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青の世界の冒険者 ~八人目の勇者~  作者: つばめ男爵
1章 新米冒険者ケージ編
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手合わせして貰うぜ!

「これは何の冗談だ!私をクシャート伯爵と知っての狼藉か!?」

「は、放せ!放してくれぇ!私は何もやっていない!頼む、殺さないでくれぇ!」

「将軍を・・・!ガラード将軍と話をさせてくれ!」


 白を基調としたヴィシュトルテ特有の鎧を纏った兵士達は、必死に声を荒げる男達を縄で縛ったまま連行していた。拘束された男達は様々で、罵る者、命乞いをする者、泣きながら懇願する者など様々だが、そんな彼らの唯一の共通点は皆がシキアノス公国と裏で繋がっていた貴族達であったことだ。


 中には位の高いこの国の重鎮とまで呼ばれた男もおり、最初は身柄を拘束する事を躊躇った兵士達であったが将軍の命令は絶対であり、彼らは売国奴の貴族達には耳を一切貸さず処刑場へと連れて行く。最初は強気であった伯爵位の男も、死地へと近づくと態度を一変させ最期には泣きながら懇願した。


「た、頼む!命だけは・・・!命だけは、助けてくれええぇ・・・!」


 男の必死な命乞いを聞き入れる者はここには誰一人いなかった。




「将軍、本当に宜しかったのですか?クシャート伯爵の勢力は馬鹿になりません。爵位を落とすなりしてこちら側に引き込んだ方が宜しかったのでは?」


 そう意見を述べたのは、将軍のクーデターに加担したこの国の大臣であった。彼もまたこの計画の当初からのメンバーであり、彼の働きが今回のクーデターを為し得たと言っても過言では無かった程だ。


 大臣はこの国の現状に憂いていた。かつて強国とまで謳われたヴィシュトルテ王国は二世紀前に起こった公爵家の反乱により衰退の一途を辿っており、そんななか大災厄<神堕とし>の影響で中央大陸の国々は揺れ動いていた。この機に乗じて不穏な動きを見せている国家が多数いたのだ。


 ヴィシュトルテ王国は大陸の中央部に位置する為、周りは全て陸地となり計7カ国もの隣国が存在し、その何れもが油断ならなかった。シキアノス公国は勿論の事、南東のミクトランス国、西のキマーラ共和国とは近年争い事も何度か起きており不仲であった。


 さらに北にある隣国アムルート国は小国でありながらもレインベル帝国の従属国であることから、いつ宗主国である帝国の命令で矛を向けられるか分かったものでは無かったのだ。


 勿論隣国は今回ヴィシュトルテで起きたクーデターの情報を手に入れている事であろう。今はどの国も静観を決め込んでいるが、いつ戦争が勃発してもおかしくない状態であった。


 その為大臣は、何も今伯爵を処罰しなくとも情勢が落ち着くまで待ってみてはと将軍に打診したのだが、それは一蹴された。


「その必要は無い。新しく生まれ変わったヴィシュトルテには、売国奴の貴族連中も軟弱な王も不要。この国の未来を心底思う者達でのみ強国に作り上げていく。その為の改革だ!」


 そう、この男ガラード将軍もまたこの国の現状を嘆き奮起した者の1人であった。このクーデターは実質将軍と大臣のツートップで事が為された。しかし自信満々な将軍とは違い、諍いごとに不慣れな大臣は不安で一杯であった。


「それは重々承知しております。しかし、他国に攻め入られては元も子もありますまい。今は一致団結して早急に国を変えていかなければならないでしょう?」


「それは勿論だよ大臣。安心しろ。他国はどこも皆様子を伺っている。どいつもこいつも漁夫の利を狙って一番槍を避けている腰の引けた連中ばかりだ。それよりも今は一刻も早く不穏分子を排除し政権を一本化する事だ。私は軍務に専念する故、政治のトップは貴方に任せるぞ」


