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気になる

 ヴィシュトルテの王都レアオールには、王城の他にも軍事施設である兵舎が存在する。その兵舎の地下には犯罪者を幽閉する為の牢獄が設けてある。牢獄はB1からB3までと全3下層あり、最下層である地下3階は重犯罪を犯した者達が幽閉されておりその警備は最も厳重であった。


 深夜、その最も厳重な地下3階には一人の侵入者が堂々と闊歩していた。だというのにそれを咎める者は無く、そのフロアは静かなもので侵入者の歩く音だけが鳴り響いていた。ここには何名かの収容者と複数の見張りが常時いるのだが、奇妙な事に皆眠ったかのように倒れ込んでしまっていたのだ。


 たった一人、一番奥の牢で幽閉されているこの男以外は。


「・・・こんな時間に来客か?・・・貴様、人間では無いな?」


『夜分遅くに失礼する将軍。貴殿の指摘通り我が身は骸骨の魔術師(スケルトンメイジ)だ。世間では最近<深淵の杖(スカルロッド)>などと呼ばれているようだがね』


「スカルロッド・・・?<警告する者(アドゥマナターズ)>か!」


 それは現在中央大陸の東側で騒がせているアンデッド集団の呼称であった。


警告する者(アドゥマナターズ)

 彼らは通常のアンデッドとは常軌を逸し、高い知能と恐るべき力を持っている。噂の7人の勇者でもってしても未だに討伐できていないようだ。その<警告する者(アドゥマナターズ)>のリーダーと思われる骸骨の魔術師(スケルトンメイジ)の呼称が確か<深淵の杖(スカルロッド)>だったかと将軍は情報部から聞かされていた。


『左様。実は貴殿にある提案があって今回はお邪魔した』


 目の前の骸骨の魔術師(スケルトンメイジ)は骨だけの身体で声帯が無いのか、先程から音声が頭の中に響く。念話の類の魔術のようだ。


「提案?魔物と取引をしろと?」


『否定はしない。我が主はもう一度将軍が矢面に立つことを望まれる。その為には協力も惜しまないと仰られている』


「元将軍で今はただの囚人だ。他を当たれ」


 少し前の自分なら例え悪魔との契約でも考えてしまったかもしれないなと自嘲しながらも、ガラードはその誘いを直ぐに拒んだ。


『・・・はて、聞いていた人物像と些か違うようだ。貴殿は目的の為ならば手段は選ばぬと部下に聞かされていたのだが』


「・・・ふん。その出鱈目な情報をもたらした阿呆は使えんな。さっさと処分する事をお勧めする」


 ガラードは既に諦めていた。自分の手によってヴィシュトルテを再び強国にし過去の栄光を取り戻すことを。だが、同時に希望(みらい)も見てしまった。


(あんな小娘が、まさかあそこまで化けるとはな・・・。いやはや分からぬものだ)


 せいぜい傀儡程度に使えるかと考えていた王女の存在は、気が付いたら将軍の喉元に迫っていて夢を打ち砕かれ挙句の果てに情けまで掛けられてしまった。


 まだまだこの国の情勢は予断を許さない状況ではあるが、今のところは滞りなく国の改革が進められているようだ。軍事強化も着々とされてはいるが、それは決して強引なやり方では無く、あくまで国民兵士の一人一人が自覚を持って行動している結果であろう。図らずともガラードの謀反はこの国の在り方を変えたのだ。


『貴殿の言うとおり、誤った情報をもたらした部下には後で処罰を与えんとな。だが、その前に私は貴殿の処分を執り行わなければならないようだ』


「・・・なに?」


 骸骨の魔術師(スケルトンメイジ)の薄暗い赤色の眼光が爛々と輝きを増す。


『単刀直入に言おう。私の指示に従え、でなければ貴殿の口を封じねばならん。これが最後の警告だ』


 最早提案などでは無く脅しであった。警告する者とは一体誰が名付けたのか、おかしくて笑いが込み上げてしまう。


 ガラードは王城での決選で敗北した時、既に覚悟を決めていた。自分はこの先二度と日の目を見る事は無いであろうと。故に


「―――断る。我が祖国ヴィシュトルテは魔物とは一切取引せん!」


 ガラードは祖国に殉じた。



 翌朝、兵舎とその地下牢では昏睡状態の兵士と囚人多数に、将軍の遺体が発見された。




「・・・本当に貰ってしまっていいのか?これ」


 恵二が手に持っていたのは、宿泊する際に使わせて貰った女商人ミヤとやらの入国許可証だ。キマーラを出る際にこれがあればすんなり出られるとの事でジルが持っていくようにと恵二に譲ってくれたのだ。


