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ジルさんにミヤさん

「・・・それは事実か?」


「は、はい。信用のおけるモグラからの情報です。間違いありませんアーマイン公爵閣下」


 シキアノス公国に所属する情報官が恐る恐る報告を述べた。


 ヴィシュトルテの王都レアオールには公国から何名かの間者が潜伏していた。そのヴィシュトルテでは先日まで勇猛で名を馳せたガラード将軍のクーデターによって一時期混乱をきたしていた。その際周辺国のスパイ容疑をかけられた者達は将軍の手によって連行されたか最悪処刑された。


 シキアノスから放っていたモグラも何名か餌食にあったがなんとか全滅は避けられた。そのモグラから無視できない情報が告げられたのだ。


「ええい!何故≪双剣≫がヴィシュトルテの肩を持つ!?ギルドは我々と正面から対立するつもりか!」


 忌々しそうにそう吐き捨てた公爵は呑みかけていたグラスを壁へと叩きつけた。同室にいた情報官は気が気では無かった。機嫌の悪い公爵の下など一刻も離れたい情報官であったが仕事を放棄する訳にもいかず、なんとか穏便に済ませようと言葉を選んで報告を続けた。


「い、いえ。ギルド本部の回答はあくまでも“彼女の個人的な理由による行動である”と・・・」


「じゃじゃ馬の手綱も握れんのか、あの無能どもめ!」


 公爵の怒声は当分収まりそうにはなかった。


 シキアノス公国はその成り立ち上、隣国に位置するヴィシュトルテとは昔から仲が悪かった。お互い隙あれば小競り合いや、最近では滅多にはないが戦争が勃発する事もあった。


 今回将軍によるクーデターの報を受けたシキアノスのトップであるロバート・アーマイン公爵は、これは好機と隙あらば侵略戦争を仕掛けようかと様子を伺っていた。


 しかし内乱は意外にも早期終結し期待外れに終わった。それでも国力を衰えさせた事には変わるまいと逐一情報を探っていた矢先である。Sランク冒険者の介入という情報がもたらされたのは。


(くそ、完全にタイミングを誤った!もっと早く打って出ていれば状況が変わったものを・・・!)


 公爵も決して愚かでは無い。Sランク冒険者の恐ろしさは十分理解していた。兵士の数や騎馬隊の質には定評のあるシキアノス公国であったが、戦を左右しかねないエースの存在が皆無であった。Sランクは愚かAランクに対抗できる騎士が自分の手元にいるのかも怪しい。


(レイナードの奴ならば、もしかしたら駒を持っているやもしれぬが・・・!)


 シキアノス公国は現在2大派閥に分かれている。公国の頂点であるロバート・アーマイン公爵を中心としたマイン派とレイナード・ワードナー侯爵を軸とした最大派閥のレイ派である。


 ワードナー侯爵の下には噂だがSランク相当の駒を抱えているという話を聞く。しかし、相手はヴィシュトルテ以上に信用ならない対立派閥である。借りを作る訳にはいかなかった。


(・・・仕方あるまい。今回は他国の様子見へと切り替えるか)


 公爵は不本意ながらもヴィシュトルテ王国への侵略作戦の中断を決定した。




 魔術都市エイルーンを目指す恵二はひたすら西へと走り続けた。今日も走り続けてかれこれ数時間は経っていた。そろそろ体力の限界だったが、もう少しすれば目的地に付くと気合を入れなおして走り続けた。


 西への旅を再開した恵二であったが今回馬車に乗るのはやめた。決して馬車酔いが酷いからでは無い。乗ろうと思えば乗れるのだ。その間地獄を彷徨う羽目になるのだが。


 では馬車代が無い?そんな事は無い。レアオールでのクーデター鎮圧の褒章に遺跡調査の依頼料と懐はかなり温かかった。それでも馬車を使わないのには理由がある。


 走ってエイルーンを目指す。これは修行の一環でもあった。流石に生身のままではどれくらい掛かるか分かったものではないので適度にスキルも使用している。スキルはどうやら使えば使うほどその精度や効力も鍛えられ維持時間が上がるようだ。


 スキルで強化を続けながら走りきる。これは己の体を鍛えつつスキルも成長させられる効率の良い修行であった。


(ぶっちゃけただのマラソンなんだけどね)


