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・・・なんだ、これ?

「―――馬鹿な!?一体何を考えているんだ、シイーズの連中は・・・!」


「<神堕とし>の影響が出ているのはあちらも同じだろうに。何故、人同士で争うのが愚かな行為だとわからぬ!」


「あちらの使者は何と言っている!」


「そ、それが・・・。返答が全くないのです。これではまるであちらの意図が分かりませんよ」


 ハーデアルト王国の文官達は長時間にも及ぶ激論を交わすも、どう対処したものか判断を決めあぐねていた。それも無理は無い。シイーズから送られた正式な通知はたったこれだけであったのだ。


 “只今を持って貴国を我が皇国の敵性国家とする”


 最初は何の冗談かと皆が耳を疑った。皇国とはここ最近では一番の同盟国で関係は良好であり、争った記憶など遙か昔の時代まで遡る程だ。しかしそれが夢ではない事にはすぐに気付かされる事となった。


 まず始めにシイーズ間との国境が封鎖された。その直後、国境付近にシイーズの兵士が大量に防衛線を張りだしたのだ。そしてハーデアルトに滞在していたシイーズの官僚達もいつの間にか姿を眩ませていた。恐らくシイーズに帰国したものと考えられる。


 現在あらゆる手段を講じて何度もあちらに真意を問い質しているが一向に返事が返ってこなかった。一体これでどうしろというのかと王国宰相のオラウ・フォンレッソは胃痛を押さえながら頭を悩ませていた。



 そして更に状況は悪化していく。



「―――何!?小競り合いだと!?」


「はっ!我が兵の偵察部隊がシイーズとの国境付近に近づいたところ、相手方の魔術師部隊が威嚇射撃をしてきた模様であります!」


「あれ程迂闊な真似はするなと言っていたであろう!どこのどいつだ、その馬鹿共は!」


 これには普段は温厚なオラウも激怒したが、伝令兵は気まずそうにしながらも事が起こった経緯を伝えるとオラウは怒りこそ鎮めたものの、表情は更に険しくなった。


 それは不幸な事故が重なったものであった。ハーデアルトに閉じ込められたシイーズ皇国出身の商隊が、なんとか祖国に帰ろうと国境越えを企てたのだ。だが、そこへ運悪く不死生物(アンデッド)の集団が出没したのだ。そして襲われている所を王国の偵察部隊が発見し救助活動にあたった。


 だが今の情勢で、国境付近での戦闘行為は直ぐにあちらにも知れ渡る事だろう。案の定近くに待機していた魔術師部隊が現場に急行してきたのだ。しかもあろうことか、不死生物(アンデッド)を粗方片づけ終わった最悪のタイミングでだ。


 国境付近にいた王国の偵察部隊と、傷を負った皇国の商隊。それを目撃したあちらの魔術師部隊は直ぐに応戦しようと威嚇射撃を行ったのだという。不幸中の幸いにも偵察部隊から死者は出ず、無事に離脱できたようだが二国間の溝は深まるばかりだ。皇国側の態度に王国の兵士達は段々と不満を募らせている。


「・・・このままでは我が兵士達は過労で倒れてしまう!只でさえ北の奴らに戦力を割いている上に、国内に出没するアンデッド対策もしなければならん。シイーズに差し向けられる余剰戦力など残ってはいないぞ!」


「俺は兵士より先にあんたが倒れないか心配でしかたないよ、宰相殿・・・」


「この老骨の命一つで解決できるのなら安い物だよ。魔術師長殿、勇者殿達はなんと言っておられるか?」


 オラウにそう尋ねられた王国の魔術師長であるランバルド・ハル・アルシオンは頭をかきながら苦々しくこう告げた。


「・・・人とは戦いたく無いと言う意見が殆どだな。まぁ、いざとなったら動いてくれるのだろうが・・・」


「自分は反対です!彼らはあくまで<神堕とし>に対抗するべく招いた人類の希望なのです。それを戦争の道具に利用するのは彼らに対する裏切り行為です」


 真っ向から反対意見を述べたのは、王国史上最年少で騎士団長へと上り詰めたキース・グリフィードであった。彼は剣の実力もさることながら、人格者としても有名であった。当然そんな彼は年端もいかない少年少女も混じっている異世界の勇者達に人殺しをさせるのは反対だと強く主張した。


