早まったかな
恵二はエイルーン市内の北東地区にある≪古鍵の迷宮≫に来ていた。
市内に魔物の巣窟とも言われているダンジョンがあるのには驚かされたが、なんでもダンジョン産の魔物は絶対に決められた領土からは出て来ないのだという。その観点からもダンジョン産の魔物は、野生の魔物とは別種ではないかと研究者の間では度々話題にはなるのだが、誰も確固たる証拠は挙げられてはいない。
とにかくそういう訳で市内にダンジョンがあっても街の安全は保証されていた。
二つあるダンジョンの中でも攻略難易度が軽い方の≪古鍵の迷宮≫入口に到着した恵二であったが、想像していたものよりも大分景観が違っていて戸惑いを見せた。
(あれは・・・出店か?それに入口は・・・建物内にあるのか?)
ダンジョンの入口はどうやら建物の室内に設けられているようで、その建物に一旦入る必要があった。そしてその周辺では行商人達が出店を開いている。まだ朝の早い時間という事もあってか出店の串物を朝食代わりに頬張る者や、ダンジョン探索に必要な道具を露店で買い揃えている者の姿が目につく。
(もっと殺伐とした雰囲気かと思いきや、ちょっとしたお祭りだな、これは・・・)
すっかり毒気を抜かれた恵二は、とりあえず本命であるダンジョンの様子を伺おうと、“≪古鍵の迷宮≫入口”と表記された建物の中に入った。
(―――っ!皆こっちを見てる・・・?)
流石に室内は外程お祭り気分ではなさそうだ。ピリピリしているかと言うとそうではないのだが、皆準備に余念が無いのかその表情は真剣であった。中にはおどけて会話を弾ませる者もいたが、室内は外とはまた違った種類の騒がしさだ。皆何か真剣に話し合っている。
そして何より恵二が感じたのはその視線だ。何故かこちらを観察する者が多い。恵二くらいの年齢の挑戦者は珍しいのだろうか。だが、中にはそこまで年の差が無い者もいたのでその線は薄そうだ。
恵二が入り口付近で戸惑っていると、後ろから更にダンジョン挑戦者らしき男がやって来た。彼も恵二と同じように一人で入って来たが、その途端今度は彼が注目を浴び始めた。中にはその男に駆け寄って声を掛ける者達もいた。
「なぁ、あんた剣士か?一人だったらよければ俺達と一緒に探索しねえか?」
「いや、悪い。先約があるんだ。また今度誘ってくれよ」
「そうか、また機会があったら声を掛けさせてもらうぜ」
どうやらダンジョンに潜る際のメンバーの勧誘を行っていたのであろう。恵二に向けられている視線はどうやら品定めをされていたものらしい。室内は割と広く椅子やテーブルも複数用意されていた。中には既にパーティを結成し終わり打ち合わせをしている者達もいた。
(そうか!ここでパーティを作って一緒に探索する訳か。よく観察してみると募集している人達もいるな)
最初はガヤガヤとしか聞こえなかった喧騒であったが、落ち着いて聞き耳を立ててみるとあちこちで勧誘をしている声が聞こえた。
「誰か回復魔術を使える者はいないかー?」
「守衛職と探索職募集中!」
「探索職と回復魔術を扱える支援職は居ませんか―?」
中には紙に字を書いて掲げている者もいた。そこにはこう書かれている。
“探索職と魔術師求む。回復魔術持ちなら戦士でも歓迎”
どうやら前情報通り探索職の需要は高いようだ。それに続いて回復魔術を扱える者も多かった。
(まぁ当然の流れか。俺は・・・もしかして役立たずなのか?)
スキルを使う事前提で考えれば即戦力である自信はある。あくまで戦闘に関してはだが。しかし、恵二はダンジョンを探索する際になるべくスキルを封印しようかと考えていた。
(やはりスキルを使うと悪目立ちする。早速それが原因でアトリにも声を掛けられたしな。・・・決して悪い事ばかりじゃないんだろうけど、頼り切る癖を無くしたい!)
恵二はヴィシュトルテ王国を出る際にリアから受けた忠告が耳に残っていた。
“その力に頼らず、何かしら改善されることを強くお勧めするっすよ”
あんなんでも彼女は中央大陸に7人しかいないSランクの冒険者、つまりは大先輩だ。恵二は大人しくその忠告を受ける事にした。
では、スキルを抜きにした恵二の実力はどうであろか。改めて自己評価をしてみた。
ダンジョン初挑戦
冒険者歴は半年程
得物はナイフ、実力はDランク相当?