「・・・前々から申し上げてますが、将軍が上に立たれた方が兵の士気も上がるでしょうに」


 大臣は以前から将軍に王位を譲る発言をしていた。大臣は決して権力に目が眩んで謀反を起こした訳ではなかった。カリスマがあり、兵からの支持もある将軍の方が適任ではと考えていた。だが、それは将軍も同じであった。


「ふっ、私が政を行っても碌な事にはならんぞ?私の死地はあくまで戦場だ。それがこの国の為になるのなら私は例え忠誠を誓った王であれども斬り捨てる!」


「やれやれ・・・、わかりましたよ将軍。せいぜい貴方に斬り殺されぬよう、この国の舵を見事とってみせましょう」


「ははは、そうならない事を願うよ。・・・ところで話は変わるが、大臣の方で雇っている<湖畔の家>の連中を少しお借りする事はできぬか?」


<湖畔の家>とはこの国でも1、2を争う冒険者のトップクランの事である。その戦力はもう一つの巨大クランである<濃霧の衛士>とほぼ互角であり、Aランク冒険者を2名有している。今回のクーデターの際、大臣の手足となって動いていた冒険者達は様々な所で暗躍していた。


 今回冒険者達を謀反に加担させた事は、実は最大機密事項であった。


戦争をする際、冒険者を雇う事は日常茶飯事であり、強制でなければ特に問題ではなかった。だが、最初から冒険者を雇った上で彼らにクーデターの協力を求むのは、完全にギルド憲章の規約違反であった。


 これが世間に知られれば冒険者ギルドは勿論、中央大陸の保安を守る<連盟騎士団>も動く案件となる。最悪Sランク冒険者と連盟騎士団の精鋭がこの国に送られる事になるだろう。それだけは絶対に避けなければならなかった。


「・・・彼らはこれ以上表舞台に出すのは不味いのでは?余程の事なのですか?」


 そこの事情は将軍も大臣も重々承知していた。それを分かった上での将軍の発言だと大臣も理解していたが、思わず大丈夫なのかと聞き返した。


「・・・うむ。実はキャリッジマークに巡回を出した兵が戻ってこないのだ。あそこら辺は確か<濃霧の衛士>の縄張りだ。恐らく王女も奴らのアジトに匿われているのだろう」


「それで、<湖畔の家>を?将軍の兵だけでも十分なのでは?」


「そう考えていたのだが、どうやら浅はかだったようだ。さすが大クランと言うべきか、未だ場所を特定出来ていない。情報では他の支部の冒険者も集まってきているとの事だ。奴らが集結する前に王女ごと潰したい。蛇の道は蛇、奴らには同じ冒険者である<湖畔の家>をぶつけたい」


 確かに将軍の考えには一理あった。だが、今更冒険者が集まったところでSランクさえ派遣されなければどうとでもなるのではと大臣は考えていた。


「・・・放っておいて宜しいのでは?Sランクは規約違反が無い限り、他国の諍いには介入しないと聞きます。それにAランクごときでは古代人形(エンシェントゴーレム)の相手にならない事は証明済みでしょう?」


「その古代人形(エンシェントゴーレム)なのだが、一騎破壊されたのだ。それも王女に暗殺を依頼した野盗に差し向けた個体がだ」


「―――なんですと!?」


 大臣はその言葉に耳を疑った。自身もあのゴーレムの強さを目の当たりにしたが、Aランク冒険者のロキでさえ手を焼いていたのだ。それを倒せる存在が王女の側近に居たかと記憶を辿るも、全く思い当たらなかった。。


「恐らく第三者の介入があったのだろう。不確定要素は出来るだけ無くしたい。<湖畔の家>の他に3騎のゴーレムを同伴させる。分かったな大臣?」


 そう言われては断ることができず、大臣は黙って頷いた。





「今日はこれくらいでいいかしら?」


 前髪で片目が隠れている女は疲れたとアピールするかのように手で顔を扇ぐと、恵二にそう告げた。


「ああ、十分だよトリニス。大分参考になった」


 恵二は彼女に礼を告げると、操作していた魔術を止めた。すると目の前で宙に浮いている水の球体は、少年のコントロールから外れた途端、重力に引かれ床へと落ちると散乱した。


