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近遠距離文通

作者: みかんネコ


日は昇り初めで、空気は未だよるの寒さを纏ったまま。

照らされ始めた家々の間を縫い歩く少年が一人。

町は未だに静寂を保ったままで少年の靴の音がよく響いた。

彼は次々に手紙を投函していく。

なぜなら彼は配達員だからだ。

ここを通るのは彼の毎朝の日課。

そんな彼にとってこの長い登り坂はあってないような物。

もっとも足が軽いのは彼が健脚だからだけでは無いのだが。


鞄の中身がほとんど空になる頃、彼は一件の店へとたどり着く。

細い路地裏の先にある、雑貨店。

木造のそれは朝日に照らされ輝いて見えた。

少年は一度扉の前でゆっくり深呼吸をするとその重い扉を開いた。


ちりんちりんと来客を告げる心地よいベルの音がする。

それを聞いて今まで店の会計椅子で寝ていた少女が跳ね起きた。


「おっはよー、フラット」


のほほんとした彼女の声に、少年フラットは笑顔で返す。


「おはようソフィー」


「今日もありがとう」


そういって彼女は微笑む。

片手間で開けたオルゴールから好い音が聞こえ始めた。


「今日のお仕事はこれで終わりかしら?」


「うん。ソフィーん家が最後」


「そう良かった」


彼女はそういって一度店の奥へと引っ込む。

それを見届けけたフラットはなんとはなしに椅子に座った。

鞄を横の椅子の背もたれに引っかけると、再び彼はソフィーの消えた方へと視線を戻す。


暫くして彼女が店先に戻ってきた。


「昨日、届いた茶葉があるのよ。飲んでかない?」


「飲んでいこうかな?」


「今お湯を沸かしているところだからちょっと待ってて」


「うん。分かったよ。あと、これね」


そう言って少年は鞄の中身を取り出した。

ようひしを幾つか束ねたものと一通の便箋だった。

真新しいそれは古めかしいようひしと対照的だ。

彼女は大切そうに便箋を横に置くと、今までで一番良い笑顔になった。

そして暫くそれを食い入るように見つめてから、ようひしを手に取った。


「あぁ、骨董屋からの領収書だわ。サインだけで良かったかしら?」


「どんなやつ?見せて」


「これなのだけど」


「ならサインだけで平気だよ」


「さすが配達員の息子ね」


「まぁね」


太陽の位置が刻々と変化する。

起き始めた太陽が路地裏のこの店にも光を入れ始めた。

カーテンの隙間から光がこぼれ、棚を照らしている。


「そろそろ、カーテンを開けようかしら?」


「おれ、やろうか?」


「いいえ、大丈夫よ。ちょっと待ってて」


ソフィーは腰を浮かせたフラットを片手で制す。


「いや、これぐらいやるよ?」


「いいのよ。ここはあたしの店であなたはお客様なんだもの」


彼女は笑ってそう言うと席を立つ。

そこに未だに納得していないフラットが反論の声を上げた。


「俺、客としてじゃなくて幼なじみとしてここにいるんですけど」


ソフィーが立ち止まる。

振り返り見せた顔には、余裕のある微笑みをしていた。


「じゃあ、こういうことでどうかしら?

