全然分からん
心配を掛けたロンに謝罪とお礼を告げた恵二は、一先ず回収した素材を売り払おうとジェイサムと一緒にダンジョンを後にした。
「ケージ、素材はどこで売る気だ?」
「ギルドにと思っていたんですけど・・・」
ジェイサムの質問にそう答えた。今まで魔物を狩ってきた際、討伐証明の部位と共に素材もギルドへ持ち込んでいた。今回もそうしようかと思っていたのだ。
「まぁ、その選択は悪くない。下手な商人の所に持っていけば足元を見られたり、誤魔化さられたりするケースがあるからな。その点ギルドなら不正の心配はない上、ランク昇格の足がかりにもなる。だが物によってはギルドより高値で買い取ってくれる場所もあるんだぜ?」
ジェイサムによると、例えば魔術師や錬金術師が好んで使う素材であれば、そちらのギルドに持ち込むと若干値段があがるらしい。その他にも一部の希少素材は、知り合いの商店に持ち込んだ方がいいのだと教えてくれた。
「良い情報ありがとうございます。とりあえず今日はギルドに持って行って価格を確認しようかと思います」
「俺に相場を尋ねずに、自分で確認しようとするのはいい事だ。何事も自分で調べる事が大切だからな」
ただ面倒だからギルドに全部持ち込むつもりでそう発言したのだが、何故かジェイサムの中で恵二の評価が上がってしまった。
二人はエイルーンの南東地区にある冒険者ギルドへと向かった。
「おや、ケージ君じゃないか」
「こんにちわ、ホルクさん」
恵二に声を掛けてきたのは、宿でお世話になっているベレッタ・マージの夫であり、ギルド職員でもあるホルク・マージであった。彼は夕方から夜間に掛けて勤務をしている事が多いのだが、今日は忙しいのか割と早めにギルドへと出勤していたようだ。
「お、ホルクさんと知り合いだったか?」
「おや?ジェイサム君も一緒か。珍しいね、君が誰かと行動をしているのは」
二人も顔なじみの様だ。冒険者稼業とは名を売る事も大切だ。職員であるホルクと冒険者のジェイサムが顔見知りなのは当然といえば当然であった。
「ケージ君はうちの宿に泊まっているんだよ。どうだい?ジェイサム君もこの機会にうちに泊まらないかい?」
「悪いなホルクさん。長年滞在しているボロ宿に愛着があってな。火事になるか追い出されでもしたらそっちにお世話になるぜ。それより今日はケージが素材を売りに来たんだ。俺は付添い。ホルクさんとこのお得意様ならサービスしてやれよ」
「え?ま、まぁ状態の善し悪しを甘めに査定する事は出来るけど、不当な価格の吊り上げはルール違反だからね?」
ホルクは釘を刺しつつも、買取価格を甘めにしてくれるようだ。これは今後も<若葉の宿>を贔屓にしなければなと心に留めて置いた。
そこそこのお金を手に入れた恵二はホルクにお礼を言うと、ジェイサムと二人でその<若葉の宿>まで足を運んでいた。
「おかえりなさい、ケージ君」
「ただいまベレッタさん。ちょっと早いんだけど二人分で食事を頼めるかな?」
「あいよ。そちらの方の分は別料金だけど大丈夫かしら?」
恵二はそれに頷くと、ジェイサムの分を支払い少し早い晩御飯を注文した。
「お、なんだ?奢ってくれるのか?」
「ええ、わざわざ俺の為に御足労をお掛けしましたからね。僅かばかりのお礼ですよ、ジェイサムさん」
「なら遠慮なく。それとお前も遠慮せずタメ口でいいぜ?あと俺の事はジェイと呼んでくれ。親しい奴らはそう呼んでいる」
「分かったよ、ジェイ」
それから二人は料理が運ばれて来るまで雑談を交わした。テーブルに料理が揃うといよいよ本題に入った。
「さて、食べながらでいいから改めてお互いに名乗ろうか。俺はジェイサム・ターラント、Bランク冒険者だ。今は主にダンジョンで活動している」
「俺はケイジ・ミツジ。Cランク冒険者でここには魔術学校目当てで来た」
お互い改めて自己紹介をする。彼のファミリーネームはターラントと言うらしい。
「ケージは学生だったのか?」
「いや、入学は来季からだよ。その空いた時間にダンジョン探索をしようと思ってたんだ」
「そうか、流石に学校と両立は難しいだろうからな」
行くだけなら簡単だろうが、それだと探索の時間が短くダンジョンの入場料分も稼げない。それに学業の方も冒険者活動をしながら進級できる程甘くは無いであろう。
「さっきも言ったが俺と組まないか?学校が始まる前まででいい。主に活動するのは《古鍵の迷宮》だ。それと、お前が望むなら探索職の技術を教えてやってもいい」
