甘かった
「甘かった・・・」
単騎でダンジョン探索を始めた恵二はそう独り言をつぶやいた。
散々なダンジョンデビューを果たした翌日、恵二は朝早くから再び≪古鍵の迷宮≫へと足を運んでいた。
最初は条件に見合ったパーティを探そうとダンジョン入口にある大部屋に来たのだが、思ったより魔術職の需要はないらしい。決して不要という訳ではないのだが、流石は魔術都市というべきか貴重な魔術を扱える冒険者がゴロゴロしていたのだ。ケツの青い若造を勧誘するパーティはなかなかいなかった。
条件に見合ったパーティを探している最中、後方火力のメンバーを紙に書いて募集しているロンと再び遭遇してしまった。
(かなり気まずい・・・)
あちらは恵二以上に難しそうな表情をしていたが、お互い掛ける言葉は見つからず黙ったまま恵二は立ち去った。
結局今日は1人で探索してみる事にすると、<回廊石碑>を使用しての人生2回目となる転移を体験して一気に地下5階層まで飛んだ。
そして単独での探索で地下7階層まで差し掛かった現在、恵二は自分の見積もりが甘かった事に今更気付かされた。
(罠が多すぎる!それに、魔力探索で察知できない罠もあるし!)
そう、一番驚かされたのは魔力反応無しでトラップが発動した時であった。何か地面の一角が沈んだなと思った瞬間、真横から槍が何本も突き出てきたのだ。咄嗟に使用制限していたスキルを発動してしまった事は責められまい。素のままであったなら間違いなく重傷を負っていたのだから止むを得なかった。
(唯一の救いは、魔力反応のしない罠は仕掛けが発動するのに若干のタイムラグがあるって事か・・・)
魔力を使用したトラップ程、瞬間的なものではないようだが、それも今後の難易度があがるとどうなるか分かったものではない。恵二は単独で踏み込んだ迂闊な過去の自分を叱りつけたい衝動に駆られた。
(せめて道が分かれば・・・。昨日と同じ道なら罠が少ない筈なんだけどなぁ・・・)
昨日恵二たちを先導したユーノという名の探索職は、恐らくこのダンジョンの罠が少ない安全なルートを熟知していたのであろう。そんな彼を頭ごなしに無能と決めつけたのは早計だったかと軽い後悔をした。
(人間性は褒められないが、腐っても<探究心の館>の探索職ってことか・・・)
色々と思うところはあるものの、その危険回避の技術自体は学ぶべきものがあると考えた恵二は、昨日観察して得た探索職の拙い真似事をしながら、地下10階層を目指して進んで行った。
それからの道のりは正しく強行突破であった。地下6階層から10階層に出没する魔物は、主に4足歩行の獣や狼型の魔物だ。一番強い固体でもDランク止まりとあって、そこまで苦戦はしなかった。ダンジョン内は狭い通路が多く、群れで囲まれる心配も少ないのだ。
(難点はおちおち素材回収が出来ないってことだな)
一人では見張りを立てながら素材を剥ぎ取る事も出来ず、回収はそこそこにしておく。死骸はそのままにしておけばダンジョンが養分として吸収してしまうのだという。
単独でのダンジョン探索で、今のところ戦闘の方は問題無さそうだが、やはり懸念事項は罠の多さであった。
(多いとは聞いていたけど、流石にしつこすぎだろう!)
このダンジョンを作った者は、きっと粘着質で陰険な奴に違いない。そう毒を吐きながらも、恵二はスキルで速度を強化し回避を、避けるのが無理なら体の頑丈さをスキルで高め防御を、時には怪しそうな一帯を罠ごと魔術で吹き飛ばした。
(結局スキルに頼ってしまった。俺という奴は・・・)
自身の錆びついて脆い鋼の意志とやらを自嘲しながらも、スキルによるゴリ押しで地下10階層を目指し突き進んだ。
今日の収穫といえばそこそこの素材と、スキル無しの自分では満足に探索が出来ないという事実が判明したことくらいだ。
ようやく地下9階層に辿り着いた恵二は暫く先を進んだ所で、ふと前方からこちらに近づいてくる影が見えた。
(・・・魔物ではない、人だ。一体何のようだ?)
