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うちにはお金が無いんだから

 この都市には新聞が発行されているようだ。日本で生活を送っていた頃にはまるで読みもしなかった恵二だが、ここ白の世界の情勢を知るのには便利であろうと試しに買ってみた。


「毎度!8000キュールだよ」


(───たかっ!)


 この世界の紙は貴重だ。新聞にそこまで質の高い紙は使われていないようだが、それにしても高い。


 心の中で文句を垂れつつも代金と引き換えに新聞を手にした恵二は今晩宿泊する宿探しをしていた。昨晩寄ったウルカトの町は宿屋が1つしか無かったが、流石は名高い魔術都市エイルーン。少し歩いただけでも幾つかの宿泊施設があり呼び込みをする者もチラホラと見かける。逆に目移りして選ぶのに困ってしまっていた。


(こうなったら次見かけた所に今晩は泊まろう。もし気に入らなかったら変えればいい)


 そう決めた恵二は近場に宿屋が無いかキョロキョロ辺りを見渡すと一件の古い建物に目がいった。そこはかなり年季が入った建物でお世辞にも見栄えがいいとは言えなかった。それでもちゃんと手入れはされているのか、汚れは見当たらなかった。


(・・・ここは、宿屋・・・なのか?)


 他の宿屋と比べると大分こじんまりとした2階建ての建築物であった。それでも辛うじて宿屋だと判断できたのは、これまた年代物の看板にこう書かれていたからだ。


<若葉の宿>


(若葉というよりかは、枯れ落ちた朽葉のようだな・・・)


 一抹の不安を覚えるも、灯りはちゃんと付いており営業はしているのだろう。排気口のような所からは煙が立ち込め匂いから察するに料理も出るようだ。野営などを経験してきた恵二にとっては雨露さえ凌げれば十分であったのだが今は懐具合にも余裕がある。もっとグレードの高そうな宿泊先にしても良かったのだが―――


(―――今日はもう疲れたし、ここでいいか・・・)


 恵二はその古めかしい宿屋の扉を押し開け中へとお邪魔した。


「あ、いらっしゃいませ!」


 とても元気の良い声で恵二を出迎えたのは、サイドテールの女の子であった。


「お客様はお一人ですか?」


 容姿を見る限りは恵二よりも年下でユリィと同じくらいの年齢であろう。親のお手伝いだろうか。この世界では少年少女も当たり前のように働いている。日本だったら労働基準法で訴えられているレベルだ。


「一泊お願いしたいんですけど、あと食事も」


「はい、当店では朝晩と食事付きで1泊8000キュールです。3日以上のお泊りですと更にお安くなりますが、いかがですか?」


 宿代を告げた少女は、更に長期宿泊で割引になると提案し、期待の籠った目で恵二を見つめた。1泊だけの料金にしても先日泊まったウルカトの町の宿代よりも安い。あそこは食事付きで10000キュール取られた。宿泊施設の多いこの都市では価格競争があるのかもしれない。ここの宿屋としても長く利用してくれるのなら多少割引をしても利益になるのだろう。


「・・・いえ、一泊でお願いします」


「そうですか、かしこまりました」


 見るからにしょんぼりとしてしまう少女を見て少し罪悪感にかられる。だが今後暫くはこの都市に泊まる予定だ。出来るだけ良い環境に身を置きたい恵二としては、宿泊先を即決するのは躊躇われた。


 少女は感情こそ表に出してしまうも、そこはプロなのだろう。すぐに切り替えると客を待たせないよう笑顔で案内を始めた。


「お部屋までご案内致します。あ、お荷物をお持ちしますよ」


「ありがとう。でも荷物くらい自分で持つから大丈夫だよ」


 流石に年下の女の子に荷物運びをさせるのは気が引けてしまったのでやんわりと断った。少女も慣れた遣り取りなのか特に気にすることなく2階の部屋まで恵二を誘導した。


「お客様、今丁度タイミング良く一番良い部屋が空いておりますよ!」


 そう言って案内された部屋は201とドアに表記された一番奥の角部屋であった。中を覗いてみると豪華とは形容しがたい部屋ではあったが1人で生活する分には狭くもなく、窓から見える景色も悪いものではなかった。確かになかなか良さそうな部屋だ。


(まぁ、ここに来るまでの部屋、全部空き部屋だったけどね・・・)


 タイミング良く空いていると謳ったのはご愛嬌といったところだろうか。


「お食事は後30分もすればできると思いますが、後でお呼びしましょうか?」


 この部屋には時計が無く恵二も持っていなかった。この世界にも時計は存在し、地球と同じく24時間で時が刻まれている。しかし時計自体が高価なもので一家に一台あれば十分裕福な部類であろう。さっき一階の受付にも古めかしい時計が設置されていた。とてもお金に余裕のあるご家庭には見えないが、宿屋の運営には必要なものなのかもしれない。


