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養殖の探索職

「よっと」

「隙有り!」

「ふんっ!」


 一行は思い思いに剣や斧を振るい襲い掛かる魔物を斬り払っていく。カーラは矢が勿体ないと考えたのか、ショートソードで応戦するが、自分の方に向かってくる魔物以外は基本手を出さず、ロンやワッパに戦闘を任せている。


 恵二も魔力を温存するべくまだ一度も放ってはいないが、せめてナイフで戦闘に加わろうと腰の短剣に手を回すも、カーラにそれを制された。


「あー、回復魔術持ちがいないんだから余計な傷増やすんじゃないわよ。あんたは大人しくしていなさい」


 言い方こそ釈然としないが、確かに彼女の言うとおり戦況は問題無さそうなので手を出さない事にした。


 恵二達は現在、地下3階層で小鬼(ゴブリン)を相手に戦闘を繰り広げていた。といっても所詮単独での討伐難易度がEにしか過ぎないゴブリン共では、全員Cランクであるこのパーティに手傷を負わせる事は叶わなかった。


 地下1階と2階に関しても特に感想は無かった。道も迷宮と呼称するのもおこがましい単純なもので、トラップの類も一切見られなかった。それはここ地下3階層も同じで、どうやら地下5階まではこんな感じらしい。


「・・・全く、君が地下5階まで経験済みなら、こんな手間っ!取らなくても良かったものをっと!」


 文句を垂れながら襲い掛かるゴブリンを短剣で払いのけるユーノ。流石Cランクと言ったところだろうか。リーチの短いナイフでの戦闘だがゴブリン相手では苦戦する訳も無く圧勝であった。


 彼が指摘したのは、恵二がダンジョン初経験ということもあり、瞬時に奥の地下階層に転移(テレポート)できる<回廊石碑>が使えない事であった。


<回廊石碑>とはダンジョン内に複数ある石版の事であり、その石版を利用すれば行った事のある石版の場所まで任意に移動できるのだ。だが、その条件だと恵二1人が置いてけぼりをくってしまう。他の4人は全員が最低でも地下5階層まで経験済みなのであった。


 そして更にユーノやカーラが不満を漏らしたのは、地下5階層までの魔物はお金にならないという点であった。


 ダンジョンで収入を得る方法はいくつか存在するが、その最たる例が魔物から素材をはぎ取るという事だ。だが、浅い階層の魔物では、はした金にしかならず、むしろ荷物になる分死骸を放置せざるを得ないのだ。


 ちなみにダンジョン産の魔物を討伐して討伐証明の部位をギルドに持って行ってもお金にはならない。野生の魔物を討伐する事は、治安維持につながる為ギルドから討伐料が支払われるが、ダンジョン産の魔物はダンジョンの外には絶対に出ないという性質上、討伐対象ではないのだ。


 過去に偽ってギルドに討伐証明の部位を持ち込んだ冒険者が罰せられた事もあるようだ。どうやって判別しているのかは謎だが、そんな下手打つくらいなら大人しく素材になる個所だけ買い取って貰った方がましであった。


 話は戻るが、つまり浅い階層での探索は一文の得にもならなかった。結局恵二はパーティが地下5階層を踏破するまで散々ユーノとカーラから愚痴られたのだ。




「ケージ君、ここが地下6階層の入口だ。そしてこれが最初の<回廊石碑>だよ」


 パーティリーダーのロンに教わったように<回廊石碑>に手をかざすと、石版に文字が浮かんだ。そこには001と005という数字が輝いて浮かび上がっていた。これが現在恵二が転移可能な階層ということであろう。


「さて、これでお遊びも終わりだ。こっからの移動は僕の指示に従って貰いますよ」


「ああ、頼んだよ」


 ここ≪古鍵の迷宮≫は5階層毎にその難易度が高くなるようだ。つまり地下6階層からは魔物も強くなり、更にはトラップも存在するのだという。


「まだこの辺りの階層なら凶悪なトラップは無いのだけど、運が悪いと死ぬよ。くれぐれも迂闊な真似はしてくれるなよ?」


 ユーノは恵二の方を見ながら忠告をした。


(わざわざこっち見て言わなくてもいいだろうに・・・)


