一体なんのことだよ?
「―――右の方は誰も居ない」
「分かった。右側の道を進め!」
恵二の言葉に頷いたロキは馬車の御者をしているテラードに進路を指示する。王女を乗せた馬車はそれに従って右側の道をゆっくりと進んで行く。
霧がうっすらと立ち込めた森の中を王族派の一行は大所帯で暫く進んでいたのだが、今のところ巡回の兵士どころか他の人にさえ一切遭遇する事無く順調に突き進んでいた。
それは恵二の広範囲な魔力探索のお蔭であった。細目に索敵範囲を強化した魔力探索を発動し、森に人がいないか確認をし続けた。先の戦闘からスキルを再使用できるようになった恵二は再びその便利なスキル<超強化>を酷使していた。
(まぁ、今はバレないようにさっさと北東に進むのが先決だからなぁ)
この分だとまた早い段階でスキルを使い切ってしまいそうだと溜息交じりに恵二は心の中でそう嘆いた。
あれから結局王族派の一行全員は揃ってレアオール湖の東部、つまり北東方向へと向かう決断をした。
<湖畔の家>を退けたロキ達がアジトへと戻ると、中では気を利かせた非戦闘員の者達が既に出立の準備を整えていたのだ。お蔭ですぐに出発ができ、今のところは誰にも目撃される事なく新たな新天地へと移動をしていた。
ロキの“レアオール湖の東部へ向かう”という提案は王女であるフレイアも快諾し、また他の国内の支部から応援に来た冒険者達も同意した。シキアノスから来たガルム達冒険者も話し合いを行ったが、未だ副ギルド長の嫌疑は晴れてはおらず、<湖畔の家>もほぼ半壊とは言え健在な事から、支援を続けることを決定した。
ただしガルムを始め、商人ダーナに雇われている者達は命の危険が迫った場合にはシキアノスへ逃亡すると予め断りを入れていた。彼らの優先順位はあくまでもダーナの護衛であった。それを放棄してまで命を賭けて手伝う事は出来ないのだと話す。それにロキは問題ないと了承をした。
また、セオッツとサミにテラードの3人は自主的な形で友人である恵二に付いて来る事を決めていた。
現在一行は索敵要因の恵二を筆頭に、その護衛役としてセオッツとサミの3人の若い冒険者が先頭を歩いていた。一見幼い3人組が一団の先頭を歩くといった異様な風景であったが、誰もその3人の若者を侮ってなどはいなかった。それもその筈、彼らは先の戦闘で一番の脅威であったゴーレム2体の撃破に尽力したのだから。
「それにしてもケージだけでなくセオッツにサミの嬢ちゃんも良い腕してるぜ。どうだ?俺のクランに入らねえか?」
先頭の恵二たちのすぐ後ろを歩くロキからそんな勧誘話も出てきたのだが、それをセオッツとサミはやんわりと断った。
「そうか。まあ、お前達程の若さでその腕なら、自分で立派なクランを立ち上げられる位の器はあるんだろうからなぁ」
「クランかぁ。まだパーティーを立ち上げたばっかだけど、何時かは作ってみたいなぁ」
ロキがそう煽てると満更でもなさそうなセオッツはそう呟きながらあれこれと将来図を思い浮かべていた。ロキは
セオッツとロキが冒険者談義に花を咲かせている横で、サミが恵二へと話しかけた。
「ねえ、ケージ。あんたユリィに何を吹き込んだのよ?」
「―――!?吹き込んだって人聞きの悪い・・・。一体なんのことだよ?」
サミにそう問い詰められあからさまに恵二は焦りだした。ユリィとはサミの義妹であり、恵二がセレネトを発つ際に彼女はこう発言をしたのだ。
“私も冒険者になります”と
その発言の原因は明らかに恵二にあった。ユリィは恵二に惚れており告白と同時に自分も旅に連れて行って欲しいと訴えたのだが、自分が守れるか不安なのとユリィ自身も実力不足で危険だと言って断ったのだ。だが、そこで諦めるほど彼女はヤワではなかった。それなら自分も強くなると、冒険者になると宣言をしたのだ。
恵二もあの少女の事は気になっていたのだが、その義姉であるサミから意外な言葉が返ってきた。
「なんのことって、あの子が“冒険者になる”って発言のことよ!てっきりケージに付いて行きたいからそう言ったのだと思ってたんだけど・・・。あの子、あのあと急にバイトを始めたのよ」
「ば、バイト?」
てっきり冒険者ギルドにでも押しかけたのだとばかり思っていたのだが、サミの話しではユリィは現在孤児院の手伝いをしつつ、空いた時間を使って町にある商店の手伝いをしてお金を稼いでいるのだとサミは話す。
最初は孤児院にもある程度のお金を入れようとしていたらしいのだが、領主であるカインの支援もありそこまでお金に困っていない義理の父親でもあるコーディー神父は、彼女からお金を受け取るのを拒んだのだ。
“何か理由があってお金を溜めているのなら、自分で稼いだ分はそれに使いなさい”
