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やっぱりそうなるよね!

「武器を捨てて両手を上げろ!」


「抵抗するな、早く指示に従え!」


 訳も分からない内に衛兵たちに取り囲まれてしまった恵二は困惑しながらも大人しく指示に従った。マジッククォーツ製のナイフを鞘ごと取り外して地面に置き両手を上げる。


「よーし、その短剣を蹴ってこちらに渡せ。迂闊な真似をするなよ!」


 色々と文句を言いたかったのだが衛兵の顔にはどこか恐怖にも似た表情が見え隠れしていた。こんな状態では話しかけても取り合って貰え無さそうだとこの場は大人しく従い、自分が無害である事をアピールする事に努めた。


(・・・なんでこうなった?)


 振り返ってみても自分にやましいことは一切無い筈だ。ただ目標であった魔術都市がすぐ目の前で、嬉しさの余り猛スピードで列に掛け寄っただけなのだが、それを見た衛兵が大慌てで仲間を集めて取り囲んでしまった。


 恵二が完全に武装解除したのに満足すると、兵士の1人が代表して声を上げた。


「貴様には現在、<沼の竹林>での放火容疑がかけられている。詰所まで同行して貰うぞ!」


「―――んなっ!?」


 どうやら自分はその<沼の竹林>というよく分からない場所での放火犯と間違われているようだ。


「ちょっと待って下さい。俺は今エイルーンに来たばかりでそんな竹林行った事も聞いた事さえ無いですよ!」


「しらばっくれるな!今来たばかりだと?エイルーン行きの乗合馬車はとっくのとうに到着しているわ!」


「俺は徒歩で来たんですよ!乗合馬車には乗っていない!」


「徒歩・・・だと?貴様、どこから来たんだ?」


「・・・キマーラ共和国経由ですよ」


 これは嫌な流れであった。今まで話した事は全て事実、疑いを掛けられる言われは無かった。だが―――


「―――ならキマーラの入国許可証を持っているだろう?それを見せて貰おうか」


(やっぱりそうなるよね!)


 恵二は入国許可証を持っていた。キマーラを出る際には見せるだけで良いらしく、再入国する際に見せると若干手続きも省略されると聞いてちゃんと保管していたのだ。


 ただ問題なのは、それが他人の物だという点だ。


「どうした?さっさと見せてみろ!」


「・・・それは、捨ててしまいました」


「捨てた、だとお?」


 衛兵たちの恵二を見る目がより一層険しくなる。それも当然であろう。折角の入国許可証をそう簡単に手放す輩がいる訳が無い。苦しい言い訳であったがそれは恵二にとって苦渋の選択であった。


 仮に持っていると見せて自分が“商人のミヤです”と押し通すのもいいだろう。だが、そこで1つネックとなる部分がある。


 自分の冒険者ランク証であった。そこにはしっかりと自分の名前が刻まれてしまっている。当然この後自分の持ち物や身体検査も行われるであろうことは容易に想像がつく。その際にランク証を見られ許可証と名前の食い違いが判明すればどうなるであろうか。


 だが、それは捨てたと虚言した許可証を見られても同じであった。


(・・・最悪、許可書は燃やす!スキルを使えば一瞬で―――――)