 鬱陶しくも有り難い御忠告に心の中で悪態を尽きつつも、表向きは素直に首を縦に振った。それに満足したのかユーノは前方に視線を戻すとゆっくりと階段を降りて行った。




「・・・うん、ここの通路は大丈夫なようだ。進んで構わないよ」


 ユーノがお墨付きを出すとパーティは歩を進めた。さっきまでと比べて探索の進行速度は大分落ちてしまった。罠を避ける為、ユーノの指示が出るまでは前進することが出来ないのだ。


「3時方向に狼タイプが3匹!あれは・・・黒鋼狼(スチールウルフ)だ!」


 奴らは俊敏さこそ欠けるものの、その体毛の硬さは少し厄介であった。ワッパの斧でなら攻撃が通るだろうが、他のメンバーでは一撃で倒せないかもしれない。仕留めそこなうと要らぬ反撃を貰うだろう。


「ごにょごにょ・・・雷光(ライトニング)!」


 小声で適当に詠唱をしたフリをし恵二は魔術を発動させた。放ったのは雷属性の初級魔術であったが、バチッと放電しながら青白く輝く稲光が獣へと向かって行くと、巧い具合に3匹の狼をまとめて貫通することができた。


 勿論恵二が制御しコントロールしたからだ。スキルでの強化は一切行わなかったので威力こそ低いものの、スチールウルフは痺れて動く事ができず、ワッパの斧であっさりと仕留めることが出来た。


「おお、流石だなケージ君!」


「うむ、なかなか良い魔術の選択だ」


 ロンとワッパが手放しにそう誉める。


「あら?運良く3匹当たったわね」


「まー、Cランクの冒険者だったら、それくらいはやって貰わなければね」


(だから言い方!いちいち突っかかってくんな!)


 表向きはニコニコとしながらもカーラとユーノの性悪コンビを心の中で罵りつつ、恵二はスチールウルフから毛皮を剥ごうとする。こいつの毛皮は良い値段が付くのだ。


「何時まで時間を掛けているんだい?さっさと行くよ」


 素材回収に勤しんでいる恵二やロン達をユーノが急かしてくる。彼は一切魔物の素材採取に参加しようとしなかった。カーラもそんなユーノとお喋りをしながら手伝おうともしない。それどころか一緒になって早くしろと文句を言ってくる。


 流石にこの所業には耐えかねたのか、事なかれ主義のロンもカーラへと抗議をした。彼女は今のところ大した役には立っていない為、余り強く出れないのか渋々といった様子で素材採取の手伝いを始めた。だが依然ユーノはボケッと立ったままで手伝う気配は無かった。


「・・・彼には手伝わせないんですか?」


 恵二はロンにだけ聞こえるように小声で尋ねた。


「止めておいた方がいい。彼ら養殖の探索職(シーカー)は素材の剥ぎ取りも碌にできないヒヨッコだらけだ。下手に手伝わせても素材の価値を半減させるだけさ」


 返ってきた答えに恵二は愕然とした。どうやら<探究心の館>で育成されている探索職(シーカー)はダンジョンに特化した冒険者のようだ。ダンジョン内でのトラップ回避能力には目を見張るモノがあるのだが、それ以外はへっぽこで陰では“養殖の探索職(シーカー)”と蔑称されているそうだ。


「・・・勿論全員が全員そうではないが、そもそも彼が素直に言う事を聞くようには思えない」


「・・・ですね」


 今となっては<探究心の館>へ習いに行かずに良かったとアムルニス神とやらに感謝する恵二であった。




 それから何度も魔物との交戦に素材の回収を繰り返してきたパーティは、ついに地下11階層の入口前にある10階層の石版に到達した。


「さて、そろそろ時間も良い頃合いかな。今日はこれでお開きにしよう」


 ロンの意見に全員が頷いた。ここのダンジョンを何度か経験している彼らに言わせると、どうやら今日は当たりらしい。高額な買取が期待できる素材が多く集まった。特に道中遭遇した中でも青牙狼(ブルービースト)と出会えたのは僥倖であった。奴の牙は武器の素材に重宝され高値で取引されている。これならダンジョンに入る際支払った金額や準備金を差し引いても十分手元にお金が残るであろう。