他のパーティとは何度かすれ違ったが、ダンジョン内では極力近づかないのがマナーだ。だが、前方の先に見える男は明らかにこっちを見つつ、ぐんぐんと歩み寄ってきた。
ここは多少の出入りがあるとはいえ、人目の付きにくい迷宮内だ。たまにそれを利用した通り魔的な存在が出没するのだとギルド職員のホルクから忠告を受けていた。
ダンジョンで息絶えた者の亡骸は、長時間放置されるとダンジョン自身に吸収され、綺麗さっぱり消えてしまうらしい。秘密裏に人を抹消させるには、まさに最高の場所と言えなくもなかった。
「おー、いたいた。思ったより元気そうだな」
気安くそう声を掛けてきた男は30過ぎた辺りの髭を生やした冒険者であった。髪は恵二と同じ黒髪で肩より長く伸ばしている。あまり手入れをしていないのか、それとも寝癖なのか髪がところどころ跳ねている。
「お前さんがケージか?」
突然見覚えの無い男に名を呼ばれ、恵二の警戒度が更に増す。
「何で俺の名を・・・。あんたは何者だ?」
いつでも動けるように構えつつ恵二は問いかけると、髭男はニッと笑って口を開いた。
「無茶をする若造だという印象だったが、ちゃんと俺に警戒しているのは高評価だな。俺はジェイサムという」
髭男は名を明かしはしたが、どういった用件で恵二に声を掛けてきたのかの理由を返答していなかった。故にまだ警戒を解く訳にはいかない。
「おいおい、俺は怪しい者じゃねえよ。寧ろお前さんを助けに来たんだぜ?」
「俺を・・・助けに?」
見も知らない男に助けられる覚えが無かった恵二は訝しげな表情をジェイサムに向けた。
「あー、言葉足らずだったな。俺はロンに頼まれてお前の様子を見に来たんだ」
「ロンさん?」
ここでやっと知った名前が出てきた恵二はホッとする。目の前の髭男はどうもロンの知人らしく、彼に頼まれて恵二を探しに来たようだ。一体どういう事なのだろかと詳しく尋ねてみた。
「俺も詳細は聞いちゃいないが、ダンジョンに入ろうとしたらロンが大慌てで俺の元まで駆け寄ってきて“単独でダンジョンに潜った無謀な少年を助けてやってくれ”と言われたのさ」
ようやく話の筋が見えてきた。どうやら恵二一人でダンジョンへと入っていくのを目撃したロンが、偶々通りかかった知人であるジェイサムに声を掛けたようだ。
「それは・・・悪い事をしちゃったなぁ・・・。ロンさんも別の場所を探しているんですか?」
「いや、あいつには来るなと言って置いてきた。聞けば探索職がまだ来ていないって話だしな。二次災害になりかねんから、簡単にお前の特徴や最深踏破階層をロンから聞き出して俺一人で来た」
恵二は昨日が初めてのダンジョン探索で、ロン達と地下10階層まで来ていた。恐らくその付近にいるだろうと目星をつけて探していたのだという。どうやらこの男は単独でダンジョン内での人探しが出来るほどの実力者のようだ。
「しかし威勢がいいというか、向こう見ずというべきか、大分無茶をやらかしたなぁ。ここに来るまで身に染みたろ?ここの構造を理解している奴らなら絶対にこの道は通らない。何せこの道は罠が多過ぎて面倒だ。よくもまあ大怪我せずに生き残っていたもんだ」
ジェイサム曰く、この道は別名“罠の大通り”とも呼ばれているようだ。このダンジョン内にはいくつかの危険地帯があり、この道も危険リストに名を連ねているのだとか。
「道理で罠だらけだと思った。流石に地下5階からここまで来て少々バテ気味だったから、更に奥へ進んでいたら危なかったよ・・・」
「・・・待て。地下5階から来た・・・だと?」
「?ええ、石版の転移を使って5階からここまで来たんだけど・・・」
何かおかしなことを言っただろうか。さっきまでしまりのない表情をしていたジェイサムの顔つきが豹変した。
「俺はてっきり地下10階層の転移ポイントから9階層に上がったのかと思っていたが・・・。お前、この短時間で5階からここまで一人で潜って来たってのか?」
