燃えろ、燃えろ
「やっちまった!」
恵二は頭を抱えながら悲鳴を上げた。先程自分が吹き飛ばした勢いで、兜ごと首が捻じ飛んだのだと思ったのだ。だがそんな少年にリアは冷静にツッコミを入れた。
「ケージさん。よく見て下さいっす。アイツまだ生きてる・・・いや、動いてる?っすよ」
「・・・あ」
確かに言われて見てみれば、その銀鎧は頭が無いにも関わらず起き上がろうとしていた。銀鎧は上半身を起こすと、足に力を入れついには立ち上がった。動いた拍子に鎧にヒビが入った場所がボロボロと崩れ穴ができる。そこは恵二の強化された右拳が炸裂した場所であった。そしてその鎧が崩れた穴の先に見えたのは、真っ黒な空洞であった。
「え?空っぽ・・・?」
鎧の中には誰も入っては居なかった。ひび割れて穴の開いた場所には背中部分の鎧の裏側が見えるだけであった。それで少年もやっと気が付いた。兜の下には始めから頭など無かったのだ。
「あれは、多分<魔導人形>っす。見た事ないタイプっすね」
「マジックゴーレム?」
その名は初耳であった。ゴーレムというと日本のゲームでお馴染みの岩などで構成されたロボットのようなモンスターを恵二は想像してしまった。マジックと頭に付くからには魔術絡みの技術なのだろうか。
「えっと、ゴーレムには何種類かいるっす。あれは恐らく魔術的要素で・・・」
「お二人とも!今はそれよりもあのゴーレムをなんとかした方が宜しいのでは?」
フレイアはゴーレム講座を始めようとしていたリアに口出しをした。彼女の主張も尤もだと思った恵二は再び銀鎧改め魔導人形へと対峙した。
「・・・しかし首?いや、兜を落としても、腹に穴を空けても動くとなると、一体どうやって倒したらいいんだ?」
「とにかく壊すっす。形が維持できなくなればきっと止まるっすよ」
リアのアドバイスになるのか良く分からない助言を受けた恵二は、丁度良い機会なので色々と魔術を試してみる事にした。
(先ずはサミから教わった魔術からだ!)
恵二は手のひらを鎧のゴーレムに向けると無詠唱で魔術を唱えそうになったが、二人の傍観者がいる建前、一応詠唱っぽい台詞を唱えてから魔術を発動させる事にした。
「えーっと・・・。石よ、槍になれー。石槍!」
かなり適当な詠唱にきょとんとする二人。恵二はそれを極力気にせず石で作られた槍を空中に出現させると、鎧のゴーレムに向けて射出した。強化された石槍は再びハルバードを持ってこちらへ向かおうとしていたゴーレムの右腕に着弾した。その瞬間ゴーレムの右腕はもげ、手に持っていたハルバードを落とす。
(なかなかの威力だな。次はカインさんに習った雷属性の魔術を試してみるか)
恵二はセレネトの町に滞在中、カインの魔術も幾つか見せて貰っていた。彼はサミが修得していない雷属性を扱えたのでとても参考になった。
「・・・雷よ、敵をビリビリ痺れさせろ!雷光弾!」
またもや適当な詠唱で、掌から雷属性の魔術の弾丸を発射する。今度は威力を上げ中級魔術を放ったのでスキルでの強化は一切しなかった。
しかし雷の弾丸はゴーレムに見事着弾するも、どういう訳か対してダメージを負わせる事ができなかった。
「くそ、威力が足りないのか?それとも奴は雷属性と相性が悪いのか?」
「あのぉ。さっきからケージ様が呟いているのは詠唱なのでしょうか?」
「・・・さあ。私は魔術を扱えないので分からないっす」
恵二があれこれ考えている背後でリアとフレイアは、彼のおかしな詠唱について議論をしていた。
「よし、これでとどめにしよう!えーっと・・・。燃えろ、燃えろ、激しく燃えろー。炎の柱!!」
「それ、絶対に詠唱じゃないですよねっ!?」
「うーん、でも魔術はちゃんと発動してるみたいっすよ?新しい流行なんすかね?」
二人の疑惑の視線を余所に、恵二は自身が修得した中で最も威力のある魔術、炎の柱をゴーレムの足元から放った。本来詠唱とは基本魔術のイメージを膨らませる為に存在する。故に偉大な先代の魔術師たちにあやかって詠唱を真似る為、その時で流行の詠唱は存在するが結局のところ人それぞれであった。
だがそもそも詠唱が必要ない恵二は適当な言葉を発し、それにより生じた炎の柱に包まれた鎧のゴーレムは、そのあまりの熱量の凄まじさに徐々に鎧が溶かされていく。さすがに強化された炎の柱は耐えられなかったのか、魔導人形と思われる鎧は完全に溶けて無くなった。
「ケージさん、あいつ完全に消しちゃったっすけど、良かったんすか?王女様を襲った証拠を残さなくても?」
