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青の世界の冒険者 ~八人目の勇者~  作者: つばめ男爵
1章 新米冒険者ケージ編
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お腹減った

「うわ!・・・野垂れ死にか?魔物にでもやられたのかな?」


 馬車の速度を緩めその死体に近づくと、それは大きなリュックを背負った若い女性であるようだ。彼女は俯せに倒れたままで、てっきり死んでいるのかと思いきや、よく見ると体が僅かだが動いていた。どうやらまだ息があるようだ。


「――!生きてる!?」


 恵二は女性に声を掛け、体を起こそうとするが迂闊に動かして良いものかどうか判断に迷う。見たところ大きな外傷はないようで、ただ疲労しているだけなのだろうか。そう判断し体を起こそうとすると彼女は恵二の存在に気が付いたのか、か細い声で一言こう告げた。


「・・・お腹減った」


「・・・は?」


「何か・・・食べ物ないっすか・・・?」


 かすれた声だが確かに聞こえた。彼女は恵二に食べ物を要求してきたのだ。


「・・・もしかして、お腹が減って倒れただけなのか?」


 恵二の問いに無言で頷く。まさか死体だと思った者が、ただお腹を空かせて倒れていただけという拍子抜けな結果に一度は安堵をしたものの、また倒られても面倒だと考えた恵二はすぐに食べられるものが無いか車両の中にある手荷物を探った。


「今はこんなのしかないけど・・・」


 それは日持ちのする硬いパンで、セレネトを発つ際に沢山用意してあった。本来は温めたスープに付けて柔らかくした後に食すものなのだが、余程お腹が減っていたのだろうか、恵二はパンを手渡すと彼女はそのままガリガリと齧り付いた。


「おおう、昔の俺はこんな無様な姿を晒していたのか・・・」


 以前セオッツにこのパンの食べ方を教えてもらうまでは、恵二も必死に硬いパンをガリガリと齧っていたものだ。懐かしい出来事を思い出しながらも彼女の様子を見守ると、驚いた事に、その硬いパンをあっという間にそのまま食べきってしまったのだ。余程お腹が減っていたのだろう


 結局スープを用意する前にパンを2斤食べきった彼女は人心地付いたのか、恵二にお礼を言うと自己紹介を始めた。


「危ない所を助けてもらってありがとうございます。危うく餓死するところでしたっす。私は行商人のリアって言うっす」


 変な喋り方をする目の前の女性はリアと名乗った。恵二より5つ年上らしいのだが、背は低く童顔な為そう自分と変わらないように見えてしまった。彼女の髪型は紫色の長い髪を左右にそれぞれ結んでいて、所謂ツインテールであった。首には黒いチョーカーを巻きつけており、背丈は恵二と似たり寄ったりといったところだ。背中には大きなリュックを背負っていた。


「しかし、なんでまたこんなところで倒れてたんですか?」


 恵二は真っ先に気になった事を尋ねた。こんな街道から外れた林の中でどうして行き倒れていたのか。見たところ、彼女1人の様で他の者の姿は見られなかった。一体どういう状況なら女性一人で魔物の死骸と一緒に林の中で倒れているといったシチュエーションになるのか疑問に思ったのだ。


 恵二がそう尋ねると、若干難しそうな表情を浮かべ彼女はこう答えた。


「それは・・・。私はヴィシュトルテの首都を目指していたっすが、丁度そっちの方角へ向かう馬車を見つけまして乗せて頂いていたっす。けど、道中で突然馬車から突き落とされまして、一人でここまで歩いて来たっすよ」


「───っな!」


 彼女の説明に恵二は絶句した。こんな魔物や野盗だらけの所に女性を一人で、しかも馬車から突き落とすとはとんでもない事をする奴もいたものだと憤る。


「そうしたらこの魔物と遭遇しまして、なんとか応戦して事なきを得たっすが、お腹が空き過ぎて力尽き倒れてしまったっす」


 そう言って彼女は魔物の死骸を指差した。それはパッと見、大型犬のような魔物で死骸は若干焦げていた、よく見ると喉元からかなり出血していた。恐らくそれが死因であろう。


「えーと、この容姿からすると多分<霧の猟犬(ノームドッグ)>かな?こいつらって確か霧が出やすい所で群れで生活しているんじゃなかったっけ?」


 恵二が所持している【魔物大全集】にはその魔物の事がしっかりと記載されていた。


霧の猟犬(フォグドッグ)

 単独だと討伐難易度がEランクだが、群れになるとDランクに、霧の中での戦闘になるとCランクに匹敵する厄介な犬型の魔物だそうだ。幸い今は霧が出ておらず、その為この魔物の討伐難易度はEとなる。