「いや、大丈夫だよ。そういえばシャワーはあるのかな?」


「はい、1階にありますけど別料金になってしまいます。・・・すみません、先にお伝えし忘れてしまいました」


 そう告げた少女は気落ちしてしまう。折角来てくれた客に騙してしまうような行為だったかと思い詰めているのだろうか。


「ああ、気にしなくていいよ。こっちが最初に聞かなかったんだし。いくらで使用できるのかな?」


「は、はい!1回800キュールです。お湯もちゃんと出ますよ!」


「それじゃあ先に使わせて貰おうかな」


「はい、ご案内します!」


 少女に案内された恵二は食事の前にシャワーで汗を流すのであった。




「はい、お待ちどおさま!」


 シャワーを流した後、購入した新聞を読みながら食堂で待っていた恵二の前に料理が運ばれていった。なかなかボリューム満点な品々であった。量だけでなくおかずの種類も豊富で、とてもではないが一泊8000キュールの宿代では元が取れないのではないかと、料理を運んできた女性に恵二は不安そうな表情を浮かべた。


「これは初回サービスって奴です。流石に毎回こんな豪勢な食事はお出しできませんよ」


 そう苦笑いを浮かべたのは20代くらいに見える女性であったが、驚くべきことに彼女は先程恵二を部屋に案内した女の子の母親だという。30過ぎには全く見えない。


「私は<若葉の宿>の女亭主をしているベレッタ・マージと言います。こっちは娘のテオラです」


 ベレッタの面影が感じられるテオラと紹介された少女が母親の後ろからペコリとお辞儀をする。


「俺はケイジ・ミツジといいます。暫くの間、宜しくお願いします」


「え?暫くって・・・」


 恵二の挨拶にテオラは疑問を投げかけた。先程恵二は彼女に一泊の宿泊だと伝えたのでその疑問も当然であろう。最初は様子見と思っていたが、部屋もシャワー室も問題ないし料理も見るからに手が込んでいた。何より清潔感があるのが高評価だ。他の宿泊客が少ないのものんびり出来て良さそうだし、初っ端から当たりを引けたようだ。もう少しここで暮らしてみて、問題無ければずっとここの宿を使う事にした。


「ええ、少なくとも4、5日くらいは滞在しようかと思いましたけど問題ないですか?」


「い、いえ!大丈夫です!部屋はいくらでも空いていますから!―――あっ!」


 パッと笑顔を見せたと思ったらうっかり余計な口が滑ったとテオラは頬を赤らめた。それを見たベレッタさんは思わず苦笑してしまうも、娘と軽くグータッチをして喜び合う。余程経営状況に困っていたのだろうか。


「それじゃあ、とりあえず4泊分でおいくらになりますか?」


「後で構いませんよ。ほら、料理が冷めたら勿体ないので先に召し上がれ」


 ベレッタさんのご厚意に甘えて今は目の前の食事に集中する。どれもこれも見たことの無い素材だが美味しそうだ。割と小食な恵二ではあったが今日はエイルーンにくるまで走りっぱなしでお腹も空いていた。その上料理が美味しいのも相まって食が進んだ。


「ふふ、やっぱり男の子はこれ位平らげちゃうわね。・・・ケージ君ってもしかして冒険者かしら?」


「―――んぐ。はい、そうですよ。分かります?」


「まあね。実はうちの主人がギルドの職員をやっていてね。昔はこの宿にも多くの若い冒険者達が利用していたのよ?」


 旦那さんの姿を見かけないと思ったが、どうやらギルドの方で働いているようだ。冒険者の活動は朝早く、日が暮れる前に戻ってくるのが当たり前だが、職員はその後の書類仕事が待っている。以前コマイラのギルド受付嬢であるレミから聞いた話だが、ほぼ24時間体制であるギルド職員の勤務時間はシフト制であり、夜間に仕事をする者も少なからずいるようだ。


 ベレッタの夫であるホルク・マージという名の職員は主に夜間勤めらしい。今もギルドに勤務中で大変そうだがその分給金もいいのだとか。


「その年齢で冒険者というのも珍しいけど、いないことはないからねえ。ここにはやっぱりダンジョン目当てかしら?」


 他に客はおらず二人は手持無沙汰なのだろうか、ベレッタとテオラは恵二の向かいの席に座り質問をする。若い冒険者の客に二人とも興味津々のようだ。


「もぐもぐ。いえ、それはついでです。エイルーンには魔術を学びに学校目当てで来ました」


「魔術学校ですか!」


 テオラは学校という単語に過剰反応をした。それにベレッタは苦笑いを浮かべながらこう語った。


「この子は以前から学校で魔術を学びたいと言っているんですよ。・・・まぁ、その為には色々ハードルがあってうちでは無理だと常々言ってはいるんですけどね・・・」


 そうベレッタが補足するとテオラはしょんぼりと下を向いてしまう。我儘を言っている自覚があるようで居た堪れないのだろう。そんな彼女を諭すようにベレッタはそのハードルとやらを述べた。