(しかも≪銅炎の迷宮≫は更に儲かるって話だ。成程、冒険者が集まる訳だ)


 今回挑戦したのは魔物の脅威度だけでいうなら初心者向けとされている≪古鍵の迷宮≫の、それも地下10階層止まりだ。それで稼げるのなら当面の生活には困らなそうだなと恵二は安堵した。冒険者という職業は安定という言葉とはかけ離れた職種だ。稼げる依頼や場所があるというのは本当に有り難い。


 早速5人は回収した素材の配分を始めた。ダンジョンの中で呑気な行動だと思われるかもしれないが、ここ≪古鍵の迷宮≫のダンジョンでは、5階層毎に設置されている<回廊石碑>の周辺は安全地帯となっていた。どういう訳か魔物は石版の近くに寄ってこないのだ。


 通常パーティが探索で得た収入を山分けする際には、素材を全て売ってからその代金を均等に配分する。それが一番スマートではあった。だがそれはあくまで気心が知れたパーティ間でのやり取りに限る。即席パーティの場合は基本現物配分だ。これにはちゃんとした理由があった。


 過去に即席パーティで起こった例だが、素材を一旦売った後、均等にお金を配分していた者達がいたのだが、なんとそのパーティの一人と買取業者がグルだったのだ。毎回自分が売りに行くと言っていた冒険者が、知り合いの業者に安売りをし、その見返りとして業者が利益の一部をグルの冒険者に手渡していたのだ。


 それが発覚してからは、それは血を見る凄惨な争いが起こったそうだ。その教訓から即席パーティの配分は現物というのがお決まりなのだという。


 だが、それはそれで問題が無い訳ではない。まず均等に分けられないという点が一つと、もう一つは目利きが出来ない者は損をするという点だ。だが、今回に限ってはお人好しのロンが仕切っているのでちょろまかされる心配はしていない。ユーノとカーラの二人にさえ気を付けていれば良かった。


 ある程度分配が終わったところで、その問題の1人であるカーラがいきなり提案をしてきた。


「ちょっと待って。今回の分配には納得できないわ。その子の分をもう少し彼に渡すべきじゃないかしら?」


 カーラに指を指されたその子(ケージ)は、何を言っているんだといった表情でカーラを見つめた。ちなみに彼とは勿論ユーノの事である。


「カーラ、一体何を今更・・・。最初に配分は決めていただろう?特に問題無い筈だ」


「いいえ、確かに最初の配分通りだけど、この子殆ど魔物を倒していないじゃないの!火力を求められる魔術師でこの体たらくは完全に想定外だわ。ここはわざわざ格安で私達に着いて来てくれたユーノ君に取り分を増やすべきよ」


 彼女が指摘しているのは恵二が倒した魔物の数のようだ。確かに恵二が止めを刺したのは、素材にならなそうな小鬼(ゴブリン)くらいであった。だが、それにはちゃんとした理由があった。


 恵二は以前、最大火力でオーガを消し炭にしてしまい、素材が回収できないといった過去の教訓があった。それを配慮しての行動だが、ロンはそれをちゃんと見てくれていた。


「俺はそうは思わない。ケージ君は適切な魔術の使い方で、魔物の素材を傷つけないよう手加減をしていた」


「うむ、巧みな魔術操作であった」


 ロンの意見にワッパも同調するが、カーラは恵二の魔術が未熟で威力が低かっただけだと一蹴した。


 先程まではロンと同じ様に、角が立たないよう言動を控えていた恵二であったが、ここでお開きとなるのならばと今回は意見を言わせて貰った。


「・・・正直、罠避けだけしかしてこなかった彼よりかは、俺の方が役に立っていると思いますけど?」


「―――っな!?なんてこというのよ!!」


「ほう。君、随分な口を利くじゃないか」


 恵二の物言いにカーラは顔を真っ赤にして声を上げ、静観していたユーノもこちらを睨みながら口を開いた。


「ちゃちな魔術で遊んでいた君に何が分かる?探索職(シーカー)という職業はとてもデリケートなんだよ。一体ここに来るまでいくつの罠を回避してきたか、無知な君には到底分からないだろうがね」