魔術を扱え、魔力量は少なめだが制御には自信あり
(うーむ、Dランク相当の魔術師って立ち位置かな?これは・・・)
正直言ってスキル無しで前衛を全う出来る自信は無い。魔術も殲滅力には欠けそうだ。一応今の恵二はCランク冒険者だが、それはスキルを多用して得た身分であり本来の実力を鑑みると分不相応な気がする。
(さっきは1人で潜るんだと息巻いていたが、よくよく考えると無謀だぞ・・・)
少しずつ冷静さを取り戻した恵二は、さっきまでの感情的で短絡的な思考を隅に追いやり、まずは試験運転としてどこかのパーティにお邪魔をする方針に切り替えた。
(さて、今の俺で条件が一致する募集は・・・あそこだ!)
恵二は先程紙に字を書いて募集をしていた男に声を掛けた。
「あのぉ、すみません。俺、魔術師なんですけど・・・ご一緒してもいいですか?」
つい先刻<探究心の館>では不愉快な思いをさせられた。今回も取り付く島なく拒否されるのではと若干おどおどしながらもそう尋ねてみた。募集の紙を掲げていた男は恵二の容姿を観察すると口を開いた。
「・・・君が魔術師?すまないが魔術師証か冒険者のランク証を持っているかい?」
魔術師証というのは初めて聞いた。そういえばここエイルーンには魔術師ギルドもあるのだ。恐らく冒険者のランク証と似たような物が発行せれているのだろう。
恵二は男に言われた通りランク証を取り出して見せる。すると男の態度は一変した。
「Cランク!君がか!?あ、いや失礼。余りにも若いのでつい疑ってしまった」
「いえ、当然だと思います。正直実力は伴っていないですから、D相当の魔術師って認識でお願いします」
「・・・君は変わっているなぁ。普通ここでは自分を大きく見せるものだが・・・」
確かにそうした方がパーティに入れて貰える算段が高いのだろうが、結局それだと後で困るのは自分やパーティメンバーではなかろうか。
「俺はロン。ロン・キンベラー。君と同じくCランクの冒険者だ、よろしくな!」
「ケイジ・ミツジです。宜しくお願いします、ロンさん」
どうやらお眼鏡に適ったようだが、具体的に何ができるのか全く話していない。本当に大丈夫なのだろうかと尋ねると、ロンは笑いながらこう答えた。
「本当に謙虚だなぁ。冒険者ギルドはそこまで無能じゃないさ。Cランクにするだけの理由が君にはあるのだろう?簡単な攻撃魔術が扱えるなら、それで文句はないさ。他のメンバーを紹介するから着いて来てくれ」
ロンに先導され広い部屋の隅の方に足を運ぶと、そこにはガタイがいい大男が座って待っていた。
「おうロン。どうだ?」
「ああ、魔術師を確保できた。ケージ、彼はワッパ。このパーティの前衛職だ」
ワッパと呼ばれた熊のような大男と恵二は簡単に自己紹介と挨拶を交わす。
「あれ?カーラの奴はどこに行った?」
「ああ、何時までも待っていられないと言って―――」
「―――ロン、ワッパ、探索職ゲットして来たわよ!」
馬鹿でかい女性の声に驚き振り返ると、20代くらいの女性が彼女より若そうな青年を引っ張って連れてきた。
「ちょっと、服を引っ張るの止めてもらえます?ちょっと!聞いてます!?」
「彼は探索職のユーノ君よ」
女は青年の抗議を一切無視して彼の紹介を始めた。偶々<探究心の館>から出てきた青年に声を掛けここまで引っ張ってきたようだ。青年は迷惑そうに彼女の手を引きはがすと、恵二を含めた面々を胡散臭そうに見つめながら口を開いた。
「彼女は一体なんなんです?強引にここまで連れて来られたのですが、貴方達の関係者ですか?」
「す、すまない。おい、カーラ!強引な勧誘は止めろとあれ程言っただろう!」
「何言ってんのよ!なまっちょろいアンタのやり方じゃあ、何時まで経ってもダンジョンに入れないわよ!」
カーラと呼ばれた冒険者風の女性はロンと口論を始めた。
「・・・ワッパさん。これは一体・・・」
「すまんな。その内治まるから待っていてくれ。俺は彼に事情を説明する」
そう恵二に告げたワッパは無理やり連れてこられた青年と何やら会話をし始めた。