 今日も伯父様からの手紙を持ってきてくれた人へのおもてなしということで」


「じゃあ、そういうことで」


どうやら納得したらしいフラット。

椅子を斜めにしてソフィーの方を見る。

途端にソフィーが吹き出した。


「冗談よ」


「何が」


「お客さんっていったの」


「!!」


「そんな顔するからすぐばれるわよ」


ふふっとソフィーが笑う。

それを見たフラットは目の前の机に突っ伏した。

そんな様子を見て彼女は更に笑う。


「なんだよ。笑うなよ」


「ふふ。ごめんなさい」


「それ謝る気ないだろ」


「あら、ばれちゃった?」


「幼なじみなめんな」


「だって面白いんだもの」


「なにが」


「幼なじみ扱いしないと拗ねるのが」


「・・・」


「あらら?また拗ねちゃった?」


「拗ねてねぇっつ!!」


言いかけて思わず立ち上がるフラット。

何故なら目の前にソフィーの顔があったからだ。

その距離わずか5センチ。


「驚いた?」


座った姿勢のままニコニコと見上げる。

そっぽを向いたフラットが怒鳴る。


「顔が近いんだっつーの!!」


確実に怒っているのだが横を向いてるのでまったく怖くない。

ソフィーの笑いを誘うだけだ。


「別に良いじゃないのよ」


「良くねーよ」


「<幼なじみ>でしょう」


「・・・」


にこにこと笑うソフィーに言い返す言葉がないのか、黙るフラット。

ばつが悪そうに再び席に着く。

それを見たソフィーが楽しそうに隣に座る。


「何だよ」


「んー。何でもないわよ?」


「なんかあるだろ」


「面白い顔があるわね」


「そうかい、よかったね」


フラットのぶっきらぼうな言葉にもソフィーはただ楽しそうに微笑むだけだ。

そんなやり取りを暫くしているとそれなりに時間が経過していたらしい。

湯が沸いたことを知らせる音が鳴り響く。

ポー、と間の空いた音が木霊する。


「あら、沸いたのね」


そう言ってフラットをちら見するソフィー。


「良いよ。行ってきて」


「あらそう?じゃあ、ちょっとだけ待っていて」


流石は幼なじみ。言いたいことはお見通しらしい。

アイコンタクトだけで相手の意志を読みとった。

パタパタと足音を鳴らして奥へと引っ込むソフィー。

そしてそれを見届ける彼。

やがて彼女が見えなくなると、フラットは熱くなった顔を手で仰ぎ初めた。


カーテンを煽る音とオルゴールの音色だけが聞こえる。

他の音は聞こえない。

朝日はこの短時間にだいぶ上ったが、人々が起きてくるにはまだ早いだろう。

この家だけが起きている。

まるで、ここだけをまるっと切り取ったみたいに。


「はい、これね」


コトン。

コップが二つ机に置かれる。

お揃いのティーカップからいい香りがした。


「ありがと」


フラットはそう言ってコップを一つ手に取る。

ソフィーがお茶受けのお菓子を出した。


「外国のお花の香りを茶に閉じこめた物なんですって」


「道理で。いい匂いだと思ったよ」


「でしょう。伯父様が紹介して下さったの」


「・・・へぇ」


そう言って二人はティーカップに口を付ける。

甘い花のにおいが広がる。


「なんて花?」


「メルドント、ですって」


「あぁ、あの紫の花」


「知ってるの?」


「まぁ・・・」


「どんな花なの?教えてよ」


「そんな身を乗り出すなって。危ないぞ」


「ごめんなさい」


テーブルに手をつき突然立ち上がったソフィーをフラットが宥める。

素直に謝ると彼女は座る。


「・・・ホントに<オジサン>が好きだよな」


「なんか言った?」


「いや。それよりもメルドントだっけ?」


「えぇそうよ」


「夏の初めに花をつける奴で、香りが強いんだと」


「うんうん」


嬉しそうにソフィーが相づちを打つ。

それを見たフラットは説明を付け加える。


「香りが防虫効果も持つんだそうだ」


「まぁ、伯父様がおっしゃった通りだわ」


「そりゃあ、良かったな」


「さすがは伯父様だわ」


そう言って手紙を掲げるソフィー。

窓から入ってきた光が手紙の中を透かす。

インクで綴られた文字の一部が見えた気がした。


「開けちゃえば?」


フラットが頬杖をつきながら呆れ顔で言う。

どうやら紅茶は飲み終えたようだ。

ソフィーがフラットをちらちらと見る。

あまりにもなその様子にフラットは茶受けの菓子を置いた。


「開ければ?」


ため息混じりのその声にソフィーは口をとがらせ異を唱える。


「だって、恥ずかしいんだもの」


「何が恥ずかしいんだよ。

 あんたのおばあちゃんと見知らぬオジサマの文通がさぁ」


フラットは依然として頬をついたままだ。


「そんなこと言わないで。分かってるから。

 所詮私はおばあちゃんの代理人よ」


「亡くなったおばさんの、ね」


「そうよ。

 私はおばあちゃんになりすましてるだけよ」


「相手にそれを伝えずに、か」


「だって、言えないもの。

 言ったらきっと伯父様お手紙くれなくなるわ」


「それは分からないけど」


「・・・伯父様はきっとおばあちゃんの事が好きなのよ。

 手紙を見ていたら分かるわ」


「・・・へぇ」


「おばあちゃんがいないって知ったらきっともう、私にお手紙くれなくなるわ」


「それは大丈夫じゃない?