ユリィはまだ14才の少女であった。成人しているのならともかく子供が働いて稼いだお金くらい好きに使わせてあげたいというコーディー神父の親心であった。
それから彼女はサミ達が町を出るその日でさえも毎日バイトを続けており、孤児院のお手伝いもしながら時たま領主であるカインの館にも足を運んでいるそうだ。サミも気になってユリィやカインを問い詰めたのだが詳しい理由は一切話してはくれなかったのだ。
カイン子爵曰く“愛ゆえの彼女の努力の形さ。どうか君も応援してやって欲しい”とのことらしい。
結局はぐらかされたサミは、こうなったらと原因の張本人であると思われる恵二へと尋ねたのだ。だが―――
「・・・悪いが俺も全く分からないなぁ。カインさんが何か入れ知恵をしてるんじゃないのか?」
「うーん、そうかも。はぁ、仕方ないわね・・・」
サミは深いため息をつくと諦めたのかそれ以上その話はしてこなくなった。代わりに先程までセオッツと話し込んでいたロキが恵二へと語り掛けてきた。
「ケージ、周囲の状況はどうだ?」
「えーと・・・、特に反応は無いかな」
「そうか・・・」
恵二の返答に残念そうな表情を浮かべたロキは、少し考えた後にこう告げた。
「今度魔物を見つけたら場所を教えてくれないか?出来れば道中に何匹か狩っておきたい」
「え?魔物を?」
先程まではなるべく兵に発見されないよう人の反応は勿論のこと、魔物との戦闘も避けるよう心がけて誘導してきた。だが、ここに来て魔物を狩りたいのだとロキは話す。
「ああ、大分森の奥まで来たからな。多少戦闘をしても人に見つかる心配はもう無いだろう。それよりも大きな心配事があってだな・・・」
ロキはそう呟いた後、後ろからゆっくりと付いて来ている馬車の方を一瞥すると恨めしそうな声でこう口にした。
「・・・ここいらで食料を調達しなければ、俺達はリアの嬢ちゃんによって飢え死にさせられちまう。塩や水は準備しているが、肝心の食糧が圧倒的に足りていないんだ・・・」
「ああ・・・」
ロキの説明で恵二は全て納得してしまった。現在後ろにいる馬車の中には王女であるフレイアと、その話し相手になっている行商人のリアに、それと数名の親衛隊が警護にあたって搭乗していた。ロキはこのままリアとの約束である衣食住の保証を続けていけば、近いうちに一行の食糧が確実に底をついてしまうと危惧していたのだ。
「・・・ケージはあの嬢ちゃんが大食いだって事知っていたんだな?」
「ロキとリアの二人の問題だからな。これは俺が口を出す話じゃないなと思って黙っていた」
「口を出してくれよ!現に今そのせいで困ってるじゃねえか!?」
正直に恵二がそう答えると、ロキは悲鳴のような声を上げて恵二を責めた。だがそれは酷い言いがかりであった。お互いキチンと対価を払っての約束事に、第三者である恵二がとやかく口を出すのはおかしいのではと思ったのだ。
また本音としてはリアがお腹を空かせていると何を仕出かすか分かったものじゃないという考えの元、ロキに彼女の胃袋を押し付けられた事に心の中で安堵している自分がいたことも恵二は自覚をしていた。
ロキに面倒事を押し付けた負い目と、リアを空腹にさせておくのは可哀そうだという情けから、お人好しである恵二は食糧調達に全面的に協力をする事にした。
その後王女一行に冒険者達は何度か魔物と交戦をしながらも、一度野営での寝泊まりを挟み、二日掛けて目的地であるレアオール湖の東側へと到着を果たした。
「なに!?王女に<濃霧の衛士>の冒険者を取り逃がした、だと!?」
「は、はい・・・面目御座いません」
将軍に王女暗殺の失敗を報告したのは、この町レアオールの現冒険者ギルド長であるラッセンであった。彼はこの国でも1、2を争う巨大クラン<湖畔の家>の冒険者を使って王女一行とその他邪魔者の暗殺を将軍に命じられていたのだ。
それ故貴重な古代人形を3騎も貸したというのに、その結果はアジトを発見したものの、王女を取り逃がした上に姿を完全に見失うというまさかの大失態であった。
この不甲斐無い報告には将軍だけでなく、一緒にその情報を耳に入れた大臣も顔を真っ赤にして叱咤した。
「なんと体たらくな!ゴーレムを3騎も付けてアジトを発見したにも関わらず、逃げ帰った挙句に奴らの姿を見失っただと!?ええい、無能にも程があるぞ、ギルド長!!」
「も、申し訳ございません。現在周辺を冒険者達にくまなく捜索させておりますので、今しばらくお待ち下さい」
そうは言っても霧の頻度が多いここヴィシュトルテ王国の領土での人探しはそう簡単な事では無く、王女達の姿を見失ってから丸一日以上が経過していた。最早こんな状況で探し出すのは至難の業であろう。
