118 考えろ!
2020. 4. 4
ユマは宗徳が用意した小さな舞台の上に上る。それほど高さはない。一般的な体育館の舞台の高さにしておいた。
父王達王族を後ろに並べ、ユマはマイクの前に立つ。王族らしい華美な服装ではなく、一般人としての服装から変えてはいない。
本来、王族が話をする時は、宰相から『心して聞くように』といった一言があるのだが、ユマは気にせずに始めた。
因みに宰相は王達が抵抗しないようにと密かに騎士達へ指示を出している。どうやら、ユマの理解者の一人だったようだ。ただ、過労からだろう。顔色が悪いので、寿子が確認に近付いていっていた。
『みなさん。大変な時ではありますが、一度手を止めて話を聞いてください』
拡声器によって、ユマの声は王都中に響いていた。
『わたくしのかつての名はユミール・ロサ・ケーリア。この国の第三王女だった者です』
そこで『亡くなったのではなかったのか』とか『間違いない! ユミール様だ!』とか聞こえた。
『わたくしは、王家が主導して行うと宣言した『勇者召喚』について意を唱えたことで王家から……この国から追放されました』
ユミールはどの王族よりも民達の中で人気があったようだ。途端に静かになり、ユマの声に耳を傾けた。
『『勇者召喚』とは、他の世界から無関係な者を連れ去る行為。それだけでも許されるべきではないことです。そして、他の世界から喚ぶということは、道を作るということ……本来交わるはずのない世界へと道を作るのです……我々の世界に何の影響もないというわけには参りません』
確かにと人々は頷いた。そこで、ちらほらと気付く者たちが現れる。今のこの現状を作った原因は何であったのかを。大地が枯れ、生活が困窮する今、再び『勇者召喚』を行うと王は宣言していたのだ。
『どのような影響があるかも分からぬことを、彼らは再び行いました……それにより、この状況が生まれたのです』
誰もが息を呑んだ。予想していた者も、それが正しかったと知って震える。決して当たって欲しくなかった予想だった。
ざわざわと声が爆発する前に、ユマは続けた。
『かつてこの大陸には、神がおられました』
その唐突な話に、人々は口を噤んだ。
『慈悲深いその神は、わたくしたちが追放した獣人族達も平等に愛し、この大地に生きる者として見守っておられた』
獣人族と聞いて、食事を配っていた悠遠達の姿を探す者もいた。
『ですが、わたくし達はそんな神の愛する者達を、見た目が違うという理由でこの大地から追い立てたのです。これが叶うと、力を過信し、人々は傲慢になりました。日々の実りが減ったと言っては悪態をつき、小国で犇めき合っていたこの地で略奪が横行しするようになったのです』
ユマはずっとそうして土地の、この大陸の歴史を紐解いてきた。真実を貪欲に追い求めたのだ。それが、王族としての使命だと信じていた。
『愛する人々が血を流し、大地を染める……それにより、神は嘆き苦しまれました……そして、愚かな行いをする人々を呪ったのです』
静かに、息を止めるほど静かに、人々はユマの声を聴いていた。
『それは神自身をも蝕み、やがて、邪神となりました……』
ここで多くの者が気付いた。邪神を倒すのだという勇者を見送った人々。それがかつて、この大地を見守っていた神を倒すことだったと気付いたのだ。
『わたくし達は愚かです。愛してくれた神を裏切り、世界を壊して勇者を召喚し、神を邪神として討ったのですから……今ここに神の遣いが舞い降り、わたくし達へ慈悲を与えてくださった。これは最後の慈悲です。わたくし達はこの過ちを正さねばなりません! 神に許しを乞い、自らの行いを見つめ直す必要があります』
ユマの言葉に力が入っていく。それに釣られるように、人々も拳を握る。
『二度と間違うことは許されない! 隣人と手を取り合い、一丸となって当たらねばならない時です! 誰もが考えねばならない時なのです。他人任せにせず、流されず、考えてください。周りの意見に同調するのならば、確かな自身の根拠をもってほしい。考えることを放棄しないでください』
一緒に考えようと、ユマは訴える。全ては王侯貴族達に選択を任せてしまったために起きた。今、その王侯貴族達が無力化してしまったことで、民達はこの世界に放り出されようとしている。その危機感を、ユマは感じていた。
『過去の人の過ちだと投げず、考えほしい。権力者には意見できないと思考を諦めるのではなく、まずは考えてください。この問題に直面しているのは、今を生きているわたくし達なのです』
意見など通らないと、はなから諦めて、思考を放棄してしまうのも仕方のないことだった。だがこのまま、国がどうにかするだろうと考えるのはいけない。また流されて、過ちを見逃して受け入れてしまうのでは何も変わらない。