「・・・4つだろ?それ以外は何も無かったじゃないか」


 恵二の返答にユーノは顔を硬直させ言葉を詰まらせた。どうやらピタリと数を当てられて狼狽えているようだ。


 何故恵二が罠の数を言い当てたかというと、それは魔力探索(マジックサーチ)を使ったからであった。



 道中ユーノが時間をかけ罠を探っていた間に恵二はちょくちょくと魔力探索(マジックサーチ)を行使していた。強化をしていない為索敵範囲こそ狭かったが、魔物を発見する為に行使したそれは、微かにだが変わった魔力反応のするポイントを見つけたのだ。ちょうどそこにユーノが石を投じると、なんと天井から巨大な岩が落ちてきたのだ。古典的だが恐ろしい罠だ。


 そこで恵二にはある仮説が浮かび上がった。


 ダンジョンの罠には魔力反応が微かだがあるのではないか、と。


 それは本当に集中していないと感じとれない小さな魔力であったのだが、初めてのダンジョンで集中していたお蔭で偶然その反応を拾う事が出来た。


 更に進むにつれ、ユーノが無駄に壁や地面を叩いて調べ、時たま石を投げるも全く罠は見つからなかった。恵二も魔力探索(マジックサーチ)を使うが同じく魔力反応が無い。


 そして次に魔力反応を感知したポイントにユーノが石を投じたらドンピシャ、突然地面から鋭利な刃物が突き出てきた。


 これで恵二は確信した。ダンジョンの罠には魔力反応がある。



 だが、その事実をどうやらユーノは知らないようで、見事に罠の数を言い当てられた青年は狼狽していた。


 そこに恵二は更に口撃を畳みかけた。


「そもそも罠が無い道を選んだんだろう?どうしても通過せざるを得ない罠が道中4つあったようだけど、それ以外は全部無駄じゃないか。何もない所に態々石を投げたり凝視したり制止させたり、寧ろ探索に遅れが―――」


「―――黙れ!素人がいい加減な事をほざくな!!僕の指示に従っていなかったら今頃君たちは全滅だったんだぞ!?」


 どうやらつっこみ過ぎたようだ。自尊心を傷つけられたのか、ユーノは顔を茹で上がらせ捲し立てた。そこにそれぞれロンとカーラが割って入る。


「ケージ君、ストップ。気持ちは分かるが押さえるんだ」


「ユーノ君。素人の的外れな意見なんていちいち気にしないで。ここは私が話をつけるから」


「「・・・」」


 流石に大人げなかったかと恵二は口を閉じた。あちらも凄い形相でこちらを睨んでいるものの口を噤んだ。


「ロン、ワッパ、聞いて。さっき彼と話をつけたんだけどね、今後もこれくらい稼ぎが出る様なら<探究心の館>を通さずとも同行してくれるって言ってくれているのよ」


「なんだって!?」


 何時の間にそんなやりとりをしていたのか、どうやらユーノはカーラと交渉を済ませていたようだ。


「そんな彼の親切を無碍には出来ない、そうでしょう?」


 諭すように二人に語り掛けたカーラはチラリとこちらを一瞥した。


 つまりロンとワッパに、恵二とユーノのどちらを取るのかという選択を迫っていたのだ。


(ここで俺がごねれば話が流れる、か。これがカーラだけの問題なら喜んで騒ぎ立ててやるのだが・・・)


 ロンとワッパには随分気を使って貰った。彼らは困った顔を浮かべながら恵二とユーノを交互に見ているが、どちらを選択した方が得かは自明であろう。魔術師はある程度代えがきくが、格安で雇える探索職(シーカー)の存在は、ことダンジョン探索に置いては貴重だ。



 結局恵二が折れる形となり、受け取った素材の一部をユーノに受け渡す旨と、今回で即席パーティを抜ける事をロンに伝えた。

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