「早まったかな・・・」
恵二は初めてのダンジョン探索に不安を覚え始めながらも、騒動が治まるのを黙って見守っていた。
「つまり、探索職として僕を雇いたい、と・・・。それなら<探究心の館>を通して貰わないと困りますね」
事情を聞いた青年の第一声はこれであった。
「そこを何とか!あそこを通すとここのダンジョンじゃあ赤字になるのよぉ・・・」
ロンとの言い争いを終えたカーラは両手を合わせるとユーノという名の探索職に頭を下げた。
「無茶言わないで下さいよ!これが知れたら僕が文句を言われるんですから・・・!」
「んー、そんな事言わないで。お姉さんのお・ね・が・い」
カーラはユーノに身体を寄せるとおねだりをするかのような口調に変えた。
「・・・いや、そんな声で言われても・・・無理ですって・・・」
(あ、これは落ちそうだな・・・)
傍から見ている恵二にとっても大変けしからんことになっているのだから、体を密着させている本人は尚更であろう。さっきまで突っぱねていた態度が段々と弱まっていく。
「ね、お試しに今日だけでいいから。ね?ね?」
「あー、もう!分かりました!分かりましたよ!だからいい加減離れて下さい!」
ユーノは顔を真っ赤にしながらカーラを引き払う。どうやらそっち方面は余り経験がないのであろう。
(俺が偉そうな事言えた立場では無いけどな・・・)
見ているだけでこっちも赤面してしまった。パーティリーダーであるロンがわざとらしい咳をすると、注目した一同に向かって彼は話しかけた。
「それじゃあ、改めて各自順番に自己紹介をして貰う!まずは俺からだな・・・」
ロンから順番にそれぞれ自分の戦闘スタイルと特技を申告していった。
まずパーティリーダーのロンは片手剣と小さい盾を扱うオーソドックスな戦士職であった。パーティの前衛で攻守共に動けるそうだ。
次にワッパ。彼はその巨体を生かしたリーチの長い斧を振り回し戦士職としても立ち回れるようだが、今回はこれまた大きな盾をメインに敵の攻撃からパーティを守る守衛職として動くようだ。
この即席パーティの紅一点であるカーラは弓とショートソードを扱う戦いを得意とする。ああ見えて実は恵二と同じCランク冒険者なのだという。ロンとワッパ、カーラの3人はここ何年か行動を共にしているCランク冒険者のパーティなのだが、今回このダンジョンに挑戦するにあたり、臨時でメンバーを募集していたのだという。
ちなみにカーラは今回の探索では弓をメインに敵を殲滅する射撃職の役割を務めるそうだ。
そしてそのカーラが無理やり連れてきた青年は<探究心の館>所属の探索職だそうだ。見かけは若いが冒険者ランクも既にCであり、肝心の探索職としての腕も<探究心の館>から高い評価を受けているようだ。今回はあくまで“個人的な”探索として同行する形となった。どうやら<探究心の館>を通さずここのダンジョンを探索する行為は余りよく思われない行為なのだという。
(あいつら守銭奴っぽいもんなあ。無料では人を寄こさないって訳か)
勿論ユーノには今回同行してもらう見返りは払うのだそうだが、本来<探究心の館>を通して彼を斡旋してもらうと、それはとんでもない額を吹っ掛けられるそうだ。実入りの良い≪銅炎の迷宮≫の方ならいざ知らず、難易度が落ちる≪古鍵の迷宮≫で探索職を雇うと、余程運が良くなければ黒字にはならないようだ。
そして最後は恵二の番だ。
「ケイジ・ミツジ、Cランク冒険者です。今回は魔術職として同行させて貰いますが、一応短剣も扱えます」
「ふーん、あんたがCランクねえ?回復魔術は使えるの?」
「いえ・・・回復魔術はまだ修得していません」
「・・・君はダンジョン初めてなんだろう?それに短剣を使えるといったが付け焼刃の力量じゃあ、接近されたらお終いだろう?」
カーラとユーノは恵二の力量に疑問を感じているのかあれこれと指摘をしてきた。
「まぁまぁ。誰にでも初めてはあるさ!それに、魔術師が欲しいって言ったのはカーラだろう?」
