121 ピンチ……ではない?
2020. 6. 6
ゲームに馴染みのない宗徳が『ダンジョン』と聞いてそれが何か、分かるはずがなく、廉哉が説明を始める。
未だ警戒して中に一歩も入ることなく、その奥へと視線を向けたままだ。
「ダンジョン、迷宮と呼ぶこともあります。一般的には、魔素が異常に集まることでその元が発生するとか。なので、どこで、いつというのも分かりません。中は何階層かになっていて、一番深層にはボスが居ます。中にいる魔獣や魔物はダンジョンが生み出すもので、外のとは違います。ん〜、これは多分、見たほうが早いかもしれませんね」
「珍しいもんだというのは分かった」
とりあえず頷く宗徳だ。
「ここに居ても始まらんし、行くか」
「はい。でも、その前に寿子さんに連絡しておきましょう。何日かかかるかもしれませんし。もしかしたら、通信できなくなるかもしれません」
「そうなのか? まあ、用心するに越したことはないな。よし。なら、連絡……」
「こっちは鷹君に連絡します。たぶん、ダンジョンと聞いて分かってくれると思うので」
「分かった。頼む」
「っ、はい」
本当に気の利く息子だと、宗徳は満足げに笑って頭を撫でておいた。
廉哉は嬉しそうに頬を染めて、照れながらメールを送る。
「あ、鷹君から『了解』と返事が来ました」
「こっちは『何日でも問題ないから、しっかり終わらせて来てくださいね』とさ」
「なら、行きましょう」
《くきゅ〜♪》
扉をくぐる。数歩歩いた所で、その扉はゆっくりと閉じた。
「自動ドアか」
「閉じ込められた感がすごいですね」
「それはあるな」
《きゅ〜……》
開くと信じて進むことにした。もし開かなかった場合、どうしたらいいのかと不安に思いながら進むのは良くなさそうだ。宗徳は、そういった勘は良い。
「行くぞ」
「はい。あ、早速何か来ました……っ」
カーブした先の方から、えらくデカいクモがカサカサとやって来た。
「うっ……」
廉哉が嫌そうに半歩下がる。
「なんだ。クモは嫌いか?」
「……虫系があまり好きではなくて……あの斬ると血じゃないのが出るじゃないですか……」
すごくリアルに思い出してしまった。
「……それ、こっちでも?」
「はい……」
「あの大きさでも?」
「……恐らく……」
「……俺も苦手かも……」
なぜ血は良くてアレはダメなのか。自分でも良く分からないが、たぶん、分からない何かだから嫌なのだろうと、こんな時でも冷静に考える。
《きゅ〜……》
「うわあ……」
「これ、マジで……」
思わず、宗徳がマジなんて言葉を出してしまうほど、揃って表情を引きつらせた原因。それは、普通乗用車並みの大きなクモの後ろから、カサカサと自転車くらいの大きさの子どものクモが大群で来たから。
「ど、どうすっかな……」
廉哉の前で逃げ出すわけにはいかない。嫌悪感が肌に出てきていても。いっそ、その感覚がこそばゆいと思うほどでも。廉哉よりも後ろに下がることは父親としてやってはならない。
「ど、どうします……ちょっと僕……ダメかも……」
《くきゅ……っ》
徨流がいつもよりキツく宗徳の腕に巻きつく。その感覚に集中して、何とか正気を保つ。
その時、宗徳達の十メートル先くらいでクモ達は大行進を止めた。
「ん?」
宗徳はクモを注意深く見つめる。この距離ならば、糸も届くだろう。静かに結界も前面に展開する。
しかし、クモを見つめていて気付いた。
「……何か……」
幾つもあるその目に、確かな知性を感じたのだ。
「……宗徳さん?」
肩の力を少し抜いたのが分かったのだろう。後ろにいる廉哉が不思議そうに声をかけてきた。
《きゅきゅ?》
「なあ、徨流。お前、あいつと会話出来ねえ?」
《……っ、きゅ……》
クモを見つめた徨流。しばらく目で会話するように見つめ合う。不意に腕の巻き付きが緩んだ。
《きゅきゅ? きゅ! きゅ〜》
《っ〜、っ、っ》
「あ、何か聞こえた」
「え?」
宗徳の方にも感じられた。徨流とは違う何かの反応だ。
「ん〜……」
じっとクモをまた見つめる。すると、宗徳は完全に警戒を解いた。それに、廉哉が驚く。
「宗徳さん? どう……」
「なんだお前。あれか。海の中に棲んでるレヴィア達と同類か」
《ふ〜》
「お、声出たな」
《ふふ〜》
よく見ると、可愛い気がする。きちんと意思が感じられるからだろうか。嫌悪感も、いつの間にか消えていた。
「で? あ、出迎えか?」
《ふっふ〜♪》
「そりゃあ、助かる。案内してくれ》
《ふ!》
任せろと一本の足を上げる。敬礼したみたいに見えた。
子ども達は通じたことが嬉しかったのか、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいた。
「あの……宗徳さん? もしかして……徨流と同じ?」
「ああ。あれだ。獣人族より魔獣や魔物寄りの種族ってやつだ」
「あの海の中で生きてるっていう……」
徨流の母親、レヴィアが居た海の中の街。そこに居るというこの大陸から大昔に追い出された種族。それが彼らだ。
《ふ〜、ふふっ》
突然、大きなクモが光り出す。すると、人になった。普通に女の人だ。残ったクモらしさはウエットスーツのような薄い黒の体毛だけ。
「おいおいっ! 服っ、服着ろ!」
《ん〜?》
宗徳は慌てて病院の検査の時に着るような、長い上衣を取り出して投げつけた。目を逸らす宗徳に代わり、徨流が着方を教えてくれていた。
「宗徳さん。あの服どうしたんです? 検査着ですよね? 色は紺色ですけど」
「ん? あ〜……浴衣より着やすいだろ? 風呂上がりに使う服としてどうだと、寿子がな」
「なるほど」
酷く納得された。
きっと寿子は『アレなら!』と思ったのだろうことまで廉哉は察した。
《えと、おまた? せ?》
「会話、あんまりしないのか」
きちんと着てくれた女性は、とても不慣れな言葉で話しかけてきた。
《だメ?》
「いや。いいと思うぞ。寧ろ、こっちに合わせてもらって悪いな」
《んん。はなすノたのし》
「楽しいなら、続けてくれ」
《んっ》
よく見れば、見た目の年齢的には十代後半。若い。
《あない。スル》
「案内してくれるってよ」
「……宗徳さんってすごいですね……」
「そうか?」
そうして、軽い足取りの女について歩き出す。宗徳や廉哉の周りには、クモの子ども達が楽しそうに飛び跳ねながらついてきていた。
「これ、誰かが見たら襲われてるって思われそうだな〜」
「ですね……」
《きゅふ♪》
笑う宗徳に、廉哉は敵わないなと苦笑するのだった。
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