「つまり、リアさんが戦ったコイツはEランクって事かな?それにしても良く倒せましたね」


 車両の中にある荷袋から引っ張り出した本に目を通した恵二はそう呟いた。


「あ、呼び捨てでいいっす。こっちは命を救って貰った身ですし、是非タメ口で。フレンドリーにリアって呼んで下さいっす」


「それじゃあ遠慮なく・・・。リアは戦闘の心得があるのか?」


 行商人だと述べた一見普通に思えるこの女性が、Eランクとはいえどうやって魔物を倒したのかが気になったのだ。すると彼女はこう返答した。


「コイツを倒せたのは偶々っす。実は私、こんな物を持っていまして・・・」


 彼女はリュックを地面に置くとゴソゴソ中を漁り始め、何やら水晶のような物が柄に取り付けられた奇妙なナイフを取り出した。


「これは私の故郷で作られた【エンチャントナイフ】って言うっす。なんとこのナイフを投げつけると魔力無しで魔術が発動する仕組みっす」


「おお!そんな便利なナイフがあるのか」


 霧の猟犬(フォグドッグ)に襲われた際、彼女は咄嗟に【エンチャントナイフ】を魔物の足元に投げつけ、雷の魔術で痺れて動けなくなった隙をついて商売道具でもあった包丁を魔物ののど元に刺したと説明した。


 そのナイフはどうやら柄に付いている水晶に仕掛けがあるらしく、恵二は興味深そうにそれを見つめた。するリアが気を使ってくれた。


「見てみるっすか?」


 彼女にそう尋ねられすぐに首を縦に振った恵二は、彼女から短剣を受け取ると、まじまじとそのナイフを観察した。


「どうなってるんだろう、これ・・・。リア、これはどんな魔術師が作ったんだ?」


「いえ、これは魔術師でなく錬金術師の領分っすね。誰が作ったかまでは分からないっすが、確か私の地元出身の錬金術師が開発したって前に聞いたことがあるっす」


 ちなみにその地元とやらの場所を聞いてみると、中央大陸で一番北西に位置する国だそうだ。ここからだと大分距離がある。


「この辺だと、恐らくエイルーンにも似たようなマジックアイテムが販売されてるんじゃないっすかね」


「そうか、エイルーンにもあるのか・・・」


 益々早く魔術都市に行ってみたくなった恵二はリアに一つ提案をした。


「これから俺は馬車でこの林を抜けようと思うんだけど、良かったら途中まで乗せてあげようか?」


「マジっすか!?それは助かるっす!ぜひ御一緒させて下さいっす!」


 嬉しそうに恵二の提案を受けたリアは、馬車の操縦席に向かおうとする。


「待った。リアは中に入っていてくれ。俺が操縦をする」


「いえいえ、命の恩人にそんなことさせられないっす。安心するっす。自分馬車の操縦うまいっすよ?」


「いや、俺が操縦したいんだ。これだけは譲れない!」


 馬車酔いを懸念した恵二は強くそう主張すると、首を傾げながらもそれならばとリアは遠慮がちに車両の中へ入って席に着く。


「これ、凄く良い馬車っすね・・・。ケージさん、もしかして超お金持ちっすか?」


「いや、これは訳あって譲って貰ったんだ。俺はただの冒険者だよ」


「こんな物を譲って貰える冒険者だなんて、もしかしてケージさん、Sランクの冒険者様っすか?」


「いやいや。まだCランクに成り立ての普通の冒険者だよ」


 謙虚にそう答えながら馬車を進め始める恵二にリアが背後から声を掛けてきた。


「・・・その年でCランクの冒険者って。それ、とても普通とは言わないっす」


「上には上がいるよ。1つ年上でこの前Bランクに上がった子もいるぞ?そこのギルドでは史上最年少記録だってさ。ま、ギルド全体でだと更に上の最年少記録保持者がいるって話だけど・・・」


「はあ。生き急いでいるっすねえ、その人達・・・」


 恵二は以前、職員と暇つぶしの会話をしていた時に偶々そんな話を聞かされた。ギルド全体での史上最速最年少でBランクに達成した者は、≪双剣≫の二つ名で呼ばれている剣士だそうだ。当時冒険者に成り立ての≪双剣≫は、若干15才にしてAランクまで駆け上がり、それから数年後冒険者活動の功績を称えられ大陸に現在7人しかいないSランクへと昇格した。


 余談だがSランクになる為には数年に一度行われるギルド長同士の会合で承認され、各ギルド長を束ねる最高責任者のギルドマスターに許可されなければならない。Aランクになるにもギルドマスターの推薦か、3名以上のギルド長の推薦が必要で、余程の功績や実績が無いと昇格することが出来ない。