 しかしスキルを使用した甲斐あってか、もうそろそろヴィシュトルテ王国の西隣であるキマーラ共和国との国境に到着しそうであった。


<キマーラ共和国>

 人口・領土共にヴィシュトルテ王国と同等の中堅に位置する歴史の浅い国家である。過去この地では多くの戦があり、国の形が多様に変化していったが最近は大人しく安定した国だと評判だ。


 ただこの国の特徴として恵二が危惧するのは、若干閉鎖的な国であるという点だ。


 流石に鎖国をしていた日本程ではないようだが、国境の検問に時間が掛かるのは当たり前で、最悪一週間待たされた挙句に許可が降りなかったという話も耳にする程だ。


 そしてなにより恵二にとって聞き捨てならない情報なのが“異世界人の入国を一切拒否している”という点だ。


 これはどうやらセオッツやサミも知らない情報であったらしく、フレイアにそれとなくキマーラ共和国の情報を伺ってみた事から分かった内容であった。


(ここまで来てそれはないだろう!)


 最初は本当にそう思い嘆いたものだ。その気になれば<色世分け>の情報など誤魔化せる恵二であったが入国手続きに時間が掛かるのは変わらない。もうエイルーンまでは後僅かであった。何せキマーラの西隣が魔術都市なのだから。


 北側のグラヴァール王国ルートで迂回するという案もあるにはあるが、あそこの国は現在さらに北にある国と戦争中だと聞いた。なんとも嘆かわしい話だ。そんな戦時中の国にはあまり近寄りたくは無かった。


(かといって南下ルートでの迂回は時間が掛かり過ぎる。だったら―――――)


 ―――――強行突破


 恵二はキマーラ共和国への不法入国を企んでいた。




 夜は正に魔物の時間であった。日の光がない森の中は更に視界も悪く、目に頼った生活を送る人族にとって夜の森はまさしく冥界に等しかった。


(流石にこんな夜中に森の中では人もいないだろうが・・・)


 念の為魔力探索(マジックサーチ)での周囲の確認も怠らない。今恵二が行おうとしているのは犯罪行為であり、絶対に見つかる訳にはいかなかった。


(まぁ既に異世界人を偽って入国している時点で俺も前科持ちだったか・・・)


 セレネトの町やヴィシュトルテ王国に入国する際には<色世分け>と呼ばれる手法で異世界人であるかチェックが行われていた。それを過去2度も恵二はちょろまかしていたのだ。


「ま、今回もバレなければ問題ないって事で!」


 そう呟いた恵二は自身の体に強化を施すと、夜の森を颯爽と駆けて行った。




 夜の時間帯ということもあってか、森を介しての不法入国は順調であった。道中魔物と遭遇したものの、精々Dランク止まりであったので悠々と撒く事が出来た。


「・・・ここらでいいかな?」


 森を抜け暫く走り続けていた恵二であったが、国境から大分離れた所で一休みをすることにした。


「今日は野宿か。よっと」


 軽く掛け声を発した恵二は魔術を発動させると、土盾(アースシールド)で簡単な作りの家を建ててしまった。入り口は一つで屋根があるだけの質素なものだ。


 その建物の中に入ると更に魔術を発動させ入口を完全に閉じた。流石に密封してしまうと窒息してしまうので、少しだけ空気穴を開けて完成だ。


(これならよっぽどの事がなければ安全だろう)


 土盾(アースシールド)製の寝床を完成させると恵二は深い眠りについた。




 キマーラ共和国に不法入国して三日目、流石に野宿を続けていたので体臭が気になりだした恵二は、どこかシャワーが完備されている宿はないものか最寄りの町を探しながら走り続けていた。魔術都市の領土まではもう少しの筈だが、その前に一度体もしっかり休ませておきたかった。


 幸い街道を見つけて走り続けていると、そこそこの宿がありそうな町を発見した。


(今日はここに泊まるか)


 そう考えた恵二はこのまま走って近づくのは不審がられるだろうと思い、徒歩に切り替え周囲の目を気にしながら町へと進んだ。




 そこはどうやらウルカトと呼ばれるキマーラの最西部に位置する町のようだ。ここより西には町は無く、後は小さな砦と検問所くらいしかないようだ。


(この町に寄って正解だったな)


