手放してぇ
結論から言えば恵二は間に合った。
後から追跡してくるゴーレムを振り切った恵二は、正門と全く同じ動作で巨大な土盾を展開させると西門も完全に封鎖してみせた。
最後に残されたのは北にある門のみ。
急いでそこへと向かった恵二の視線の先には、なんと騎馬隊の一団が同じように北の門目指して駆けて行くのが見て取れた。
(―――!?行かせるかよ!)
恵二は自身に掛けた強化を更に増幅させる。驚異的な速さで追って来た古代人形さえも振り切った恵二の速度は更にもう一段階加速し、瞬時に北門付近に到着した。
生身の人間と鍛えられた軍馬による競争。普通に考えれば比べるにも値しない勝負であったが今回その軍配は恵二の方に上がった。
騎馬隊の先頭集団よりもいち早く北門を潜り抜けた恵二はすぐさま土盾を展開させた。
「――と、止まれえッ!」
目の前を駆けて行った少年と突然現れた巨大な壁に一瞬度肝を冷やされた騎馬隊は、それでも咄嗟に手綱を操ると自らの愛馬を緊急停止させた。
(どうやら衝突は避けられたようだな・・・)
音や声だけで壁越しの状況を推察した恵二は安堵した。相手は敵であるのだからいちいち温情を掛ける事もないのだが、一般兵はただ命令をされて実行しているだけかもしれないし馬に限っては何の罪も無い。
敵として相対するのなら容赦はしないがこれくらいの情けは別に構わないだろうと恵二は心の中で言い訳しつつも、このままこの場に留まれば外で見張りをしていて状況が全く分かっていない兵士に問い詰められかねないと考え直ぐにその場を後にした。
「な、何なんだ!?これは・・・!?」
「た、隊長、どう致します?」
「う、うーむ・・・」
部下に尋ねられ、先陣を任された騎馬隊長は考え込んでしまう。突如現れた壁は当初出撃予定であった150人にも及ぶ一団を分断してしまっていた。内側から怒声や魔術等の攻撃による騒音が聞こえるが、壁が壊される気配は今の所無い。
何時かは壊れるのかもしれないが、王女派の一団はもうそこまで迫ってきているのだ。騎馬隊長が取れる選択は余り無かった。
(西門に周って後陣との合流を図るか?いや、あちらも封鎖されているやもしれん・・・)
不幸中の幸いにも虎の子であるゴーレム5騎も取り残され外側に分断されていた。数も騎馬隊30に歩兵30と大幅に下がったが、それでも王女派と比べると数はこちらが上回っている。これで敵前逃亡をしてしまえば後世のいい笑いものであった。
「止むを得ん、このまま仕掛けるぞ!」
「はっ!」
副官にそう告げると指揮官は全兵とゴーレムに突撃指示を出した。
「よし、最低限の条件はクリアされた!」
「ケージの奴、やってくれたぜ!」
一方、王女派である親衛隊員や冒険者の一大クラン<濃霧の衛士>の者達は沸きに沸いていた。実際に恵二の規格外な魔術を目の当たりにしてきた者達も、まさかこうも巧く相手の軍団を分断できるとは、若干半信半疑の者達もいたのだ。
しかしあの幼い少年冒険者は見事に任務を全うしてみせた。ゴーレム5騎は厄介ではあったが秘策はある。こちらの数が40程に対し、あちらの兵数は50以上と多いがこれくらいは全く問題が無い。冒険者や親衛隊員達は皆実力者ばかりだ。
「いいかお前ら!あれくらいの数相手なら脱落者0で殲滅するぞ!ゴーレムは例のナイフを遠慮なく使え!その際味方を巻き込まないよう留意しろ!」
「了解!」
「おう!」
こちらへと迫りくる将軍配下の兵士達を迎え撃つべくロキは王女派の一団に指示を飛ばした。
王女派を討つべく先陣を切った騎馬隊は、速度を上げると槍を前方に突き出す形で王女派の一団へと突撃した。対魔物戦に置いては冒険者に一日の長があるものの、人同士の戦闘ともなれば周辺国を常に警戒している将軍の下、日頃訓練に明け暮れている兵士達に分があった。
しかし、それはあくまで集団戦闘の兵法に乗っ取った常識範囲内での話であり、一般的な戦術を叩きこまれた兵士達にとってベテラン冒険者達の取った行動はまさに異質であった。
「散開!」
ロキは大声でそう指示を飛ばすと、王女派はそれぞれ散り散りに広がった。まだ一度も矛を交えない内にだ。
軍属の者達は常日頃から集団行動を求められている。指揮官の指示通りに行う一糸乱れぬ集団戦闘こそが正しい戦闘のあり方であると信じて訓練に励んできた。
しかし相手は全くの真逆、冒険者達もパーティ単位で行動こそするが、そこに基本行動など無い。臨機応変な対応力こそが冒険者に求められた生きる術であった。
(―――臆したか、間抜け共め!)