 Sランクは規格外な冒険者に与えられる称号な為、実質Aランクの冒険者がトップ集団の精鋭となる。一国に2、3人いるかどうかといったレベルの様だ。


「そういえば、私Sランクの冒険者を見たことあるっすよ」


「へぇ、どんな人なんだ?」


 興味があったので聞いてみた。


「私が見た事あるSランクは二人っす。≪隠者≫と≪背教者≫っすね」


「・・・なんか微妙な二つ名だなぁ」


 以前恵二が聞いた話では、Sランクの冒険者には全員二つ名が付いているようだ。別にSランクだから二つ名が付く訳ではないようなのだが、その実力や知名度から周りが勝手にそう呼び始める様だ。≪双剣≫と≪天剣≫は職員から聞いていたのだが、リアから出てきたその二人は初耳であった。


「≪隠者≫さんは偶然お見かけしたっすが、フードで顔を隠されていてよく分からなかったっす。≪背教者≫さんは有名人なのですぐに分かりましたよ。綺麗な女性の神官さんっすよ」


「神官?それがまたどうして≪背教者≫だなんて呼ばれているんだ?」


 神に仕える者がSランクの冒険者にまで上り詰めたというのに、どうして神に背いただのと言われているのか恵二は不思議に思って尋ねたのだが、逆にその質問の方が不思議だと言わんばかりの口調でリアは教えてくれた。


「ケージさん知らないんすか?彼女は神官でも決して無料(ただ)で人は救わないんっすよ。高額の金銭を要求してくるっす。後、彼女が崇拝する神がアムルニス神じゃないのもそう呼ばれる所以っす」


 この世界には様々な宗教があるのだが、ここ中央大陸の殆どの住人がアムルニス教の信者であった。その影響力は強く、それ以外の信徒は肩身の狭い思いをしているのだとか。


「まぁ、アムルニス教の教会も時と場合によりますが治療は無料じゃなく“寄付金”として頂いてますけどね。反面彼女は絶対にノーギャラじゃ働かないみたいっすよ」


「それでSランクになるんだから実力は相当なんだろうな・・・」


「・・・本当に知らないんっすか?南の国で猛威を振るった感染症をたった一人で浄化しきって、未だにその国は彼女へ高額な報酬を分割で後払いし続けているってお話・・・」


 彼女の逸話はこの大陸に住む者なら誰でも知っているような話らしく、リアは怪訝な表情を浮かべていた。馬車の操縦で前方に視線を向けていた恵二は、彼女の表情は見れなかったが雰囲気で自身に疑問を持たれている事に気が付いていたが、まあいいかとそのまま流した。


 代わりに恵二は先程から疑問に思っていた事を口にし始めた。


「そういえば、リアはどこへ向かおうとしていたんだ?というか、どうしてまた馬車から突き落とされたりしたんだ?」


 良く考えて見ればおかしな話であった。人は理由も無しに馬車から突き落としたりするものだろうか。その突き飛ばした者が人でなしなのか、それともその者にそうさせる程の理由が何か彼女側にはあったのか疑問に思ったのだ。


会話をしていく内になんとなくだが彼女に危険はなさそうに思えた恵二だが、若干得体の知れなさは残っていた。この世界は女性の身一つで行商の旅を行える程生易しくは無い筈だ。いくら【エンチャントナイフ】を持っていようが、少し上のランクの魔物と遭遇したら、あっという間に魔物の腹の中であろう。彼女には何か強い目的があるように思えたのだ。


 素直に疑問をぶつけてみると、彼女はぽつぽつと事情を語り始めた。


「私の目的地はこの国の首都、レアオールっすね。まずは手前の町<キャリッジマーク>を目指そうと、同じ方向に向かう商人さんの馬車に便乗させて貰ったっすが・・・」


 どうやら彼女をこの林に置いてけぼりにしたのは商人の馬車であったようだ。どういった経緯があったのか、恵二は馬車を操縦しながらそのまま黙って聞き耳を立てる。


「――んぐ。馬車と言っても、この馬車程素晴らしいものじゃなく、積み荷と一緒に・・・ごくん。縮こまって座っていたっすがね」


 なんか後ろからおかしな音が聞こえてくるも、林のなか馬車を走らせている為、前方に集中しながら彼女の話に耳を傾けた。


「もぐもぐ・・・。その積み荷がこれまた美味しそうでしてね。どうもそれは、どこかの偉い人に届ける予定だった果物だったそうっす」


「・・・まて。お前、まさかその果物を・・・」


 さっきから聞こえてくる不思議な音と話の落ちが想像できてしまった恵二は、操縦に気を取られながらもそう質問を投げかけた。


「もぐもぐ・・・ごっくん。はい、つい食べちゃったっす。そうしたら・・・ぱくぱく。怒った商人さんにお財布取られて突き飛ばされてしまったっすよ・・・。ごちそうさまっす」


「―――全部お前が悪いんじゃねーか!!」


 思わず馬車を急停車させ後ろを振りかえると、車両に積んであった大量の保存食は全てリアに食べられてしまっていた。

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