 だって、おじさん優しいんだろ?」


「そうよ。紳士でとっても優しくてすてきな方よ。

 でも万が一があるじゃない」


「そうやって一生言わないつもりなのかよ」


「いつかはね、いうわよ」


「ならいいよ。

 おれ、そろそろ行くわ」


「あら?そう?」


「だってそれ、早くみたいだろ」


「えっ!?ええ、まあ・・・」


フラット椅子を引き立ち上がる。


「だから帰るよ」


「なんか、ごめんなさいね」


隣にかけた鞄と帽子を手に取る。


「良いよ、別に。

 お茶ありがとうな」


「うん。じゃあ、また明日」


「うん。また明日な」


フラットは玄関に向かって歩き出す。


カラン


ドアに付いたベルがフラットを見送る。


「あぁ、そうだ」


フラットがドアに手をかけ立ち止待った。


「メルドント、イラストつきの図鑑家にあるけど見る?」


「ええ。お願い」


「ん。わかった。じゃあ、また明日な」


「えぇ待ってるわね」


フラットが片手をあげる。

それに答えるようにソフィーが小さく手を振る。

朝日がまぶしくて、ソフィーには最後までフラットの姿を見ることが叶わなかった。



フラットは走る。

坂を転げ落ちるようにひたすら走った。

風に乗って落ちる帽子がうざったくて途中で鞄につっこんだ。

そのまま彼は速度を落とさずに一件の店に飛び込んだ。


チリンチリン


ドアを開けると紙の匂いが飛び込んできた。


「どうした。やけに早いじゃないか」


恰幅の良い男性が奥からでてきてフラットに話しかける。

その顔にはいたずらっぽい笑顔を浮かべている。

フラットをからかう気満載だ。


「うんまぁ」


対してフラットの声は暗い。

いつもより暗いその顔に父でもあるその男性も流石に心配になったらしい。

自分の仕事をそのままにして放り出す。

そして自分の部屋へと向かうフラットの後に続いた。


「おーい」


父の呼びかけにフラットが立ち止まった。

木製の階段が負荷によってわずかに軋む。


「なに」


明らかに不機嫌な声。

ただしその中に落胆の感情があることを父は見逃さなかった。


「どうせソフィーお嬢ちゃんのことだろ。

 話して見ろよ」


「なんでわかるんだよ」


「お前があの手紙を持っていく日は必ず落ち込んでるからな」


「・・・かっこわりぃ」


「だな」


「うわぁぁ」


そう言ってへなへなと座り込むフラット。

その横に父はゆっくりと腰を下ろした。


「おまえもなぁ」


父はそう言って話を切り出す。


「何で自分の出した手紙自分で届けて自分で落胆してんだよ」


そう言ってライターを取り出す。

左の胸ポケットからたばこを取り出し火をつけた。


「まぁ、わかんなくもないぜ。

 ソフィーお嬢ちゃん好みのおっちゃんに成り代わってましたーとはいえねぇよ」


たばこをくわえて息を吐き出す。


「絶対怒るもんなぁソフィー嬢」


そういってケラケラと笑う父。


「・・・なんかしゃべれよ」


「・・・」


「しゃべる気ないだろ。

 そうだなー、あれか。俺が言おうか。

 あなたのおじさまの正体はウチの亡くなった親父と愚息だってな」


「やめてくれ」


「おっ。ようやく喋ったな」


「いや。だってさ。おじさんに対する理想が高くてさぁ、あいつ」


「うんうん」


「あんな奴いねぇ」


「うんうん」


父が楽しそうに相づちを打つ。


「うんうんっておい、お前ちゃんと聞く気無いだろ」


「いやぁ、懐かしいなぁって」


「なんでだよ。若いとでもいうのかよ」


「違うよ。俺の親父と同じなんだよ」


「はぁ?なにが?」


「いや親父もさ、ソフィーのおばあちゃんがどうのこうのっておんなじこといってたからさ」


「まじかよ」


「つまり1代目と2代目<おじさま>は同じ事悩んでるって事だ」


「なんだよそれ」


「まぁそういうことさね」


そう言って父は立ち上がる。

そのままフラットを置いて階段を下り初めた。

不意に階段の中腹で立ち止まる。

一拍間があり振り返る。


「悩め、青少年」


その顔はいかにも楽しそうだ。


「なんだよそれ」


そう言ってフラットは寝そべる。

目線の先にはまだ何もかかれていない便箋の束。


「次は何を書こう?」


南の国にあると言われる色の変わる宝石の話はどうだろうか。

それとも東の砂漠のラブロマンスの言い伝え。

向こうの島にある、不思議な果実。

彼女はどんな話で喜んでくれるだろうか。





一方そのころ。

父は一通の手紙を持っていた。

宛名はソフィー宅になっている。

それを父は何のためらいもなく開けた。

そしてそれを一読し鼻で笑う。


「こんなもう好きですオーラ全開のものよく書けるよな」


ラブレターもどきのそれを持ち笑う。

文面は勿論、宛名、送り手さらには住所さえも偽物だった。



好きです、という文字を除いて。



END



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