「それはこっちがお願いしたいくらいの条件だけど、本当に俺なんかでいいのか?それに俺の方だけ得しているような提案に思えるけど・・・」
余りにも願ったり叶ったりな条件に、ちょっと怖さも感じた恵二はジェイサムにそう尋ねた。
「ああ、勿論打算ありだぜ。簡潔に言うと、金が欲しい、けど揉め事は御免って事なんだが・・・」
ジェイサムが説明するには、パーティで探索をするなら少数が良いという事と、性格に難有りな者とは組みたく無いのだという。
その点恵二は前衛をこなせ魔術が扱える上に、鍛えれば探索職としてもやっていける逸材だと思ってくれているようだ。
お金にもそこまで執着していないようで、ジェイサムにとってはまさに理想的なパートナーだと言えた。
「最初はコンビでやっていくが、次のステージに行けそうなら人員追加でパーティも考えている。どうだ?組んでみないか?」
「ぜひ!エイルーンに来たら、探索職の技術も学びたいと思っていたんだ。宜しくお願いします!」
恵二は教えを乞うジェイサムに深くお辞儀をした。いくらため口OKとはいえ、技術を学ぶのだから最低限の礼儀は必要だろう。
「よし!それなら今日は一旦解散で、明日7:00にダンジョン入り口の大部屋に来い!まずはお前に探索技術を学んでもらう」
「分かった。これから宜しく、ジェイ」
「ああ、宜しくな」
二人はしっかりと握手を交わした。
翌朝、遅刻をするくらいならと、かなり早くに宿を出た恵二は待ち合わせの時間より大分早くついてしまっていた。時間つぶしに装備品を確認しておく。といってもマジッククォーツ製のナイフくらいしか武器は所持しておらず、後は簡単な携帯食と治療道具を持っているだけだ。
(そういえば、ずっとこの服着ているよなぁ・・・)
恵二は自身の装いを改めて確認する。ハーデアルトの王城で仕立てて貰ったこの服は、上下共に黒っぽい色で、これは恵二の要望であった。ファッションセンス皆無な少年は“とりあえず黒色ならおかしくない筈”と全体的に黒ずくめにしたのだ。
(汚れも目立ちにくいし、良かったと思うんだけど、それでも流石にボロボロになってきたな)
エイルーンまでやってくる最中、何度もこの服で戦闘を重ねてきた。どうやら貴重な素材で出来ているようなので大事にしてきたつもりだが、いよいよ誤魔化しが効かないくらいに傷んできた。
(今度、服屋で買い替えるか。・・・服屋くらいあるよな?)
思えばこの都市に来てから余り街中を散策していない。最初に宿探しをしたのと、<探究心の館>を探し回ったくらいで、後はダンジョンを行き来しているくらいだ。
「おう、ケージ。待たせたようだな」
考え事をしていた恵二に正面から声が掛かる。顔を上げるとそこにはジェイサムの姿があった。
「いや、今来たところだよ」
「・・・その常套句は女の子とデートの際にでも使うんだな。おっさんに言っても気持ち悪いぞ?」
「・・・」
折角こちらが気を使って言ったのに、酷い返しである。こっちだって出来れば可愛い女の子に言ってみたい。使える機会があるのならば、だが。
「ま、いいか。お互い軽装だし今日は特に準備は要らないだろ。さっさと中に入るぜ!」
そう促したジェイサムは先に待っていた恵二を置いて、1人でさっさと入口の受付に向かった。
(そんな急いで入ろうとしなくてもいいのに・・・)
こちらが早く来過ぎてしまったというのもあるが、散々待った恵二を置いて行ってしまうのはどうかと思ったが、その理由はすぐに気付かされた。
「おい、ターラントの奴が他人と行動してるってよ?」
「本当かよ!?今度俺達も誘ってみようぜ!」
「ジェイサムがパーティ探索を復帰したって本当か!?」
先程の二人のやり取りを見ていたギャラリーがざわつき始めた。どうやらジェイサムの名はここでは知れ渡っていたらしい。それもその筈、探索職必須と言われた≪古鍵の迷宮≫では、ジェイサム程の実力者なら喉から手が出るほど欲しい人材に違いあるまい。
「おーい、ケージ!さっさと行くぞ!」
ジェイサムが大声でこちらを呼ぶと自身にも注目の視線が集まりだす。それを気恥ずかしそうにし、慌てて恵二もジェイサムの後を追う。
「ケージは確か地下10階層まで飛べるんだよな?」
「ああ」
「よし!とりあえず地下10階まで飛ぶ。今日は地下15階層を目指しながら、お前に探索職の技術を教え込むつもりだ」
昨日の話では、本格的な探索は後回しで当分恵二の探索技術を高めるのだとジェイサムは語っていた。恵二はてっきりもっと浅い階層でレクチャーを受けてから先に進むものとばかり思っていた。
