手紙でも書くかな
「ケージさん、生きてたんすか!?」
「ああ。・・・ていうかリアも相当酷いぞ?」
「・・・貴方には自分の姿を鏡で見ろと言いたいっす」
リアも相当手傷を負っていたが恵二には劣るであろうと自信を持って断言できた。何せ恵二の身体は傷が無い箇所を探すのが難しい程で、先程まであちこち流血していたのか血の跡が頭から下までべっとりと残っていた。
(よくもまぁ立っていられるっすね・・・)
自分も大概ではあるが、この少年の規格外っぷりには心底驚かされるなと呆れを通り越して感心してしまった。
「ば、馬鹿な!?私のゴーレムが・・・!」
「・・・あんたが将軍か?」
城の正門前で一際偉そうに立っている男の顔に恵二は見覚えがあった。確か王都の正門を塞ぐ前に恵二を仕留める様指示を出していた男だ。どうやら彼こそが今回の首謀者でありフレイアの父の敵でもあるガラード将軍であるようだ。
「・・・つまり、あんたを倒せばこの戦いも終わるんだな?」
「―――ゴーレム、アイツを排除しろ!」
将軍は護衛の為、近くに待機させていた最後の2体である銀鎧のゴーレムにそう指示を飛ばした。命令を受けたゴーレムは忠実に任務を遂行する為、少年の下へと一直線に駆けだした。
(スキルは・・・大丈夫、まだ使える!)
恵二は己の身体能力を軽く強化させた。あくまで全力と比較すれば軽くであったが、他人からすれば何かの冗談のような能力の大幅向上であった。恵二も銀鎧へと駆けだすと、あっという間に一人と二体は肉薄した。そこからは正に一息つく間も無い間の出来事であった。
まず左側の一体に恵二はお得意の腹パンを繰り出す。
ゴーレムは腹部を中心にひび割れ一瞬でバラバラになった。
更に今度は右側のゴーレムに回し蹴りを放つ。
胴を根こそぎ右足蹴りで破壊され、上下を寸断されたゴーレムは核が破壊されたのかそのまま崩壊する。
これらの動作全てが一瞬で行われた。銀鎧のゴーレム2体は命令を果たすどころか一度も攻撃をする間もなく少年の手によって粉々にされた。
「―――なっ!」
呆気にとられている将軍を隙ありと見たのか、少年は2体のゴーレムを撃破すると今度は将軍の方へ一直線に駆けだした。
余りの展開の速さに近くに居た近衛兵は全く反応出来なかった。
だが、そこへ主を守るべく黄金の守護者が再起動を始めた。
「―――!?」
恵二と将軍の間に割って入ったのは、先程城壁に吹き飛ばされ堀へと墜落した黄金のゴーレムであった。不意打ちで頭部を完全に破壊したと思っていたのだがすっかり元通りになっていた。
「ケージさん、そいつは―――」
「―――分かってる。“超強い”んだろ?」
そう返事をした恵二は油断なくゴーレムと対峙するとスキルを全開にし強化を施した。
(頭部が駄目なら腹部!全力の腹パンを喰らいやがれ!)
先程より遙かに上昇した恵二の運動能力は正に神速剛腕であった。いくらゴーレムが早かろうが恵二の拳を反応する事は叶わず、いくら丈夫であろうとも恵二のパワーに耐えきれる筈も無かった。
拳がゴーレムの腹部に突き刺さると、そのまま構うものかと恵二は右腕を豪快に振り抜いた。
直後、鈍く大きな破裂音と共に恵二の振るった拳の先は大地が抉れ、その衝撃は突風となって辺りに吹き荒れた。
そして粉々になりながらも吹き飛ばされていくゴーレムを見つめながら、将軍は以前冒険者からもたらされたとある少年の嘘のような報告の内容を思い出していた。
“拳一つで大地を抉り、木々を吹き飛ばした”
(ああ、やはりあれは真実であったか・・・)
我が悲願を目前で粉砕してみせた少年を見つめながら、将軍は己の不運と少年の規格外の強さに只ひたすらと呪うのであった。
そしてこの瞬間、ヴィシュトルテ王国の内乱は決着が着いた。
「・・・ん?どこだ、ここ?」
目を覚ました恵二は見覚えの無い一室のベッドで横になっていた。
「やっと起きたわね、英雄さん」
「・・・英雄?」
横で聞き覚えのある声がする。恵二が横になっていたベッドのすぐ隣には、サミが椅子にかけながらこちらの様子を伺っていた。