「ちょっと、そこで操作を解いたら水浸しになるでしょ!?ちゃんとバケツの上で止めなさいよ!」


「あ、悪い。・・・よっと!」


 掛け声と共に魔力を水へと通すと、恵二は魔術で再度水を操り始めた。床に散らばった水は一ヶ所に集まると、再び球体の形に戻りそのまま近くに置いてあったバケツの中に収まるように飛んでいった。


 その様子を見ていたトリニスは呆れたような口調でこう告げた。


「・・・信じられない芸当するわね。一度コントロールを離れた水をあんな綺麗に操るだなんて・・・」


「・・・?それって難しい事なのか?」


「当たり前よ!」


 首を捻って不思議そうに尋ねた恵二に彼女は思わず声を上げた。先程操っていた水は、元々恵二が魔術で出現させた水であった。それを操るのはそこまで難しくはない。恵二みたいに見てすぐ出来るわけではないが、適正のある者であれば訓練次第で何時かは出来るようになる。


 だが、元からあったただの水を操作するとなると、熟練者並みの技術が必要であった。理由はトリニス自信にもよく分からないが、それが当たり前の事だと彼女は師から教わっていた。現に少年と同じ事をやれと言われてもトリニスには真似できなかった。


 それを恵二はトリニスに教わるまで水属性の魔術を使ったことがないにも関わらず、立った3日でここまで操れるようになったのだ。最早この少年には嫉妬を通り越して呆れた感情しか浮かび上がらなかった。


「・・・こんなことならただで魔術を見せるんじゃ無かったわ」


 トリニスはこの3日間、何も手取り足取り親切に魔術をレクチャーしたわけではなかった。恵二が魔術を習いたいと申し出て、最初は嫌がったがロキの口添えで渋々魔術を披露して見せただけだ。


 “覚えられるものなら覚えてみせろ”と。それを何度か実演しただけで尽くマスターされるとはまさか夢にも思わなかったのだ。


「あー、もうこうなったらやけよ!もう一通り魔術を見せて上げるからしっかり覚えなさい」


「助かるよトリニス。でもそろそろ剣の鍛練の時間だ。行かないと・・・」


 この後恵二は他の冒険者達と剣の手合わせを約束していた。その事を告げるとトリニスはあからさまに不満そうな顔をする。


「何よ?折角教えてあげるってのに行っちゃうワケ?」


「悪いな、ロキにも頼まれてるんだ。早く行かないと・・・」


「うぐっ!ロキに頼まれたんじゃぁ仕方ないわね・・・」


 ロキの名前を出すと彼女の態度は急変した。ここ3日の間に分かった事だが、どうもトリニスはロキに惚れているようだ。彼の名を出されるとその意向を無碍にはできないのであろう。


(・・・でもロキって妻子が居るんじゃなかったか?)


 ロキから聞いた話ではヴィシュトルテの南にある町に彼の妻と子供がいるそうだ。今回の騒動が片付くまでは家に帰れないと愚痴っていたのを昨晩聞かされた。それはトリニスも多分知っているのであろうが、大人の複雑な色恋沙汰には余り深入りしないようにと考えた恵二は、その事に関して極力触れまいと聞き流した。


 トリニスに礼と謝罪をした恵二は、剣の鍛錬を行う予定の広い部屋へと向かった。するとそこには既に何人かの冒険者達が待ち構えていた。


「お、来たな先生」

「宜しくね、師匠」

「今度こそ一本取ってやるぜ!」


「いや、先生とか師匠とか止めてくれよ。俺、技術の方はまだまだなんだから・・・」


 鍛錬部屋に集まって恵二をからかい交じりに迎えたのは、このアジトの所有者であるクラン<濃霧の衛士>の冒険者達や、その彼らに匿われているヴィシュトルテ王族の親衛隊員達であった。彼らはここに潜伏中腕を鈍らせないようそれぞれ鍛錬に励んでいた。ロキに依頼された恵二はその訓練相手として手合せをしていた。