 雑貨屋で購入した地図は高くついたものの、いずれか役に立つだろうと荷袋にしまうと、今度は雑貨屋の店員にお勧めされた宿へと足を向けた。


 ウルカトは小さい町で雑貨屋からあるいて1分ほどで目的の宿に到着した。この町唯一の宿のようだが、設備はしっかりしていてシャワーも完備されていると聞いていた。


「よし、ここに泊まろう!」


 宿の扉を開けると受付には恰幅のいいおばちゃんが店番をしていた。


「いらっしゃい、お泊りかい?それともお食事?」


「宿泊でお願いします。後シャワーも使いたいのですが」


「なら2階の3番の部屋がいいね。料金は7000キュール、食事付きなら10000キュールだよ」


 久しぶりにちゃんとした食事も摂りたい。それくらいで手料理まで頂けるならと恵二は後者を選択した。


「それじゃあ食事付きでお願いします」


「あいよ。それと登録証をみせておくれ」


「え?登録証?」


 なんだそれはと聞き返す恵二。


「そうだよ、国民登録証。泊まる時には必ず見せて貰ってるんだ。持ってないのかい?」


「えっとぉ、俺外国人なんだけど・・・」


 どうやらこの国では国民登録証なるものが支給されているようだ。名前から察するに国民全員が所持しているのだろうか。まるで元いた世界のようだと恵二は思った。


「ああ、なるほど。それなら持ってないね」


(良かった。どうやら怪しまれずに済んだようだ)


 そう思って安堵したのも束の間、おばちゃんは更にこう告げた。


「それなら許可証を提示しておくれ。入国許可証」


「―――え?」


 どうやら世の中そんなに甘くはなかったようだ。


「これも決まりなんだよ。面倒だろうけど出して見せておくれ」


(ま、まずい!ここで入国許可証というのを出さなければ通報される!?)


 不法入国を犯した恵二は当然そんなもの持ってはいなかった。どうこの場を穏便に乗り切るか、脳内をフル稼働させる。そんな時―――――


「―――――お、いたいた。俺を置いて先行くなよな!」


 そう声を上げて宿屋に入って来た男は、赤茶色の髪をした20代後半くらいに見える青年であった。軽装ではあったが鎧装備に帯剣もしており、いかにも冒険者か傭兵といった出で立ちであった。


 その男は入ってくるなり誰かに声を掛けているのだが、ここには現在おばちゃんと自分しかおらず二人とも困惑する。それに構わず赤茶髪の男は恵二の真横に来ると気安く肩に手を置いて語り掛けた。


「言ったろ?俺が来るまで手続きはするなって。お前の許可証は俺が預かってるんだから」


「え?」


 一体この男が何を言っているのか分からなかった。誰かと勘違いしているのかとも考えたが、困惑している恵二を余所に男はどんどん話を進めていった。


「おばちゃん、これが俺とコイツの分の許可証だ。部屋はこいつと隣でいい」


「え?ああ、ちょいと確認するよ」


 男は先程恵二がその存在に悩まされていた入国許可証とやらを二人分おばちゃんに提示してみせた。彼女はそれを確認し終えると男に返却し笑顔を見せた。


「確認し終えたよ。ジルさんにミヤさんだね。代金は二人分で2万キュールだよ」


「おいミヤ。俺の分も払っといてくれ!」


 男は恵二の肩をポンポン叩くとそう要求してきた。


(・・・どうやら助け船を出してくれた・・・のか?)


 二人分の宿泊代を支払いながら思考を巡らせていた恵二は、釈然としないもののこの場は話を合わせておくことにした。要らぬ騒ぎは御免なのだが男の意図が分からないので一応警戒はしておく。


「それじゃあこれが鍵だよ。部屋は2階の3番と4番を使いな。それとシャワーは23時までにしておくれ。それ以降は水しか出ないからね」


 この宿にはどうやら温水に変えるマジックアイテムが備わっているようだ。文明レベルは恵二のいた世界と比べると明らかに見劣りするこの白の世界だが、その分魔術で補われており私生活は割と高水準であった。これが村レベルになるとそうでもないのだが、今日は快適な夜が過ごせそうであった。


「よし、一旦俺の部屋に来いよミヤ。今後の事で説明したいしな」


「ああ、分かったよジル」


 本名かどうかも疑わしいが自称ジルと名乗った冒険者風の男の後を付いて行き、渡された鍵を使って4番と表示されたドアを開錠し中へと入る。部屋に入って二人きりなのを確認すると男は口を開いた。