「そりゃあ、あれだけド派手に立ち回ったんですもの。王女様の支持者は皆してあんたの事を救国の英雄だって持ち上げてるわよ?」
どうやら夢の中でのんびりとしていた間に王都では面白いことになっているようだ。
「よせよ。俺はただ自分にやれることを───」
「化物ゴーレムを拳で粉砕するだなんて、あんたにしか出来ないわよ」
「・・・」
呆れたサミにそう反論され言葉を詰まらせる恵二。
「ま、それだけ喋れるならもう大丈夫そうね。起き上がれる?」
「凄い怠いし全身痛いけど、何とか・・・」
恵二はそう呟くと<超強化>で自身の治癒力を強化した。全力でスキルを行使したお蔭であっという間に気怠さが吹き飛んだ。
ベットから立ち上がった恵二は身体を動かし具合を確認した。
(うん、どうやら問題無いな。本当に便利なスキルだ)
「ちょっと、そんな急に動かしたら―――」
「ん?ああ、大丈夫。スキルで完治させた。もうどこも痛くない」
サミには恵二のスキルをばらしているので正直にそう伝えると、返ってきたのは小言であった。
「本当便利なスキルだけど、あんまり頼り切るのもどうかと思うわよ?いくら強くなろうがあんた自身は普通の人間なんだから程々になさい」
「・・・ああ。身を持って痛感したよ」
最近スキルに頼り切った戦闘が多かった所為か、少し天狗になっていた気がする。よくよく振り返ってみると今回の騒動ではかなり無茶をしていた。そして先の戦闘で痛い目を見た。
黄金色のゴーレムとのファーストコンタクトでは危うく死にかけた。戦闘中に余所見をするなど以ての外だ。剣の師匠でもあるバルディスにでも知られたら大目玉を喰らっていただろう。
(あの時スキルでの強化が間に合わなければ即死だったな・・・)
ゴーレムの攻撃が当たる直前に身体能力を強化できたのは不幸中の幸いであった。そのあと遙か後方の建物に吹き飛ばされて全身の骨が折れたような感覚と酷い出血もあったが、なんとかスキルで治癒力を高め致命傷を避けた。
ようやっと動けるようになってから痛みを我慢しつつ再び戦場へと向かったのだ。
「確かに最近スキルに頼りっきりだったからなぁ。エイルーンで魔術を学びたいが、同時に体も鍛えなおさないとな」
「ホント大した向上心ね。エイルーンには何時向かうの?」
「とりあえず内乱騒動が完全に落ち着いたらと、王城の地下にある遺跡をみせて貰う約束になってるから、それが済んだらだな。サミ達は暫くここにいるのか?」
「んー、出来れば早く帰りたいわね。正直今回出張ってきたのは冒険者の矜持を守る為、つまりお財布には優しくない依頼なのよ」
彼女曰く、さっさと本拠地のセレネトに戻って稼ぎたいようだ。
「あー、まぁ助かったよホント。サミ達がいなかったら正直やばかった」
セオッツにサミがいなかったら銀鎧のゴーレムの暴挙を何度か許していた事だろう。被害を最小限に抑えられたのは、彼らが率先して危険な相手を押さえてくれていたからだ。
心の底から感謝を述べるとサミは照れ隠しなのかこう切り返した。
「ほ、本当にそう思うなら一つ頼まれてよ。セオッツの馬鹿を早くセレネトに帰るよう説得してくれない?」
「帰りたがらないのか?」
彼も年頃の少年で好奇心旺盛な性格だ。ヴィシュトルテは遺跡やダンジョンが多いと聞く。何か興味を魅かれるものでもあったのかと尋ねる。
「あいつ、“Sランク冒険者相手にどこまで戦えるか試してみたい”って連日のように野良試合を申し込みに行っているのよ」
「ちょっと待て。色々と聞き捨てならない事が・・・。Sランク冒険者がこの町に来ているのか?それと連日って・・・。俺は何日間寝ていたんだ?」
少年の質問にサミはキョトンとした顔を浮かべるも、簡潔に答えを返してくれた。
「Sランク冒険者はあんたの知り合いでリアっていう自称行商人のことよ。んでもって、あんたは丸三日間寝込んでいたの」
「―――はぁ!?リアがSランク冒険者!?」
三日間も寝ていたという事実にも驚きだが、それよりもあの大喰らいが冒険者の頂点だということの方が大事件だ。
「ええ、間違いないわ。彼女は史上最年少でSランクに上り詰めた≪双剣≫のリアネールよ」
「・・・あいつ、何が行商人だ。名前まで偽りやがって・・・!」