「―――――彼は本当にキマーラから徒歩で来たよ」


 そう考えていた恵二の背後から突如子供の声が聞こえた。


 恵二が思わず振り返る。周りを取り囲んでいた衛兵たちも何事かと声の出所を振り向くと、そこには大体10才くらいの男の子が立っていた。


「―――アトリ様!」

「アトリ坊ちゃん!?」


 衛兵の何人かは男の子の事を知っていたのか少年の名らしきものを呟く。


「僕も今丁度キマーラから戻って来たんだ。間違いない、彼はキマーラで見かけたよ」


「・・・アトリ様の言うとおりで御座います。私もそこの少年の姿を目撃しております」


 アトリと呼ばれた少年の背後からは、いかにも執事っぽい恰好をした老齢の男がそう証言をした。どうやらキマーラ国内か出る際にでも自分の姿を目撃をしていたようだ。


「た、隊長。これは・・・」


「う、うーむ・・・。済まないが一応身分の証明を出来る物を見せてはくれまいか?」


 少年と執事の証言を聞いた衛兵たちは次々と矛を収め態度を一変させた。隊長と呼ばれた髭を生やした衛兵に恵二は冒険者のランク証を掲示した。


「ふむ、ケージ・ミツジ・・・Cランク!?その年齢でか・・・!」


「それなら徒歩でも不思議ではないな」


「ああ、ここら辺はよく小軍狼(リトルアーミー)荒野虎(ブラウンタイガー)が出没するが、Cランクならなんとかなるだろうしな」


 衛兵がそんな会話をし納得する。そういえば確かに走っている間に狼や虎の魔物が付いて来ていた気がしたが、運良くスキルで駆け飛ばしていた為あっという間に引き離した。


「大体どうしてこのお兄さんが放火犯だって思ったんですか?」


 恵二が先程から抱いていた疑問を代わりにアトリと呼ばれた少年が尋ねる。彼は身分が高い人間なのだろうか、衛兵の隊長を務める男はすぐに答え始めた。



 何でもそれは昨夜、エイルーンに比較的近い北にある<沼の竹林>が放火されたことから始まった。


 その竹林にはあちこちに沼があるというなんとも奇妙な竹林であったのだが、その<沼の竹林>にはもうひとつ特徴があった。


 それはそこにしか生えないと言われている沼竹草が自生しているという点だ。そのまんまのネーミングな沼竹草は錬金術で非常に重宝され薬の材料としても注目されているエイルーン名産の一つなのだとか。勿論そんな大切な草であるから自治領の方でしっかりと管理しており乱獲は禁止されている。


「そんな大事な竹林に火を放った大馬鹿者がいるのです!」


「・・・それが昨夜だって言うのなら、お兄さんは完全に白じゃないですか」


 昨晩恵二はキマーラ内のウルカトの町で宿泊していた。そこからエイルーンに向かおうとしたら通常なら二日は掛かる。恵二の脚力なら間に合わない事も無い。だがその事を衛兵が知る訳もない。


「一応お尋ねいたしますが、アトリ坊ちゃんはこの少年を何時どこで見かけたのですかな?」


 これは恵二にとって不味い質問だ。この子がどこで恵二を見かけたかはしらないが、スキルを使って猛ダッシュした所為で時間の食い違いが生じる。


(場合によっては正直に打ち明けるか。走って6時間くらいでここまで来ましたって・・・)


 どこまで信じて貰えるか甚だ疑問だが、これ以上嘘を重ねても面倒そうだと考えた。第一放火については全くの冤罪なのだから堂々とすればいいのだと考え方を改めた。


「―――お兄さんを見かけたのは1日前の夕方だよ。キマーラとエイルーン領の国境付近ですれ違ったんだ。その後僕らもちょっと寄り道しててね。まさか1日足らずで先に魔術都市に来てるとは思いもしなかったよ」


(え?昨日の夕方?夕方って俺はまだウルカトの町に・・・)


 何を思ったのかアトリという名の少年は嘘の証言を言い始めた。どこかで最近体験したような既視感を覚え始める。


「成程、つまり彼は完全に容疑から外れるようですな。・・・済まない!我々の早とちりであった。どうか許して欲しい!」


「へ?い、いや。頭を上げて下さい。俺も何だか紛らわしかったようですし・・・」


「そもそも、どうしてこの方が容疑者だと思ったのですかな?」


 次に疑問を投げかけたのは老齢の執事であった。確かに徒歩でエイルーンに近づいただけなのにここまで疑われるのはおかしいと疑問に感じていたのだ。


「それは犯人の目撃情報と一番酷似していたからです」


 どうやら火を放った犯人の姿を遠目ではあったが兵士が目撃したのだという。背格好から少年から青年くらいの年齢、髪色は夜で分からなかったが長さは肩にかからないくらい、黒っぽい服を着ていたのだという。


「・・・それって殆ど情報ないじゃないですか」


 呆れた口調でアトリがそう呟く。


「仰る通りですが、事件が起こってから魔術都市の出入りは隈なくチェックしております。徒歩で近づいてきた彼が一番最初にその条件に当てはまっていたので思わず行動に出てしまったのです」


 確かに殆どの者が馬車を利用し徒歩で出入りする者は冒険者くらいなものだ。冒険者という職業はその性質上、屈強な体の持ち主ばかりであり、恵二のような少年は珍しいのだろう。昨晩から今までその年齢帯での徒歩の利用者はいなかったのだと衛兵は説明をする。