「さて、いきなりでビックリしたろう?」


「・・・まぁ。でも正直助かったよ」


 あのまま許可証とやらを出さなければ、町に駐留している衛兵を呼ばれていただろう。それを考えるとこの男には恩がある。見も知らぬ男に借りを作ってしまったことに一抹の不安を感じなくもないが、まずは自己紹介とお礼の言葉からだろうと恵二は口を開いた。


「俺はケイジ・ミツジ。一応冒険者です。さっきは助けてくれてありがとうございます」


「俺も冒険者でジルって言う。冒険者同士なら敬語なんて不要だ。タメ口でかまわねえ」


「えっと、それじゃあジル。早速だけど、どうして俺を助けてくれたんだ?」


 すかさず本題に入るとジルは笑みを浮かべこう返した。


「それは宿代を節約する為さ。というのは結果論だが、俺もついさっきこの町に着いたばかりでな。そこで町に入って行く不審なお前さんを見かけてな」


「・・・不審?」


 ジルの目にはどうやら恵二は不審人物に映ったようだ。確かに不法入国しており若干警戒はしていたが、そこまでおかしな挙動をしていただろうかと問い返す。


「ああ。徒歩でこの町を訪れる輩は珍しい。その上周囲を警戒しているようにも見えた。最初は盗賊か何かかと勘ぐったんだが、宿のやり取りを盗む聞きしてすぐにピンと来たんだ。同業者の不法入国だってな」


 どうやらたったそれだけの情報でこの男は恵二の素性を見抜いてしまったようだ。しかしそれなら何故自分を助けてくれたのだろうか。宿代は奢らされたが、犯罪者である自分を衛兵にでも突き出せばそれこそ謝礼くらい貰えるのではないかと考えてしまう。


「腑に落ちないって顔してるぜ?まぁ同情ってのもあるさ。何故なら俺も以前不法入国した口だからな。この国はとにかく入国が面倒くせえ」


「もしかして、その許可証って・・・」


「いや、これはどちらも正真正銘本物さ。ミヤっていうのは俺の知り合いの女商人でな」


 そう話すとジルは2枚の許可証を恵二に渡して見せた。そこにはキマーラへの入国及び滞在を許可する旨と、その持ち主の情報が表記されていた。



 名前:ジル

 職業:Aランク冒険者

 種族:人族

 目的:冒険者活動



 名前:ミヤ

 職業:商人

 種族:人族

 目的:商品の売買



 女商人の許可証と聞いてギョッとしたが、どうやら性別までは記載されていないようだ。


(あのおばちゃんは俺をミヤって名前の商人と勘違いしているってことか)


 一泊とはいえボロが出ないように気を付けておこうと許可証の情報を心に留めて置いた。しかし、それよりも気になるのはジルの素性だ。腕の良い冒険者だとは思っていたが、まさかAランクだったとは驚きだ。だが、それより更に引っかかる事が恵二にはあった。


「なぁ。あんた以前セレネトの町で活動していた事はなかったか?」


「ああ、あるぞ。そんなに長い間は居なかったと思うがな。何せあの町は冒険者にとって少々居ずらい」


 どうやら恵二の予想は当たっていたようだ。かつてその町で活動を行っているサミにどうして冒険者を始めたのか動機を聞いてみた事があった。その時彼女は確かこう言った。


 “小さい頃ジルという名のAランク冒険者に助けて貰った”と。


 なんとも奇妙な縁ではあるが、その冒険者とは目の前の男で間違いないであろう。世の中案外狭いものだ。恵二はサミの事や彼女が語ってくれた事をジルにも話しかけた。だが残念ながらジルはその事を余り覚えてはいないようだ。


「正直、そんなイザコザはあそこではしょっちゅうだったからな。それが嫌で町を出た記憶はあるが、結果一人前の冒険者が育ってくれたのなら冥利に尽きるってもんだな」


 苦笑しながらもそう答えた。先程の宿泊の件だけでなく、セレネトでも要らぬ人助けをしていたらしく、この人もお節介の苦労人だなと思いつつも恵二は段々とこの男に魅かれていった。



 二人は夜遅くまで冒険者同士の語り合いに華を咲かせていた。

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