「ああ。ミヤは今この国には居ないからな。お前が好きに使うといいさ」


 早朝、恵二は早速エイルーンへの旅を再開しようとウルカトの町の入口に来ていた。そこには昨夜遅くまで語り合っていたジルの姿があった。彼は恵二とは反対方向でこれから東へと向かうようだ。


 彼が東へと向かう理由は依頼では無く個人的な用だとしか聞いてはいなかったが、セレネトの町がマシになりつつある事を恵二が話すと寄ってみようかなと話していた。


「本当に色々と参考になったし助かったよ」


「ああ、お前も魔術の勉強頑張れよ。それとダンジョンにも潜ってみると良い。あれは色々と為になるぞ」


「分かったよ。それじゃあ、またどこかで」


 別れを告げた恵二は町を背に西へと歩み出した。恵二の姿が遠ざかって行くのを見送っていたジルは、一言こう呟いた。


「ケイジ君。頑張れよ」


 彼はここで初めて少年の名を、正しい日本語の発音で呟いた。




 町から遠ざかった後は再びスキルを行使したマラソンの始まりだ。最西端の町とは言ってもエイルーンとの境の検問所まではそこそこ距離がある。本当はもっと飛ばして行きたかったのだが、今回は街道を外れないように走っている為、目立たない様速度は抑え目にした。この街道の先に検問所があるのだ。


(今度は入国許可証があるからな。堂々と検問所を通れるってものだ)


 万が一<色世分け>の検査があっても恵二は白の世界<ケレスセレス>の住人特有である魔力の波長に変化させる事が出来る。何も問題は無かった。


(魔術学校に探索職(シーカー)の育成機関、それに迷宮(ダンジョン)か。楽しみだなあ!)


 一刻も早くエイルーンに向かいたかった恵二は、抑える事が出来ず徐々に走る速度を増していった。




 思ったよりも早く検問所に辿り着いてしまった恵二は、早速貰った入国許可証を提示して手続きを済ませた。やはり出る時は甘いのか審査もあっという間で<色世分け>の検査すら無かった。


 ここはキマーラ共和国と魔術都市エイルーンの自治領とを結ぶ唯一の検問所というだけあってか人がそこそこ集まっていた。その殆どが行商人や外国を行き来する国仕えの者や貴族であり、中には同業者の姿もあったが皆が馬車での移動であった。


(・・・徒歩は俺だけか。こりゃ浮いてるなぁ)


 悪目立ちするのは避けたいのだが、無事キマーラも出れたことで一先ずの杞憂は去った。これで晴れて念願のエイルーン領に入ったのだが、目的の都市まではまだまだ先であるようだ。


(ここに来るまで大分スキルを使ってしまったからな。体力も戻るまでとりあえず徒歩で魔術都市を目指すか)


 魔術都市は丁度エイルーン領の中央に位置するらしい。周りは殆ど荒野で大きい都市ということで見逃す心配も無い筈だ。馬車での移動が基本であるこの辺りでは、若干周りから奇異の目で見られてしまうが、それをなるべく意識しないように恵二は西へと歩み始めた。




「・・・ねぇ。彼はなんで徒歩なんだろう?」


 行きかう馬車の中でも一際豪華なその車両の中で外の景色を見ていた幼い少年は、同乗していたメイドと執事にそう尋ねた。


「・・・すみませんアトリ様。私には全く見当がつきません」

「ふぉっふぉ。きっと持ち合わせがなかったのでしょう」


 メイドの返答はなんとなくそう答えるだろうと思っていた。彼女は仕事に関係無い事には余り自分の意見を言わないのだ。執事である爺やはちゃんと考えて言葉にしてくれるのだが、その答えはどうもしっくりこない。


「うーん。それにしては余裕そうな表情をしているし、なんだか違う気がするんだよね。うーん、気になる・・・」


「・・・アトリ様。只でさえ寄り道をされていたのですからこれ以上の時間の消費は―――」


「―――分かってるよ!うーん、でもやっぱ気になるなぁ・・・」


「ふぉっふぉっふぉ。好奇心旺盛で結構ですな。しかし、ここはマリーシャの言うとおり早くご帰宅致しましょう。アルバード様にトリッシュ様もきっとご心配されております」


 メイドと執事にそう諭され渋々了承すると、少年は御者に先を急ぐように命じた。先程外を歩いていた彼はどう頑張っても魔術都市に辿り着くまで1日半は掛かるだろうが、この馬車の速度なら今日の夕方前には魔術都市へと到着するであろう。


 馬車の主である幼い少年アトリ・ラングェンは暇を持て余さないよう到着まで眠る事にした。




 恵二は魔術都市へと続く街道を少し外れつつ歩み続けた。


「・・・よし、そろそろスキルもフル稼働できそうだ。体力も戻って来たぞ」


 これで再び身体能力を強化し続ければ、あっという間に目的地に着くであろう。


超強化(ハイブースト)!」


 別に唱える必要のない自身のスキルであったが気分の問題だ。幸い周りには見ている人もいない。恵二は脚力を強化(ブースト)させると魔術都市目指して駆けだした。その速度はそこらの馬車すらも凌ぐ速度であった。


(流石にこの速度を目撃されると騒がれるか)


 そう考えた恵二は街道からなるべく外れつつも、平行するように目的地へと駆けて行った。




 長い間駆け続け、道中スキルと体力を使い果たし休憩を挟みつつも何とか夕方前に目的地へと辿り着いた。


(―――これが、魔術都市・・・!)