「肝心の沼竹草はどうなったんですか?」


「はい、なんとか被害は免れましたが事態を重く見た市議会はこれを敵性行為と判断したそうです。アルバード様指揮の下、犯人の足取りを追っております」


「お父様がですか。・・・どうやら僕も他人事では無かったようですね」


 彼らの話から察するにアトリの父はこの都市でそれなりの地位にいる人なのだろう。衛兵達の態度にも納得がいった。


「ケージさん。この度はとんだご迷惑をお掛けいたしました。良かったら僕の自宅までご一緒しませんか?改めてお詫びとお話も色々としたいですし」


 それは何とも断り辛いお誘いであった。疑いは晴れたとはいえ、それはアトリの嘘の証言からであった。ここで彼が“実は嘘でした”なんて言おうものなら事態が更にややこしい事になりかねない。


「ああ、分かったよ。折角だからご同伴するよ・・・いや、ちょっと待ってくれ!」


 一旦は了承した恵二であったが、二人が馬車へ向かうのを見た恵二は顔を青ざめながらこう提案した。


「俺は歩いて同伴する。もしくは俺が馬車の操縦をする!」


「「はい?」」


 彼の馬車は既に列に並んでおり後僅かで都市の中へと入れるだろう。いくら広い都市とは言え彼の自宅までの距離もそう長くはあるまい。それでも自信を持って断言できる。


 俺は馬車酔いするであろう、と




<魔術都市エイルーン>

 中央大陸の西に位置する巨大都市である。その冠通り魔術に秀でており、魔術業界では“東のシイーズ、西のエイルーン”と言わしめた都市だ。魔術だけでなく商業も盛んで多くの人や物が出入りしている。またダンジョンも都市内に2つ存在する事から冒険者達の活動も盛況だ。


 都市内の施設も豊富で魔術学校、図書館、魔術師ギルド、冒険者ギルド、商人ギルド、錬金術ギルド、etc...。


 もう一つの大きな特徴として、ここでは身分による差が無く皆が平等を謳っている。ここは国では無くあくまで自治州であり王や貴族は存在しない。その統治を任されてるのは市民による公正な投票の上、選ばれた市議員や市長である。彼らは市民の意見に耳を傾けつつ都市政策のかじ取りを行っている。



 そんな都市の最高責任者である市長宅に恵二は現在お邪魔をしていた。


「まさかアトリがここの市長の息子さんだったとはな」


「ただの一市民の倅ですよ。気にしないで下さい」


「いやいやいや・・・」


 ここへ来る間、すれ違う人が皆この幼い子供アトリに頭を下げていた。そんな光景を見せられて気にするなと言われても無理な相談であった。口調こそ普通だが、粗相が無いように意識はしてしまう。


「この都市が身分の撤廃をしてまだそんなに時間が経っていない所為か、まだまだ浸透されていないんですよね。だからお兄さんにはなるべく普通に接して欲しいです」


「・・・努力はするよ。ところで話があるって事だけど?」


「ええ、実はお兄さんにお願いしたい依頼があるのです」


 アトリはそう話を切り出すと姿勢を正し恵二の目を真っ直ぐ見つめた。


「この魔術都市にある魔術学校に入学しては頂けないでしょうか?推薦書や学費はこちらで準備を致します。期間は最長で3年。上手くいけばもっと短い期間になりますが、如何でしょう?」


 全く予想外な提案であった。まさか元々入る予定であった学校に入って欲しいという依頼を持ち掛けられるとは思いもしなかった。


「そもそも俺は魔術学校に入る為にここに来たんだけどなぁ」


「ほ、本当ですか!?それは好都合です!」


「ちょっと待ってくれ。それと依頼を受けるのは話が別だ。まず気になるのは、どうしてそれが依頼になるんだ?」


 入学するだけという訳では無いだろう。アトリはその依頼に最長3年掛かると言った。学校の全課程修得期間は4年だと事前に聞いてはいる。一体彼は魔術学校で何をさせる気なのかが知りたかった。


「そうですね、少し急ぎ過ぎました。順を追ってお話し致します。まずはさっき衛兵に証言したことは嘘です。僕はキマーラから発ったばかりのケージさんを馬車から見かけました。それが最初のきっかけです」


 アトリは恵二に声を掛けた経緯を説明した。恵二を見かけた後馬車を飛ばして最速でエイルーンに戻った事。そこに何故か自分たちが追い越したはずの恵二が既にいて衛兵に囲まれており興味を持った事。


