どうよ、うちのケージは?
拝啓ケージ様、フレイア様
お元気ですか?お体は悪くされてはおりませんか?ちゃんとご飯は食べておりますか?
ちなみに私は腹ペコです。
昨晩食べた霧鳥の唐揚げは、とてもジューシーで大変美味しかったです。
それとケージさんが教えてくれた焼き鳥という料理もとても斬新で食欲をそそられます。
でも最近ちょっと野菜や果物が不足しがちですのでメニューの改善を要望します。
ああ、それと大事な要件を伝え忘れておりました。私、どちらかというと薄味の方が好きなので────
クシャッと手紙を握りしめたロキはこう呟いた。
「食べ物の事しか書いてねえじゃねーか!」
彼はリアの手紙を半ばまで読んだところでそう叫んだ。流石Aランクにもなると、ちゃんと文字も読めるようだ。
「まぁまぁ。気持ちは分かるが最後の方だけ読んでみてくれ」
恵二はロキを宥めながらそう促すと、彼は握りつぶした手紙を広げ、再び最後の方だけ目を通した。
そこにはこう書かれていた。
“追伸 ちょっと冒険者ギルドまで行ってきます。期待して待っていて下さい”
「一番重要な事をついでのように書くな!!」
ロキは急に頭痛がしてきたのをなんとか抑えながらもそう叫んだ。一体彼女は何を考えているのか、全く理解不能であった。
「ギルドって、やっぱレアオールのギルドの事だよなぁ?」
「ノコノコ行っても捕まるんじゃねえのか?」
「いや、あの娘は確か商人ギルドの所属だって話だぜ?俺達と一緒だって情報が伝わって無いのなら平気なんじゃあ・・・」
周りはあれこれと彼女の真意を議論するも、誰もリアの事を詳しくは知らなかったらしく、中にはこんな意見も出てきた。
「アイツ、もしかして王女様を売る気じゃないのか?」
「それで居場所を報告しにギルドへ!?」
「そんな!リアさんはそんな事をする人ではありません!何かきっと事情があるのです」
リアを疑ってそう発言した者達に、フレイアはそんな事を彼女はしないと訴えた。
(事情、か・・・)
恵二はこの中では恐らく一番リアについて詳しい人間だ。フレイアもよくリアと会話をしていたが、専ら料理に関しての話題が殆どで、彼女が<幸運>のスキル持ちだということさえも知らない筈だ。
(そもそもリアはギルド長と会いに来たって言っていたなぁ。・・・何か算段でもあるのか?)
もしかしたら彼女はギルド長と会ってフレイアの首に懸かった賞金を取り下げるよう交渉しにいったのではないだろうかと考える。
しかし、それは余りにも無謀であった。現在レアオールのギルドは完全に将軍の支配下に置かれているようで、リアやロキが慕っているギルド長のメルシアは将軍の傀儡となっているか、最悪拘束されているか殺されている可能性さえもあるのだ。
皆がリアの失踪について議論していると、また一人冒険者が慌てた様子でこちらへと駆け寄ってきた。
「―――すまねえ、ロキさん!近くを通った奴らに姿を見られちまった。どうやら賞金の話を聞きつけて王女様を探し回っていた者達のようだ」
「―――なんだと!?逃がしたのか?」
「二人捕まえたが、もう一人いた奴には逃げられちまった!30くらいの男だ。冒険者や軍属じゃなく多分一般人だと思うが、意外に足が速くて・・・」
そうまくし立てて報告した冒険者は、男が逃げた方向を指差す。霧が立ち込めた上にここはちょっとした深い森であった。そんな場所で数分前に逃げた男を探すのはほぼ不可能に近かった。ある者を除いては―――
「―――ケージ、頼む!」
「頼まれました!」
ロキの台詞を予想していた恵二は元気よくそう答えると、身体能力を強化してまずは冒険者が男を見失ったと指差した場所へと急行する。
スキル<超強化>で脚力も強化された恵二は、物凄い速さで霧が立ち込めた森の合間を抜けていく。道中他の冒険者二名が二人の男を取り押さえている場面に出くわした。
(あれがさっき言っていた捕まえたって奴らか?)
冒険者の顔には見覚えがあったが、取り押さえられている者達は地に顔を伏せておりよく見えなかったが、今は兎に角逃げたもう一人の男を優先しようと恵二はスピードを緩めずその4人の横をすり抜けた。
(・・・そろそろ使うか。魔力探索を強化!)