「いやいや、その年でそんだけの技術があれば上等だ。毎日欠かさず短剣振ってるんだろ?その上お前はパワーやスピードにも恵まれてるんだ。武に関しちゃあ、完全に俺達より上だよ」


 そう口にしたのは最近クラン<濃霧の衛士>に加入した髭面の冒険者ロイドであった。彼の相棒でもあり同じくクランに加入したエイワスも続けて声を掛けた。


「そうそう。だからお前は俺達の“先生”ってことさ。今日も宜しく頼むぜ?」


「分かったよ。じゃあ今日もとりあえず仮想<魔導人形(マジックゴーレム)>ってことで訓練するぞ?」


「おう!」

「何時でも結構です」

「さぁ、来い!」


 冒険者や親衛隊員達は声を上げると各々迎撃態勢をとった。この訓練はここ3日間で行っている普段通りの訓練であった。元々ここのクランは冒険者の質が良く、一介の兵士相手にはそう後れを取らなかった。親衛隊員も凡夫では務まらない役職であるためか、一般の兵士より実力は飛びぬけていた。


 それでも今回のクーデターで一方的にやられたのは、将軍がどこからか調達してきた<魔導人形(マジックゴーレム)>に原因があった。恵二も体感したので分かるのだが、あれはとにかく速いのだ。鎧を纏っている重そうな姿からは想像もできない速度で斬り込んでくるゴーレム相手に、王族派は為す術無く敢え無く敗走したのだ。


 今回の訓練はとにかくその速度になれるよう恵二を仮想敵としてひたすら打ち合いをしていた。


「じゃあ行くぞ!」


 少年はそう告げると身体能力を速度重視で強化(ブースト)する。


 恵二はフレイアに協力すると決めてから、自身の強さを隠すのを止めたのだ。今ではトリニスの前でも普通に無詠唱で魔術を操り、訓練の際にも強化のスキルを使える限り行使し続けた。


 さすがにスキル<超強化(ハイブースト)>の事は伏せてはあるが、スキルの全力行使でなければある程度は継続して強化し続けられる。今回は模擬戦という事もありパワーはそのままで脚力を中心に強化しているので割と長く続けられた。


 しかしいくら脚力だけとはいえ、全力で強化してしまうと彼らは瞬きをする間もなく全滅してしまうであろう。恵二は以前遭遇したゴーレムと同じくらいの速度で、教えを乞う冒険者や親衛隊員達へと斬り込んでいった。勿論武器も刃のある物ではなく、スポンジのような柔らかいものを纏った模擬刀であった。


「―――くっ!」

「――速い!?」

「そっちか!?」


 しかしいくら模擬刀といっても全く痛い訳では無い。受ける側の者は少年の一撃を貰わないよう必死で防御をした。


 最初は全く防げる気がしなかった高速の一撃だったが、人間慣れる生き物のようで、訓練を開始して3日目にはようやく恵二の影を捉え始めていた。




 剣の鍛練を開始して一刻後、力尽きた冒険者や親衛隊員達は地べたに腰を着けていた。


「もう駄目、動けねぇ・・・」

「にしてもケージはタフだなぁ。あれほど動いたってのにまだ余力がありそうだぜ?」


「・・・んな訳ないよ。俺もヘトヘトだよ・・・。よくてもう一戦って感じさ」


 それは決して謙遜などではなく実際恵二が動けるのは体力的にも後わずかであった。よくて後一手合といったところだろうか。


(けど皆ダウンしてるし、今日はここまでかな・・・)


 そう考えていた恵二の背後から突如声が上がった。


「それなら俺と手合わせして貰うぜ!」


 背後の大声に驚き振り返った恵二は、その声の主を見ると更に驚愕した。

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