「ああ、俺も勿論アイツらに人殺しなんかさせたくはねえよ。だが、状況が許さないこともある」


「ですが―――」


「―――キース団長。その辺にしといてやれ。ランバルドも不本意なのだ」


 食い下がるキースを王が窘めた。先程まで話し合いを傍観していたルイス・ハーデアルト国王が口を開くと同時に場は静まり返った。


「諸君、色々と思う事はあるだろうが、まずは優先事項を決めていこう。キース、騎士団の務めとはなんだ?」


「はっ!王の代わりに矛となり盾となり、国民を守り抜く事であります!」


 騎士団長のキースは姿勢を正しハキハキと王に答える。


「うむ、オラウ。諸君ら文官の職務は何かね?」


「はい、王様。国民が安心して暮らせる様、秩序を保ち安寧を築きあげることにございます」


 オラウは王を敬いながら自らの使命を述べた。


「宜しい。ならば貴公らはそれを全うせよ。大事なのはシイーズの兵を排除する事では無い。国民の生活を守る事だ。それなくして国は成り立たん。オラウ宰相、直ちにシイーズ国境付近にある村や町に兵を送り王都に避難するよう民に呼びかけよ」


「はい、畏まりました」


 オラウは深く一礼をするとすぐにその場を後にし行動に移した。


「騎士団はその護衛任務と引き続き不死生物(アンデッド)の駆除に当たれ!最悪、城の警護も人員に回せ」


「それは危険です!噂では奴らの頭である深淵の杖(スカルロッド)は神出鬼没だと聞きます。それでは王が・・・」


 キースは危険だと提言するも王は首を横に振る。


「構わんよ。ランバルドには当分城の中に居て貰う。こやつをこき使うので問題ない」


「はは、こりゃ貧乏くじを引かされたかな?了解しまた、我が王」


 おどけながらもランバルドはしっかりとそれを了承する。王国最強の魔術師が護衛に着くのだ。それに疑いを持つことなどキースの辞書には存在しなかった。


「王の御覚悟、承りました。騎士団も早速動きます故これにて失礼致します」


 キースは王と魔術師長にそれぞれ一礼すると、足早にその場を去って行った。残されたのは王とランバルドの他には使用人達だけであった。


「・・・我が師よ。どう思う?」


 第十代ハーデアルト国王としてではなく、ランバルドの弟子であるルイス・ハーデアルトとして自らの師にそう尋ねた。


「間違いなく裏で糸引いてる奴がいやがる。・・・ルイスよ、今回は思ったよりも面倒だぞ?」


 ランバルドも彼を王としてではなく教え子として口を開いた。二人の仲は古く、ルイスがまだ10才の頃からランバルドは家庭教師としてお付きをしていた。その為、公の場以外で二人が気軽に話す仲なのは城内では周知なことであった。


「4回目の<神堕とし>か・・・。いっその事、魔王でも出て来てくれれば分かりやすいものを・・・」


 中央大陸で過去猛威を振るった大災厄<神堕とし>。


 一度目の災厄では国が一つ消し飛んだという。


 二度目は竜人族が絶滅した。


 三度目は魔王が魔族を引き連れ大戦が勃発した。


 正直、三度目の<神堕とし>以外は詳細な資料が少なく真実かは疑わしい。だが大きな事故が起こった事と予兆が現れたのは間違いがなさそうだ。


 その予兆というのが魔物の狂暴化と神聖魔術の効力低下である。その二つが現在確認されている以上、決して楽観視は出来ない。その為、長年集めた魔力と財を投げ打ってまで異国の勇者を召喚したのだから。


 だが、今回の<神堕とし>は未だに全容が掴めなかったのだ。


 前回の<神堕とし>の発生源は北にある魔族が蔓延る大陸に一番近いレインベル帝国領であった。魔王を名乗る一人の魔族が軍を率いて中央大陸に戦争を仕掛けてきたのだ。人族を始めとした大陸中の国や種族が一丸となってこれに対抗し、後に<抗魔大戦>と名付けられた戦争は魔王が討たれたことにより収束となった。


 しかし今回の<神堕とし>は言わば目標が無い状態であった。発生源ならある程度分かっている。間違いなく王国の北にあるラード国か更に北にあるレインベル帝国のどちらかだ。しかし両国はそれを否定し、他国の使者を全く受け入れようとはしないのだ。


 無理に調査を強行しようものなら二国との戦争にもなり兼ねない。その為今までは地道に交渉を続けていたのだが、今回はそれが完全に仇となった。


 そして更にランバルドが不審に思っていたのが他国の動きであった。


「・・・多少は動きがあると思っていた。<神堕とし>に乗じて馬鹿をやる国があるとな。だが、余りにも多すぎる!裏で暗躍して争いをけしかけている奴らがいる!しかも・・・多分そいつらは人間だ」