スキルで強化された恵二の索敵範囲は凡そ700M~800Mと広範囲であった。恵二は男が逃げたという方向にあてずっぽうに駆け回っては魔力探索を放っての繰り返し作業を行う。
そしてその作業を開始して僅か1分足らずで、逃走したと思われる男の反応を捉えた。捕捉さえしてしまえばもうこちらのものであった。
確かに男の速度は平均より速いのであろうが、身体能力を大幅に向上された恵二の前では歩いているようなものであった。その姿を見つけると、恵二は瞬間的に脚力を強化しあっという間に男の目の前に躍り出る。
男からすると、まるで少年が転移魔術か何かで突如現れたかのように見えたようで、慌てふためきながら急停止した。彼も走り続けで限界であったのだろう。肩を大きく上下させ息を整えながら、突然現れた追撃者を怯えた目で見つめた。
「えーっと、・・・とりあえず話し合おう!」
追い付いたはいいのだが、その後の事を全く考えていなかった恵二はどうしようかと考え、ついそう口にしてしまった。先程通り過ぎた冒険者達のように問答無用で捕まえてしまった方が良かったのだろうかと思いがよぎる。
だが、この男は偶々森の中を通っていた一般人まだけかもしれない。そんな人にいきなり危害を加えるのもどうかと躊躇ってしまったのだ。だが、恵二のその台詞は男を恐怖状態から一旦落ち着かせるのに一役買ったようで、男は息が整うとこう口を開いた。
「・・・ハァ、ハァ。・・・!?坊主はあの時の・・・!」
「あれ?どこかであったような・・・」
男は恵二の事を知っているようで、恵二もこの男に見覚えがあった。後ちょっとで思い出せそうなのになかなか出てこない。逆に男の方はキチンと覚えていたようでこう語りかけた。
「ほら、覚えてねえか?キャリッジマークの酒場で紫色のツインテールのお嬢ちゃんがギャンブルをしてた時―――」
「―――ああ!あの時横でルールを解説してくれたおじさんか!」
そうだ、と男は頷いた。
以前リアが宿代を稼ぐ為にキャリッジマークの酒場で男とカードで賭け事をしたことがあった。その際ルールがよく分からない恵二の横で観戦していた男が親切に教えてくれたのだ。
「いやあ、驚いたな。まさか坊主とこんな場所で再開するだなんて・・・」
「・・・全くだよ。・・・で、おじさんはどうしてこの森に?」
確かに恵二は彼にはちょっとした借りがあった。しかし事が事だけにそのまま男を見逃す訳にはいかなかった。恵二がそう問い詰めると、彼はさっきまでの明るい態度を一変させて口をどもらせた。
「そ、それは、そのだなぁ・・・」
男はとても言いにくそうに困り果てた顔をした。このままでは埒があかなそうなので、恵二は助け船を出すことにした。
「ハァ。おじさん、王女様の賞金目当てだろう?俺は王女様に顔が利く。今回の事を正直に話して誰にもここで見た事を話さないと誓ってくれるなら、あんた達に危害を加えないように俺から口添えしてやれる。でないと護衛をしている立場上、俺はおじさんを捕まえて差し出さなければならない」
恵二はそう脅しとも救済とも取れる説得をした。ちょっとしたアメと鞭の応用である。
自分の半分くらいの年齢の少年にそう説得された男は、逃げ足は達者でも腕っぷしには丸っきり自信が無かったようで、すぐに諦めたのか大人しくその提案を受ける事にした。
「・・・すまねえが他の二人も助けてやっちゃあくれねえか?2人ともあの時お嬢ちゃん達とカードをしていた連中さ」
どうやら先に捕まえた2人の内1人はリアが負かした男であったようだ。恵二と男は直ぐに掴まった二人の元へと向かい冒険者達と合流すると、そのまま3人の目撃者を連れ添ってロキ達の元へと戻った。
「・・・成程。お金欲しさに目が眩んで森を探っていたら偶々俺達を見つけちまったと」
「ええ、そうです・・・」
捕まえた3人は普段はキャリッジマークで働いている一般人のようで、偶々今回の王女の懸賞金の話を聞きつけて、一獲千金を夢見て森の中を探し回っていたようだ。だがその腕の方はというとからっきしだそうで、魔物を見つけたら即逃走。万が一王女一行を見つけても報告だけしてとんずらしようと考えていたようだ。
「やれやれ、無謀な奴らだ・・・」
ロキはそう溜息をついたが、親衛隊副隊長を務めるオーランドはそれだけでは済まなかった。
「貴様ら!王女様に仇を為すとは、それでもこの国の者か!恥を知れッ!」