「ええ、そうですけど・・・」
(この流れはあれだ。余計なひと言でトラブルになるという、コウキ曰く“フラグが立った”って奴だな)
同じ日本からこの異世界に飛ばされてきた勇者仲間にして大後輩の未来人、石山コウキがよくこのような言い回しを使っていたのを思い出した。
「・・・単独でこの時間・・・俺ならやれるか・・・?いや、そもそもケージは最短ルートを知らない筈。知っていればこの糞ルートを通る訳が・・・ぶつぶつ・・・」
「あの~・・・。もしもし~?」
ジェイサムは要救助者だった恵二をそっちのけで、1人呟きながら思考の海にダイブしてしまった。
「悪いな、考え事をしていた」
「見れば分かりますよ。それより早く戻りましょう。ロンさんが心配してますよ」
「・・・それってお前じゃなくて俺の台詞じゃね?」
そうかもしれないが間違ったことは言っていない。早く人が良すぎるロンさんを安心させてやろうと先を進もうとするも、ジェイサムが恵二の首根っこを摑まえて無理やりそれを引き留めた。
「ぐへっ!―――ってぇ・・・!何するんですか!?」
「お前こそ何する気だ。俺ごと罠に陥れる気か!?こっからは俺が先導するからお前は後ろを付いて来い!」
ジェイサムは恵二にそう伝えると、道の右端を歩くように指示を出す。どうやら迂闊に歩いていたら、またトラップが発動してしまうところだったようだ。
その後も何度かトラップが仕掛けられていたようだが、ジェイサムは即座に恵二へと指示を送る。
(本当にこれ、罠があるのか?それにどうやって見極めている?殆ど時間掛けてないぞ?)
罠を察知し識別をし、そして同行者に指示を送るといった動作は、ジェイサムの手に掛かればあっという間であった。ユーノのそれと比べると、あの青年はサボっていたのではと文句を言いたくなるくらいレベルが違った。
罠をスムーズに避けて行き地下10階層へあっという間に辿り着く。道中魔物の襲撃もあったが、そちらは主に恵二が引き受けた。
「ケージ、魔物はお前に任せる。罠は多いが最短ルートを選択するから、俺はそちらに集中する」
「分かったよ、任せてくれ!」
魔力とスキルを大分消耗していた恵二は腰からマジッククォーツ製のナイフを取り出すと、襲い掛かってきた小鬼や黒鋼狼を接近戦で相手取った。ゴブリン相手ならば問題は無かったが、スチールウルフの体毛の硬さは厄介だ。残り少なくなった魔力を効率よくナイフに浸透させ、威力を増したその刃で急所を突く。
「ほう、いいナイフだな。それに腕も悪くない。お前は魔術師だと聞いていたが接近戦もこなせるんだな」
「ああ、自慢の武器だよ。お蔭で俺程度でも前衛の真似事を何とかやっていけている」
このナイフには本当にお世話になっていた。ただ魔力を通すだけでこのナイフはどんな物でも切れそうな程の威力を発揮するのだ。これを作ってくれたドワーフ族の鍛冶師カルジと、彼を紹介してくれた小人族の情報屋ハミには足を向けて寝られないなと心の中で感謝をした。
「・・・それだけに解せないな。どうしてパーティを組めなかった?お前さんほどの実力ならどこかしら拾うだろうし、そもそもロンの奴はどうした?あいつの所は魔術師がいない筈だろう?」
どうやらジェイサムは本当に最低限な情報だけ聞いて駆けつけてくれたようだ。昨日の出来事を思うと気が重くはなるが、出来るだけ詳細にロンのパーティを抜けた事をありのまま伝えた。
「・・・納得がいった。<探究心の館>のもどき野郎には呆れてモノが言えんな」
どうやらジェイサムはこちらの肩を持ってくれるようだ。決して恵二の主観によって事実を捻じ曲げて昨日の出来事を話したのでは無いという事を宣言しておこう。
「それで・・・ちょっとむきになって一人でやれるって思っていたのかも・・・。けど甘い考えだったなと実感したよ」