「いきなり大丈夫なのか?地下11階層からは魔物も強くなるんだろ?」
「問題ない。確かにちっとは手強くなるが、ここのダンジョンは基本的に魔物が弱い。行って帰ってくるだけなら、俺一人でも最下層まで行ける程だ。流石に支配者は無理だがな」
「・・・ボス、いるのかぁ」
ジェイサムは何を当たり前な事をといった表情で恵二を見る。どうやらゲームのようにダンジョンの最下層にはボスが待ち構えているようだ。だが、どうも腑に落ちない事がある。恵二は事前にここのダンジョンについて簡単な情報を聞いていたのだ。
「なあジェイ。ここのダンジョンは“仮死状態”なんだろう?それなのにボスが存在するものなのか?」
「・・・ふむ。お前には、まずダンジョンの基本知識から教えた方が良さそうだな」
そう切り出すとジェイサムはダンジョンについて説明を始めた。
ダンジョンとは自然発生する何階層にも及ぶ迷宮の事を指す。大昔には迷宮は古代人が作ったと定義されていたのだが、近年新たに発生したダンジョンの存在が確認され、人智を超えた構造であることから”自然発生”という結論に至っている。
そのダンジョンの殆どには<回廊石碑>と魔物が存在する。
<回廊石碑>とはダンジョンの至る所に設置されている石版の事で、それを起動させると任意の場所へ転移できる便利な機能なのだが、稀に<回廊石碑>が存在しない厄介なダンジョンも存在するそうだ。
そして冒険者の一番のお目当てでもあり、邪魔者でもある魔物。こちらはダンジョンや階層によって千差万別ではあるが、共通して言える事はダンジョンの外には決して出ないという点だ。また、こちらは特異な例だが魔物が1匹もいないダンジョンというのも存在するらしい。
また、ダンジョンには必ず心臓部が存在する。これは文字通りダンジョンの生命線であり、それが生きている限りダンジョンは成長し続ける。年月が経つにつれ徐々に階層が増えていき、仕掛けや魔物の配置も変わるのだという。
でわ、その心臓部を破壊出来ればダンジョンは崩壊するのだろうか?
答えは否だ。
過去何度か心臓部と思わしき部分の破壊に成功した冒険者がいるのだが、ダンジョンの崩壊といった結果は一度も聞いた事が無い。
そもそも崩壊したら生存者などいないのではないかと思わなくもないが、心臓部を破壊されたダンジョンは、その活動こそ弱まるものの、完全に機能が停止することはないのだという。
その為コア無しのダンジョンを“仮死状態”と呼ぶ。
仮死状態のダンジョンは成長を止め、魔物や仕掛け、迷路の変化を一切しなくなる。一方で最下層に居る支配者や、手強い管理者は何度倒されても一定間隔で蘇生される。その事からダンジョンにはまだ何かが隠されていて、ボスはそれを守護しているのではとの説もある。
また、仮死状態でも<回廊石碑>の機能は問題なく使用できるのだが、トラップも自動で修復されてしまう。前者は大変有り難いが後者はいい迷惑だ。
ちなみに仮死状態のダンジョンが再び成長を始めたという例も報告されている。調べてみると破壊されていた筈のコアが復活していたようだ。その事実から、ダンジョンは完全には死なない不死の存在だと主張する研究者が殆どだ。
そして、ここ≪古鍵の迷宮≫は過去に冒険者パーティが最下層地下30階の部屋に設置されていた、心臓部と思われるクリスタルを破壊し、それ以降は完全に成長が止まっている。その為このダンジョンは“仮死状態”と認定されている。
以上がジェイサムから得たダンジョンの基本知識だ。
「つまり、ボスに中ボスは存在するんだな」
「いや、ここには中ボスは存在しない。ボスも数さえ揃えればそこまで手強い奴でもない」
どうやらここのダンジョンは本当に魔物が大したことないようだ。その為もう一方の市内にあるダンジョン≪銅炎の迷宮≫より稼げはしないものの、若手や腕に自信がない者には人気があるようだ。
「さあ、お喋りの時間は終わりだ。こっからは身体を動かしてもらうぞ」
そう告げたジェイサムは地下11階層の入り口を指すと、恵二に先行するよう促した。
「ちょっと待ってくれ!俺、まだ何にも教わってないぞ!?」
ダンジョンの基本知識だけ教わって、まだ罠の発見や解除の仕方を全く教えて貰ってはいなかった。
「気にするな。まずはケージが自分で考えて行動しろ。そもそも俺は他人を教えた経験が余り無い。こっちも考えながらあれこれ口を出すから、お前はお前で好きにやってみろ!」
(気にするよ!何だ、その計画性の無さは!)