「<警告する者(アドゥマナターズ)>が手引きしているのではないのか?」


「奴らも動いてはいるのだろうが、決してそれだけでは無いな。魔物に乗せられて国を動かす奴なんてそうそういやしない。シイーズも世継ぎ騒動があったが、恐らく勝ち残った第二王子派の連中にこの事態を誘導させた奴がいる」


 シイーズ皇国では長年統治していた皇王が病に伏せ、代わりの後継者を決めるべく政争が行われていた。最初は第一王女クリシア派が優勢のように思われたが、最後に勝ち残ったのは意外にも下馬評であった第二皇子セイドル派であった。


 それからはあっという間であった。シイーズ皇国のかじ取りが劇的に変わっていった。セイドル皇子自身かその配下のものがこの状況を作り出したのであろう。


「・・・もしや帝国の手の者か?」


「分からねえ。だが手を拱いていても最早状況は悪くなる一方だ。・・・そろそろ決断する時だぜ?」


「ラーズ国または帝国への潜入調査、か・・・」


 窮地に立たされたハーデアルト王国は決断を迫られていた。




「あ、おはようございますケージさん」


「おはよう、テオラ」


 恵二は宿屋の娘に朝の挨拶を済ませると、共用の水場へと向かい顔を洗って目を覚ました。


「もう少しで朝食の準備が出来ますのでお掛けになって待っていて下さいね」


「随分早いんだな。助かるよ」


 冒険者の朝は早い。恐らくそれを考慮して早めに準備をしていてくれているのだろう。やはりこの宿を選んで正解であった。


 昨日と同じ席に座って料理が出来上がるのを待っていると、エントランスのドアが開かれる音がした。そちらに目を遣ると眼鏡をかけた細身の男が入って来た。


「あ、お父さん。お帰りなさい!」


「ただいまテオラ。おや、お客さんかな?」


「あ、どうもです。ケイジ・ミツジっていいます」


 どうやらこの男がベレッタの夫でありギルドに努めている家長のようだ。席を立ち軽く挨拶をする。


「これはどうも。私はこの子の父親でホルク・マージといいます。余り宿屋には居ない身ですが、どうか今後もうちを御贔屓に」


「お父さん!ケージさんは4泊もしてくれるお客様なんだよ!しかも冒険者なんだって」


「おお、そうなのかい?ケージ君もやはりダンジョンに?」


「えっと、それはですねぇ・・・」


「はい、そこまでー。料理が出来上がったからお話は後でね。さ、ケージ君。熱い内に召し上がれ。ほら、貴方も一旦着替えてらっしゃいな」


 料理を運んできたベレッタがそう急かすとギルド職員の制服姿のホルクは一旦奥の部屋へと引っ込んだ。


「ケージさん。昨日は良く眠れた?」


「うーん、寝心地は最高だったんだけど、ちょっと考え事をしていてね。少し寝不足気味かも・・・」


 その原因は昨夜読んだ新聞に書かれていた記事の内容であった。


 “東の大国シイーズ皇国とハーデアルト王国が戦争を始めた”


 確かシイーズとは魔術の研究が進んだ大国であった筈だ。北の強国レインベル帝国と隣接しているものの、魔術師部隊の練度の高さから迂闊に帝国も手が出せない国だと聞いていた。そんな国が恩人や仲間達がいる国と戦争を始めたと知らされて呑気に寝ていられるほど図太くは無かった。


(けど、俺は勝手を言って出て行った身。・・・それに、ここからだと王国は余りにも遠すぎる)


 結局どうする事も出来ずに悶々としていたらすっかり寝不足になってしまった。今日の予定はダンジョンの視察と探索職(シーカー)を育成しているという機関、<探究心の館>を見てみようかと考えていたのだが改めた。


(・・・寝不足の状態でダンジョンに行っても怪我するだけかもな。今日は片方だけにしておくか)


 この後恵二は美味しい朝食に舌鼓しながら、着替え終わったホルクとダンジョンや冒険者について語り合うのであった。




<探究心の館>

 魔術都市エイルーンでは最近できたばかりの施設で、そこはダンジョン探索に不可欠とされる探索職(シーカー)の育成を目的とした機関のようだ。現在この都市に在住する探索職(シーカー)の殆どがその機関に所属しており、後輩の育成に尽力しているのだという。