 まず魔術学校に入学する際には高額な入学金が必要である。その他にも試験を受ける際のお金に月の学費もかかる。その時点で一般市民には難問であった。


 次に入学試験だ。こちらも魔術を習う際の最低限度の知識と一般教養を求められる。魔術に関しての基本知識は以前ハーデアルトの王宮で魔術の師であるランバルドから学んでいた。一般教養に関しても国名や歴史に多少苦戦するだろうが、文字の書き読みは召喚された時の恩恵で備わっており、計算に至ってはこの世界と比較して高水準である中等教育を日本で受けていたのである。


 試験も恵二にとっては問題ないだろうが、一般市民であるテオラにとっては難関だ。ギルド職員を父に持つ彼女は読み書きや計算もある程度こなせるようなのだが、如何せん魔術の基礎を学ぶのは難しい。魔術師ギルドや図書館で学べるようだが、やはりそれにはお金が掛かるようだ。


 そして一番の問題は入学資格である“推薦”を受ける事にあった。


 これは恵二もここに来て初耳の情報であったのだが、魔術学校の入学を希望する際には誰かの推薦状が必要だというのだ。勿論誰でも良い訳では無い。推薦者は以下の者に限られる。


 ・魔術学校の成績優秀な卒業生

 ・魔術学校在学中の成績順位5位以上の生徒

 ・エイルーンと同盟関係にある貴族または王族

 ・エイルーンの市議員または市長


 この何れかの推薦状が必要だというのだ。


 最初に聞いた時恵二は“なんだそれは!?”と思ってしまった。若い才能を開花させる為の学校にそんな不公平な条件は本当に必要なのだろうか。それにこの都市が掲げている“人は皆平等”という名の下の身分撤廃にも反している。もしかしてそこら辺がアトリが懸念している学校の悪しき風習なのだろうか。


 そして残念な事にテオラには推薦をお願いできる人の当てが無かったのだ。


「・・・そのぉ。お客さんは誰かから推薦状を貰えるんですか?」


「ケージでいいよ。うん、幸運にも縁があってね」


 そこに関してはアトリから推薦状を貰える手筈だ。正確には彼の両親からだ。今晩は忙しそうで面会が出来なかったのだが、後日直接会って面通しをするとアトリは告げていた。


「そっかぁ。いいなぁ・・・」


「どっちにしろ、うちにはお金が無いんだから無理よ」


 ベレッタの言い放った言葉にテオラはすっかり消沈してしまう。なんだか可哀そうな上に凄く気まずい。自分は彼女が抱えている問題の殆どを幸運にもクリアしているのだ。


 そんな空気を察したのかベレッタは話題を変えてくれた。エイルーンに来たのが初めてだという恵二にあれこれとこの街の観光スポットや施設の案内をしてくれて、かなり参考になった。


 テオラにも次第に笑顔が戻り、あれこれとエイルーンの名所を自慢げに説明し、逆に恵二がここまで来た道のりについてもあれこれと質問をしてきた。


 こうして恵二はエイルーンで初めての夕食の時間を楽しく過ごした。




「22時には通路が完全に消灯してしまいますし、シャワーもお湯が出ません。もし緊急で用があるのでしたら1階の西側に私達は居ますので声を掛けて下さいね」


「・・・ああ、ありがとう。おやすみ」


 どうやら1階西側がマージ家の居住区らしい。女性二人きりというのも物騒ではないかと思わなくもないが、恵二は素直に頷き挨拶をする。


「おやすみなさい」


 テオラは恵二の案内を終えると1階の居住区まで戻っていった。


「・・・さて、消灯時間まで新聞の続きでも読むかな」


 食事前にさらっと大きな見出し部分だけは読み終えていた。今一番の話題はやはり<沼の竹林>の放火事件であった。市長自ら率先して事態の究明に動いているらしい。その市長こそがアトリの父親であり魔術学校入学への推薦状を貰える予定となっている人であった。


(今は忙しそうだし後日挨拶に伺おう)


 そう考えた恵二は次の記事へと目を向ける。そこでは周辺国家で起こっている紛争の情勢を伝える記事が書かれていた。一番近場だとエイルーンの北東に隣接するグラヴァール王国とその更に北にあるメルゴート自治州との戦争が注目を浴びていた。


 つい先日まで滞在していたヴィシュトルテ王国の内乱についても書かれている。どういう情報網が使われているのかは謎だが、既にヴィシュトルテのクーデターが鎮圧されていることも書かれていた。そして驚くべきことにガラード元将軍が何者かに暗殺された事も記事にされていた。


(・・・おいおい。これ本当なのか?フレイア達大変だろうな・・・え!?)


 目線を下に移していくと、そこには信じられない情報が記載されていた。それはとある国と国が戦争を開始した事を伝える記事であった。それはここエイルーンから遙か東に位置する国同士な為、扱いは小さく新聞の片隅に簡潔に纏められていた。



 その記事にはこう書かれていた。



 東の大国シイーズ皇国とハーデアルト王国が戦争を始めた、と

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