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白と黒の歌

作者: シキ

 祖父が無くなった事を知ったのは、実際に無くなって十日も過ぎた頃だった。それも隣のクーラおばさんが唾を吐き捨てるよう言ったセリフに、だ。

 クーラおばさんは祖父が無くなったことをダシにして悪意のある言葉をばら撒こうとしたのだろうけど、僕には祖父の記憶がほとんどなかったから、そんなに気にならなかった。むしろ教えてくれて感謝をしたくらいだけど、クーラおばさんは僕のそんな反応を面白くなそうに、白い翼をはためかせて去っていった。

 とりあえず叔父の家に行ってみることにする。必要なものを小さくまとめて袋に入れると、僕は飛ぶための準備を始めた。右の翼を動かすと、真っ白い翼からは光が微かに漏れて、ふわりと空気が流れた。左の翼を動かすと、真っ黒な翼から少しの暗闇が生まれて、空気が僅かに淀んだ。左右の翼のバランスが全然違うから、飛ぶのには慣らしが必要になる。いつまで経っても慣れないし、そもそも目立つから飛ぶのは極力避けていたんだけど、祖父の家はとても歩いて行ける距離ではない。

 僕はドアを開け、家を飛び出した。空を先に飛んでいた子供の天使達は僕を見つけてさっと道を開ける。飛びやすいのはいいことだ。誰にも邪魔されないし、ぶつかることもないから――。

「イテッ」

 どこからか降ってきた石にはぶつかるけど。


 祖父の家は、天使の世界と悪魔の世界のちょうど境目にある。2つの世界が交じり合う不安定な場所なので、好き好んで住む人は滅多にいない、天使なのに呪術師と呼ばれる僕の祖父くらいしか。

 祖父の家はすでにもぬけの殻だった。様々な場所は荒され、必要なものは全て持ち出された後らしい。クーラおばさんによると、祖父はすでに火葬されたみたいで……火葬と言ってもただ死体が燃やされただけだと思うけど、これみよがしに家の脇には小さな骨が転がっていた。

 荒された部屋の中に入り、部屋を見て回る。すると天井の一角に写真立てがあるのに気がついた。寄り添って座っているのは祖父と祖母、そして僕の母と父、母に抱きかかえられているのはきっと僕だろう。小さく天使の羽と悪魔の羽が見てとれる。

 これが見つかっただけでも十分だ。と僕は少しだけ浮かび、その写真に手をかける。すると、ガコッと小さな音が変な方向からした。振り返ると、部屋の真ん中に一冊の本があった。

「なんだろう、これ」

 家族写真を抱きかかえながら、その本を手に取る。

「『白と黒の歌』か」

 祖父が本を書くような人とは聞いていないが、なんとなくその題名から僕に当てた本かもしれないと思った。誰かに見られては奪われてしまうかもしれないし、急いで本と写真をバッグに入れると、自分の家へ飛び立った。


 なるべく見つからないように空を選んで飛び、天使の世界へと戻ってきた僕は家の前へと降り立つ。鼻歌を歌いながら自分の家のドアに手をかける……けど、祖父からの思わぬ贈り物に、僕は油断してしまっていた。

「おかえり、随分とご機嫌が良いようじゃないか」

 家に入る直前に、僕は見知らぬ若い天使に白い翼を掴まれた。それから出てきたのはクーラおばさん、どうやら僕の事を待ち伏せしていたらしい。

「どれどれ、なにをそんなに良い物を貰ってきたのかな」

 僕のバッグを奪い取り、その中を物色し始める。大声を出したり抵抗をするけど、誰も助けてはくれない。若い天使に口まで抑えられてしまった僕は、諦めてクーラおばさんを睨むことしかできなかった。

「これは……あぁ、ただの写真かい。興味ないね」

 まるでゴミを捨てるように、クーラおばさんは写真を宙に放り投げる。写真は雲のすきまから落ちていって、あっという間に見えなくなってしまった。

 あぁ、この視線で殺してしまえないかとどのくらい強く思ったことか、クーラおばさんは僕の様子ににやにやとしながら、袋から次から次へとものを取り出す。そして、最後に出てきたのはあの本だった。