「―――嘘じゃ無いっすよ。私はれっきとした行商人で、名前の方もリアというのは愛称っす。ほら、何一つ嘘は言って無いっすよ」
突如声がした方を振り向くと、いつの間にか噂の彼女が部屋の出入り口付近にふんぞり返って立っていた。
「いや、ドヤってされても隠し事をしていたのには変わらないから・・・」
「・・・てへ☆」
イラっとした恵二は半眼でリアを睨みつけながら観察した。目の前の少女とも呼べそうな外見の彼女は信じられない事にこの大陸で7人しかいない冒険者のトップランカーだというのだ。普段の彼女を知る恵二には何か性質の悪い冗談のように思えた。
「コホン。まぁ、無事に目が覚めて何よりっす。問題なければフレイア王女様がお会いしたいそうっす。平気っすか?」
「ああ、大丈夫だ。サミ、看病ありがとな」
「―――っ!偶々私が当番だっただけだけど、折角だからこの借りは何でもいいからユリィに返しなさい」
「・・・手紙でも書くかな」
そういえばセレネトを発つ際サミに、彼女の義妹であるユリィに手紙を書けと言われたことを思い出した。この国に来てからとてもではないがそんな余裕は無かった。丁度良い機会なので書いてみようかと恵二は手紙の内容を考えつつリアの後を付いていった。
「ケージさん!もうお身体の方は大丈夫なのですか?」
入室早々フレイアは恵二に具合を尋ねた。
「ああ、心配かけたな。すっかり良くなったよ」
スキルのお蔭で全く問題が無かった。むしろ彼女の方が大丈夫なのかとつい言葉に出てしまいそうであった。
思えばフレイアも可哀そうな境遇であった。突如父親を殺され自身も追手を差し向けられ、挙句の果てに国を挙げての反逆者扱いだ。
それが念願かなって親の敵である将軍の手から我が家である城を取り返したのだ。自分と同年代である少女にとっては余りにも酷であろう。よく見ると彼女の目元には隈ができていた。将軍を倒して“はい、お終い”ではない事は、流石に政治に疎い恵二にも容易に知れた。今がこの国の正念場であろう。
「ふふ、私の事が心配ですか?ご安心下さい。私、これでも今までにないくらい張り切ってるんですよ?」
どうやら恵二の考えは見透かされたようだ。彼女の発言は虚勢なのか空元気なのかいまいち判断しづらかったが、本当に危なければ周りが止めるだろうと恵二はそれ以上深入りするのを止めた。
「さて、私も一丁前に忙しい身となりましたので、早速ご用件をお話し致します」
そう告げると彼女は座ったまま姿勢を正し、少年の目をじっと見つめて口を開いた。
「この度は、我が国の窮地を救って頂きなんとお礼を述べていいのか言葉に表せないくらいです。国を代表して感謝致します。ありがとうございました、ケージ様」
どうやら今彼女は王女モードのようだ。王女の周りで警護している親衛隊一同も深々と恵二に頭を下げた。流石にそんな場でフランクに友達気分で話しかけられるほど恵二の心臓は図太くなかった。
「あ、はい。いや、俺、じゃなく、私の力だけではありません。皆さんの力と強い思いがあってこその勝利ですよ」
「ふふ、ありがとうございますケージさん。やはり堅苦しいのは苦手なようですね?」
どうやら気を使って貰ったようで彼女は再びお友達モードへと切り替わる。
「・・・慣れてないだけだよ。偉い人と話すのも、人に感謝されるのも・・・」
この世界に来るまでの自分は平々凡々の中学生だ。それが何の因果かやれ王様だ、領主様だ、王女様だのと奇妙な縁が出来てしまった。これが以前コウキのヤツが話していた主人公補正ってやつなのだろうかとおかしな方向に思い耽ってしまう。
「では、ちゃんと勉強しておくべきだと思います。ケージさんはこの先きっと多くの人から感謝されるでしょうから」
「・・・もうトラブルは御免だよ」
これは本心だ。冒険家という夢を追った上での苦労や障害は致し方ないが、不要な騒ぎに巻き込まれるのは今後も御免こうむりたい。恵二にとって戦闘行為とはあくまで目的の為の手段のひとつであって、決して戦闘中毒者などでは無いのだ。
(まぁ、最強だとか英雄願望が全く無い訳ではないが・・・)