 将来色々な遺跡やダンジョン、僻地などを巡りまわりたい恵二にとって探索職(シーカー)の技術は、絶対に入手しておきたいものであった。魔術学校が中途編入を受け付けていない事は想定外であったが、それならば空いた期間にこちらを学べばいいと考えた恵二は、その館の門を開けて中へと入った。


<探究心の館>は外見上とても真新しく大きい建物であった。流石最近設立された機関なだけはある。探索職(シーカー)の殆どが冒険者ということもあって、もっと冒険者ギルドに近いイメージを抱いていた恵二であったが、中にいる者達は軽装な者が多く、受付らしきカウンターにいる人達もどこかギルド職員の制服よりこじゃれた装いであった。


 恵二はその受付らしき場所へと向かうと、受付嬢がにこやかな営業スマイルで声を掛けてきた。


「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でしょうか?」


「はい、実は探索職(シーカー)を学びに来たんですけど―――」


「―――申し訳ありません。現在講師の者は全て予約が一杯ですのでお引き取り下さい」


 受付嬢はスマイルを一転、仏頂面で冷たくそう言い放った。


「え?予約?一杯?」


「ですから、現在探索職(シーカー)の講義は行っておりません。お引き取り下さい」


 再度強い口調で帰れと告げられ恵二は呆気に取られてしまう。そんな恵二の後ろから、髙そうな装備に身を固めた冒険者風の男がやってきて受付に声を掛けた。


「今日急に予定が空いちゃって。講義の方受け付けてる?」


「これはグンダ様。ええ、大丈夫ですよ。今、丁度講師が1人空いております」


「んじゃ、宜しく。これ、今日の分ね」


「何時も多く頂いて、ありがとうございます」


 グンダと呼ばれた男は結構な額を受付嬢に渡すと奥へと案内された。その光景をポカーンと眺めていた恵二は我に返ると、すかさず近くに居た別の職員らしき男に話しかけた。


「あのー。俺、探索職(シーカー)を―――」


「―――おい、坊主。俺達は忙しいんだ。さっき彼女に説明されただろ?予約が一杯だって」


 話を途中で遮られた挙句、睨まれながら説教された。だがこちらも引くに引けない。


「いや、ちょっと待ってくれ!さっきの男は急な来訪のようじゃないか?これじゃあ辻褄が―――」


「うるせえ!才能も金も持ってねえ奴を指導する程こちとら暇じゃねえんだよ!これ以上ガタガタ抜かすと痛い目会うぞ!」


 そう捲し立てた男は恵二の身体を突き飛ばすと、恵二はそのまま館の外に追い出されてしまった。


「・・・なんだ、これ?」


 理不尽な対応に恵二は泣きたくなってきた。




(ふざけやがって!何が<探究心の館>だ!何が探索職(シーカー)の育成機関だ!)


 恵二は苛立ちながら街を突き進んでいた。今恵二が目指している場所は≪古鍵の迷宮≫と呼ばれるダンジョンの入口であった。


 魔術都市エイルーンの都市内にはダンジョンが2つ存在する。


≪古鍵の迷宮≫

 全30階層で攻略済み。魔物の脅威度こそ低いがトラップの多いダンジョン。


≪銅炎の迷宮≫

 全45階層でこちらも攻略済み。魔物の脅威度も高いが素材も良質で冒険者に人気のあるダンジョン。こちらもトラップは山ほど仕掛けられている。


 その二つのダンジョンの性質上、この街の冒険者パーティの中に必ず1人は探索職(シーカー)が居ると言っても過言ではない状況であった。


 だが腕の立つ探索職(シーカー)がそこらに転がっているかというと答えはNOだ。その為設立されたのが探索職(シーカー)の育成機関<探究心の館>であった。また機関は育成だけでなく優秀な探索職(シーカー)の斡旋も行っていた。探索職(シーカー)の存在しないパーティに高額で腕利き探索職(シーカー)をレンタルさせるのだ。


 両ダンジョンのトラップの多さから<探究心の館>は大繁盛なのだとホルクは苦々しい表情でそう語っていた。その表情の意味が今になって良く分かった。彼らはダンジョンの特性を活かして足元を見ているのだ。探索職(シーカー)という技能者の独占である。ギルド職員であるホルクが余り良い顔をしない訳だ。


(あんな奴ら、二度と頼るもんか!こうなったら俺一人でダンジョンに潜ってやる!)


 頭に来ていた恵二は冷静になりきれていなかった。普段ならそんな危険は犯さないところだが、単独でダンジョン踏破を目指すべくその入口へと足を向けた。

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