 その光景はまさに圧巻であった。まず目を引くのは都市の周りを囲んでいる外壁であった。グリズワード国のシドリスの町もかなりの高さの壁であったが、ここは10メートル以上はありそうだ。だが更に驚くべきなのは、その外壁よりも高い位置にある建造物がいくつか見えている事だ。


(これは、まさに町じゃなくて都市だな・・・)


 物流も盛んなのか馬車が度々行き交っている。魔術都市を出入りできる門らしき箇所には多くの馬車が列を作っている。中には恵二のように徒歩で行列待ちをしている者もいた。恐らく同業者であろう。


(なんだ、さっきは馬車しか見かけなかったけど、徒歩の人もいるんじゃないか)


 これなら目立たなくて済むと思った恵二は、街道から大きく外れて走っていたのを止め、街道沿いに歩きながら進んで行く。意気揚々とその行列の最後尾に並ぼうと近づき、そして―――――


 ―――――守衛達に槍を突き付けられ取り囲まれてしまった。




「―――様、アトリ様。起きて下さい」


「・・・ん?もう着いたの?」


「はい、予定通り日が暮れる前に到着しました」


 少年付きのメイドであるマリーシャに起こされ寝ぼけ半分の眼を擦り軽く伸びをする。


「ふわあー。でも、到着といっても当分検査の列で並ぶんでしょう?」


 魔術都市は原則上身分というものが存在しない。建前上ではあるが“人は皆平等”の精神で営まれている都市だ。故に他国の貴族や都市の中枢を担う役員やその家族であっても、出入りの際には皆が平等に順番を守り並ぶのだ。緊急時でもない限り例外は認められない。


「そうですな。でも魔術都市の守衛達の検査は手際が良いですから、すぐ通れますよ」


「・・・でも、今日は結構人が並んでいるよ。・・・ん?」


 列は馬車用と徒歩用とで2つある。馬車用は外来用、そして徒歩用の列は都市の周辺に用がある際に許可を貰って出入りする列で、これは主に冒険者が多用する。その徒歩用の列の最後尾でどうやら問題が起こったようだ。門の守衛達が1人の少年に槍を向けて取り囲んでいる。


 少年は何か訴えているようだが守衛達の表情は険しい。恐らく野盗の疑いでも掛けられているのだろうか。だがそれよりアトリが気になったのはその少年の顔であった。それは記憶違いでなければアトリが眠りにつく前にキマーラの国境付近で見かけたあの少年ではないだろうか。


「・・・ねえ爺や。この馬車一度どこかで一泊した?」


「は?一泊、ですか?」


「うん、キマーラを出てから一晩経ったかな?」


 自分でもおかしな事を言っているなと自覚はあった。予定通りなら一泊どころか半日もかからず魔術都市に着くのだから。そして現に今、日が暮れようとしてはいるがその前にここに辿り着いている。


「ふぉっふぉ。アトリ様まだお寝ぼけになられているのですかな?キマーラからここまで6時間くらいしか経っておりませんよ」


「・・・だよね。ならどうして彼はあそこに居るんだい?」


「「彼?」」


 執事とメイドは声を重ねながら主人が指差した方向を見遣った。そこには15くらいの少年が守衛達に取り囲まれていた。


「・・・アトリ様、彼を御存じなのですか?」


 メイドのマリーシャは不思議そうに首を傾げた。どうやらさっき馬車からみた少年の顔を覚えていなかったようだ。


「彼だよ!さっき馬車で追い越した、徒歩で歩いていた人!どうして彼が僕達より先に到着しているんだい!?」


「・・・本当で御座いますな。いやはや不思議な事もあったものですな。人どころか馬車にも追い抜かれた記憶は御座いませぬが・・・」


 執事であるダニールは外で取り囲まれている少年の顔を覚えていたようで、火炎狐(レッドフォックス)にでもつままれたような表情を浮かべていた。


「・・・それにしても、彼はどうして取り囲まれているのでしょう?」


 マリーシャの疑問も尤もだ。彼が何かしでかしたのだろうか。それにしても少年一人にこの騒ぎは只事では無い。


「僕、ちょっと見て来るよ!」


「「―――アトリ様!?」」


 二人の制止も空しく、少年は馬車から飛び出るとその騒ぎの中心人物へと駆けて行った。

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