どうかご武運を
現在恵二は馬車に揺られながら王都レアオールを目指していた。そんな彼には今現在、大きな問題が立ちはだかっていた。
「うぷっ、気持ち悪い・・・」
「おいおい、そんなんで本当に大丈夫か?」
「・・・大丈夫。なんとか我慢できる」
「いや、そっちじゃなくてだなぁ・・・」
そう心配そうに尋ねたのはキャリッジマークにてリアとカードゲームで勝負を繰り広げた男であった。
「お前さんがCランクの冒険者ってのも驚きだが、今回の作戦の要なんだろう?そんなんで平気かよ?」
「だ、大丈夫。馬車から降りればすぐ気分が良くなるよ・・・。それより・・・」
「ああ、言われた通りキッチリやってみせるさ。俺達を信じてくれたお前の頼みだ。任せてくれ!」
それを聞いた恵二は安心して馬車酔いとの戦いに集中をした。出来る事なら恵二自身が馬車の操縦を行いたかった。何故か自分で操縦すると全く酔わないのだ。だが、今回はそれが出来ない理由があったのだ。
(・・・運送業者に紛れて王都内に先行し侵入する!これが失敗に終わったら多くの命が失われる。絶対に成功させてみせる!)
これが恵二の狙いであった。
ロキ達を始めとした女王派の作戦は、恵二の巨大土盾による相手戦力の分断と各個撃破であった。しかしそこにはいくつかの問題があった。
一つは土盾の射程範囲。
これは通常の魔術師はほんの数メートルとされている。魔術操作の長けている恵二でさえ10メートル超といったところだろうか。その為恵二は1人で王都内に侵入し、気を見計らって門に近づき魔術を発動させる必要がある。スキル<超強化>による強化を行えば射程は延びるのだろうが、今回スキルの酷使はなるべく避けたかった。
その理由が二つ目の問題である土盾の強度である。
いくら土盾を張ってもすぐに壊されては意味が無い。だがその問題は恵二のスキル<超強化>による効果で解消できる。だが生半可な強化では多勢に無勢であっという間に破壊されてしまう。それ相応のスキル強化の振り分けが必要であろう。
そして最後の問題がどうやって王都内に潜入するかであった。
王都は現在多くの兵が集結しており、町へ入ろうとする者は厳しい検査をさせられる。そこへ他国の冒険者が入ろうものならすぐに捕まってしまうであろう。
そこをどうするか悩んでいた時に名乗り出たのが彼ら3人組のカードプレイヤーであった。
彼らの普段の職業は運送業者であったようで、馬車の扱いにも長けているとのことであった。彼らが恵二を荷物の中に紛れさせて内部に入れると提案してきたのだ。
最初は反対していたロキであったのだが、他に良い策が浮かばなかったのと潜入役の恵二の意向を汲んで渋々了承した。
「分かった。あんた達に俺達の切り札を託す。頼んだぞ!」
『おう!』
こういった経緯で男達と恵二の計4人は馬車で王都まで向かっていたのであった。
(そいえば、リアは王都に入れたのだろうか?それとも門前払いにでもなったか?それならまだマシなんだが・・・)
最悪王女達の仲間だと露見されれば捕まった上に尋問されているかもしれない。そう考えると次第に気持ちが焦りだしてきた。
「・・・坊主、そろそろ門前だ。手筈通りにいくぜ?」
「・・・ああ。問題ない」
恵二はリアの安否と馬車揺れの酷さから顔を顰めながらその王都の門を見つめ続けた。
その塀の高さは3メートル程と、以前グリズワード国のシドリスの町で見た塀程の高さは無く、流石に鎧をフル装備の兵士には厳しいだろうが、身軽な冒険者には越えられそうな高さであった。
(それだけに、冒険者ギルドの動向が気になるな・・・。もしかしたらリアもそこに・・・?)
助けたい気持ちもあるが与えられた仕事を投げ出すつもりは無い。それが結果、彼女を助ける事になるのかもしれないのだから。
馬車の速度が落ち始め、いよいよ門番と接触をするのだろう。恵二は外を観察するのを止め、外からは死角になる位置へと移動した。
「止まれ!王都に何用だ?」
馬車が完全に停止すると、ガチャガチャと音を立てながら兵士達が馬車の周りを囲んでいるのが中からでも伺えた。
「・・・おいおい、厳重なんてもんじゃねえぞ?本当に大丈夫なんだろうな?」
小声でそう心配そうに声を掛けた男に恵二はこう答えた。
「大丈夫。馬車酔いを我慢する事に比べたら楽勝さ」
男と荷車内でそうやりとりをしているうちに、どうやら検査は進んでいたようだ。
「中を調べるぞ!」
(―――よし、今だ!)