「そこはちゃんと考えてるよ。ほら、あそこ」
少年が指した先には銀の兜が転がっていた。先程ゴーレムを吹き飛ばした際に外れて転がっていった物だ。恵二はそれを拾い上げると中身をまじまじと観察した。
「・・・なんか変な文字やら模様のようなものが刻まれてるなぁ」
しかしそれは文字としてちゃんと成り立っていないのか、この世界に召喚された際にここの言語は全て理解できている筈の恵二にも分からない代物であった。
「こういうのは<魔術師ギルド>に持っていけばそこそこのお金になるっすよ」
「あのぉ、一応私を襲ったゴーレムの証拠品なので売られると困ってしまいます・・・」
リアの助言に王女であるフレイアは気まずそうにそう口にした。彼女も助けて貰った上、撃退したのは恵二である為あまり強く言えないのだ。
「分かってるよ。こいつはお城に譲るさ。・・・ところで、このゴーレムはなんでこんな所に来たんだと思う?」
「それは多分・・・口封じじゃないっすか?」
「・・・恐らくそうでしょう」
戦闘で忙しかった恵二にもなんとなく察しがついていたが、どうやら二人も同じ意見のようだ。
「野盗に私を殺すよう依頼をし、その上でこのゴーレムで目撃者を全て葬ろうとしたんだと思います」
「そうか・・・。となると、こいつは今回の犯人を追う貴重な手がかりってことだな」
恵二は手に持った銀の兜を軽く持ち上げそう口にした。
「お二人とも、そろそろここを発ちませんっすか?また新手が来ても面倒っす」
そう提案したリアのお腹はぐうぐうと鳴っていた。どうやら彼女は色々と限界なようであった。
「・・・そうだな。このままレアオールを目指す方向でいいのかな?」
「はい、宜しくお願い致します」
先程フレイアを城へ連れて行くと約束をした恵二は、リアとフレイアを車両に乗せると馬車を走らせた。
「何!?王女に刺客を放った、だと!?」
その報告は寝耳に水であったのか、白の鎧を纏った黒髪の男は驚きの声を上げた。背は190cm程と長身で体つきも良くその引き締まった筋肉の上から白を基調とした清楚な鎧を身に付けている為、より一層の威圧感を目の前の男に感じさせていた。
「は、はい。これで王族は全て処刑いたしました。ここから我が国は新たなスタートをきるのです!」
「・・・・・・!」
鎧の巨漢にそう報告をしたのはこの国の位の高い貴族であった。会話をしている二人の周囲にも多くの貴族や国の重鎮たちがこの部屋に集まっており、皆その貴族の報告に耳を傾けていた。
貴族の男は最初、鎧の男の驚いた声に疑問を覚えながらも、まるで自分の手柄だと言わんばかりに、誇らしげな表情を浮かべながら嬉々として王族の親族や、第一王位継承権のある王女に手を掛けた事を報告した。
それを目の前の巨漢は黙って全て聞いていたが、やがて貴族の男が一通り話し終わるとその重い口を開いた。
「・・・ロンド卿。つまり、王女も確実に始末したのだな?取り逃がしは無いだろうな?」
静かな口調であったが鎧を纏った巨漢の目は鋭い眼光を放っていた。これは迂闊な事は言えないと咄嗟に判断したロンドと呼ばれた貴族の男はこう答えた。
「え、ええ。確実に仕留めましたぞ。何せ護衛の5倍の数の野盗を仕向けましたからな」
「・・・その野盗は?目撃者や取りこぼしが居たらどうするつもりだ?」
「その心配はありませぬ。将軍にお借りした古代人形を証拠隠滅に差し向けました故。いやはや、あのゴーレムの性能には驚かされます」
そこは抜かり無いとロンドは胸を張ってそう答えた。
「そうか・・・。ならば貴様はもう用済みだ」
「へ?」
将軍と呼ばれた男がそう告げた直後、ロンドが間の抜けた声を上げた瞬間にその首は斬り落とされていた。鎧を纏った男は、その大きな体からは想像もできない速度で剣を抜き、瞬時に貴族の首を刎ねてみせたのだ。
「ひ、ひぃーー!」
「しょ、将軍、一体何を・・・!」
いきなりの凶行に周りで二人の会話を傍観していた者達が騒ぎ出した。いくらこの国の兵を束ねる将軍であろうとも、いきなり貴族に手を掛けるとは夢にも思わなかったのだ。
「鎮まれ!俺は行った筈だ、勝手な行動はするなとな!この男はその禁を犯したので処罰をしたまでだ」
そう、これは将軍にとっても大きな誤算であった。誰も王女の暗殺を指示した覚えは無かった。
(余計な事をしてくれる!これでは王女が出かけた際に事を為した意味が無いではないか!)
