいのだ。仲間が居ても、異質として扱われていることには変わらないのだから。
「ヒサコとムネノリね」
「ヒサちゃんとノリちゃんよ」
「ふふふ。ヒサコちゃんは、良い魔女になるわ!」
「仲間♪ 仲間♪」
「ねえ。私達も入っていい?」
そうして、イザリを案内するように獣人の子ども達を引き連れて教会へ入って行こうとする寿子に、魔女達は声をかけた。
振り返った寿子は笑って伝える。
「もちろんです。どうぞ、魔女さま達」
それに、魔女達が少女のように嬉しそうに頬を染め、駆け足で追った。
「可愛い人たちだな」
《くきゅっ》
《くるるっ》
《ぐるっ》
宗徳はそんな魔女達の背中を見送り、小さくなって腕に巻き付いた徨流と、両肩に乗る白欐、黒欐と頷き合う。
しばらくは寿子に相手をしてもらうことにする。
「さてと。レン。俺は町を回って行ってくるから、寿子と子どもらを頼むぞ」
「はい!」
頼られて嬉しそうにする廉哉の頭を撫で、今度は美希鷹を見る。
「タカ。キュア。律紀と治季を見ててくれよ?」
「任せてよ。でも、治季はちょっと抑える自信ない……」
「あ〜……がんばれ」
「なんとかするけどさ〜」
「おう。頼りにしてるぞ」
「うん」
こちらも嬉しそうにしながら、律紀と治季を連れて教会の中へ入って行った。廉哉は宗徳が町の方に歩いていくのを見送り、ゆっくりと教会へ入って行った。
「よし。お〜い。今日は町の掃除について話すぞ〜」
「「「「「はい!」」」」」
飲み食いを共にした町の男たち。彼らはもう仲間だ。
「先ずは、領主? んとこな」
動ける者は全員、宗徳の後に続いて、領主邸へ向かって行った。
読んでくださりありがとうございます◎
また二週空きます。
よろしくお願いします◎