兵士が荷車後方の布扉を開けようとしたタイミングで恵二は<超強化>をMAXで使用した。それと同時に急いで馬車内を飛び降りる。
恵二は兵士達の衆目にさらされたが、最早関係がなかった。何故なら恵二の極限まで強化された身体能力は光を超す速さで動き、同じく強化された超感覚はまるで周囲の世界が止まっているかのように感じられたからだ。
(・・・今ここで俺の姿を捉えられる奴なんかいる訳が無い!)
恵二は馬車から飛び降りると、門の方へ向かって駆け出した。その速度こそ普段通りに感じられるが、これは感覚を極限まで高めている為であり、周りからは文字通り目にも止まらぬ速さで移動している。
これが恵二の策であった。
(あんましもたもたしていられない。スキルのフル稼働は3分が限界だからな・・・)
それでも最初の頃は1分しか持たなかったことを考えると大分マシになった。恵二は塀の付近まで駆け寄ると、膝を軽く折り曲げそこそこの力加減でジャンプをした。
(―――やべ、ちょっと飛び過ぎた!)
3メートルの塀に対し6メートル強は飛んでしまった。慌てて体勢を整えて塀の上に着地を決める。ここまでで大体1分。まだ2分と余裕はあるが楽観視はできない。
(次は隠れられる場所を・・・)
塀の上にはいくつかの足場があった。そこから弓や魔術、投石器でも使って敵を攻撃するのだろう。恵二はそこのひとつである足場の裏付近に目を着けた。
そのポイントへ急行すると恵二はすぐさま土盾を展開する。足場の下には多少の空間があり人目もつかない。そこに土盾を使って簡易的な隠れ家を作ろうと試みたのだ。
自身の姿が完全に隠せたのを確認すると、恵二は身体能力と五感の強化を解いた。途端に静寂が支配していた恵二だけの世界がざわめきだし、周りの時間も正常に動き出した。
(正確には俺の感覚が戻っただけなんだけどな)
何はともあれ第一段階のミッションは終了した。無事正門付近という好ポイントで潜伏する事ができたのだ。塀の上にある足場の下は、普段人が来ないところなのか少しカビ臭かった。それをなるべく自然な建造物のように土の壁で覆い、一見補強工事でもしたかのように偽装した。
(空気を入れ替えさせる小穴も開けたし場所も良い。うん、問題ないな)
耳を澄ませれば外の会話も聞き取れた。恵二を乗せた馬車での検問の様子も聞き取れた。彼らの本職は運送業者だという事もあり、積み荷も全部本物だ。異物である自分が抜け出した今、疑う要素は何一つ無いであろう。恵二の予想通り馬車は問題なく門を通過した。流石の将軍も町の生命線である物流を止めてまで籠城するつもりはないようだ。
(後は時間が来るまでひたすら休憩だな・・・)
スキルをほぼフル稼働させた反動で30分間はスキルの再使用ができない。こればかりはいくら訓練しても改善できなかった。だが、裏を返せば30分休めばまたスキルを目一杯使用できるという事だ。
(ならば、それまで出来得ることをしよう)
恵二は体を休めながらも耳を立てながら周囲の様子を伺っていた。
「・・・そろそろ時間だな。俺達も向かうぞ」
「おお!」
「よっしゃあ!」
「ええ!」
ロキの合図で王女派一行は王都へと向け歩み出した。その数は戦闘員が凡そ40、非戦闘員がその後方に5人と心許ない。だが、ただの40人では無い。その内の大半がベテラン冒険者かそれにも劣らない腕の持ち主達であった。
「ケージの奴、1人で潜入なんておいしい役貰いやがって」
「あんたじゃあ、すぐに見つかるわね」
「なんだとお?」
「まぁまぁ、お二人とも」
サミに冷たく返されるセオッツ。すかさずセオッツも反論しようとするが後輩のテラードに宥められた。
「いいか?タッフルは彼らと共にフレイア様の護衛だ。万が一の時は頼んだぞ?」
「はっ!お任せください副隊長!」
「では気合を入れるぞ!」
『はい!』
親衛隊員もいよいよ王城奪還とあってか気合充分であった。
「トリニス、張り切り過ぎて味方まで凍らせんなよ?」
「ちょ、ちょっと!私が何時そんな事をしたっていうのよ!?」
「・・・しただろう。カッツリーノが大変な目に遭ったのをもう忘れたのか・・・」
「おい、相棒。トリニスからは離れて戦おうぜ」
「そうだなロイド」
<濃霧の衛士>の冒険者達はリラックスしているのか、それとも気を紛らわせる為の虚勢か普段通りであった。
そして最後尾の馬車から顔を出したフレイアが、声を張り上げてこう告げた。
「それでは皆さん、どうかご武運を!アムルニス神のご加護がありますように」
『おう!』
『はい!』
王女派一行は王都へ向かう速度を上げた。
「おい、聞いたか?」
「ああ、何考えてるんだ奴ら?」
(・・・ん?なんだ?)