男は先程首を刎ねた貴族の死体を凄まじい形相で睨みつけた。まるで殺しても殺したりんと言わんばかりの表情であった。
「・・・兵を直ちに送れ!王女の生死をすぐに確認させろ!もし生きていたら・・・速やかに抹殺しろ!」
「よ、宜しいのですか?王女を生け捕らなくても・・・?」
ついさっき王女を殺したと告げた貴族の首を刎ねたばかりなのに、これでは矛盾しているではないかと一人の重鎮が確認をした。
「よい。既に状況は変わった。一度刃を向けられた者が心から信用をすると思うか?出来ればこちら側に引き込みたがったが、こうなっては最早王女の存在は邪魔だ。早急に始末し彼女は後程不幸にあったと民衆には告げる!いいな?この件は慎重に秘密裏に事に運べ」
「分かりました。すぐ兵を厳選し当たらせます」
「・・・いや、待て。我が国の兵ではどうしても目立つな・・・。ここはあの男を使うか」
将軍はそう呟くと、部下を呼びつけある指示を出した。
「まぁ、ケージ様はその若さで既にCランクでいらっしゃるんですか。私と同い年だというのに・・・凄いです」
「んー、まぁ、それ程でもないさ」
口はそっけないが王女様に褒められて満更でもない恵二は頬を赤く染めながら照れ隠しにそう呟いた。
「ケージさん、照れてないでちゃんと前を見て操縦して欲しいっす。前から誰か歩いて来てるっぽいっすよ」
リアの容赦ない指摘に、図星であった恵二は仏頂面になった。
(己れリアの癖に偉そうに・・・!これじゃあ照れ隠しした意味無いじゃないか)
心の中でそう悪態をつきながら前方に向けて目を細めると、確かに二人組の男達がこちらへとすれ違うように歩いて来た。
恵二は馬車を少しだけ左側に寄せ通り過ぎようとしたが、何故かあちらも更に馬車の避けた方に寄ってくる。
「・・・もしかしてまた野盗か?」
「んー、どうっすかね?あ、こっちに手を振り始めたっすよ」
どうやら二人組の男達はこちらに用があるのか、馬車を止めようとしていた。それを見た恵二は判断に困った。何故ならその二人組は帯刀していたからだ。
「・・・一旦馬車を止めるが、王女様は隠れていてくれ」
「分かりました」
フレイアは大人しく恵二の指示に従い身を屈め外から見えないようにする。本当はリアも隠れて欲しいところだが、人一人身を屈めるとそれで一杯一杯であった。
馬車の速度を落とし対面から歩いて来た二人組に近づくと、30前後の男達は懐からプレートを取り出して口を開いた。
「俺達は冒険者だ。もしかしてお前達はレアオールへ行くところか?」
特に嘘をつく理由も無いので恵二は素直に頷いた。
「そうか、やはりな。悪い事は言わないから引き返した方がいい。あの町は今血生臭くなってやがる」
「どういうことだ?」
聞き捨てならない事を聞いた恵二は尋ねると、冒険者達は親切な事に説明をしてくれた。
「ガラード将軍って知っているか?この国の兵を束ねる男だが、その将軍がクーデターを起こしやがったのさ。どうやら現国王は討たれ、親衛隊や王族派の連中は敗走したって話さ」
「そ、それは本当ですか!?」
冒険者達の話を馬車の中から隠れて聞いていたフレイアは、国王が討たれたと聞いて居ても立っても居られなくなったのか、馬車から飛び出してきて冒険者達に詰め寄った。
少女の勢いに多少驚きながらも髭を生やした冒険者の男は話を続けた。