「何言ってるんだ。安全ルートも知らず、地下9階層まで1人で来れたのなら上出来だ」
「・・・ジェイサムさんなら一人でも、もっと深くまで潜れるんだろう?もしかしてAランクかSランクの冒険者なのか?」
恵二の言葉が余程意外だったのか、最初はキョトンとしていたジェイサムは声を上げて大笑いをした。
「ふはは、俺がSランクだって?傑作だな、こんなおっさんがSランクとは!そう簡単にSランクにお目に掛かれるわけないぜ」
(実際にもう会ってるし、しかも俺より幼く見える少女なんだよなぁ)
実際には5才程年上であっただろうか。とてもSランクには見えない童顔な彼女の姿を思い浮かべながら心の中で反論をする。
「俺はBだ。腕も大した事は無い。同じランクでも俺より強い奴はゴロゴロといやがる。実際タイマンしたらロンの奴といい勝負じゃないかな?」
驚いた事にダンジョン内を平然と一人でうろついていたこの男は、Cランクのロン程の実力だと告白する。そんな腕の彼がどうしてダンジョンを単独で動き回れるのだろうか。
「・・・不思議そうな面してるな?それは簡単さ。俺は叩き上げの探索職だ。養殖のもどきとは違う。それにここのダンジョンは俺にとって庭みたいなものだ。ことダンジョン内に置いては、Aランクの冒険者相手だろうと負ける気がしないぜ?」
ジェイサムは堂々と、誇りを持ってそう告げた。自分は一流の探索職であると。そして彼の持つ技術こそ、恵二が求めていたものであった事に気が付いた。
「あ、あの!ジェイサムさん―――」
「―――おっと、おしゃべりをしていたらあっという間だな。着いたぜ?まずはロンの奴に報告だ」
いつの間にか地下11階層の入口付近まで来ていた。そこには昨日も利用した<回廊石碑>が設置されていた。すぐにロンの所に戻ろうと恵二は出かかった言葉を引っ込め石版を起動させる。
周りの景色が瞬時に切り替わる。これで3度目の経験だが転移というのはつくづく不思議なものだ。
(・・・そういえば、この世界に来たのも転移と呼べなくもないのか?)
よくよく考えて見たら、長距離どころか異次元?を超えた転移を自分は既に経験済みであったと思い改める。しかしその時の事は気を失っていて余りよく覚えていない。目が覚めたらもうこの白の世界にいたのだから。
「ジェイさん!ケージ!無事だったか!?」
そんな事を考えながらジェイサムの後ろを付いて歩いていたら何時の間にやら入り口前の大部屋まで戻っていた。そこでは首を長くして待っていたのかロンの姿があった。
「ああ、特に問題は無かった。こいつ、なかなか良い腕してるぜ」
「ロンさん、ご心配をおかけして申し訳ありません」
「いや、無事なら良いんだ。そうか、俺の心配は杞憂だったか・・・。安心したよ」
散々心配を掛けたというのに愚痴ひとつ零さず恵二が無事であった事を喜んでいた。恵二の件があってか、うかうかとパーティ募集をしていられなかったようで、彼らのパーティはまだ出発をしていなかったようだ。
他の3人の姿が見えないが、どうやらワッパは別の場所でメンバーを募集しているそうで、カーラとユーノはデート中だそうだ。あの二人は相変わらずであった。
「まぁ、まだまだ危なっかしいところもあるが、地下10階層より上ならケージ単独でも問題ないだろう。ロン、あらかたの経緯はケージから聞いたが、お前はお前で大変なんだから頑張れよ?」
「それならジェイさんが俺達と一緒して下さいよ。ジェイさんが一緒なら≪古鍵の迷宮≫なんて楽勝ですからね」
確かに、彼ほどの探索職が一緒ならもっと濃密な探索が可能であろう。知り合いのようだし組んだりはしないのだろうかと考えていると、ジェイサムは恵二の頭に手を置きこう告げた。
「悪いなロン。俺は暫くこいつと組むぜ」
「「え?」」
これが恵二の恩師であるジェイサム・ターラントとの出会いであった。