だが、それを相手が騎馬隊の突撃に腰が引けた故での行動であると勘違いした指揮官は、散開しつつも逃げ遅れたのか、背を向け纏まってのろのろ走っている集団に目標を定めた。
「―――右前方の集団に突撃する!速度はそのまま保て!」
「了解!」
指揮官が指示した方向には6名程の冒険者達が鈍足な動きでこちらに背を向け逃亡していた。見るとその集団は女や子供ばかりだ。多少気が引けたものの相手は将軍に楯突き国賊である王女を擁護する愚か者達だ。それに弱い者から倒していくのは基本であり情けは無用である。騎馬隊の指揮官はまずあの6人を仕留める事に決めた。
それが罠であるとも知らずに―――
てっきり騎馬隊に恐れをなして逃げ出した間抜けな集団と侮っていたが、急に二人の女冒険者であるトリニスとサミが背後を振り返るとこう告げた。
「―――氷の嵐!」
「―――炎槍!」
それは中級魔術の炎と氷による共演であった。お互い反する属性の魔術であったが事前に打ち合わせでもしていたのか、氷塊による広範囲の魔術が騎馬隊の正面に展開されると、その範囲から逃れサイドから抜け出た騎乗兵の元に今度は炎の槍が撃ち放たれた。
「―――ぐうっ!」
「ぎゃあああああああ!」
「も、燃えてるーーー!」
氷塊が飛び交う嵐の中に踏み込んでしまった兵達は、馬上から突き飛ばされ転がりまわり、炎の槍を直撃された者はその突き刺さる高温の魔術に大声を上げてのたうち回る。
だがそれでもまだ指揮官を含む半数以上は健在であった。
「―――っく、あの女魔術師達から仕留めろ!」
殺傷能力の高い魔術を保持するトリニスとサミを先に始末するよう指示を飛ばす。だがそうはさせまいと飛び出る者達がいた。
「俺達の存在も忘れて貰っちゃあ困るぜ?」
「サミ先輩、援護します!」
サミと同じパーティに所属するセオッツと後輩のテラードもいつの間にか反転しており、正面から騎馬隊へと対峙する。しかし、いくら剣の腕が達者なセオッツでも半数以上が残っている騎馬隊に正面から戦いを挑むのは余りにも無謀であった。
「小癪な、突き飛ばせ!」
指揮官は先程の魔術を再度放つにはいくらかの時間が必要であろうと判断し、そのまま突撃を敢行する事にした。だが、彼らは正面ばかりに気を取られ完全に失念をしていた。先程散開していった冒険者達が集まってきていることを―――――
「―――っぎゃ!」
「ぐえっ!」
「な、弓兵だと!?」
突然左側から飛んできたのは弓であった。それは騎馬隊の側面に逃げて行ったリックを始めとした弓を扱う者達の攻撃であった。まさか魔術師や弓兵が前線に出ているとは思わず意表をつかれた。更にその隙をついて、今度は反対の側面からロキや親衛隊員を始めとした主戦力の者達が接近していた。
「行くぜ、野郎ども!」
「フレイア様に仇名す者達を討ち滅ぼせ!」
『おう!』
あっという間に騎馬隊は後方以外の三方面から囲まれようとしていた。機動力に優れた騎馬隊がだ。
(何時の間に・・・。信じられん!)