「「「も、申し訳ございません!」」」
オーランドに叱咤されると3人は地面に額を着け土下座で謝罪した。そこへ、今回の騒動の中心というべき王女フレイアが口を開いた。
「もう良いでしょう、オーランド。この3人も将軍の謀に乗せられて、少し欲にかられただけでしょう。怖い思いもしたでしょうし、ここら辺で許してあげて下さい」
彼女も大概甘いなと恵二は自分の事を棚に上げてそう思った。下手をすれば自分の身に危険が迫っていただろうに、それを少しのお説教で許すと言うのだから心が広い。尤も事前に恵二が軽い罰で許してやって欲しいと口添えをしていたのにも原因があった。
「しかし・・・。いえ、分かりました。フレイア様がそうおっしゃるのでしたら」
オーランドもそれ以上は責める事をせず、後はこの3人の処遇をどうしようかと議論が始まった。
「まず前提として、この件が終わるまでこいつ等を町に返す訳にはいかないよなあ?」
それは当然であった。ここで彼らを見逃して万が一報告でもされたら笑えない。流石にそれ程王女も甘くは無かったようで、それには同意した。では逃げないように掴まえておくのかと意見が出たが、それはそれで労力がかかる。そこで、恵二はある提案をした。
「お金で雇うのはどうだ?この人達がフレイアを探していたのも金が目的だろう?賃金を与えてこちらに味方して貰うってのは?」
「でもなあ・・・。悪いがいまいち信用できねえ。それに戦う方はからっきしなんだろう?」
「・・・はい。喧嘩くらいしかしたことがないです。魔物や兵士相手に戦うだなんて、とてもじゃないが無理です」
味方にするには力不足な上、信用できるかも怪しい。だが彼らの行動を見張っていたり軟禁しようとしても労力がかかる。かといってひと思いに始末する程ロキ達は野蛮ではなかった。
「・・・仕方ねえなあ。とりあえずお前たちは暫く一緒に行動して貰う。だが、タダ飯食わすほどうちに余裕は・・・。そういえば燃費の悪い奴が一人いなくなったんだったなぁ・・・」
ロキの台詞にハッとなったフレイアはリアの事を思い出したのか慌てて声を上げた。
「そ、そうです!リアさんをすぐに助けなくては!ケージさん、今度はリアさんを追いかけてはくれませんか?」
フレイアはあっという間に目撃者の3人組を捕まえた恵二の手腕を期待して、リアも連れ戻して欲しいと頼んだのだが、それにロキは待ったをかけた。
「王女様、それは勘弁してくれ。リア嬢ちゃんが出立してから恐らくかなりの時間が経っている。もし昨夜の早い段階から抜け出していたのだとしたら、既に王都付近まで着いているかもしれねえ。そんな所に俺達の最大戦力を差し向ける訳にはいかねえ」
ロキは恵二という戦力を失う事を危険視していた。しかしフレイアもそう簡単には引き下がらない。
「で、でももしかしたら道中魔物や野盗に出くわして大変な目にあっているかもしれないんですよ?見過ごす訳にはいきません!」
だがこの件に関してはロキも譲らなかった。
「見過ごしてくれ!こういっちゃあ何だが、彼女は勝手に出て行ったんだ。そりゃあ俺も心配だが、わざわざケージを酷使させてまで探しに行く理由はねえ!」
ロキのいう事は筋が通っていて正しい。だが、リアと短い間であったが親しい仲になっていたフレイアは勿論、あれだけ面倒くさそうにしていた恵二でさえ不思議な事に見捨てる気にはなれなかった。
(なんだかんだと面倒な奴だったけど、悪い奴じゃなさそうだしなぁ・・・)
そう思った恵二はリアの捜索に志願すると言葉にしようとしたが、それは王女の言葉によって遮られた。
「―――なら、一体今後はどうするのです?また彼らのように目撃者が現れたら取り押さえて、居場所を嗅ぎ付けられたらどこかへと逃げ続けるのですか?」
「・・・現状はそうする他ない。あちらの数は俺達の10倍近くもある。まだ仕掛けるには早すぎる。暫くは機を伺うしかない」
「時間が解決してくれると?むしろ時が経てば経つほど私達は窮地に立たされるのではないのですか?」
リアの問いにロキは顔を顰めた。フレイアの言うとおり、手を拱いていたツケが今の現状だ。更にフレイアに賭けられた賞金の話しは時間が経つとともに国中に広がり、やがてここを将軍に嗅ぎ付けられることだろう。