あれこれ逐一指図されるのも気が滅入るが、これではどこから手をつけて良いのやら分からなかった。
(・・・とりあえず、まずは観察かな?)
恵二は前方の地面や壁面に目を凝らし、怪しいところがないか確認をする。特に何も無さそうだが見落としている可能性を考慮し、念入りに観察をする。
「ケージ!そんな穴が開くくらい見つめても何も出てこないぜ?時間を掛けすぎだ!」
(んな事言われても、全く分からん。あるいは何も罠が無いから見えないだけなのか?)
そう考えた恵二は少し先を進んで、今度はサッと周囲を確認し、やはり変な所が無さそうな事を確認すると歩み始める。その直後───
「―――うおっ!」
突如トラップが発動し、壁から石礫が飛んできた。それを間一髪回避する。
「ケージ!迂闊過ぎるぞ!もっと良く観察しろ!」
「え?は、はい!」
さっきと真逆の指示で一瞬混乱するも、素早くそれでいて丁寧に観察しろという事かと一人で納得し実践しようと試みる。
「ケージ!天井にも気を付けろよ!」
「───天井!?」
確かに見落としていた。直ぐに頭上を確認するも怪しい箇所は見られない。
「ケージ!気が早いぞ!天井の仕掛けはまだ先だ」
ジェイサムは仕掛けがある場所を指差す。まだまだ遠くの天井を指していた。
「なんだ、まだか」
トラップの場所まで教えてくれたので、安心して前に進む。だがジェイサムが指差したポイントのかなり手前に来たところで───
「───っ!ケージ!ストップ!ストップ!」
カチリッ
「え?」
床で何かを踏んだ音と、恵二の声が重なった。次の瞬間、ジェイサムが指差したまだまだ前方に位置する天井が稼働し、何やら射出口のようなものが見えた。
「───!」
悪寒がし、咄嗟に後ろへ飛び退くと、恵二が立っていた地面に矢が数本突き刺さっていた。
「ケージ!だから天井の仕掛けに気を付けろと言ったじゃないか!」
「───言ったけど!言ったけどさあ、こんな手前の地面に仕掛けがあるとは思わないでしょう!?」
昔、中学校で引っかけ問題が得意であった科学教師の顔が頭に浮かんだ。確かに天井の仕掛けで間違ってはいないのだが、指まで指されたら、普通そこの辺りを注意してしまう。
(もしかして、自分は試されているのだろうか?)
これは偽の情報に惑わされるなという訓示なのだろうか。それならば理解できる。迂闊な行動を取ったのを反省し、再度歩み始めた。
「ケージ!今度はあっちだ!」
「どっち!?」
「ケージ!そうじゃない、左の仕掛けを警戒するのが先だ」
「え?え?」
「ええーい、じれったい!こうだ、こう!」
いつの間にかジェイサムが前へと躍り出て罠を次々と解除していった。
「ケージ!こうだ!どうだ、見てるか!?」
「えっと、早すぎて全く分からない・・・」
「ケージ!次だ、よく見て置け!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
次々と楽しそうに罠を解除していくジェイサムに付いていけず、慌てて待ったを掛けるも彼は一向に止まらない。
「ケージ、次だ!」
「え?いや、ちょっと・・・」
「ケージ!こうだ!」
「ジェイ、だから待って・・・」
「ケージ!」
「・・・」
「ケージ!」
『―――ちょっと待てい!!』
大声で恵二が怒鳴ると、ビクッと身体を震わせた後、彼はゆっくりとこちらを振り返った。その表情はどこかしょんぼりしていた。
「・・・申し訳ないが、全然分からん」
「いや・・・こちらこそ、すまん・・・」
どうやら彼は凄まじいまでの教え下手なようで本人も自覚しているようだ。前途多難であった。