いきなりの魔術攻撃に、周囲の警戒を怠ったミスは否めないが、それにしても相手は逐一指示を出しているようには見えなかった。
それもその筈、冒険者達は個人又はパーティ単位で各々に裁量が任せられ行動していた。冒険者とは一見好き勝手に行動している連中のように思えるが、責任や結果は常に自身へと返ってくる。つまり各々が最善と思われる行動を取った結果が偶発的にこの包囲網を完成させたのだ。
思わぬ抵抗に苦戦を強いられる騎馬隊。しかし、あちらにも切り札はまだ存在した。
「―――ゴーレム、前に出ろ!」
騎馬隊のすぐ後方から付いて来ていたゴーレムは、そう指示を受けると恐るべき速さで迫って来た。しかもあれはただのゴーレムではない。現在の技術では作り得ない性能を宿した、失われた古代文明の遺産ともいえる存在だ。それが5体も投入されたとあってはこんな包囲網など全く意味が無かった。
数で対抗しようにもその更に後方には30にも及ぶ歩兵部隊が迫ってきている。先程までは騎馬隊の勇み足で突出したお蔭で数的有利があったものの、ゴーレムと歩兵部隊まで足並みを揃えられるとこちらの被害も免れない。
そこでロキはこちらも切り札を使うよう指示を飛ばした。
「―――ナイフ持ちはゴーレムを仕留めろ!それ以外は騎馬隊を集中攻撃だ!」
「おう、任せてくれ!」
「早いとこ、このおっかねえナイフを手放してぇからな・・・」
そう呟いたのはロイドとエイワスの冒険者コンビであった。彼らの腰には一振りの短剣が何重にも布で巻かれて備えられていた。
その短剣こそ行商人リアが提供したマジックアイテム【エンチャントナイフ】であった。その柄に取り付けられた水晶は予め魔術を込めておく事が可能で、ナイフを突き刺すと込められた魔術が発動する仕掛けであった。
現在そのナイフには恵二のスキル<超強化>で強化された魔術が内包されている。そのどれもが凄まじい威力である事はロキ達ナイフ持ちも事前に知っていた。
恵二はスキルの事は勿論伏せてはいたが、実際にどの程度使えるのかナイフを1本試し撃ちしていた。それを見ていた冒険者達は皆が震え上がった。もし万が一このナイフにうっかり衝撃を与えようものなら、所持者諸共吹き飛ぶであろうことは明白であったからだ。
手持ちのエンチャントナイフは現在全部で9本。ゴーレムといえども恐らく1体1本でお釣りがくる威力だとロキは確信している。相手はたった5体、楽勝であろう。
ロイドとエイワスを始め、ナイフ持ちは迫りくるゴーレムへと対峙した。
「これでもくらいやがれ!」
真っ先にエイワスはそう告げるとナイフを投合した。ナイフを所持する事を許されたのは信用のある冒険者で尚且つ投げナイフの命中率が高い者に選別された。その中でも特に命中率の高かった彼は自信があるようで、かなりの距離から迫りくるゴーレムに短剣を投げつけた。
ゴーレムは力こそあるものの、その行動パターンは単純であり目標へ一直線であった。故に真っ直ぐ放たれたナイフが命中するのは当然の流れであった。
着弾直後、ゴーレムの周辺に凄まじい爆音と熱量が吹き荒れた。
「―――ぐぅ!」
「―――あちぃ、もっと離れろ!」
想像以上の破壊力に冒険者達は堪らず後退する。エンチャントナイフから解き放たれた魔術は、生まれてこの方見た事も無い大規模の魔術であった。火柱は轟轟と炎と煙を巻き上げ、それに飲み込まれたゴーレムの鎧はドロドロと溶け出していく。
「・・・おいおい、嘘だろ?あれ1本でゴーレム全部やっつけちまったんじゃねえか?」