「ん? なんだいこれは……へぇ、あんたの爺さん、面白いものを作ったじゃないか。『天使に捧げる歌』なんてねぇ。やっぱり天使の娘が、あんな悪魔の男と結婚したから恨んでいたのかい」

 それを聞いて、頭の中がスッと冷える。そんな本、僕は持っていなかったはず……でも本の見た目は『白と黒の歌』そのものだった。

「ちょうどいい、聞かせてあげるよ。混血のアンタにも天使が悪魔よりもいかに優れているのかをよく聞かせないとね」

 そうしてクーラおばさんは歌いだした。その歌声は、僕には雑音にしか聞こえなかったけど、本は声に呼応するように光を発し、どこまでも広く伝わるように響く。それは、クーラおばさんの力ではなく、明らかに本自体がそうさせていた。

 それから異変は、僕はもちろん、クーラおばさんもすぐにわかっただろう。

 一人の天使が空から真っ逆さまに落ちてきた。その天使の翼は真っ黒に塗り替えられ、とても天使とは言えぬ……いや、悪魔と言った方が正しい翼になっていた。目の前で歌っているクーラおばさんの翼もだんだんと黒く染まっていき、綺麗な羽は一本ずつ、やがて雪崩のように抜け落ちていく。いつのまにか僕を捉えていた天使も倒れていて、その光景を呆然と見ることしかできなかった。

 クーラおばさんは翼を塗り替えながらも、指を震わせ、血の涙を流しながら歌う事を強いるようだった。歌の終わりとともにぱたりと倒れ、その白い翼はすっかり悪魔のものになっていた。

 僕が空を見上げると、もう一人の天使も飛んでいなかった。


「なにごとだ!」

 いつの間にか、隣には真っ黒の翼を持った悪魔がいた。気づくと辺りは真っ暗になっていて、星もいつも通り輝いている。違うのは空に天使がいないことぐらいだ。

「あっ、あの本が……」

「ん? お前は……混血か。こちらに寄るな」

 そう言いながらも、悪魔は僕を指差した本を手に取る。

「うむ……、『悪魔に捧げる歌』か。これは悪魔が倒れていることに関係あるのか? ここは汚らわしい天使の国だと言うのになぜこんなに悪魔が倒れているのだ」

 その題名に僕はまた引っ掛かりを覚えたが、それよりもその本を開くのを止める事を優先しなければいけないと思った。だけど、いつまでも同じ体勢でいたせいか、立ち上がろうとしても足はもつれ、思わず翼をはためかそうとしてバランスが崩れる。

 悪魔は最初のページを開き、そして不自然に数度瞬きを繰り返したかと思うと、高らかに歌い始めた。

 その旋律は、僕にはやっぱり雑音が混じって聞こえたが、クーラおばさんが歌ったものとは明らかに別のものになってた。そして予想通り、悪魔の真っ黒い羽は徐々に白くなりはじめ……。


 空が明るくなってきた。長い長い夜は終わり、天使の国に朝日が満ちる。

 僕は悪魔が持っていたその本を手に取る。題名は、最初に見た時と変わらない『白と黒の歌』。

『この歌は白と黒、どちらの心も慈しむものでなければ、真実の歌にならない。どちらか一方の心しか信じぬものが歌えば、歌は自身の心を滅ぼすだろう』

 次のページを捲る。すると、歌が自然と頭の中に浮かんだ。自然と口が開き、歌詞が勝手に口から出始める。それは光が差す空へ高く登っていき、僕が見ているこの世界を祝福しているように見えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 感想づけ遅くなってしまい、すみません。 この作品はおそらく「差別と偏見」をテーマとして書かれたものかなぁ……と思いながら拝読させていただきました。 少年が持ってきた『白と黒の歌』という本…
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