「あ、ああ。俺達は外から来た冒険者なんだが、偶々その時にレアオールの町中にいてな。詳しい事情などは他の冒険者から聞いたのさ。なんでも将軍と反王族派が手を組んで謀反を起こしたらしいってな」
「将軍と反王族派が!?そんな・・・!信じられません!」
フレイアにとってそれは衝撃的な内容であったようで思わずそう声を上げると、真正面からその話を否定された冒険者の1人、帽子をかぶった方の男がムッとした表情で口を開いた。
「おいおい、俺達は何一つ嘘を言ってないぜ?相棒の言うとおり、町の事に詳しい冒険者に確かに聞いたんだ。主犯は将軍だって話だぜ?俺達はゴタゴタで町が封鎖される前になんとか飛び出して来たんだ。信じる信じないは勝手だが、このままレアオールへ行っても、良くて門前払いか最悪騒動に巻き込まれて痛い目を見るぜ?」
その話を聞いたフレイアは、一瞬体をよろけさせた。慌てて恵二は少女の体を支えようとしたが、自力で踏みとどまったようだ。彼女は連続で起こった悲劇に眩暈を起こしかけていたようだが、何とか自体を受け入れたのか悲痛な表情で冒険者達にこう話した。
「・・・いえ、御忠告ありがとうございます。決して貴方たちの話を疑っていた訳ではないのです・・・。ただ、余りの出来事に・・・申し訳ありません」
「いや、良いって事よ。・・・どうやら察するにお嬢ちゃんの身内が巻き込まれているようだな・・・。なんとかしてやりてえところだが、この件に“冒険者は一切介入するな”ってお達しがきてる以上はなぁ・・・」
「ちょっと待って下さいっす。それ、どういう事っすか?」
帽子を被った冒険者の話しに急に割って入ったリア。それは丁度恵二も疑問に思っていたところであった。
「ん?ああ。今回の件はヴィシュトルテの内輪もめだから、冒険者ギルドは基本介入しないとギルド長から通達があったらしいぜ?それも他の冒険者からの又聞きで、詳しい事情は分からねえがよお」
「・・・ちなみに、それを破ったらどうなるんだ?」
ついでとばかりに恵二も質問をしてみた。お人好しなのか、相手が女子供なので親切にしてくれているのか、二人の男達は交互に教えてくれた。
「そりゃあ、ギルド長の命令は基本厳守だぜ?あからさまに命令を無視したりすると、ギルド長権限でランクを落とされるか、最悪資格をはく奪されちまう」
「まあ、あくまでその拠点で活動している間は、そこのギルド長には従いましょうってことだな。明らかにおかしな命令をそこの長が下したならば、他のギルド長に泣きつけば何とかしてくれることも有る。今回の場合は、まあ妥当な判断じゃねーか?」
「・・・成程。参考になったよ」
冒険者の二人組にお礼を言うと、二人はこれから歩いて別の村へ行くと告げ去って行った。
「さて、困ったっすね。私のお腹がいよいよ限界っす」
「そうだな。リアのお腹はどうでもいいとして、このままレアオールへ向かうのは流石にヤバイだろう」
横でリアが抗議をしているが、それを完全にスルーしフレイアへと尋ねた。
「・・・大丈夫か?」
「・・・すみません。立て続けの出来事で何が何やら・・・。少し休ませて貰ってもかまいませんか?」
さすがに彼女もパンク寸前のようだ。別な意味で限界に近いこの二人を連れて、このままレアオールへ向かうのは明らかに自殺行為であった。
「・・・引き返すしかないか」
恵二がそう判断を下したその時、何者かが馬に乗って近づいてくるのが見えた。