だからといって自棄になって攻め入っても返り討ちにされるのは目に見えていた。ある程度の人数差ならば実力差や虎の子のエンチャントナイフでどうとでもなるが、10倍もの戦力差はそういうレベルではないのだ。
だが、ここで思わぬ者が意見を述べた。
「あのー、ちょっといいか?ロキさん」
そう口を開いたのは他国から来た髭面の冒険者で、今はロキのクラン<濃霧の衛士>に入ったばかりのロイドであった。
「ああ、何か意見があるのならどんどん言ってくれ。今は少しでも意見が欲しい。王女様もいいですか?」
「ええ、ぜひお聞きしたいです」
二人からそう催促されたロイドは縮こまりながらも言葉を紡いだ。
「いや、そんな期待して貰うと困るんですが・・・。新参者の俺から見てもロキの旦那達や親衛隊の方々、それにケージを始めとした助っ人冒険者の腕はかなりのものだ。これなら多少の戦力差もカバー出来るんじゃないかと思ってだな・・・」
「ロイド、お前さんが買ってくれるのは有り難いが、流石に俺達でも300人超の兵士に加え、ゴーレムなんて代物や一部の冒険者までも敵に回してはどうあっても勝ちの目はねえ」
「―――だったら、多少戦力がばらければ勝機はあるんだろう?」
ロイドはロキの台詞を予想していたのか、すぐにそう尋ねた。この質問にロキは考え込む。それはロキ自身も考えていた事だ。もし、相手の戦力が分散された上で開戦となれば勝機はあるかもしれない。
「・・・まぁ100人くらいならやれるとは思うぞ。かなり厳しいがやってやれない事も無い。だが相手はそれを察してなのか首都に集結してるんだぞ?将軍が戦力を分散させるような愚行を犯すと思うか?」
ロキはそう説明した。だが、ロイドはそれすらも予想していたのかすぐにこう返した。
「その役目はケージにやって貰う。ケージの<土盾>なら、連発さえ出来れば巨大な壁を作って戦力を巧く分散させることができるんじゃないのか?」
「へ?俺?」
思わぬところで自分の名前が出てきて思わず間抜けな声を上げてしまう。
「ああ、例えばレアオールはあの町自体大きな壁に囲まれていて出入り口は三か所しかねえ。そこをケージの巨大土盾で塞げばあっちも出られないんじゃないのか?」
「・・・成程。そんな使い方があったかぁ」
ロイドの力説に素直に感心する恵二。ロキもロイドの案を真面目に検討する価値があると見たのか黙って考え込む。さらにそこに後押しする発言をする者が現れた。
「こいつの案は使えるかも知れねえ。俺達は内乱で町を封鎖される前に急いであそこから出てきたんだ。あんな高い壁、門を塞がれたら飛び越えられそうにないからなぁ」
そう口にしたのはロイドの相棒で同じく<濃霧の衛士>に加入したばかりの帽子を被った冒険者エイワスであった。彼ら二人は恵二が土盾を使って器用に家を作ったり、巨大な土盾で<湖畔の家>の者達の攻撃を防いだりした光景を何度も目にしてきた。それ故に浮かんだアイデアであろう。
そこへ暫くの間考え込んでいたロキが言葉を発した。
「ケージ。この作戦は大前提として、お前がある程度の強度を保った土盾を3枚、それも特大のを同時に展開できなければならねえ。・・・やれるのか?」
恵二は以前セレネトの町に滞在していた頃、暇を見つけては自身の魔術をスキルで強化して、その威力や耐久性、持続性などを細かく確認してきた。最近またスキルの使用時間が伸びたようにも思えるが、セレネトにいた時点での力量を目安にしてこう答えた。
「ああ、余裕でいける。強度というのがどれくらいあればいいのか分からないけど、あのゴーレムにも簡単に壊せないくらいの代物なら3枚余裕で張れる」
恵二のその言葉に周りは歓声を上げた。
「おお、いける!いけるぞ!」
「これでアイツらに一泡ふかせてやれるぜ!すげえぜケージ!」
「どうよ、うちのケージは?すげえだろ?」
最後のはセオッツが胸を張って周りに自慢していた台詞だ。サミも親友が褒められて満更ではなさそうな表情だ。
「ロキ様。・・・いけそうですか?」
そう心配そうに尋ねたのはフレイアであった。彼女は出来るなら今すぐにでもリアを助けに向かって欲しかったのだが、流石に命が掛かっている以上無茶ぶりはできなかった。思わずそう尋ねるがロキは何時もの不敵な笑みを浮かべてこう答えた。
「ああ、やってみせるさ!野郎ども、直ぐに準備に取り掛かれ!」
『おお!』
こうしてヴィシュトルテの戦乱は、いよいよ佳境を迎えようとしていた。




