126 寂しい神様
2020. 9. 19
シュッ、シュッという音が広い空間に響いていた。
「お〜、さすが寿子が作った薬だな。本当に良く効くわ」
かつて、徨流の住処であった場所から湧き上がっていた黒い霧と同じものだと感じた宗徳は、なんの疑問も抱かずにコレだと思って霧吹きを手にした。
「えっと……それ、中身は……寿子さんの?」
「ん? ああ。あいつはなあ、こういう入れ物とか、昔から捨てられん性分でな」
「女性には多いって、聞きますね」
黒い嫌な霧が気持ちいいほど消えていくのを見て、廉哉も余裕が出てきた。何よりも宗徳が全く緊張感を持っていないのだ。なぜか、大丈夫な気がした。
「片付けはしたがるくせになあ。ソレ絶対要らんだろうってやつを取って置くんだよな……」
「それ、寿子さんに言ってませんよね?」
「……やっぱ、言わん方が良かったか」
「……言ったんですね?」
「……おう……」
「……」
きっと大喧嘩になっただろうなと、廉哉はそっと目をそらした。そうして、目をそらした先に、何かが見えた。
「あ……」
「ん? おお。なんだ。カッコいいなあ!」
先に出会った神は『シロフクロウ』のような見た目。もちろん、ようなだ。輝くほどの白で、もふもふ感は恐らく宗徳が知るシロフクロウを上回るだろう。
そして、今ここに居るのは『ミミズク』のよう。頭にツンと二つ出た耳のようなものがある。それがとてもピンと立っており、黒い毛をしたフクロウだった。
間違いなく、それは神の半身だった。
ただ一つ、宗徳には残念なことがあった。
「もったいねえ……なんでそんなボサボサなんだよ」
《ぐぅぅぅぅ》
警戒するように体を膨らませる黒いフクロウ。それを見て宗徳は目を瞬かせると、そのまま近付いていく。
《きゅ?》
それに気付いて、徨流は立ち止まっている廉哉に飛び移る。
「ちょっ、宗徳さんっ」
《ぐぅぅぅぅ!》
焦ったように手を伸ばす廉哉。けれど、どうしても足は動かなかった。感じているのは畏怖だ。神の力に、廉哉は足を竦ませていた。
フクロウは部屋の隅の床に蹲っている。飛び立たないその様子に、宗徳は堪らなくなった。
《ぐぅっ!》
宗徳はフクロウから一メートルほどを空けて、膝を突いた。そして刀を鞘ごと外し、それを宗徳とフクロウの間に横たえた。
カタンと置かれたそれについている玉。それを見て、フクロウは埋めていた首を少し伸ばす。
「分かるか?」
《……》
フクロウはしばらくそれを見つめた。深い海の色の光が玉の中には宿っている。ゆらゆらと光それが、床に反射する。
瞬きをせずに見つめる様子を、宗徳は長い間静かに見つめていた。
そこに、白いフクロウが舞い降りる。
《くるぅ……》
刀の鞘の上に舞い降りると、黒いフクロウと見つめ合った。
パチリと目が瞬くのが見えた。
《ぐぅ……》
そして、こちらを黒いフクロウは見た。その目には穏やかな感情が揺らめく。
「落ち着いたか。なあ、これが何かわかるか?」
《ぐぅ……?》
「これには、願いが詰まっている」
《くる?》
《ぐぅ?》
宗徳が指したの玉。それが一際強く光を放った。
床にしか映らなかった揺らめく光が、部屋中に満たされる。黒い霧は無くなったが、この部屋は暗かった。だから、壁や天井全てがその光を映していた。
「わっ! え? まるで海だ……すごい……」
《きゅきゅ!》
廉哉はその幻想的な光景を見て、ため息をつく。
そして、声が降ってきた。
『……どうか、穏やかな目覚めを迎えられますように……』
『お優しいあの方の傷が癒えますように』
『神さまの憂いが晴れますように』
『かみさまがげんきになりますように』
『我らはずっとこの場でお帰りをお待ちしております』
それは、沢山の祈りの言葉。
《くる……っ》
《くぅ……っ》
温かく、優しい神の心が癒えるようにと願う人々の言葉。降ってくるその言葉を受け止めるように、向き合って見上げる二匹のフクロウ。
その目には涙が滲んでいた。
「ここから出ようぜ」
《ぐぅ……》
「そうだな。また人は裏切るかもしれん。だが、こうして祈ってる奴らもいる。それは受け入れてやってくれ」
《ぐぅぅ……》
一面だけで、一部のバカな人々だけを人として見ないで欲しい。
「また裏切ったら、そいつらは見捨てても良いんだ。神なんだ。そういう勝手なことしたっていいんじゃねえか? けど、信じている者達まで切り捨てないでやってほしいんだ」
《くるぅ》
《ぐぅ……》
白いフクロウはいいよと言う。黒いフクロウはそれでもと言う。
「ここに閉じこもって悪いことも良いことも見ないってのも良いとは思う。だが、それじゃあ寂しい」
《くる?》
「ああ。寂しい。人には良い所も沢山あるんだ。それを、知ってるだろ?」
《ぐぅ……》
知っているから、裏切られたと思ったのだ。悪いところが目立ってきてしまったから、神は悲しかったのだ。
「俺が守る。側に居る。だから、ちょっと外を見てみないか? 人は……人の一生は神様方にとったらあっという間に過ぎるだろう。世代が代れば、考え方も変わる。環境が変われば、生き方も変わる。人ってえのはあれだ。一貫性のない生きものだ。フラフラと周りにいる奴らによっても定まらねえ」
滑稽で、愚かしい生き物だ。
「けどよお、それが良いんだろう? コロコロ変わる心、考え方……全員一緒なんて気持ち悪い。それはある意味異常だ。おかしかっただろう? 邪神だなんて言ってまとまる奴らは」
《くる……》
《ぐぅ……》
一つにまとまるなんて、本当はとても気持ちの悪いことだ。誰も、何も自分たちで考えない。疑問を持たない。それは異常だ。
「凝り固まった考えは何も生まねえ。それは、神様でもそうじゃないか? こんなところで何も見ずに……人に失望したままでいいのか?」
《くるる……》
《ぐう……》
「ははっ。やっぱ嫌だよな。なら、一緒に行こう。外を、人をその目で見てくれ。そんで、やっぱ許せんと思ったらまたここに戻ってこればいいさ」
《くるっ》
《ぐうっ》
「おおっ」
二匹のフクロウは、宗徳の両肩にとまる。再び、人を知るためにここを出ることを決めたのだ。
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