「―――い、いや、まだだ!辛うじて逃れた奴が2体いるぞ!?」
ゴーレム達は密集して迫って来たのが災いし、その大半が炎の渦へと巻きこまれたが、幸運にも辛うじてかすっただけの個体が2体抜き出てきた。だがそのゴーレムも所々鎧が熱で溶けており、なんとかギリギリ五体を保っていると表現できなくもない状態であった。
「・・・予定変更だ。あれはナイフを使わず倒せ!」
「りょ、了解!」
「うへぇ!俺、まだこのナイフ持ってないといけねえのかよ!」
ロキはボロボロのゴーレム相手ならあんな危険なナイフを使わなくても倒せると確信し、そう指示を出した。それに悪態をついたのは、危険物を手放す機会を失ってげんなりとした表情のロイドであった。
心なしかナイフ持ちの冒険者達から他の者が距離を取り始めるように見えたのは気のせいではないだろう。万が一ナイフに衝撃が与えられると水晶に秘められた魔術が暴発してしまう恐れがある。あんな魔術に巻き込まれるのは誰もが御免であった。
一方将軍派の兵士達はというと、あっという間に自分達の虎の子であるゴーレム3体を蒸発させてしまった魔術に戦々恐々としていた。あれがまさか、若干16才の少年が込めた只の中級魔術<炎の柱>であるとはまさか夢にも思わないであろう。しかもそれと同等の威力を誇る魔術を込めたナイフが後8本もあるとは知らないだけ幸運だったのかもしれない。
「馬鹿な!?ありえん!なんだ、あの魔術は!?」
「た、隊長、如何致します!?」
先程の魔術を見せられた兵士達はすっかり怯えきってしまった。あんなものを直撃されたら・・・。否、かすっただけでも消し炭と化すであろう。あれに対抗できる防御手段など持ってはいなかった。
指揮官は救いを求めるべく思わず背後を振り返るも、後ろから駆けつけている歩兵隊の速度が緩まっているように見えた。それも無理は無い。誰だって死地には自ら進みたくはない。さらにその後方の正門を見つめるも、依然壁は健在で応援が来る気配も無い。
だが、そこで突如救いは現れた。
『―――将軍に拐かされた兵士達に告げます。私の望みは唯一つ、この国の正常化です。今すぐ投降するのであれば無碍には致しません。どうか矛を収め、今一度この国の為に剣を捧げて下さい』
それは風属性の魔術で拡張された王女の呼びかけであった。王女達非戦闘員も戦場の後方でこちらの様子を常に伺っていた。先程の大規模な魔術で相手が躊躇っている間にすかさず投降するよう投げかけたのだ。
果たしてその効果はあるのであろうか。
最初の呼びかけこそ全く応じなかった将軍派ではあったが、徐々に武器を捨て投降するものが現れ出した。
「降参する。頼む、殺さないでくれ!」
「将軍に命じられて、仕方なく戦わされていたんだ!」
こちらの方が戦力で圧倒していると見るや、命欲しさに乞う者、無理やり仕方なく戦っていたと主張する者など様々な形で皆武器を置いていった。
だが中には最後まで抗った者もいた。
「ええい、恥知らずな者どもめ!逆賊に屈するとは・・・!」
「将軍閣下万歳!売国奴の王族に死を!」
それは熱狂的な将軍の信奉者であったり、又は此度のクーデターの裏で甘い蜜を吸ってきた士官であったりとこちらも理由は多様であったが少数派であった。殆どの者は投降し、最後まで抗った者は親衛隊員を始めとした王女派に討たれていった。
こうして王女派は多少の怪我人は出たものの誰一人死者を出す事無く初陣を勝利で飾った。