恵二が潜伏を始めてかれこれ20分くらいが経過した。スキルは未だ再使用が出来ず、恵二は大人しく周囲の情報を少しでも集めるべく聞き耳を立てていた。すると門の周辺の警護に当たっていた兵士達の様子が慌ただしくなり恵二はそちらの会話に耳を傾けた。
「まさか将軍の首に賞金を懸けるなんてなあ・・・。アイツら馬鹿なんじゃないのか?」
「ああ、これで冒険者ギルドはお終いだろう。今のギルド長ってあのおっさんだろう?一体何を考えているのやら・・・」
(―――ギルドが将軍の首に懸賞金?)
一体これはどういった事態であろう。てっきりロキ達王女派の動向を掴んだといった内容の会話だと思いきや、とんでもないことを聞いてしまった。
(あれ?だって冒険者ギルドって将軍の手先なんじゃあ・・・。王女の首に懸賞金を懸けたのもギルドの筈だ。なんで両サイドを敵に回す様な真似をする?)
だが妙な会話はこれだけでは終わらなかった。
「おい、聞いたかよ!ギルドの懸賞金の話―――」
「知ってるよ、おせえなぁ。ギルドが将軍の首にも懸賞金を懸けたんだろう?」
「いや、それもそうなんだが王女の首の懸賞金は間違いであったと取り下げたらしいぞ?」
『・・・え?』
(・・・え?)
思わず外の兵士達と恵二の思いがシンクロしてしまう。
(・・・ということは、ギルドは完全に王女側になったってこと、なのか?)
どういった経緯でこうなったのか分からない恵二にはなんとも判断し辛い内容であった。更に兵士達の会話はヒートアップする。
「・・・おいおい。それってギルドも俺達の敵ってことだよな?これって大丈夫なのか?」
「まぁ問題ないんじゃねーか?王女派の冒険者も少ない訳だし、元々こっちについていた冒険者の連中は金目当ての奴らだが、命知らずじゃねえ。将軍の首狙うったって命と比べたら、なあ?」
「・・・それがそうでもないんだ。額がとんでもねえんだよ。ゴニョゴニョ・・・」
「はあっ!?10億キュールだって!?王女に懸けられた金額の10倍じゃねえか!?」
「それだけありゃあ一生遊んで暮らせるんじゃ・・・」
「だろう?だから無茶やる馬鹿が出始めてるって話だぜ」
「・・・でも、流石にそれって嘘だろう?王女派の陰謀なんじゃないのか?」
「いや、どうもマジらしい。なんでもどっかの行商人が資金提供しているらしいぞ」
(どっかの行商人・・・)
それを聞いた恵二の脳裏に真っ先に浮かんだのは、腹ペコ少女の姿であった。
「出た。それ絶対嘘だろ?なんで行商人なんだよ?そこは大商会とか貴族様とかじゃねーのかよ?」
「う、うるせえな!実際にそれで騙されて加担している馬鹿がいるんだよ!」
「おい、お前達!騒がしいぞ!」
『ハッ!』
どうやら彼らの上官が来たようだ。会話はここで終わりであろう。
(それにそろそろロキ達が発見される時間だ。忙しくなるぞ・・・!)
そう考えた恵二であったが、声だけ聞こえてくる兵士達の会話はまだ続いていた。
「お前とお前!すぐに西地区のAポイントへ向かえ!」
「は?自分たちでありますか?しかし、ここの警護が・・・」
「将軍は此度の騒動に大変お怒りである。例の馬鹿共を一刻も早く始末しろとのご命令だ」
「そ、それじゃあ冒険者ギルドを?」
(―――何!?)
なんだか話の流れが妙な方向に向かって行った。
「すぐに余分な兵士を集めてギルドを制圧する。分かったな!」
『ハッ!』
(・・・これは好機なのか?それとも・・・)
恵二は迷っていた。思わぬギルドの方針転換とそれによる内部の兵士達や冒険者達の動き。これは王女派にとっては間違いなくチャンスであるはずだ。
(だが、もしかしたらこの件にリアが関わっているのかもしれない。だとすると・・・)
現在将軍の第一目標はそのギルドとなっている。そこに彼女がいるのだとしたら大変危険な状態だ。しかし、恵二は持ち場を離れるわけにはいかなかった。
(―――駄目だ!敵の分断は俺にしかできない。替えがきかない大事な役目だ。全てはそれを終えてからだ!)
覚悟を決めた恵二はまだかまだかと時を待つ。既にスキルは再使用が可能な状態に回復している。そして―――
王都の見張り台から敵襲を知らせる鐘が、恵二にとっては味方の来訪を告げる鐘が鳴り響いた。