『誰かのせいにすることは後でできます。断罪するよりも先に、過ちであったのだと理解させねばならない。誰もがそれを理解するために……』
ああはなりたくないと思うことも大事で、他人事として片付けるのではなく、自分に置き換えてみる。自分勝手に生きることは、やがて自身の身を滅ぼし、周りの大切な人をも危険に晒すことなのだから。
『何も考えずこの先に進めば、後はありません。たった一人の自分勝手な考えが、こうしてわたくし達の命を脅かしている……考えましょう。どうすれば良いのか』
そこで野次が飛ぶ。
「王族の責任だろう!」
「そうだ! 責任を取れ!」
当然の意見だ。一人声を上げれば、収集がつかなくなる。誰だって、自分のせいにはしたくないのだから。
「やったのは全部貴族達の勝手だろう!」
「お父さんを返してよ!」
「なんでお前らだけ無事なんだよ!」
突然の災厄。けれど、原因を作ったのが王侯貴族達なのだ。許せるはずがない。だが、それを口にするならば、理解していなくてはならなかった。
ユマが悲しそうに顔を歪める。それを見て、宗徳は静かに口を開いた。
「こういう事態になるくらい追い詰められた状況だと気付かなかったお前たちも悪いだろう」
「……」
魔術によって届けたその声をマイクも拾い、王都中に響いた。これにより、シンと辺りが静まり返る。無意識のうちに威圧していたというのもあった。
「誰かのせいにするなって言われてんだろうが。早速してんじゃねえよ。『勇者召喚』をするってのは教えられてたんだろう。『それでなんとかなる』ってお前らは納得したんじゃねえのか? そこで『それで大丈夫なのか』って考えた奴は? 今声を上げてた奴らに聞く。その時に家族や友人に、ちっとでもそうやって疑問を口にしたか?」
「……」
「……」
「……っ」
誰もが開けようとした口を閉じた。
「しなかったってえなら、文句を言える立場じゃねえよ。お前らは選択して納得したんだ『これで任せておけばいい』ってな。一人でも声を上げれば、多少は広がるもんだ。疑問に思えるもんだ。それをしなかった……考えようとしなかったお前さんらにも、この状況の責任があんだよ」
「ムネノリさん……」
ユマが泣きそうな顔で宗徳を見ていた。それに、大丈夫だと目で伝える。
「全部誰かに押し付けんな。今は、誰もに過ちがあったって認めなきゃならん時だ。ここで逃げたら何も変わらねえ。王女様はそう言いたいんだ。こんな状況になっても他人事か? お前らにもこれを止められなかった責任があるんだぞ? 大事な奴や、知り合いが傷付けられて、それでも他人事でいていいのか?」
自覚を促せば、多くの者は少し俯き、考える素ぶりを見せていた。
「一人の意見じゃ通らんかもしれん。だが、お前ら全員がここの半数でも『それはおかしい』って声を上げれば、偉そうなコイツらにも聞こえたはずだ。中にはまともなのも居るだろう。そうじゃなきゃ、国なんて存在できねえからな。破綻せずにお前らが生きてこられたってことは、そういうまともなのがこっち側に居る証拠だ」
宰相は見たところ、そうしてなんとか王達を止めようと努力してきた人のように見えた。今も、寿子の治療を受けながら、後悔し、傷付いた表情を浮かべている。民衆が後押ししたなら、きっと踏み止めることも可能だっただろう。
「あ〜、勘違いすんなよ? むやみやたらと主張しろって言ってるわけじゃねえ。あくまでも『おかしい』『道理に通らん』ことに対して声を上げろってことだ。まあ、そこんとこの線引きも考えろや。そういう考えることを放棄すんのが、一番いかんことだってえのを、王女は言いたいんだよ」
ユマが何が言いたいのか。人々はそれをようやく意識するようになったらしい。目の色が変わっていったのがよく見えた。
「俺は部外者だが、王女さんの話はきちんと落ち着いて聞けよ? お前さんらのこれからが決まるんだからな」
「……ムネノリさん……っ」
ユマは嬉しそうに、ありがとうと呟いた。
これを見ていた美希鷹や廉哉、律紀達は寿子とユマを見比べ、最後に宗徳を見て目を泳がせた。
「ノリさんって……」
「……ああいう所、カッコいいんですけどね……」
「おじいちゃん……無自覚さんだったんだね……」
「なるほど。天然のタラシというやつですわっ」
子ども達のこの感想は、残念ながら宗徳には届かない。
「まったくあの人は……」
寿子もユマの様子を確認した後、盛大にため息をついていたのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
また二週空きます。
よろしくお願いします◎