「そこでお兄さんを遠巻きに観察していたのですが、この人なら依頼を頼めそうだなと、そう判断しました」


「・・・分からないな。俺が放火犯の可能性もあるのにか?」


「いえ、それは無いと断言できます。実は僕、スキル持ちなんです」


 そう告白するとアトリは自身の目を指差した。


「僕のスキルは魔眼<識別>と言います。僕の魔眼はその人の言葉が本当か嘘かを見分ける事が出来るのです」


 驚いた事にどうやら目の前の幼い少年も、自分同様スキル持ちなのだという。なんでもその魔眼は相手に宿す色で真実か嘘か見分ける事が出来るのだとアトリは説明する。


「だからお兄さんが放火犯では無いという事は一発で分かりました。それと同時に卓越した能力を持っているという事も」


「成程、依頼を申し込む理由は分かったよ。それで依頼内容を詳しく説明して欲しいんだが」


「それは本当にただ入学して学生として過ごして貰うってだけですよ。ただあえて注文を付けるのでしたら、今のお兄さんらしく分け隔てなく学生生活を送って欲しいなって事ですね」


「・・・どういうことだ?」


 やけに遠まわしな言い方をしているようでアトリの意図がまるで読めない。問い質してみると少年は困ったような顔をしながらこう返した。


「先程もお話し致しましたが、この都市は身分の撤廃を行っております。ですが残念な事にまだまだ市民には浸透していないのです」


 確かに、ここに来るまでこんな幼い子供に皆頭を下げていた。執事やメイドなら雇用主と従業員という立場があり分かる気もするが、通りかかった通行人でさえ頭を垂れていた。これで身分の撤廃というのは笑い草であろう。


「そしてそれは魔術学校でも同様、いえそれ以上に酷い有様だと耳にします。彼らが学問を習得し社会に出てもきっとそれは変わらないでしょう。そこでお兄さんには学校に入って頂いてその垣根をぶち壊して欲しいのです」


「・・・それは無茶だろう」


 いくらなんでも漠然とした内容な上、1人でどうこう出来るようにも思えなかった。だがそれはアトリも承知な上で話を続けた。


「勿論そう簡単に変わるとは思っておりませんしお兄さんだけにはやらせません。実は来季入学予定の方にも何人か声を掛け同じような依頼をしているのです」


 1人では無理でも、多くの者が身分を気にせず学生生活を送っていけば悪しき風習も変化するのではないかとアトリは力説する。


「そして3年後には僕も魔術学校に入学する予定です。お兄さんはその時点で一旦契約終了とさせて頂きます。成果は問わず報酬と学費はお支払いしますし、もし僕の入学より早く身分撤廃の意識付けが出来たと判断できたらその時点で依頼達成と致します。どうでしょうか?」


 アトリの説明を聞き終えた恵二は何度も心の中で検討を重ねたが、特に自分に対してデメリットは少ないようにも思えた。


「・・・もし気が変わって途中で中退するかされたらどうする?」


「それならそれで構いませんよ。成功報酬は無しですが、それまで払った分の学費はお返ししなくても結構です」


 これで断る理由は完全に無くなった。元々入る予定だった学校の学費を肩代わりして貰える上にもしかしたら成功報酬も貰えるときたものだ。こんなおいしい依頼はそうそう無い。


「分かった。その話受けようと思う。宜しく頼むよアトリ」


「はい、こちらこそ宜しくお願い致しますケージお兄さん」


 少年二人は握手を交わした。


 これでいよいよ待望の魔術学校生活がスタートかと恵二はこの先の展開に思いを馳せた。


「よし、そうと決まれば早速学校を見学してくるかな」


「随分気が早いですねお兄さん。ですけど今は夏の長期休校中で入れませんよ?」


 どうやらこちらの世界でも夏休みというものが存在するようだ。これは完全に失念していた。


「おっと夏休み中だったか。それなら何時から学業は再開するんだ?」


 もう少しすれば9月だ。この世界の暦は1ヶ月30日で12ヶ月で1年と元居た世界とそう大差は無い。夏の長期休校と言うくらいだから8月一杯は休みで9月くらいにスタートかなと尋ねてみたが、アトリは困惑気味にこう答えた。


「えっと、それはもうすぐ再開しますけど・・・。お兄さんは来季から、つまり今度の4月からの入学ですよ?」


「え?途中で編入とかは無いの?」


「はい、こればかりはどうにもなりません」


 どうやら学園編はまだまだ先のようであった。

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