年頃の少年であったなら一度は夢見るシチュエーションだ。全く興味が無いと言えば嘘になるが、命を賭けてまで目指すものでは無い。あくまで恵二が目指すのは冒険家だ。
「少し脱線してしまいましたね。ケージさんとはもっとゆっくりとお話しをしたかったのですが・・・」
「まぁ、まだもう少しはここに滞在してるから、息抜き程度に呼びつけてくれれば話し相手くらいにはなるさ」
「ふふ、楽しみにしておきます。ではここからはケージさん待望の本題に入らせて頂きます」
そう前もってフレイアが話す事といえば十中八九で王城の地下にある遺跡の件であろう。
「以前お約束した遺跡の件ですが、私の権限でケージさんが自由に出入りできるようになるには、もう少し時間がかかります。そうですね、後3日もあれば許可が下りるかと」
どうやらいくら王女様といってもそう簡単に許可を出せる案件ではないようだ。以前聞いた話では歴代の王を継ぐ王族にのみ入る事が許される聖域扱いらしい。それをどこの馬の骨とも知れない若造に入る許可を与えるなど、色々と問題もあるのだろう。
「・・・もしフレイアに迷惑が掛かっているようなら別に無理しなくてもいいぞ?」
「いえ、これについては無理を通します。そういうお約束ですし、それにこれは国防にも関わる問題なのです」
なんだか大層な言葉が飛び出てきたが、一体どういう事かと尋ねるとフレイアは丁寧に説明をしてくれた。
どうも例の地下にある遺跡は、既に将軍やその部下たちが何度も禁を破り踏み入れたようで、古代人形はそこから調達してきたようだ。
これらの情報は全てガラード将軍が自供して得たもののようだ。
その将軍はというと、恵二に自慢のゴーレムを粉砕された後、大人しく投降したのだという。それを見た将軍配下の兵士達の殆どが次々と投降していき、恵二が気を失って倒れた後戦況は一気に収束していったようだ。
そして恵二が寝ている間に将軍の処分も決定された。
ガラード将軍は軍位と爵位を剥奪。無期懲役の投獄となり、彼の一族は都落ちの上、田舎での憲兵監視付きでの生活を余儀なくされた。だがこれは王族を手に掛けクーデターを起こした首謀者に対してはかなりの温情判決であった。
当然これには猛反発した者達もいた。中には一族含め死罪を主張する者も少なくなかったがそれを無理やり抑え込んだのは、なんと父を殺されたフレイア王女本人であった。
「死で償うなど生易しい。彼には暗い檻の中で一生後悔して貰います」
フレイア王女がそう言うのならと、王族シンパの者達は将軍の温情判決を黙認した。
だが、これには彼女の本心は別として、簡単に将軍の首を刎ねられない難しい事情もあった。将軍のカリスマは前線で戦う兵に一定の支持があった。未だに将軍を影で支持する者や、彼と同じ思想の軍事拡大論者がいるのが現実だ。ここで安易に将軍の首を刎ねれば彼らの反発を招く恐れがあった。
故に今回の温情判決は効果があった。将軍の一族は都落ちとは言うものの、最早こんな状況で彼らは落ち着いて王都で暮らす事ができず、監視付きといってもそれは彼らの護衛も兼ねていた。フレイア王女は今回の事件に無関係な将軍の家族まで手を掛けるほど非情では無かったのだ。
更にはクーデターに加担した兵士達は、あくまで上官の命令に従った不本意な行為という建前で一切罪を問わなかった。
そういった気配りが兵士や家臣達の心を徐々に掴み始めているようで、今のところは穏やかな情勢であった。一部不満を持つ者もいなくは無かったが、それは徐々に時間をかけて解決していく他あるまい。
そんな矢先に将軍の尋問から得た情報が、地下の遺跡に眠るゴーレムの存在だ。その内容如何では、再びこの国に災いが持たされる危険性がある。すぐに調べるべきだとフレイアは考えた。
地下の遺跡は歴代の王以外は不可侵だと主張する者もいるが、既に将軍が踏み入れてその神聖は崩されつつある。後3日もあれば王族以外の調査隊を遺跡へ送る為の新たな法案が可決されるとフレイアは説明する。
「ケージさんには、是非その調査隊のメンバーとして遺跡の調査をお願いしたいのです」
フレイアは恵二に地下遺跡の調査をお願いした。