「私は出来れば回復魔術が扱えるって付け加えたわよ。熟練の魔術師なら回復魔術無しでも構わないけど、ヒヨッコ魔術師だったら居ない方がマシよ!」
「・・・僕としても、ただでさえ実入りの少ない探索に足手まといが加わるのは御免ですね」
この二人からはどうやら酷評なようだ。色々と言い返したい気持ちを抑え込み恵二はロンの方に目を向ける。彼も恵二に一度は同行を認めた手前、板挟みになっていた。そこから更に二人を説得するのに時間を取られた恵二は出発前から気が重くなっていた。
結局二人は恵二の取り分を少なくするよう主張し、恵二が折れる形となり即席パーティは一応纏まった。
≪古鍵の迷宮≫の入口付近には受付カウンターが備わっていた。このダンジョンはエイルーン都市が所有権を有しているダンジョンである。その為入るだけでも1人10000キュールの入場料を前払いしなければならない。それとダンジョンに入る際には名前と時間を記入する必要があった。これは、ダンジョン探索中に不慮な事故が起こった場合や、ダンジョン内にいる者を市が把握する為の措置なのだという。ここでは基本10日間戻らなければ死亡扱いとみなされる。
「よし、それじゃあ入るぞ。ユーノ君頼むぞ!」
「ええ、任せて下さいよ」
ダンジョン内を探索する際の打ち合わせも簡単にだが行った。まず探索職のユーノが先頭を歩き、次にワッパ、カーラ、恵二、殿をロンといった順番で5人は突き進んで行った。先頭のユーノは全く警戒をしていないように見える。他の面子も特に気にせずどんどん奥へと進んで行く。こんなものなのかと恵二は疑問に思うも、魔物の姿が1匹も見えないのでは警戒している意味もなさそうだ。
「・・・魔物が全くいないなぁ」
恵二の疑問にロンが答えてくれた。
「ああ、1階に魔物は居ない。ここはまだダンジョンの玄関みたいなものさ。ケージ君は<回廊石碑>を聞いた事はないか?」
「かいろうせきひ?」
「そうだ。ダンジョンの1階には必ず<回廊石碑>と呼ばれる石版が設置されている。それを使用すると以前に攻略した階層まで瞬時に戻ってこれるんだよ」
ロンがそう説明し指を指した方向を伺うと、確かに巨大な石版のようなものが見えた。その前には同業者らしきパーティの姿があったが石版が輝いた瞬間、そのパーティは目の前から消失した。
「―――っ!?」
「驚いただろう?あれと同じ石版がダンジョンのあちこちにあるのだが、行った事のある石版まで任意で転移出来るのさ」
この世界ではかなり高難易度な魔術で転移が出来るという事は知ってはいたが、まさか実際にお目に掛かるとは思わなかった。
(いや、そういえばあの骸骨野郎もしていたっけ)
以前シドリスの町で交戦した骸骨の魔術師の姿を思い出した。
「やれやれ、こんな基礎知識も知らないで加わったの?先が思いやられるわね」
「おい、カーラ!」
悔しいが尤もなのでぐうの音も出ない。
「ロンさん、僕は観光ガイドをしに貴方達に加わった訳ではありません。早く先に行きましょう」
「・・・ああ、悪かった」
今のでロンのどこに責められる要因があるのかは分からなかったが、ユーノはロンを急かした。
(うーん。この二人、いちいち鬱陶しいなあ・・・)
何かとつけてはダンジョン初心者である恵二を貶め、更に同行を許したロンまでにも難癖を付けてくる。それを明らかに年上であるロンが事なかれと頭を下げ、不和を取り払おうと努力をする。
しかし二人の指摘はあながち間違っている訳では無い。命が掛かっているのだから神経質になるのも頷けるのだが、その鬱憤をぶつけられる方にとっては堪ったものじゃない。それに、その件については恵二の取り分を減らすことで合意した筈であった。
(・・・高い授業料だと思って辛抱するかぁ)
<探究心の館>での出来事で理不尽さというものに免疫ができた恵二は我慢をするという事を覚えた。それが良い事なのかどうかは分からないが、今暫くは大人しくしておこうと恵二は黙した。
お互いに不満を抱えながらも5人は≪古鍵の迷宮≫地下1階へと足を踏み込んだ。