ガラード将軍は只でさえ厳つい顔をより一層険しくしながらラッセンを睨みつけた。将軍は出来る事なら今すぐにでも斬りつけてしまいたい衝動をなんとか理性で抑え、静かな口調でこう告げた。
「・・・もうよい。ギルド長は持ち場に戻れ。<湖畔の家>の連中にはもう暫く動いて貰う。それと補充要員も借り受けるぞ?」
「・・・承知致しました」
ギルド長ラッセンからしても<湖畔の家>の冒険者の半数を失った事は痛手であった。更にその補充要員を寄越せという物言いに文句の一つでも言いたかったのが本音であったが、自身が首の皮一枚繋がっている立場だという認識はあるようでこの場は大人しく了承した。
だが、話はまだそこで終わらず更に将軍は口を開いた。
「それと、もうゴーレムは不要であろう?貴殿にお貸しした古代人形3騎をお返し願おうか?」
その台詞にラッセンの心臓は跳ね上がった。そう、この男はまだ将軍や大臣にとある大事な報告を伝えていなかったのだ。なんとか煙に巻こうとしたのだが、その努力も空しく将軍から核心をつく命令をされたラッセンは恐る恐るその重い口を開いた。
「・・・それが、大変申し上げにくい事案でして、そのー、恐縮なのですがぁ・・・」
回りくどいラッセンの台詞に何かを察した将軍は、キッパリと冷たくこう告げた。
「・・・ギルド長、私は隠し事や面倒事が嫌いだ。さっさと要点だけを話せ」
「は、はい!お借りしたゴーレム3騎のうち、2騎は撃破されてしまい残されたのは現在1騎のみとなります!」
「―――っな!?」
「・・・・・・」
その報告を信じられないといった表情で言葉を詰まらせたのは大臣であった。一方ガラード将軍も目を見開きはしたものの、僅かだが予感めいたものが彼にはあったのか大臣ほどは取り乱さなかった。
冷静な将軍とは打って変わって、それを聞いた大臣は更に一層ラッセンへ口撃を始めた。
「き、貴様!あろうことか切り札のゴーレムを2騎も潰した上に、何の成果も無かったと申すのか!?ふざけるなっ!!」
その後も一通りラッセンを罵った大臣は疲れたのか口を閉じると、今度は代わりに将軍が静かな声でこう尋ねた。
「ラッセンギルド長。ゴーレム2騎は本当に破壊されたのだな?貴殿が隠し持っているといった事はないであろうな?」
「は、はい!勿論でございます!アムルニス神に誓って謀ってなどおりませぬ!」
「・・・左様か。なら質問を変えよう。・・・ゴーレムを倒したのは何者だ?」
「そ、それが・・・。<湖畔の家>の冒険者の報告では信じ難い話なのですが、若い少年の冒険者が打ち倒した、と・・・」
「―――っ馬鹿な!?あのゴーレムを倒したのが、少年の冒険者だと!?貴様、やはり我々を騙して―――」
「―――それは、黒髪の15くらいの冒険者か?」
再びヒートアップしそうな大臣の言葉を遮る形でガラード将軍はラッセンにそう尋ねた。まさかそう質問をされるとは思っても見なかったラッセンはキョトンとした後、慌てて返答をした。
「も、申し訳ございません。詳細までは・・・。すぐに<湖畔の家>の者に詳細を聴いてきます!」
「ああ、出来る限り正確に素早くだ。分かっているとは思うが、これ以上の失態は貴殿の立場を悪くする。そう心に留めておけ」
「―――はっ!」
ラッセンは深々と頭を垂れると、そそくさとその場から退室をした。騒がしかった部屋が静まり返ると大臣は将軍へ問いただした。
「・・・将軍、その少年の冒険者とやらに心当たりがあるのですかな?」
「ああ。貴殿は政務に追われている為読んでいないだろうが、以前王女を取り逃がした冒険者の報告書に、腕の立つ若い冒険者がいるとの報告があった」
それは何日か前に<霧の光明>と名乗る冒険者パーティーがもたらした情報だ。その内容は俄かには信じられないものであったが、何でも15才くらいの黒髪の少年が素手でBランク冒険者3人を一瞬で打ちのめしたのだとか。更に拳一つで大地を抉り、木々を吹き飛ばしたのだと書かれていた。
その報告書を送ったのはギルド長ラッセンの直属の部下である職員であった。その信憑性の全くない報告書には、“恐らく恥をかきたくない冒険者の誇張した妄言です”と一筆書かれていた。そんな与太話と思われる報告さえいちいち送ってくるとはなんとも律儀な職員だろう。まさかこんな報告書を将軍が読んでいるとは、その職員は夢にも思わなかったのであろう。
「・・・将軍はその少年がゴーレムを打ち倒したのだとお考えで?とてもではないですが信じられません。あれはAランクの冒険者を複数当てなければ相手にできないような存在ですぞ?」
「分かっている。この私自身が戦って試したのだからな。だが、世の中には“規格外”という輩が稀にだが存在する。・・・これは少し考え方を改めなければならんな」
そう呟いた将軍は、控えていた兵に新たな指示を飛ばした。




